一人の少女
「ところで燈浬ちゃんは、どんな感じに卓球に勝ち抜いているんだ?」
「そうね、私は……蝶のように舞い、蜂のように刺す、といった感じかしら」
「詰まるところ、優雅ながらにやりつつも、攻めるときはきちんと攻めるって感じか?」
「!?」
「何だよ突然、エクスクラメーションマークしか使わないなんて、楽するにもほどがあるだろ」
「『まさかあなたが、ボクシングのヘビー級チャンピオン、カシアス・クレイさんのお言葉を知っていたなんて』という意味よ。」
「確かに、こんな長い文章を省略して、なおかつ相手に割と伝わりやすい点、エクスクラメーションマークは使いやすいけれど、今回の場面では使っても何がいいたいかわからない!」
「ああ、長い長い。全くあなたのツッコミこそ、エクスクラメーションマークに置き換えるべきじゃないかしら。『!!?!?!』みたいに。」
「もはや暗号だ!」
「??」
「不思議がってることしかわからない!」
「……っ!!」
「よくバトル系でみるやつだ!?」
「?!」
「『!?』と変わらない……って、ところで燈浬ちゃん。」
「!?」
「まだ喋りを解除していない!?」
「冗談よ。何かしら?」
「『?!』と『!?』って何が違うんだ?」
「詳しくはわからないけれど、深い意味はないんじゃないかしら。強いていうなら、『!?』は、先に文章に『!』がかかった後、『?』がかかり、『?!』は、先に文章を疑問形にした後に、疑問形ごと『!』をかけてる、といったかんじかしら?……まぁ口では説明しにくいし、違いもないと思うけれど。」
「まぁ一応は理解したよ。ところで燈浬ちゃん、多球練習用ネットをくれないか?」
「いいわよ。」
「で、何の話してたんだっけ?」
「あなたがいつどこでなぜどのように死ぬかを話していたわ。」
「絶対に違う話題だ!?」
「最終的には、五年後、学校で、女をたぶらかし過ぎて、一人の女に惨殺される。という結果で落ち着いたわ。」
「最悪な死に方じゃねーか!第一僕は、女性をたぶらかしたりなんかしない!」
「たぶらかせないの間違えじゃないかしら?二つの意味で。」
「…………。」
「三点リーダーを使ったって言い逃れは出来ないわよ。」
「何に対する言い逃れだよ!?」
「ところで今気づいたのだけれど。」
「突然なんだ?」
「あなたが長いツッコミする時って、大抵文頭に『確かに』ってつくわよね。」
「確かに、さっきの話の流れのまま、話を続ける事は困難だったけれど、わざわざ僕の長いツッコミについて解説する必要もないだろ!?」
「もうひとついうと、長いツッコミキャラは嫌われる傾向にあるわ」
「いらない情報過ぎる!?」
「全くなんて痴漢なのかしら。」
「突然痴漢と断言された!?」
「あら知らないの?『痴漢』というのは『痴がましい漢』と書くのよ。」
「へぇ、つまりナルシストは痴漢なのか。」
「いや、ナルシストの全員が全員、おこがましいわけではないけれど……。まったく、あなたこそ癇性と感傷を緩衝したらどうかしら?」
「無理矢理過ぎて意味がわからない!?」
「思いの外、『かんしょう』の同音異義語が多いことを弘御君に伝えてあげたというのに、怒鳴られてしまうなんて。弘御君ったら最低〜。」
「小学生のノリだ!?」
「……まぁ冗談もほどほどにないと、卓球がはかどらないわね。……時間も時間なのだから。」
「確かに時間はもうヤバいな。」
「今からは集中したいから、一切喋らないで頂戴。」
その言葉を旨に、僕らはもう少ししかない時間を、卓球練習に使いはじめた。
「私は最大のミスを犯したわ」
卓球ボールが台に当たる音ばかりが、体育館に鳴り響く中、突然燈浬の声がした。
「なんだよ突然」
「一応もう練習を終える時間なのだけれど、あなたがいたが故に全く練習が捗らなかったといいたいのよ」
「…………」
反論ができない。
現に、本当は、30分集中して練習をする予定だったところ、僕の失言ともいえる発言から、雑談しつつ練習をするという集中には程遠い状態を20分程度行ってしまったのだから。
そう沈黙していると、燈浬が意外なる言葉を発する。
「……別に嫌味で言ったわけじゃないから、ツッコんで頂戴。これでツッコミをしないからあなたの才能はそこまでなのよ」
「ツッコミのダメだしをされた!?」
というかボケでいってたのか!?
「正直なところ、雑談は楽しかったわ。だから、むしろ違う意味では感謝しているわ」
燈浬がクールにきっぱりといった。
何と言うか、悪くいえば感情が篭っていなかった。いつも通りであるけれど。
「とりあえず、雑談は歩きながらにするか」
そう燈浬に伝えると、すんなりと了承して、外に出てアパートへと向かうため、ドアを開ける。
今日は、昼間は異常に暑いくらいだったけど、今では驚くほどに、異常な暑さは消えうせていて、むしろポカポカした空気が流れ込む。
そんな事を感じ取りながら外にでる。
その瞬間だった。僕は驚愕した。
「驚いたわ。こんなにも星が見えるなんて。」
そう、幾千の星が、空に広がっていた。
これまで、今日ここにくるまで、この地域では夜に外に出ていなかった僕からしたら、それはひどく幻想的で、感動的だった。
それはきっと、燈浬からしても同じだったのだろうか。冷静な口調で呟いていたものの、燈浬までも、驚きを隠せていない。
とても長く、そして短い時間、空を見上げていたら、燈浬が突然口を開く。
「私は好きよ、こういうの。人工的な機械ばかりいじっているけれど。いや、人工的な機械ばかりをいじっているからこそ、かしら。」
「意外だな。僕はてっきり、こんなもの見飽きていた、とか、星は嫌い、とかいってくると思っていたよ。」
いやむしろ、燈浬だったらこんなもの目に留めずに歩きつづけるとさえ思っていた。
そんな皮肉をいうと、またも意外にも、純粋な回答が僕の元へとかえってくる。
「そうかしら?私は好きよ。まさに幻想的で。丸い月がなければどこか虚しくて、星がなければ単調すぎる。その点今日は、丸い月に数々の星なんて、偶然のようで必然のように感じるわ。」
「そうだな。僕もきれいだと思う。きれいだと思う、けど―――」
僕はこれをみて、確かに感動したし、幻想的だと思った。だけど、そんな気持ちよりも遥かに、物悲しく、切ない感じがした。理由なんてわからないけれど。
そんな中、突然に、全く知らない声がした。
「探したよ。お姉ちゃんったら小細工をかけるものだから、時間がかかっちゃったわ。」
星空への視線を前へと落とすと、たった一人の少女がそこにたっていた。