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力なき者

 俺達は王様のいる王室というところに連れてこられていた。さすがに王室というだけあって、他の部屋に比べれば品格のあるデザインだ。

 俺達にいる場所から王様の座る椅子までは階段状になっており、俺達と対話する相手との地位の差が明示されている。もちろん俺達が下で、向こうが上だ。そして足元には両者を結ぶ真っ赤な絨毯が引かれている。

 非常に気に入らない状況である。なんせ先程、副将のレイバーンは王様は同じ高さで会話していたのだから。魔王であるこの俺が下だというのは、非常に気に食わない。

「よく来た。勇者殿よ」

 なにがよく来ただ。自分から急いでくるように命じたくせに。俺は苛立ちながらも真っ直ぐに王様を見上げてやる。

「そのケガ。先日の魔王との闘いで負ったのかね」

「ええ。そうです。勇者アルスはまだ傷が癒えていません」

 王様の質問にユウナが答えた。だが王様はそのまま話を続ける。

「部下が手に入れた情報によれば、魔王は勇者殿との戦いによって傷を負ったそうだ」

「つまり、攻めるなら今……だと?」

 カインが王への敬意を表す態勢のまま尋ねた。俺は先程レイバーンと王の会話を聞いてしまっている。この王が何を考えているのかを知っているのだ。

 まず、俺達に魔王討伐に向かわせる。そこで魔王軍が俺達と戦いを始める隙を付いて副将のレイバーンが魔王を裏切るという算段だ。自分を殺す計画に賛同するわけにはいかない。だが、ここにいる全ての人間は魔王を倒すことを目的としている。つまり、こんなチャンスを棒に振る理由がないのだ。


「勇者殿も傷を負っている。厳しい戦いになると思うが、もう1度魔王軍と戦いを挑んではくれないかね?」

「くっ……」

 だめだ。戦いに行ってはいけない。でもそれを断る理由がない。この体を理由にするには、魔王の負傷は余りにも大きな便益である。俺が言うのもアレだが、こんなチャンスは二度とないと言ってもいい。

 魔王は負傷。しかも中身はもぬけの殻……。

 そこで俺はある疑問にぶち当たる。俺が勇者アルスの体を乗っ取ったのならば、アルスの魂はどこへ行ったのか。まさか、魔王の体をアルスが乗っ取ったのではないのか。

 もしそうなら奴はどうする。未だかつて、どんな有力な勇者ですら成し遂げられなかった魔王退治。その魔王に自らが乗り移ったと知ったら……。自害してでも魔王を倒そうとするのではないか。

 冗談ではない。自ら死を選んでしまえば、レイバーンがどうのと言っていられない。このまま勇者として魔王に攻め入っても、そのまま放置しても俺の体は滅びてしまうかもしれないのだ。

 どうすりゃいいんだ……。

 答えを出せずにいた俺の前にユウナが出ると、王様に向かって言い放つ。

「それでも……これが千載一遇のチャンスだとしても、シンフォルニアにたった3人しかいないアルスを連れて行くわけにはいきません。万全な状態ならともかく、今の状況で行っても返り討ちに会うのが目に見えています」

 ユウナの言葉に周りの兵たちの物議が醸し出された。中には「なにが勇者様だ。勇者なら民を守るために全力を尽くすもんだろうが」と罵倒する者もいる。

 王様はというと、「そうか」と短く告げただけで、なにかを考えている様子。

「確かに、これはこちら側の都合というものだな……。よかろう。勇者アルスに頼ることは諦める。ただし、ここに勇者殿を置いておくことはできない。この宮殿を出て行ってもらおうか」

 宮殿を出て行けと命じた王に対し、ユウナは肩を震わせながらも言い放つ。

「わかりました。では出て行きましょう。でも忘れないでくださいね。魔王を討てるのはうちのアルスだけですからっ」

 最後にそんな捨て台詞を残したユウナはこちらに振り返ると、俺の手を掴んで歩き出す。

「行こう」

 掴んだその腕は小さく震えていた。本来ならば、俺が言わなければいけない場面だった。にもかかわらず、彼女が大衆の負の視線を引き受けてくれたのだ。俺を引っ張って前を行く小さな少女がとても力強く思えた。


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