宣誓、狂気 ③
言ってしまえば。作戦は脆くも破綻した。
「まさかまさか。連携は二人の場所を選ばないとは」
嬉しそうに言うイニーの腕は一本が炭化していた。残り三本もあるのだから一本ぐらいは消えても問題はないとしても、状況を見れば非常に厳しい。
ルカもまた片腕がひしゃげている。棺による一撃を受けて腕一本というのは安いというべきだろう。ヒロムテルンは無傷でこそあるが、右腕から繰り出される剣を回避する事に気を取られ僅かに疲労が見え隠れしていた。
ニアスに至っては死ぬのがわかっているのか傍観する事を選択している。
「あははは! 強いね! 私たち死んじゃうかな!」
「さて。それならその前にルカを殺してみたいものです」
軽口を叩きあいながら二人は炎を避ける。
巨人だ。やはり其処に立つのは炎の巨人。物理的な手段で破壊出来ないソレを打倒するには術式。しかし。
「楽しそうですね」
アクァルの棺が二人を轢き殺すために動く。直撃すれば死は免れない重量からの一撃。更に黒剣使いアルネも別の炎を紡ぎ出し自在に動かす事で巨人を守りながら、攻勢を仕掛ける。
「ディル、もう少し頑張って」
「ふん。余裕があるのならば行なうがな」
ムーディルの墓標の天幕は冷気を増している。されど、届かない。弱体化は僅かながら行えているだろう。それでも相手は準格神具。
神の力と言われる武装の一つ。炎を司る神具。は並の術式では太刀打ちできずに当然。僅かでも効果を出しているムーディルの手腕こそを褒めるべきだ。
「だが、我とて無限の術力を持つわけでもない。そもそも、アレらが我を狙えば避けられる道理はないぞ?」
「私と貴方は戦闘が苦手だものね。一流を相手にするには自然に荷が重過ぎるわ」
肩をすくめる二人とて決して遊んでいるわけではない。術式の維持。前衛で戦う三人のために援護の術式を紡いでいる。
一撃一撃が本来人を殺すのに過剰な術式群。暴風が、烈風が、疾風が嵐の如く吹き荒れる中。前衛組を共に殺しても構わないとでも言うように放たれる術式の数々。
それらを全て防ぎながら戦っている聖騎士の二人。地力は同格。しかし特務を相手に渡り合えているのは神具の力によるもの。
「あ、あっはは。いやぁ、神具の力って偉大でしね!」
「お前声裏返ってんぞ」
「兄さんこそ足震えてるじゃないの」
双子は後衛のたちの前で震えている。逃げないのは、背中を見せる恐怖と下手に逃げて特務が生き残った際の風当たりを意識するためだろうか。
「安心なさい。私が殺させないから。でも……厳しいわね。私じゃ足手まといになるわこれ」
前衛組の戦闘は双子では目で追うのがやっとだ。随分と彼らの戦闘を見慣れたつもりの彼らでも。初見では追えない程の速さとなる。
「ああ。見ていれば? 得られるものも、あるでしょう」
リベイラの言葉に双子は力なく見つめる。
黒剣使いのアルネがヒロムテルンへと剣を繰り出す。振るうたびに大気と反応して炎が生み出される。それだけに頼るわけではない。
足の位置が常に違うのは重心を変える足捌き。
一撃に重みを乗せながら、どの方向にも避けえるように。更にはヒロムテルンへの攻撃と同時に、兄であるアクァルの援護を行なっているのかイニーやルカらへの牽制として距離を維持しながら視線を向ける。
「アレ、同時に巨人も動かしてるんすよね」
「ちょっと理解できないですね……。ヒロムテルンさんを狙う一撃とか、アレ絶対私避けられませんよ」
牽制の狙いには気づいていないのだろう。それでも卓抜した足の動き方には感心する。
ヒロムテルンの足捌きが意識するのは重心ではなく流れ。重心移動も確かに卓抜したものだが、全方位を見通すヒロムテルンだからこそ可能な決して力を殺さない動き方だ。
「……ヒロムテルンさんとか、なんかスゲェと思うんすけど。ルカさんとイニーさんはなんか、あっちも凄いっす」
対して。ルカとイニーはまた違う。
イニーの動きは殺意を形にしたものだろう。的確に殺意を差し込むための最短経路を直感で理解しているためか、短絡的な動きが多い。だが、しかし、それでも。
隙間無く吹き荒れる風を常に味方としている。無差別だからこそ威力を殺さないダラングの風術。相手をそこに導く動きだ。
ルカは言うまでもなく無駄を排した動きと、強引な回避。無理を伴う行動としか取れない動きと稀に洗練された技術が混ざるちぐはぐな行動。それでもまともに渡りえているのは、死に敏感だからだろう。
炎の巨人と棺の攻撃を避けながら行なっていることまで噛みすれば、今まで生き残っていたのが幸運ではないと断言できる。
「私はアレ、無理ですね……」
二人もさるものながら、アクァルもまた異常だ。
連携のための動きを行いながらも的確に致命傷を避ける。時にはわざと一撃を喰らいに行く。痛みを恐れぬような行動。
何より、風術の来る位置へ誘導されようと紙一重で避け続ける判断力。暗殺者として名を響かせながらも生きているのはけして国の庇護に甘んじているからではないのだろう。
「私に文才の一つでもあれば話として纏めてもいい戦いね。もしくは、戦闘の見本として本に出したら売れるのかしら?」
無論、そんな事は許されないだろう。王国と聖皇国。どちらにしても不利益しかないものだ。
「……ああ。余裕が出来たのかしら」
リベイラが剣を引き抜き後ろへ飛び去れば、その場に腕が燃え上がる。
徐々に形を成していく光景は冗談みたいな光景でしかない。アレだけの戦闘を行いながら炎術を敵の近くへと組み上げ自在に動かす。
既存の術式とは違う、神の業とでも言うべきか。
『兄さん!』
『うん。僕の愛しい妹、君は本気でやってもいいよ』
聖騎士の二人が声を上げて言い合い、言語を理解できる者は警戒を一層深め。
アルネは、呟く。
『最後に啼け、ディエレッカ』
空間が破裂するような。世界が震えるような錯覚。
黒剣が震えるように鳴動する。空気が割れるように音を響かせる。
――準格神具『炎剣ディエレッカ』は、炎を支配し、滾らせ、命を与える。
「ッ!」
リベイラの右腕が、消える。肉の焼ける臭いと激痛が届いたのは焼けた数秒後。
己の意志を得た炎は供給される術力を糧にして、この場を制圧する事を命題として与えられる。最初に潰すべきが誰なのか、それを本能とも呼ぶべき知識で判断する。
「あれ。なんか、動きが良くなってないすか?」
先ほどまでの指示通り、いや式に組み込まれただけの動きを繰り返す単調さから一転。
意志があるように動く姿に双子が焦りながら後ろに飛びのく。片腕を応急処置で塞ぎながらリベイラが苦い顔となった。
「……動きに法則がないわね。そういう術式を組んだとしても、他の術式を組んだほうが良いと思うけれど」
最初の一撃はそれまで見慣れたものから一変して荒々しい。
生き物の如き振る舞いは単純な予測を難しくする。しかし、それでも動きの予測はすぐに検討がつけられる。それでも攻め崩せない理由は身を構成しているのが炎だ。
「ニアス」
「へいへい。まっ、ここで働いておかねぇとなぁ」
溜息を吐きながら、ニアスは駆ける。剣に纏わせるのは氷術式。冷気を纏う剣を炎に向かって振りぬけば、触れた箇所から炎が消えていく。
すぐに修復はされるものの、全体の炎が僅かばかり少なくなっている。
「わかりやすいのはいいんだがな」
「痛みを感じないのは厄介ね」
剣が自身を傷つけることを知っていながら、炎はニアスへと反撃を試みた。
腕を僅かに焼いた炎の一撃。骨が見える程の攻撃に顔を顰める。
「手が空いてるのが俺らしか居ねぇのもなぁ」
「最悪、増やされるわよ?」
炎の巨人は現在二体。だがもしかすれば、それ以上の数を作り出すかもしれない。
十、二十、いやそれぐらいならば逃げる事を選ぶ。最悪、百も作られれば逃げる事すら許されず殲滅されてしまうだろう。
「厄介だわな。おい解体馬鹿、どのくらいだよ」
「我が死ぬまでは保てるであろうがな。それよりも貴様らが死ぬのが先に見えるが?」
「あら。貴方が死んで、自然に私たちが崩れるのが先になるんじゃないかしら。先に前衛組が倒れたらそこで終わりでしょうけどね」
ルカらも善戦はしているが押し込めては居ない。ニアスが居たところで焼け石に水。
拮抗している時間は僅か。ならば、どうにかして押し込む必要が出てくる。
「……貴方たち、自然に死んでくれない?」
「い、いやとか言ってみたり?」
「ふむ。特務の全滅と貴様ら二人の命か。命に貴賎などありはしないが、計算すればその方が良かろうな」
「最悪リベイラが助けてくれるでしょう。だから、黒剣使いの方に行ってくれない? 三秒稼げばヒロムテルンがどうにかしてくれるわよ」
どうあがいても死ね、と言われているようだ。しかし逆に言えば三秒耐えるのなら勝機もあるという事だろう。
二人は獲物を手に掴む。
四格神具『重石』と呼ばれる量産型の槌と、四格神具『水剣』と呼ばれる量産型の剣。重石は物質生成の陣により、内部の重さが流動する。水剣は、水術の動きを補助するもの。
「じゃ、じゃあ行きます!」
「死にたくねぇなぁ……」
泣きそうな顔で、先ほどの前衛組が行なっていた動きを意識して二人は飛び出す。
たかが三秒。しかし三秒。二人のような実力のない者としては無限と思えるような時間だ。
「エルトニアス兄妹、突撃しますっ!」
拙いながらも悪くない連携をもって、黒剣使いに左から回りこむ。炎の余波を防ぐために展開した水術は凍り、瞬時に解ける。
二人は近づいて初めて理解する。あの黒剣がとてつもない熱を放っているのだと。
「あっつ! 料理に使えそうにない!」
「肌が! 荒れる!」
死線で軽口を叩けるようになったのは、僅かな進歩だろう。
自らの後方から迫る二人へ対処する意味もないと判断したのか、アルネはヒロムテルンに剣を振るいながら中位炎術『炎蛇』を展開。
同時に命を与えられた三十の蛇が母たるアルネの意志に従い大地を燃やしながら這う。
「ぅおおぉぉお!」
それに、兄は、叫び。
思考を限界まで加速させ術式を展開。中位水術『水壁』が、蛇を覆い隠すように展開されると同時に凍結していく。
即席の壁は蛇を囲うだけではない。数匹の蛇の上に作られた水壁は蒸気を発生させる。
氷の大きさは二人の背を覆い隠すほど。視界が塞がる一瞬、二人は動く。
アルネの前方と、後方。ヒロムテルンから見れば両側面から。
「うわぁあああ!」
「うおぉぉお!」
二人が同時に剣を槌を振りかぶる。
だがしかし。読まれたいたのだろう。
『声を出すのは三流ですよ』
黒い軌跡がしっかりと振り抜かれ、二人の身体が吹き飛ばされ空中を六つの物体が舞う。
暗闇の空に浮かぶのは二人が握っていた獲物と。掴んでいた腕。
吹き飛ばされた二人の腕が噴出すはずの血は黒剣による熱で傷口が焼かれ、更に『墓標の天幕』により凍る。
二人を切った僅かな隙。一秒ほどの隙とも言えない状態でヒロムテルンは、短剣を投げると同時に足を狙い蹴る。
切り払った後に短剣まで防ぐのは困難。更に同時に迫る上と下の二段攻撃。必殺とは言わないまでもどちらかを受ければその瞬間から主導権を握られてしまう。
『鋭いですが』
しかし。だが、弱い。そもそもその程度の無理を通せないのならば彼女は聖騎士と呼ばれていない。暗殺者として生き残れているはずがない。
炎が哂うように燃え盛り、足と短剣を焼き払う。そもそもこの防御がないなら低位術式しか使えないヒロムテルンとは言え苦戦はしていなかった。
『弱い。王国の聖騎士と言われても、この程度。期待外れにも』
程がある。と最後まで言うことが出来ない。
「あ。すげぇ」
左腕から胴体まで、アルネの身体が斜めに断ち切られた。
『アルネ、こっちへ!』
『僕らを無視しようとするとは酷い話ですね』
「そっちはダメだよー!」
炎の巨人が暴れるように動く。主人が腕と上下半身の三つに分割されたというのに、未だ動く。
それはまだ彼女が生きていることを示す。
「そんじゃトドメっと」
感覚を研ぎ澄ませた二人に一切気取られることもなく、更にヒロムテルンの視界にすら入る事がない暗殺者としての本領。
キーツの慣れない剣による一撃。それが彼女の命を僅かながら永らえさせた一因。頭部への狙いは辛くも避けられ、身体を両断されるに留めた。
『ディエレッカァ!』
掠れた声で神具の名を叫べば傷口からゴポリと血が噴出し、だが生まれた炎の腕がキーツの間に立ちふさがり、アルネの身体を二つとも掴み、兄であるアクァルの方向へと投げる。
炎術が効かないという特性上、断たれた身体を焼き、傷を塞ぐことは出来ない。いや、それ以前にそうしてしまえば死が見える。傷口に霜が見えるのは僅かな救いだろうか。
『暗殺者の質は、君らの方が上か』
舌打ちと共に棺を振り回し、更に最大の武器である棺を捨てながら、アクァルは空へと跳ね彼女の身体を受け止める。
『目覚めて下さい、神の僕よ』
呟きは神具を目覚めさせるもの。
ギギギ、と古く錆びた扉が開くような音と共に白い腕が棺の中から現れ。
最初にイニーと出会った時と同じように白い煙が周囲に撒き散らされる。
「なんだこりゃ、まぁいいか。おいダラング」
「わかっているわよ。神具の回収もしたいしね」
風は煙を吹き飛ばすと同時に、聖騎士二人への殺意を持って吹き荒れた。
しかし。
「……なんだこりゃ」
「中々、面白い能力のようですね」
晴れた煙の中に立っているのは二人。いや、二十人。
同じ顔をした男女が二十人、晴れた煙の後に立っていた。
『少々、本気で行かせて貰うよ』
アクァルと同じ格好をした男、十人の声が一斉に唱和する。




