大切な親友
コッコッコッ
惨めに響くその音は、無惨にもゆったりと薄れていく。それと同時に訳のわからない感情が溢れて来る。
悲しみなんかじゃない、僕が卓球をしていることに対する、僕なんかが卓球に希望を抱いていたことに対する絶望が、溢れていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「2セットマッチの試合10試合で、1セットでもとられたらそっちの勝ちでいいよ。」
少女が告げる。
そんなハンデを付けていいのか?
そう言おうとしたけれど、こちらに有利であることなのを無駄にはしないためにも、その条件を飲み、台につく。
「先行はこっちでいいかな?」
少女が僕に尋ねる。
「ああ、いいよ。」
そう言い返す
正直どっちが有利かもあまりわからないからもあった。
「じゃあ、お願いします。」
「お願いします。」
そう挨拶を交わすと、少女がサーブにうつる。
その少女のサーブは、フォア側に伸びてきた。
――あなたはフォア側のロングの球は叩けますよ。
ふいに安川先輩のそんな言葉が思い浮かぶ。
叩くって事は確か……
バチンッ!
おもいっきりスマッシュをうつ。
そのボールは、しっかりと相手の陳にバウンドし、相手のラケットに触れないままに跳んでいく。
「なっ……!?」
少女が驚愕な顔を浮かべる。
しかし、すぐさまサーブモーションへと移り、バック側にサーブを打つ。
確か、バックへのサーブは……
裏側の粒高にボールを乗せるようにして、ボールを弾き返す。
そのボールは少女のバックサイドへと返っていった。
しかし、少女も簡単にバックドライブで返してくる。
だけど、フォア側に返ってきたから……!
すぐさまそのボールを叩く。
そのボールはまたもや、相手の陳について相手に触れることなく、跳んでいった。
このままならいける……!
そう思っていたら。突然少女が少女が意味のわからないことを呟いた。
「11-2……か。」
そして、こちらが圧倒しているというのに、少女は余裕の笑みを浮かべて、声をかけてきた。
「そっちのサーブだよ。」
そう僕にボールを渡してくれる。
確か……サーブはボールの下を切るようにして、できるだけ短く出すのが定石だったはずだ。
そう思い、下回転をフォア側に短く出す。
少女はそのボールを、ドライブでフォアのロングに返した。
当然ながら、僕はスマッシュを打った。
少女はバックに返す技術だってあることを、考えようとせずに。
「残念、そのスマッシュは攻略したよ。」
少女がスマッシュした球を、裏面でバック側に弾き返す。
僕はそのボールに触れることさえ出来なかった。
「なっ……!?」
そう驚愕しつつも、同じサーブをすぐさま出した。
しかし、またしても、浮いたボールが返ってき、叩いたものの、カウンターを下される。
どういうことだよ……!?瀬永先輩でさえ『この速さは返せない』っていたのに……!?
そんなことを思っていたら、少女がすでにサーブをしたがっていることに気付く。
「わ、悪い。」
すぐさま返す体勢をとる。
そうだ。まだスマッシュを返されただけなんだ……!粒高だってある!
少女がサーブをこちらのバック側に出す。
そのサーブをまたしてもバック側に返そうとした。しかし、ボールは少女のフォア側へと流れていった。
そして、少女は僕を絶望させた。
少女は僕と全く同じフォームで、全く同じ速さでスマッシュをしてきた。
僕だけの技を、少女が使った。
その瞬間だった。勝てないと直感したのは。
「まだだ……まだ……!」
そう言わなければ、卓球をし続ける気力が保てない気がした。
そこからの試合は、一方的だった。
少女の告げる点数の僕の点数は一回も変わらないまま、セットが終わっていく。必死に返しても打ち抜かれ、必死に打っても返される。
もう何セット取られたのだろうか。それさえもわからなかった。
そんな時だった、燈浬が立ち上がったのは。
「もうやめにしましょう。」
その少女はそういった。
「嫌だよ。だってまだ8試合目だよ?」
「何をいっているの?これ以上やったところで、何も変わらないことくらいわかっているんでしょう?」
「わかってるよ。だけどね、このお兄ちゃんの選手生命は、無くさせないと気が済まないんだよ。」
その言葉を聞いた瞬間、燈浬が少女を叩いた。
そして、少女に怒り声を発する。
「ふざけないで。選手生命を奪うなんて、私の前でしないで。それともわざとなのかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、少女が我に返ったように謝罪し始めた。
「そ、そうだったね。ごめんなさい。申し訳ございませんでした。もうしません。許してくれる?」
「知らないわ。とりあえず約束は約束なのだから、そっちに行くわ。」
そう言うと、燈浬が、少女とともにまだ暗い外へと向かい始める。
「あなたは、離れても私を大切だと思い続けてくれる?部活の一員だった時のように。」
燈浬が突然止まって、崩れかかっている僕に向かって尋ねかけてきた。
僕はその問いに即答した。考えるまでもないのだから。
「当然だよ……。燈浬はぼくにとって、大切な親友なんだから……。」
声がかすれて、聞こえていたかもわからないが、燈浬は頷き、外へと出ていった。
ドアを閉めた振動によってか、ボールが、台から転げおちる。
コッコッコッ
惨めに響くその音は、無惨にもゆったりと薄れていく。それと同時に訳のわからない感情が溢れて来る。
悲しみなんかじゃない、僕が卓球をしていることに対する、僕なんかが卓球に希望を抱いていたことに対する絶望が、溢れていった。
そんな中だった。
突然後ろに立て掛けてあるバックから、振動音が聞こえたのは。
「何だ……?」
無理矢理立ち上がり、バックからスマホを取り出す。
そのスマホには、燈浬からメールが届いていた。