承章2 行ってみるか、アイドル科!
放課後になってアイドル科のクラス棟に向かった。あの女の子が残っているかはわからないが、他に情報もないので行ってみることにした。
アイドル科のクラス棟は支援学科の中の最も奥にあると聞いたが詳しくは分からない。ダニエルに聞いた時、「気をつけろよ」と意味のわからない事を言っていたが・・・。
・・・さっきからずっと歩いているが一向に辿り着けない。戦士科で場所を変えて訓練を行う事があるが、これはその比じゃない。アイドル科のクラス棟はこんなに離れているのか・・・・・・
この学園は数多の科を備えている為、学園の敷地面積も非常に広い。
3つの学科ごとに区画が分かれている。その3つの学科区の中央に学園長の居る中央塔と、中央塔を囲うように街がある。この街は学科に関係なく入れるため、支援学科の製作品の購入や、戦闘学科や魔法学科への依頼などが行える。
俺は中央街から支援学科区に入ったは良いが目的のアイドル科に辿り着けずにいた。
「少し休もう、さすがに疲れたぞ。」
今昇っている丘の頂上まで行ったら休憩しよう、そう心に決め疲労満杯の足に力を入れた。
「・・・・・」
丘を登り切った俺は手頃な石を見つけ腰を下ろした。
なんてきれいな夕日だろう。丘の頂上から見た辺り一面が優しい光に溶け込んでいるようだ。
ぼんやりしながら今日一日の事を考えていた。例の女の子に会う為にお昼にダニエルから聞いたアイドル科に探しに行くつもりが、まだ辿り着けてない。そもそも名前も知らない女の子も呼び出すのになんといえばいいのか。例えば髪の長い子といったところでそんなの何人いるのかわかったもんじゃない。結局のところ彼女に関する情報が足りなさ過ぎる。
「・・・・・・・?」
何かが聞こえた気がした。・・・いや、気のせいではない。・・・これは歌声?
まるで見えざる手に招かれるように俺の足は自然とある方向へ進んでしまう。
植林を抜けた先の光景に俺は息をすることを忘れるぐらい見惚れてしまうことになる。
一人の女生徒がおり片手を胸に当てもう片手を前方に出しながら歌っている。その姿は見えざる誰かに語りかけているかのようだ。夕日に照らされながらも辺り一面の優しい光を差し出した掌に集めるかの様なその光景は神秘的という言葉が頭の中に浮かんではまた消える。驚くべきにその女の子の声もまた透き通っており、耳に心地良く入ってくる。何一つ体の自由を奪われたわけではないのに心がここを動くことを拒絶する。
「♪~~~~~~~・・・・・・・・・!」
ただただ茫然と立ち尽くす俺の姿を発見したその女の子は、それまでの嬉しそうな顔を豹変させた。その顔には羞恥、疑問、恐怖そんな様々な感情が入り混じっている・・・様な気がする。
「っす、すまない。邪魔するつもりはなかったんだ。ただ、歌声が聞こえてきて、それで・・・・」
ようやく脳から体への伝達機能が回復し何とかしゃべることが出来るようになった俺は必死で弁解に入った。その時やっと相手の顔を確認することが出来た俺はここであることに気付いた。
「君はこの前の!」
眼前で少し怯えている女の子は、昨日出会った女の子その人だった。
「・・・これ・・・」
ポケットからハンカチを取り出して見せると、今まで疑惑しかなかった女の子の顔が少し和らいだ。
「あぁ!あの時の!・・・もう怪我は・・・大丈夫・・・ですか?」
「あぁ。」
「(相変わらず自分の口下手には嫌気がさしてくる。あれだけ探していたのにいざその女の子を前にするとまるでしゃべれずにいる。そもそも俺はこの子を探してどうしたかったんだ?)」
「・・・の、あの」
「・・・・?」
「大丈夫ですか?」
彼女は目を細め心配そうな顔を俺に向ける。
「・・・悪い。大丈夫だ。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・悪い、邪魔したな。」
何をしゃべればいいのか分からずこの場から逃げようとした、その時
「フフ、謝ってばっかりなんですね。」
背を向けた彼女から笑いの声が漏れた。
「あなたのお名前・・・聞いても・・いいですか?」
まだ言葉は途切れ途切れだけどさっきの疑心に満ちた顔は払拭出来た様だ。
「あ、あぁ。俺はラッセル。ラッセル・グランスターだ。」
俺の名前を聞いたとき少し彼女が驚いた様な顔をした気がするが、すぐに笑顔に戻った。
「ラッセルさんですね。私はルキナです。」
「ルキナ?」
彼女の名前に懐かしさを感じたが、思い出せない。
さっさとハンカチを返して帰ろうと考えていたのに、気がつけば俺は、
「君の歌、もう少し聞いてて良いかな。」
と口にしていた。
「あ、えっと~その、今はちょっと。・・・・・もうクラス棟に帰ろうかと思うので・・・・・」
「・・・・・そっか。・・・・・・・そうだ。歌ってるの邪魔しちゃったお詫びに何かさせてもらえないだろうか?」
「いえ、そんな・・・・気にしないで下さい。」
「・・・・そう・・か・・・・・」
気持よく歌っていたところを邪魔したお詫びをしたいと思って提案してみたが、まだ彼女の警戒を解くことは出来なさそうだ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・それなら、クラス棟まで送って行ってもらえないでしょうか。」
「・・・・・へっ?」
無言で黙る俺をどうしたものかと考えたのだろう。突然彼女からそんな提案が出された。
「日も落ちてきましたし、最近なにかと物騒なこともありますし。」
素っ頓狂な返事を聞き返した俺の顔が面白かったのか彼女は口元に手を当てながらそう続けるのだった。
「そ、そんなことならお安い御用だ。」
まだ完璧に信じたわけではないかもしれないが、一緒に歩いても危険ではないぐらいには判断してくれたようだ。そんなわけで彼女をアイドル科のクラス棟に送って行くという名目でもう少しだけ話をする時間を手に入れた。そう、あくまで時間だけ・・・・・・
「・・・・・・・さっきの曲は一体なんて曲なんだい?」
歩き始めたのはいいが何を話していけばいいか分からずちゃんと会話が出来る様になったのはもう結構歩き始めてからだった。
「実は曲名とかはよくわからないんです。ずっと昔から知ってはいるんですけど。・・・・きっとどこかで聞いた曲を覚えたんでしょうね。」
「なるほど。俺もすごい懐かしい気持ちになったよ。・・・・・もし、また何かの機会があったら君の歌を聞かせてくれないか?・・・・別に俺だけの為にじゃなくてもいい。皆の前で練習するとかで構わないから。」
それを聞いたルキナはそういうことならと一枚のメモを俺にくれた。
「私達の学科で定期的にイベントが有るんです。そこで私も歌うことがあるので、もし良ければいらして下さい。」
「そんなのがあるのか!何だかすごいな。」
「そんなに大きいものばかりでもないんですけどね。・・・・・もうクラス棟に着いたんですね。」
「へ~ここが・・・・」
ルキナに言われ校舎を見上げると戦闘学科の建物に比べてやはり華やかというかオシャレな建築物が確認できた。
「じゃあ帰りましょうか。」
「そうだな。・・・・・今日はありがとう。じゃあイベント楽しみにしているよ。」
今から来た道を戻るともう完璧に日が暮れるな。そう思ったから俺は彼女と早々に別れ走りだした。そんな俺を彼女が不可思議な顔で見ていたのは気のせいだろうか・・・・・・