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勇者一行

「迷子の勇者を連れて来たぞ」

 案内してくれた騎士がそう言って部屋の中へと入って行く。

 迷子って……確かにそうなんだが、俺の年齢知ってんのか? 確実にお前より年上だぞ。

 心の中で文句を言いながらも遅れて部屋に入った。

 そこは最初に目覚めた部屋である。相変わらず居心地の悪い白一色で統一された場所だが、先程の密会場所よりは幾分かましか。

 どうやらそれなりの人数がすでに集まっているようだ。最初に会ったユウナを始め、風呂場であった黒髪の槍使い。そして会った覚えはないが弓を手にする黒髪の少年。そしてここまで案内してくれた騎士。これが勇者一行というやつなのだろうか。

 この程度のパーティーでこの俺が負けるとは到底思えないのだが。

「これで全員揃ったかしら?」

「あの魔術師はどうしたんだ」

 魔術師。そうだ。俺の頭に被っているターバンを作った魔術師がここにはいない。そいつを入れて総勢6名か。

「ああ。勇者を助けるんだとか言って隣の山まで薬草を取りに行ったぞ」

「え。そんなのわざわざ探しに行かなくても、普通にポーションで目覚めたわよ?」

 ユウナが空になった瓶を振って見せる。頑丈な奴だと言いたいのか。大体彼女は俺のことを勇者様と様付けしているわりには、ずいぶんと扱いがぞんざいなんじゃないのか。


 彼女の背後には簡素なベッドと小さな窓。そしてその窓から身を乗り出した黒いローブの人影が見えた。

「あぶねぇっ! 後ろだっ」

 俺は思わず叫んでいた。そのローブの塊が後ろ向きの彼女目がけて動き出したのだ。しかしユウナが振り向いた時にはすでに彼女の横を過ぎ、俺の目の前に飛び込んで来た。

「くそっ! 俺を狙った敵か?」

 思わず身構えたが、その人影はさらに俺を飛び越えて背後に回り込むと、後ろから羽交い絞めにしてきたのだ。

「ゆーしゃっ様っ」

「なっ」

 思いのほか軽い体重が俺の背中に圧し掛かる。

「戻ったのか。レイナ・メサイア」

「メサイア?」

 騎士が名前を告げると俺は思わず繰り返した。どうやら俺の背中に張り付いた黒いローブは勇者の仲間らしい。それもメサイアという。

 俺はその名前に聴き覚えがあった。そいつはこの俺を唯一瀕死の状況に追いやった勇者。その仲間だった魔術師の名がメサイアだったはずだ。魔王時代の記憶が蘇る。

「クローナ・メサイア」

 思わずその名を口にしてしまった俺は、背後の気配を恐れた。

「勇者様。私のお母様のことを知っていたのですね」

 母。やはり、あのメサイアの血縁者か。あの女を殺したのは他ならぬ俺。もしや、これは俺がかつてやってきた過ちへの報いなのか。

 自分がどんな顔をしているのかもわからないが、恐る恐る後ろを振り返る。そこにはローブに包まれた、まだ十にもいっていないような幼い少女の小さな顔があった。

「クローナ・メサイアって。あの勇者、アークレンスの魔術師のか?」

 皆知らなかったらしく一様に驚いていたが、中でも異常に反応していたのは鎧の騎士だった。

「すごい。レイナちゃんってすごい人の子だったのね。だからその若さであれだけの高位な魔法が使えるのね。これも血筋かしら」

 ユウナがそう言ってレイナの頭を撫でながら誉めていた。

「えへへ。でも薬草は必要なかったみたいなの」

「うん。こいつは丈夫だから、ポーション飲ましとけばこの通りよ」

「なんで俺にはそんな邪険な扱いなんだよ」

 俺は苦笑しつつもユウナに感謝していた。正直、レイナにどんな顔をしていたのかわからない。


「ところで……勇者様はどうして力を失ってしまったのですか?」

 レイナのその一言で、俺を含めたその場の全員が凍り付く。

「は? 何言ってんだよ。アルスが力を失った? なんの冗談だよ」

 騎士が動揺した口ぶりでレイナに尋ねる。そう、俺は今アルスという勇者なのだ。特有の「光」の魔法を扱うことのできるはずの勇者だが、俺は違う。俺は魔王だ。「闇」の力なら今すぐにでも披露してやれるが、絶対に逆立ちしても「光」の魔法は扱えない。

 レイナは魔術師である。俺が無意識のうちに魔力を抑えていることも彼女には気づかれているのかもしれない。

「そういえば、アンタさっきからわけのわからない言動ばかりよね?」

 ユウナがそう言って俺を見てくる。他のメンバーの視線が俺に集まった。

 やはり、このまま騙せそうにない……か。

「実は……」

「おい、勇者。私の名を言ってみろ」

「?」

 本当のことを話そうと決心したその時だった。突然黒髪槍使いの女が俺に尋ねてきたのだ。

「私の名前だ。これまでずっと一緒に過ごしてきた仲だ。分からないわけないよな?」

「…………」

 わかるはずがない。だって俺は今日はじめてお前にあったのだからな。お前のことも黒髪槍使いで通してきたんだぞ。

 押し黙る俺に黒髪槍使いはゆっくりと口を開く。

「やはり。お前、記憶を失っているなっ」

「え? そうなの?」

 彼女の唐突な言葉にユウナが驚いて俺と彼女を交互に見比べている。

「はぁ……実はそうなんだ」

 もう破れかぶれだ。ここで正体を明かせば、間違いなくこいつらに殺されるだろう。ここはひとつ賭けとして、黒髪槍使いが提示した記憶喪失という話しに乗っかってみようと思ったのだ。

 静まり返る部屋の中。やはり、無理があったのか。そう俺が思った時だった。

「やっぱりか。なーんだぁ、どうも言動がいつもと違うと思ったわ。そうならそうと、初めからいってくれればよかったのに」

 ユウナが妙に納得した表情で何度も頷く。彼女の言葉で張りつめた糸が解けたように部屋中が和らいだ。

「おい。勇者が記憶喪失で光の魔法を使えなくなったら、もうただの戦士じゃねぇか」

 ただ一人、騎士だけが冷静な言葉を発する。

「そうね。記憶が戻るまでは勇者とは言えないわね。まぁでもあの魔王と戦った後遺症なら仕方ない事よ。元に戻るまでは温かく見守ってあげなくちゃ。そうだ、今から自己紹介しない?」

 ユウナの言葉に騎士はまだ何か言いたそうにしていたが、そこで押し黙った。

「まずは私からね、私はユウナ・ハルベート。アルス一行の剣士よ。そしてアンタとは同じ故郷の幼馴染」

「幼馴染……」

「そうよ。アンタが生まれた日だって覚えてるんだからっ」

「まじか……」

 俺はてっきりユウナよりも年上だと思っていたのだが、どうやら彼女の方が上ならしい。

「そいつは嘘だろ? だってお前、アルスと同い年じゃねぇか。仮にお前の方が早く生まれていても、覚えてるわけないだろっ」

 そう言ってユウナを嗜めたのは弓を持った少年だ。彼もまたユウナやアルスと同じ年ぐらいか。

「俺はハンジ。ハンジ・ナイトアイだ。見ての通りアーチャー……」

「お前も嘘言ってんじゃねぇよ。お前の名はハンジ・ハボッ――」

「ナイトアイで通してんだよっ」

 アーチャーのハンジが騎士を兜の上から押さえつける。よくわからないが名前を気にしているのだろうか。

「暑苦しい、その手を離せっ」

 騎士がハンジの腕引き剥がす。そして俺に向きならってまるで宣戦布告するかのように告げられた。

「俺はカイン・シュバールだ。名乗ったのはお前を認めたからではないぞ。いいか、覚えておけ。光の魔法が全く使えない今のお前よりも俺の方が勇者に近いんだからな」

「は?」

 カインと名乗った騎士はふてくされたようにそっぽを向いてしまう。そして最後に黒髪の槍使いが名乗る。

「最後に私だな。私はシュヴァル・ナイトメアだ。シヴァと呼ばれている。あまり名前は言いたくはないんだがな。ナイトメアなんて勇者の一向にふさわしくない名だろう」

 そう言ったシヴァは少しだけ悲しげな表情を浮かべた。

 これで勇者の仲間達の名前が判明する。と言ってもこんな弱小パーティー等、すぐに魔王軍によって殲滅されるだろう。俺が覚えておく必要もないかもしれない。


「最後に。アルス・イルバート。私達が付いていくことにした勇者様の名よ」

 ユウナが言った言葉の意味がすぐには分からず一瞬躊躇したが、すぐにそれが自分の名前であると分かる。

「アルス・イルバート」

 俺は無意識のうちにその名前を自分に覚え込ませるかのように連呼していた。



「失礼するっ」

 唐突に部屋の扉が叩かれると、リーマ国の兵士たちが中へと入ってきた。彼らは機械的に俺達に指示を下してくる。

「国王様がお会いしたいそうだ。これより全員を王室へと案内する」

「待てよ。ずいぶんと唐突だな。俺達にだって休息の時間をくれたっていいじゃねぇか」

「申し訳ないが、時は一刻を争う。すぐに準備してくれ」

 俺達はわけもわからずに身支度を始めさせられたのだ。俺の持ち物である聖剣をユウナが手渡してくれると、急にレイナが俺の右腕に手をやった。それだけで俺の腕に白い包帯が出現する。

「勇者様は見かけは元気そうだけど、魔法が使えないでしょ? もしもまた、国王から魔王との闘いを申し付けられたら、先日の戦いの傷が癒えていないと言えばいいよ」

 この小さな魔術師は、わざわざ俺のことを気遣ってくれているようだ。自分が彼女の敵だということを知っている俺としては少々複雑な心境だった。

「けっ。何が勇者様だよ。俺ならどんな状況であっても国を守ってみせるけどな」

「カイン。そいつは素晴らしいな。さすがは誇り高き勇者の血筋。なら魔王退治は貴様に任せるとしよう」

「シヴァっ! てめぇ……」

 シヴァに窘められたカインはふてくされている。しかし彼も勇者の血筋を引き継いでいるというのは意外だった。ならどうしてアルスと一緒に行動しているのだろうか。

 まだまだ分からないことばかりだったが、それでも少しは信用できる仲間というものを得れたのかもしれない。だが、俺は気を許すわけにはいかなかった。

 こいつらと仲良くしても仕方がない。俺は魔王であって、こいつらは倒すべき勇者の仲間なのだから。


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