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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
三章 未踏山脈
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   宣誓、狂気 ④

 本気というのは滑稽な言葉だ。今まで手を抜いて相手を殺せずに、追い詰められたと自ら吐露するような言葉に過ぎない。

 それは誰が相手でも変わらない。


『知っていますか、葬儀屋さん。本気で行くという台詞は、どこかの本では旗を取ると言われて確実に負ける台詞なのですよ?』

『そこで逆転してみせるのが面白いと、僕は思うよ』


 女、アルネは喋ることなく素手で立っている。黒剣と棺。どちらも此処にないのは本物かを見せないためか。それとも本体はどこかへ逃亡しているのか。

 ただ、怪我の後も欠損した片腕も見られないのは逃げたと見ていいだろう。

 追うにしてもキーツが肩を竦めていることから見失ったのだろう。

 ただ、それでも。この中に居る一人が本物という可能性も拭いきれない。術式で作られた物体が喋るというのは、繊細に術式を展開しなければ難しい。


「どんな神具かね、ありゃ」

「煙が出て、偽者が出るまでが効果にしては弱い気もするけれど。段階を踏まないと強力な効果が発揮できないものかしらね。厄介な事に変わりはないけれど」


 炎の巨人を一体打倒したニアスとリベイラの姿は無残なものだ。片腕どころか、片足まで失ったリベイラと、両手を失い脇腹まで焼失しているニアス。

 この二人はもう戦力として数えられない。更に、ヒロムテルンも燃やされた箇所が溶けているため片足。


「死ぬ、俺らもう死ぬっす」

「ぅぁ……。もうこれ生きていけないよぉ」


 双子は息こそあれど、両腕を飛ばされたことから戦意を失っている。

 ならば戦えるのはイニー、ルカ、ムーディル、ダラング、キーツの五人だ。


『さて。では、お手柔らかに』


 二十人が動く。


「あははは! 早いね!」

「これは少しばかり厳しいですね」


 瞬速。目を閉じればそこで刈取られるような錯覚。

 音を起きざりに、腕がまるで剣のように変化して振りぬかれる。それが、二十。

 一流の技量を持ってして放たれる剣の腕は避ける事を許さない。即座に見て取ったルカは、あえて渦中に飛び込むことを選択する。


「あれ?」


 ひしゃげた片腕を鞭のように扱いルカが腕を振りぬく。腕は当然のように更に損壊の具合を増すが、代償として三人ほどの首を刎ねることに成功した。

 しかし、血が溢れない。どころか首を刎ねられようと彼らは構いなく動く。


「ああ。これは分が悪いですね。僕は殺せない相手と殺し合いをする趣味もありませんし」


 試しにイニーが避けながら中位術式『土槍』を相手の足元に直接展開。地面から土の槍が突き上げられ、二十人に対してあっけなく突き刺さる。


「……落ちて居る肉は勝手にくっ付こうとしている。なるほどね。文字通り肉壁という所かしら。対処が自然に難しいわね。ディル、全部凍らせられる?」

「不可能ではないがな。中央に未だ陣取る巨人が邪魔ではあるが」


 炎の巨人は現れた二十人の後ろに立ち、其処を通さぬ不動の門番としての存在を誇示している。これを討とうと直接動けばまた被害が新たに拡大するだろう。

 撤退と言うよりは明らかな殲滅戦だ。聖騎士の二人がこの場に居ないのは逃げたというよりも、弱点を無くすためだと取ることが出来る。


「術力を使いきるつもりで動くのが打倒なところか。ふん、我としては解体も出来ぬ者を殺す気はないぞ」

「そこはハルとリベイラにやってもらうけど、問題ないわよね。ああ、ヒロムテルン。下位術式を撃ってくれないかしら。……よく考えるともう神具はないのよね、私はやっぱり自然に帰ってもいいかしら?」


 淡々と今後の動きを言い終わったリベイラは突然やる気を失う。この戦闘を無事に終えられたとしても、得られる物がない事に気づいてしまったのだろう。


「別に構わねぇけどよぉ。帰れるのか?」


 会話の合間にもルカとイニーはアクァルとアルネの姿を模した彼らを殺し続けているが、その作業は進展を見せない。どころか、確実に押し込まれている。

 術力の供給が出来る範囲に居るからあの肉人形は再生し続けるのか。それともソレこそが神具の能力なのか。


「少し難しいけれど不可能ではないわね。……でも安全を求めるなら駆除した方が早いのね。面倒なのは自然だけれど、やらないのも不自然と言うところかしら」


 吐き出されたのは気だるさと、殺意。


「一部は献体として持ち帰りたいけれど、どうなるかしらね」


 瞬時に組み上げられる術式は風。彼女が最も得意する術式。

 平原の風向きが変わった。先ほどまでの、場所を限定しての小さな暴風ではなく。

 王都にまで届きそうな程のうねりをもって。


「おい二人とも! ついでに双子! 急いでこっち来い!」


 珍しくニアスが焦り、合流しようとする彼らの後方に多彩な術式の壁を作り出す。幾重にも重ねた壁を抜くのは、幾ら彼らが神具によって生み出されたモノといえども数秒はかかるだろう。

 その間に彼女の術式は展開される。


「完成した術式は好きではないのに」


 舌打ちと共に。

 風が――終わった。

 一瞬で全てを削り取った嵐。展開された時間は五秒に満たないだろう。

 僅かな時間で地形が切り崩されていた。土煙すらもなくなる凶風。後には僅かに白い肉塊が残っているのみ。


「久しぶりに見たな、テメェの……なんだ、実験番号十八番だったか?」

「風術式と空間系術式の複合術式『実験番号三百七十四号』よ。そこまで覚えられないのは不自然だわ、わざとね。とは言っても、術力量が膨大すぎて使えないわ。戦場でも術式の構成が長すぎて展開前に干渉によって解れるわね。威力のみを追求しても面白みのない結果にしかならないのよ」


 前に広がる穴を見ればその言葉が冗談としか聞こえない。本人が言うのならば構成に穴があるのだろう。術力の量にも問題があるのだろう。

 しかし、ならば改良すればいい。改善すればいい。ここまで強大な術式を完成したと投げ捨てる道理などあるはずがない。


「んー。ランちゃんはちょっとバカだよね!」

「それは僕も同意しますよ。アレほど殺せそうな術式を捨てるのですから」


 片足を失った状態で跳ねるルカにイニーが足で短剣を振るい、それを避けながらルカが近づく。

 すでに二人の身は限界だ。ここで一押しでもされれば死は免れない。だからこそキーツは周囲へ警戒を巡らせるも敵の気配はどこにも見えない。


「う、うひゃぁ……。い。今の何ですか?」

「わっけわかんえぇ。上位術式っつーか、上位でも戦術級じゃねぇっすかあれ」


 武器が重かったためか脇に両腕のみを抱えた双子が呆然と口を開けながら跡地を見つめる。

 常人では生きてお眼にかかれない光景だ。見れば死ぬという意味でだが。


「発展性が見込めないのよね。もう少し、他に応用がきけば研究のし甲斐もあるのだけれど。自然に攻撃系の術式はそれ以外の用途が難しいわ。無からの創造、死者の蘇生、時の逆流。どれかを打破できる可能性があるなら研究も更に楽しくなるのに」

「学者さんはどうにもそれしかねぇなぁ。つーかそんなん無理だろどうせ。んじゃ、戻るか。腕とか足もどっかから貰わねーとなぁ。第四何人か殺すか」

「私の前で許すと思うの? 何人かの腕と足ぐらいならどうにかするわ。イニーは腕の加工とかは自分でしてね。ルカは、傷がもう塞がっているし。私も片腕が無くなったのは困るわね」


 戦闘が終わったことをようやく確認したリベイラがそれぞれに指示を出す。

 彼女が居る以上、平然と生きている彼らが死ぬことはないだろう。そもそも自力で生き残れる連中だ。リベイラが居なければ何人殺してその身体を補填するかはわからないが。


「治るんすか! やったー! 明日も両腕で飯が食える!」

「え。本当に? 娼婦としての日々が待ってないんですか! 良かったぁ!」


 二人が安堵の歓声を上げる。とは言え二人はまだマシだ。腕の原型が残っているのだから多少他から足して繋げばいいだけの話。

 それすらも常人には不可能だということを除けば、何一つ問題はない。


「けど……ヒロムテルン。眼の方に影響は?」

「少し厳しいかな。他の血が混じると調整がね。一月ぐらいは動けないけれど、仕方ない。なるべく同じ種族がいいかな」

「わかったわ。今日は少しばかり、忙しくなりそうね」


 言葉とは裏腹に、リベイラの表情にはこれから始まり医療行為に対する愉悦が滲み出ている。






「大丈夫かい?」

「ごめんなさい、クァル兄。こんな所で、あれまで見せて。それに私の身体を治すのに、出てしまった」


 悔やむ声を漏らしながら彼女は泣きそうな声で、震える声で呟く。

 棺を背負い、妹を抱きながら。アクァルは歩く。


「そうだね。油断したのが、痛い。最初から全力なら彼らを圧倒して殺すも生かすもできたかもしれない。そもそも初手で仕掛けていれば暗部総括も殺せたかもしれない。……可能性を言うのは悪い癖だよ、僕の可愛い妹」


 街道に敵の姿は見られない。暗部が追いかけているとしても、並の相手に敗北するほどの生を生きてきたわけではない。


「でも」

「次はちゃんとやろう。油断なくね。それに、聖皇様の命令に従わないとね」

「……任務は、未だ、ですけれど」


 イニーの勧誘などは二人にとってついでだ。最も欲しかったものを手に入れるために眼を眩ませる方便に過ぎない。

 可能ならば、という程度には動いていたと言っても。


「これから果たせるよ。炎王がいなかったのが誤算だったね。何にせよ、僕らの仕事はこれからが長いんだ。こんな所で死ぬわけにはいかない」


 宣言するように呟かれた言葉は消えない。

 彼と彼女が行なうべきはこれからが本番だ。王国側が気づいているかは、結局二人にはわからなかったが。

 聖皇国として、決して許されない計画が始まり、そして近年にその終わりが始まっている。その真偽を確認するためだけに二人は派遣された。


「ところで、もう降ろして」

「まだまだ僕は元気だよ。可愛い僕の妹。でも、本当。特務は強いね。神具を持たれていたら危なかった」

「……私は三段階。クァル兄も一段階の肉人形まで使うことになるなんて。少し、見くびっていたかな」


 二人が持つ準格神具あってこその戦いだった。とまでは言わずとも武器の性能に助けられたことは否めない。


「うん。もう一度敵対する事になったら、確実に一人一人殺そう。あのキーツと呼ばれていた男も厄介だよ。全く、彼らの仲間なのかどうかわからないけれど。気配の殺し方は一流すぎる」


 溜息を吐きながら先ほどの争いを脳裏に浮かべる。

 連携はなっていないが、個々の力量は高く、またそれが限界というわけでもない。よくわからない弱さだった双子も、まだ伸びる可能性を秘めているだろう。


「……あの二人だけでも殺しておけば……。でもあそこで討ち取ったら危ない気もしたし」

「あの二人の運がよかったんだろうね。聖皇国だと、そんな事を言ったら死罪になるけど」


 異種族に対して、聖皇国の民は苛烈な差別意識を持っている。

聖騎士や軍を率いる騎士たちは、意識を持っては死ぬということを実地で学ばされてはいるものだ。


「でも、あそこで殺していたら……私は死んでいたかな?」

「うん。だと思うよ。両腕を飛ばされた反応を見ると慣れてないみたいだし。後で殺せると判断したのも正解だったんじゃないかな。ただ、殺してたら術眼血族らしき彼も殺せたかもね」


 腕を飛ばすことで限りなく隙を潰し、反応できる程度の隙を作る。それが狙いだった。

 一種の賭けだ。ただ己の命を第一優先としたアルネにはそこまで賭けをする場面でもなかった。

 もしも行なっていれば確かにヒロムテルンを殺すことは出来ただろう。変わりに身体を分割されるのではなく、首を刎ねられていたという予測も立てられる。


「一人一殺をするのはちょっと難しいね」

「結果論だからね。僕も君も反省して活かすべきところを活かそう。殺せるべき時に殺せるように。……できれば、あまりそういう事をして恨みを買いたくはないんだけどね」


 浮かべる苦笑いには後腐れや後悔などは見られない。本心なのか、それとも口にしただけなのか。

 伺い知ることは妹のアルネにもうかがい知ることは出来ない。


「……そろそろ降ろして」

「可愛い妹を抱き上げられる機会なんて滅多にないんだ。少しは兄として働かせてくれないかな」


 それは本心なのだろう。緩い笑みを浮かべる兄の言葉にアルネは溜息を吐く。

 二人が向かうのは、おそらくリーゼが通るであろう街の一つ。

 彼らは本命の任務を果たすために足を進める。

次で4話終了します。

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