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魔王から勇者へ

「おい……これはいったいどういうことだ……」

 左右に別れた高台の上を見上げながら思わずつぶやいていた。隣に立つ2人の男達と一緒に見上げる様な恰好になると、そのうちの一人が声を発する。

「魔王様。どうやら我々は嵌められたようですぞ?」

 俺を含めた3人の中でもぬきんでて体格の大きな彼はこの絶望的な状況をむしろ愉しんでいる様なお気楽な口調で語る。

そんなことはお前に言われなくてもわかっている。目の前に広がる崖の上。高台に群れを成す大勢の兵士たちが自分たちの仲間でないことくらいは。

この世界で魔王と呼ばれている俺が偶然にも数人の部下しか連れていないこのタイミングで見計らったように現れた大勢の軍勢。これが偶然でないことくらいはな。

問題はそこではない。そう、問題は。

「魔王様。我々の中に内通者がいるようですな……」

 俺の考えていたことを読んでいたかのようにもう1人が答えた。


 最初に声を発した大男が側近のアシュロス。後に口を開いたのがもう1人の側近、シバルである。戦闘向きのアシュロスと頭脳のシバルを引き連れ、この先にあるリーマ王国へと向かっていた矢先の出来事だった。

「様子がおかしいですぞ。リーマ王国は七天魔将が侵略したと報告されていたはず。にもかかわらず、あの軍勢。リーマ王国の旗を掲げております」

 大真面目に状況を説明してくれるシバル。そう。俺は部下が新たに侵略した新天地に顔を見せる為にここまできたのだ。

「んなことはどうだっていいじゃねぇか。大方あいつらが取り逃した残党兵だろうよ。なぁ魔王様。あの中心にいる連中……あれは残党じゃねぇですよね」

 相変わらず腕力はあるが知力の足りないアシュロスは短絡的に物事を考えているようだ。だが今はこいつの考え方に賛成だ。敵はもう目の前にいる。ここから先はもう知力じゃない。腕力が物を言う。

 そしてアシュロスが指摘したように、軍勢の中心にいる数名は明らかにリーマ王国の兵士ではなかった。

 中心にいる細身の青年。真っ白なマントに身を包んだ彼の手には聖剣が握りしめられていた。

「間違えない。あれは光の血族……勇者だっ」

 そう言いながら自然と俺の頬が緩む。無理もない。粗方この世界を支配してしまった俺からすれば勇者などと言う天敵と戦える機会などめったにない。すでに勇者は残り3人しか残っていないのだから。

「あれが勇者の生き残りか。ちったぁ愉しめるんだろうなぁっ!」

 俺はそう言って笑うと背中の翼を広げ、全身の筋肉を硬直させる。ビルドアップした俺の身体は先程の2倍近くまで膨れ上がっただろう。周りを取り囲む兵士たちが怯えた表情になるが、そんなことは知ったこっちゃあない。


 魔族特有の「闇」属性。黒い煙のような魔力が全身からあふれ出す。通常魔法というものは体の中に留めておくものなのだそうだが、俺のような魔王クラスになると、魔力の枯渇など起きることはまずない。このように全身から魔力をあふれ出させても問題ないのだ。

 そこで右手に違和感を覚えた。自分の掌を確認すると、左手の薬指についた指輪がビルドアップされた俺の指のサイズに合わず、ギチギチと音を立てて伸びていたのだ。


「おっと……こいつはセシリアから貰った大切な指輪だからなぁ」

 愛する妻の顔が目に浮かぶ。

「お前等。今日はついてるぜ。この枷のおかげで普段の七割くらいしか力が出せないのだからなっ。ひょっとしたら、お前等にも勝てる可能性があるかもしれねぇぞぉ」

 たっぷりと邪悪な笑みを浮かべた俺は意気揚々と飛び立っていった。今思えば、俺は何と浅はかだったのだろう。ここまで用意周到な手口。自分が罠にはまっていると分かっていながらもまるで意に返さない。

それはこの大陸。シンフォルニアを統一するまであと一歩。この世界で俺に一矢報いることができるやつ等存在しないと思っていたからだ。


軍勢の前で浮遊した俺に対し、正面に立った勇者が魔法を唱える。彼の全身を白い光がゆっくりと包み込んでいた。

「ほぉ。小僧。若いのに一著前にホーリー・ジャッジメントが使えるのか」

 それは勇者特有の光魔法。伝説の対魔魔法だった。この世界に勇者が3人しかいないのだから、自然と伝説にもなるものだ。

 実際はなんてことの無い。ただの光を纏った聖剣で斬り付けてくるだけの事だ。今までだって何人もこの魔法を使った勇者を返り討ちにしてきた。

「そう、この魔剣でなっ!」

 そう言った俺は自分の太い右腕よりもさらに太い剣を構えると勇者に向かって突っ込んでいく。

「我の一撃で多くの悪魔が喜びの涙を流した。受けて身よっ! デビル・メイ・クライっ」

「魔王。今日で貴様の年貢の納め時だ。ホーリー・ジャッジメントっ」


 白と黒の光が激突すると世界真っ白になった。




「起きてください。――様」

「うっ……あぁ。」

 次に俺が目を覚ますと、眩い朝日が視界を白く染めていた。

 ああ。そうか。俺は夢を見ていたのだな。そりゃあそうだ。この世界に3人しか残っていない勇者に会うなど滅多にないのだから。

 そう思った俺だったが。いつもと様子が違っていることに気づく。

 いつもなら俺の寝室にやってくるのは、むさ苦しいアシュロス達のような魔物。もしくは妻のセシリアくらいのものだ。だが今は違った。

 目の前にいるのは長い茶色の髪の少女。真っ白な透き通るような肌に髪と同じ栗色の大きな瞳。白色の戦闘服に身を包み腰には短めの剣を携えている。

「え? ……誰だ。お前」

「な、何言ってんのよ。私はユウナでしょうが」

 ユウナ。聞いたことないな。新しく入ったメイドか何かか。いや待て。よく見るとこの部屋白いぞ。

 俺は黒い物が好きだ。だから俺の部屋は黒で統一している。にもかかわらず、この部屋は全体的に白いものが多い。それに建物のつくりからしてどこかの宮殿のようだった。

「なんだこのセンスの無い部屋は。今すぐ部屋の内装を変更しろっ……痛っ」

 俺がそう言うなり、真の前の少女が後頭部を殴りつけてきたのだ。まったく、なんなんだこの女は。この魔王に向かってなんたる態度。

 鋭い視線を女に向けると、彼女はさらに鋭い視線で俺を睨み付けてくる。

「アンタ。調子に乗ってくれてんじゃないわよ。ここはリーマ王国の王様が善意で貸してくださったのだから、そんな融通が利くわけないでしょっ」

 そう言いながら彼女は俺の顔を指で差してくる。


 リーマ王国。国王だと。この俺様がなんで敵の王にそんな情けを貰わなくちゃいけねぇんだよ。

 怒りがふつふつと沸いてきたが、ユウナと言った少女が顔を赤らめると、「もう、せっかく目を覚ましたんだし。お風呂……一緒に入ろうか」と進言してきた。

「は? 風呂だと……なんで俺が。しかもお前とって」

 思わず怒りも忘れてたじろいだ俺を彼女は不思議そうに眺めている。

「なに急に男の顔になってんのよ」

「失礼な。俺はお前のペチャパイを見ても何と想わぬわっ」

 そう言った瞬間、彼女のグーパンチが飛んできた。

「失礼なのはアンタでしょうがっ! そりゃあ、アンタに比べりゃ小さいかもしれないけどね」

「?」

 この女さっきから何を言っているのだ。まるで理解ができん。

「さっさと頭のターバンを外しなさいよ」

 そう言って彼女は俺の頭から白いターバンをはぎ取った。そのターバンには見覚えがある。確か夢の中で戦ったあの勇者も同じものをかぶっていたはずだ。

「まったく。勇者って不憫な者よね。たまには男になる魔法を解除しないと、アンタも女の子に戻れなくなるわよ。」

 そこで初めて俺は今目の前にある現実を思い知らされたのだ。

 身体つきがふっくらすると、胸元が苦しくなる。よく見なくても胸のプレートアーマーから谷間ができていた。


 「俺が勇者っ! ってか、女ぁ――っ!」


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