私はそれを素晴らしい事だと思うわ
「まさかお前が運動部に入るとはなー。意外過ぎて、あくびもでねぇよ。」
双木永太が、意外そうにいう。 なんていうか、本当に予想を裏切らない奴だった。
今の状況を軽く説明すると、4時間に及ぶ午前授業を終え、教室で昼休みを過ごしていた。暇であったが故に、後ろの席の幼なじみの双木永太と話している最中だ。
てか、あくびもでないって……
「逆に、文化部に入ったと報告したらあくびをしてたとでもいうのか?」
「ああ、確実に」
冗談でいったのに、即答だった。
「まぁ俺は帰宅部にでも入りますか。家も俺の帰りを待ち望んでいることだし」
後ろに腕を組みながら双木が適当そうにいう。
「お前は本当に相変わらずやる気ないよな。だけどお前だったら、運動部に入ればいいこともたくさんあると思うぜ。筋肉もあるし、顔はそこそこいいだろ。多分運動部入った方がモテるんじゃないか?」
「ちっちっちっ。分かってないな、苗木はさ。」
双木は、男にしては少し長めの髪に、眼鏡、完全にできる男といった印象だ。とりあえず、去年のバレンタインデーにて16人から『本気ですから』とチョコをもらったらしい。
そして全ての女性を棒に振ったとの事だ。
死ねばいいのに。 じゃなかった。僕が存在する世界からから消えばいいのに。
まぁそんな双木の特にムカつく所は、女性振った理由にあった。昔の台詞を引用すれば
「『俺の彼女はギャル(エロ)ゲーに閉じ込められている子達で充分だ』といいたいのか。」
「そういうことだ。流石小学生六年生からの付き合いだな。」
「褒めているにしても微妙過ぎる。」
「ちなみに特に好きなのはロリキャラだ。」
「きいていない。」
そして燈浬と気が合いそうだな。ロリコン同士。
「まぁギャルゲー好きとだけ聞くと、夢がないように聞こえるだろうけどな。一応俺にも目指すものはあるんだぜ。」
「それは聞いた、耳にタコが出来るほど聞いた。これ以上言わなくていい」
「俺はイラストレーターになってやるんだ!!」
超ドヤ顔で言い放つ。
ついでに、この台詞を聞いたのはおおよそ100回は越えていた。
「でもさ、イラストレーターなんてそう簡単にはなれないだろ。」
「逆に言うが、簡単になれる職業だってそうはないだろ。だったら自分の好きな職業を目指すのは当然だろ?俺はそれで頂点をとってやるんだ。」
こいつは馬鹿だ。直線馬鹿だ。馬鹿だけど、考えがしっかりしている。目指すところを決めている。僕とは頭数一つ違うんだ。
「僕は何がしたいんだろうか……。」
つい、思っていたことを言葉にしてしまった。別に答えなんてでないのに。
「卓球のプロとか目指してみたらどうだ?」
「そんなの、今からやっても無理だとおもうんだ。」
「でも、いやじゃあないんだろ?」
核心をさす台詞。
そう、別に嫌ではないんだ。確かに卓球は楽しい。だけど、ただそれだけで相手に勝てる訳でも―――――
「簡単になれる仕事なんてないんだよ。だから好きな職業を目指せばいいだろ。」
まるで、僕の考えを見通したように、そういった。
「だけどな……。流石に今からじゃ。」
「とりあえず、時間はあるんだし焦ることはないだろ。とラフ完成」
そういって一枚の紙を突き出してくる。
紙には、いわゆる萌えキャラの絵がかかれていた――――裸の
「今絶対内心でひいてたろ。」
「いや、見慣れた光景なんだけどな。やっぱりきついな。」
「別に今から服描くだけだからな。ラフだから服描いてないだけだからな。別にそんな、はしたないキャラを描いてるだけだからな。」
「知ってるわかってる、だからその紙を裏返せ。変態におもわれるだろ。」
「いいじゃないかよ、どうせ女子なんてはほとんどいないんだから」
そう、この学校には女子が少ない。卓球部がないに等しいからだそうだ。それでいて野球部は強豪なので男はよくたまるらしい。
「でもな。こういうときにタイミング悪く卓球部員がきたりなんかしたら……」
「苗代君、いませんか。」
聞き覚えがあるような声が聞こえ、振り返る。
そこには、微妙に焼けている肌に、ロリ体形と相性の良いツルペタの胸。肩まである髪の毛に童顔と、ロリコンがいたら発狂するような少女がいた。
そして、僕はその少女を知っている。
吉田七海、卓球部所属の同学年の少女。
なんて素晴らしいタイミングできてくれたんだ。
急いで紙を隠しにかかる。そんな時だった――
「ところで苗代は何をしているんだ!苗代!」
双木がわざとらしくでかい声で俺の名前を連呼する。完全な悪意。おもしろがってやがる。当然ながら紙は机においたままだ。
しかしながら、流石にまだ吉田は席を特定できていない。
甘かったな!!すぐさまそれを投げ捨てれば――
「苗代は、前から黒板からみて右端で、前から二番目の席で何を捨てようとしているのかな!?」
「あ、そこにいたんですか。」
「馬鹿なっ!お前絶対許さないからな!」
少し厚めの紙だったせいで戸惑いつつも、無理矢理まるめて紙をポケットに隠す。
まだトテトテと近づいてきている吉田にはばれていないようだ。
「瀬永先輩からの伝言で、『今日の部活は16:00〜23:00まで行います』とのことです。」
「あ、ああ。サンキューな……って練習時間長くないか!?」
「そ、その……それくらいしなければ勝てないということで……。」
そうだ、今となってはそれくらいしなければ、卓球の試合で勝つことなんか難しいんだ。
改めて、そんなハードな練習をしてきた吉田達の凄さを思い知る。
「それと、雷火さんからの伝言で『見たいアニメがあるなら録画をしておくんだな!』と、あと燈浬さんから『卓球中に汗だくの私達をみて欲情しないためにも、15:00までに欲求不満は解消しておきなさい』と、あと、あと……すいません、忘れてしまいました……。」
「いや、いいよ。どうせどうでもいいことだろうから。」
どうせ安川先輩からどうでもいいことをいわれたのだろう。
と、急に吉田がところで、と話を切り出して来る。
「よっきゅーふまんって何ですか?」
明らかにイントネーションが違う発音で尋ねられる。聞き方を変えれば『よっ、休符マン!』といった感じだ
と、無駄な事を考えてみたものの、冷静に考えると返答しにくい疑問を投げ掛けられていたことに気づく。
「えっと、欲求不満ってのは――――」
ちらりと双木にヘルプを求める。 が、もうすでに双木は見る影もなく退散していた。
「欲求不満ってのは――――」
戸惑いつつ、同じ言葉を繰り返す。
そんな戸惑いを気にもとめず、吉田は意味を尋ね続けてきていた。
くっ……こうなれば意地だ。
「例えば、僕がスクランブルエッグを食べるとしよう。僕は滅法ケチャップをかけてて食べる派なんだが、当然ながらこんな教室の中にはケチャップなんてない。ここで、とれる方法は二つあるんだ。スクランブルエッグを食べずに持ち帰るのと、ケチャップの画像をみたりやケチャップがある想像をしてで食べる方法だ。
しかし、持ち帰ってしまうと何をしているときでも、ケチャップを見ると、『ああ、このケチャップをかけたらおいしいだろうな。』とか『いますぐに帰ってスクランブルエッグを食べたいな』とか思って物事に集中できなくなってしまうんだ。それが欲求不満というわけだ。わかったか吉田ちゃん。」
と尋ねたところ、困った顔を浮かべていることに気づく。犬派猫派で例えるべきだったか。
と考えていたら、吉田が申し訳なさそうに口を開いた。
「すいません、その…………結局なんで卓球をしている燈浬さん達をみたときに欲求不満になるんですか。」
「……………」
核心をつかれた。いや、そう返される方の普通だけども。淡い期待はあったのだ。
重苦しい雰囲気の沈黙が広がる。何か、違う話題を……。
誰か、誰でもいいからこの雰囲気を破壊してくれ……!
「何をくだらない話をしているのかしら。」
突然の台詞に振り返ると、そこには燈浬がいた。
「燈浬、お前にこれをやる。ちっぽけだけど財政難だから勘弁してくれ。」
そういって、僕が投げ渡したのは10円だった。一応感謝の意は1000円分に値したのだが、今の僕の財布にとっては10円でも1000円の価値なのだ。
「よくはわからないけれど、うまい棒を一本くれたことには感謝するわ。けれど――」
「けれど?」
「さすがにポッキー変わりにうまい棒で、二人で端から食べるのには無理があるのではないかしら。」
「違う、大いに違う。そんなのこの僕が望むとでも思ったのか。」
いや本当は、やって欲しいし、望んでもいるけれど。
「そうね、流石にうまい棒では途中に破損する確率があるわね。」
「そういう訳でいった訳じゃない。」
「なら何なのかしら。私の体はとても10円じゃ明け渡せないのだけれど。」
「やめろ、これ以上口を開くな。そして僕の少しでも感謝した気持ちを返せ。」
「ならばなぜ私に10円という、所詮100円ショップか、うまい棒あるいはガムを買うためにしか使えない金をくれたのかしら。」
「10円は他にだって使い道はある!公衆電話にだって使えるだろ!理由は後で話すから。」
そういって話を切り上げると、吉田がくすくすと笑っていることに気づく。 面白いことを言った覚えはなにもないというのに。
そう感じていたら、急に吉田が口を開き、有り得ない台詞をはいた。
「苗代君と燈浬さんって、夫婦――――いや、恋人みたいですね。」
燈浬と恋人……か……
「確実に無理だな。」
「有り得もしないけれどあなたが恋人になったと仮定しても、きっと一週間以内に縁は切れると思うわ。」
「なんでですか?こんなにも相性は良さそうなのに。」
「「だって、私(僕)のボケ(ツッコミ)の鋭さに、こいつが耐え切れる訳がないから。」」
僕と燈浬の台詞が被る。 そのせいか、お互いがお互いに、なんといったのかは聞こえなかった。
まぁ別に聞いても得はしなかっただろうけれど。吉田が苦笑いしていることからも。
「と、ところで燈浬さんって何組なんですか?」
吉田が話を切り出す。
確か吉田はFだったはずだ。
「ああ、苗代と同じくA組よ。というか――――」
燈浬が意味あり気に一呼吸をおく。
いや、僕には燈浬の次の台詞が何かわかっていたけれど、いずれは吉田も知ることなので口止めはやめておいた。できうる限り傷付けないように気遣いはしてくれると信じて。
しかし、そんな気遣いなんて知るよしもなく、燈浬が無慈悲に口を開く
「あなた以外の卓球部は全員A組よ。先輩も含めて。」
「そ、そうなんですか……?」
「そうなのよ。ついでにいっておくと、このクラス分けは受験の成績順になっているのよね。A組が最優秀で、F組が――――」
「最低ランク……なんですか。そうですよね。所詮、私なんて最低ランクですよね……。」
完全に吉田は落ち込んでいた。本当に最低で冷血だなこの女。
「てかお前吉田のこと気に入ったんじゃなかったのかよ。」
僕が小声で燈浬に喋りかける。 しかし、燈浬は表情も変えずに不可解な返答をしてきた。
「気に入ったのよ。だからこそ、鞭をうったんじゃない。」
どういうことだ?普通もっと優しくするんじゃないのか?
と、思っていたらもうすでに燈浬が喋り始めていた。
「けれど、別に頭が悪い事はただ単に非難されるようなことではないわ。」
「そうですよね。私なんて頭が悪くて……馬鹿で……努力不足で……って、ほぇ?それってどういう意味ですか?」
「確かに、頭が悪いのは褒められたことではないわ。けれどそれはつまり、勉強をすることを省いてでもやりたい事に、熱中しているということなのよ。」
「え?えっと……どういう意味ですか?」
「あなたは卓球に対して人一倍努力している。だから私はそれを素晴らしい事だと思うわ。」
そんな燈浬の言葉をきき、吉田が歓喜の表情を浮かべる。
「あ、ありがとうございます!私もっともっと卓球頑張りますね!」
そういって満面の笑みでA組の教室を出ていく。
なるほど、飴と鞭ということか。
「本当に、お前って無駄なことに頭を使うよな。」
と、声をかけ、燈浬を見る。
しかし燈浬は何故か、とても暗い表情をしていた。
「どうしたんだ、燈浬、燈浬?」
そう声をかけると、そこに僕がいることに気がつき、謝罪をいれる。
「ごめんなさい。おかしな話だけれど、自分の言葉に対して少し考え事をしてしまって。」
「いや、いいんだけどさ。珍しいな。お前が急な考え事なんて。」
少なくとも。こんな短期間の話だけれど、僕が知っている燈浬は、どんな問いにも瞬時、もしくは考えるそぶりをしていた。けれど、心そこにあらずという表現が一番的確な今回の沈黙は、心配せざるをえなかった。
「いえ、少し羨ましかっただけよ。」
「羨ましかった?そんな羨ましがれることなんて吉田がいっていたか?」
「私は、物事一つに熱中できる吉田さんが、とても羨ましくて、吉田さんに憧れているのよ。私とは違い、横好きなんてしない吉田さんに。」
そういいきると、顔にはでていないが、雰囲気的に現れていた燈浬のあまりに儚い表情が、いつも通りの無表情に変わっていた気がした。
「あら、もう授業が始まる三分前になってしまっているわ。それではまた卓球部で合いましょう、苗代君。」
「いや、同じクラスなんだからすぐに会えるだろ。」
「それもそうね。同じ学校なのだからすぐに会えるわね。」
「なんで範囲を広げたのかはわからないが、まぁそうだな。」
「そうよ、おな中なのだからまた会えるわよ。」
「何故略した。略す必要がどこにあった。」
「よくよくおもうのだけれど、おな中って略した人のセンスはあまり良くない気がするわ。」
「何故いきなり否定論がはじまるんだよ!」
「と、いうか普通に、品が無い気がするのよ。私は、『同じ中学の奴はキモい奴ばかり』という言葉さえ略したくないわ。」
「やめろ!これ以上『同じ中学』の略を考えた人を否定するな!てかむしろ」
「むしろ?」
「お前だったら『同じ中学』をなんて省略するんだよ。」
「なじ中とかでどうかしら。」
さりげなく、反論しにくい言葉が返ってくる。
くっ、なんとか言い返さなければ……。
「確かに悪くはないけどさ、奈寺中学って学校があるかもしれないだろ。」
「かなり言い掛かりに近いのだけれど。」
といったところで学校にチャイムが響き渡る。 もう授業が始まるようだ。
「それではまた後でね、苗代君。」
そう、燈浬がいって自分の席に向かう。
先生もすぐさま教室に現れ、また退屈な授業が始まりだした。
瀬永真広(以後真広)「それでは、基本卓球用語講座を始めます……って、また一人なんですか……。何故私の時だけ…。
ま、まぁ人が多かろうと少なかろうと、解説することは変わりないんでいいんですが……。正直、史くらいいてほしかったです。」
安川史(以後史)「誰かに助けを求められた気がする!って瀬広ちゃんじゃん!何してんのこんなところで?」
真広「い、いえ、基本卓球用語講座を……。」
史「ありゃ?てかなんで私は瀬広ちゃんによばれたの?ついでに瀬広ちゃんなんかにやけてない?」
真広「に、にやけてなんていませんよ。ところで質問なのですが、なんで私の講座の時は一人なんですか?」
史「それの理由は簡単だよ、瀬広ちゃん!」
真広「そうなのでしょうか?」
史「そう!つまり、瀬広ちゃんの講座には欠点がないからいつも一人なんだよ!それと、ツッコミにキレがないし、瀬広ちゃんはボケないからやりにくいってのもあるかな!」
真広「欠点がないっていわれたのは嬉しいんですけど……、素直に喜べないですね……。」
史「ていうか瀬広ちゃんはボケ役?ツッコミ役?」
真広「あまりそういう概念を持ったことはないですね……。」
史「それがまずいんだよ瀬広ちゃん!さぁ今すぐにボケかツッコミかを――――」
真広「あら?もうこんな時間でしたか。もうそろそろ講座を始めなければ。」
史「…………。」
真広「さて今回は打法・技術についてです。まずは有名なところから行きましょう。
まず最初にあげる打法はライジングと呼ばれるものです。
通常、ボールが台にぶつかって跳ねた時に、最もボールの位置が高くなる位置を頂点といいます。通常は、トップ、もしくはトップより後でボールを打球するのが常識なのですが(通称トップ打ち)、それよりも早い打点でボールを打つことをライジングといいます。
早い打点でボールを打つことにより、相手に早い返球をし、タイミングを崩せるうえに、相手にボールが速く見せることが出来る優れものです。
主に前陣速攻型のプレイヤーが使います。」
史「まぁ解説はそこらへんにして、昼食とりにいこうよ!」
真広「そうですね。今日付き合ってくれたお礼としてはなんですが、昼食は奢りましょうか?」
史「やったー!そういう瀬広ちゃんの義理深いところ、私は好きだよ!」
真広「と、当然のことをしているだけですよ。」
史「いやー!照れてる瀬広ちゃんもかわいいね!」
真広「やめてくださいってば!」