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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
三章 未踏山脈
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   郷愁、宣誓 ⑤

「精が出るね」

「少しは働かないと食えませんからね」


 山脈に来てからすでに十日が経っていた。遊んでいたわけではないが、しかしそうと取られてもおかしくはない。

 何せ、十日だ。自分の中にある理由を探すのに十日というのは長い。


「それで? そろそろ掴めた?」

「いえ全く。自分の無能っぷりが身に沁みますね。このままで居る気はないですが」


 赤き牙の部族に対して対人戦の指導を行っていたリーゼの元へリバルドが現れる。手にバスケットを持ち、昼食を運んでくれたのだろう。

 確認したリーゼは息を吐いて今も遊ぶように戦っている彼らを見渡し声を上げた。


「よし! 昼だし終了だ! 各自装備の点検をしておけ、今日は解散!」

「うぃーす」

「結構楽しかったぜオエリカー」

「このまま此処に居つけよー」


 口々にリーゼの肩を叩きながら赤き牙の部族は昼を食うために自分たちの集落へと戻っていく。

 彼らの口調には旧来の友人に向けるような親しみがあり、それを心地よいと感じるのは過去を連想するからだろうか。


「人に馴染むのが上手だねぇ」

「後は頭を下げるのも上手いですよ。それで最初の小隊を率いさせて貰った経験もありますしね」

「格好いいねそれは。頭は下げるべき時に下げるもんだしね。あ、今日はキュボと肉と野菜だよ。そろそろ調理室作るべきだと思うけど、どうしようか?」

「一月も居る気はないので大丈夫です。……ただ、ここに居ると妙に心休まるのは好きではないですね」


 これまでリーゼが歩んできた人生に休息は少ない。店をやっていたのも贖罪のために金が必要だったからで、その最中でも情報を集めて多くに手を出していた。

 安らぎがあったと言えば内乱前の砦が最後だっただろう。無意識の油断が緩みを生んだことがあるのは否定できないことだが。


「仕事人間だねぇ。あんまりそういう風に働きすぎるのは良くないよ。死者の無念を背負うのは悪い事じゃないけど、だからってそのために動き続けるのも頭が悪い。……ああ、でもそもそも君は計算は出来るけど頭は悪い人だよね」

「否定はしませんよ。英雄なんて担ぎ上げられた男ですからね。正直、あの年齢で頭一つ抜けてたのは認めますが早熟だっただけだと今でも思っています」

「過ぎた謙遜は厭味にしかならないよ。……でも、私から見ると君は英雄より教師をやってた方が似合う気がするかな。子供たちに教えるほうが得意そうに見えるね」

「教師なんて似合いませんよ。人に教えられるほど人格者でもありませんから」


 そんな話をしながらパンを口に含む。味は、いかに二十座と言えど料理の腕は達人とは言い難いのだろう。可もなく不可もなく。悪くはないが、良くもないという程度の味だ。

 惜しいのは肉を焼きすぎて本来の味を殺しているところだろうか。


「叔母さんは料理をあまりしないんですね」

「基本的に保存食を食べるからね。そういう時間もないし、旅は現地の料理を食べるのが楽しみみたいなもんだよ?」

「それはわかりますけど。そう言えば普段は何をして路銀を稼いでいるんですか?」

「盗賊退治とか、護衛とかかな。それなりに有名だし呼ばれたりする事もあるよ。たまに教師の真似事とか、軍事訓練の相手とかもあるかな。それなりの強さがあれば路銀に困る事はないよ。幸せな死に方をするとは思えないけどね」


 笑いながらリバルドは言うが、リーゼは流石に笑えなかった。二十座と言えども、いやだからこそ名を上げるために討とうとする者は多い。

 十座は国王も含めて多くが国家の重鎮なためそういう者は少ないが、二十座ならばどこの国にも属さない方が多く手軽に挑むことが出来るためだ。


「死なれると後味が悪そうなので死なないで下さいね。それに、山脈に逃げ込めばいいじゃないですか」

「あはは、馬鹿だなぁ。そこまで頭のいい生き方が出来るならそもそも山脈から出ようなんて考えないよ。死ぬときは万全を期しても死ぬし、死なない時はどんな状態でも死なないものだしね」


 そこまでの境地に達するのは難しいだろう。いや、逆に言えばそこまでの境地に達せられないのならば二十座などと呼ばれるに至らないという事だろうか。

 何にしてもリーゼとしても共感できる言葉だ。


「何となくわかります。内乱でも死んだと思ったけど生き残った時が一度か二度はありますしね。……というか、外に出るのは馬鹿なんですか?」


 確かに山脈は過ごしやすい場所だ。標高のおかげで若干の肌寒さはあるものの、毛皮などに困る事はなく過ごす分には問題はないだろう。食料に関してもピラックの繁殖力、そして麦があれば困ることはない。


「働けば働くだけ報われる。そして規律はあるけど自由もある。十分すぎる生活だよ。帝国の山脈は雪が強くて厳しかったけどね」

「向こうは王国からするとなんで生きていけるのかわかりませんよ。雪ばっかりの国でしょう? ピラックも育ち難い地方があるとか」

「代わりに鉄とか貴重な金属は王国より多いけど、確かに厳しいわね。雪猿とかなら対処も出来るけど」


 帝国は別と考えれば、山脈の外に出る意味は薄い。若者特有の好奇心ならば仕方がないだろうが。


「でも、なら何で山脈の外に出たんですか? 出来る時にどう言ったのかも教えてください」

「うーん。他人のはあんまり参考にならないと思うけどね」


 言って、請われるままに語られる言葉は簡素なものだ。


「私は果てが見たかった。雪に覆われた世界しか知らなかったけど、ここより先には何があるのか。あの山の果てには何があるのか。先に見える太陽の落ちる先には何があるんだろうか。それが見たくて外に出たかったから、それを言って外に出る許可を貰ったよ」


 世界の果て。王国の南、人の住まない狂獣と獣たちの楽園。

 竜や龍。異界の獣。凶悪な植物。ソレらが追いやられて、そして住まう人外魔境の土地。

 今だ開拓すらままならないその先。


「見れましたか?」

「まだ。中腹ぐらいまでは行けたと思うんだけど、遠いね。遠すぎるよ」


 南を見る目は子供のように輝き、口元に浮かぶ笑みは未知に対しての挑戦者のものだ。

 煌く財宝も、目も眩むほどの神具ないのはわかっているだろう。それでも大陸の最南端からの景色を見たいと、彼女は夢見て叶えるために動いている。


「坩堝から行ってもいいけどあそこは通行許可が面倒だし王国には南部の開発を頑張って欲しいな。帝国の英雄には、きっと敵わないだろうし」

「千の兵で三万の軍を撃退できる人を相手にしたくないですよ。……知り合いなんですか?」

「うん。山脈からの幼馴染って奴でね。一緒に外に出た奴だよ。いつの間にか帝国軍なんか入って偉くなってるけどね」

「人に歴史ありとは本当ですね」


 帝国を長く支える鬼族の英雄だ。早く死んで貰えれば王国としてはありがたいが、死なないからこその英雄でもある。

 その相手とリバルドが昔からの付き合いだと言うのは中々聞くことの出来ない情報だった。


「しかし夢、ですか。……俺のは目的であって夢じゃないからなぁ」

「他人のために動けるのはいいことだと思うけど、それじゃあ外には出られないよね」


 自分のために、他人の願いを背負うというのは自己満足に過ぎない。村長はそれでは外に出せないと言うのだ。

 リーゼはそれでいいと思うのだが、何が悪いのか、考えが至らない。


「外にどうしても出たいと思うのは何でかを考えないとね」

「……元から変化を好まないここの生活が好きなのが問題なんでしょうね。ここで生まれていたら外に出ようとは思わなかったと思います」


 出たいと願う理由は軍で行なうべき事を行ない、俗な言葉で言えば出世をしたいからだ。地位が高くなれば行なえる幅も広がる、それは彼の目的の一つである帝国打倒に繋がる行動も行なえる。


「だろうねー。まっ、王都に戻りたい理由でいいんじゃない? それを見つけるまでこうしてゆっくりしていれば? 何なら父親の話でも聞くとかね」

「それも悪くないですね」

 リーゼは寝転がり、リバルドも隣に座り二人で空を眺める。

 穏やかに流れる雲を見ながら、全てに縛られない山脈の生き方に身を浸す。

 

 

 

 

 

「空間系術式での隠蔽に加えて精神系術式での思考誘導。随分と厳重だな。つーことは当たりかねこりゃ」


 城の地下十階。牢獄や宝物庫。また内部から得たいの知れないうめき声が聞こえる地下をニアスが歩いていた。

 警邏らしき亡者の警備兵は城を守る双子の一部。それらから巧みに姿を隠し地下へと下りていくニアスの表情には珍しく緊張が浮かんでいる。


「んで。目当ての物はどこかねっと」


 歴戦の亡者と言うべき彼らは双子と争った者たちだ。帝国騎士の姿をした者も居れば、過去にあった小国の軍人らしき姿の男たちが見られる。

 恐ろしくおぞましい命を喰らうモノ。イニーらの方がまだ生きているだけ可愛げもあるというものだ。


「現状なところがそうなんだろうがありゃキツイか」


 見つけた最も厳重な部屋。その前には亡者が文字通り塊となって立ちふさがっている。

 大きさからおよそ二十人分。嗅覚を切っておかなければ臭いが吐き気を呼んだだろう。


「全部燃やしたところですぐに知れんだろうが……まっ、結局それしか手段はねぇわな」


 迅速に燃やすと同時に内部へ潜入し『選定の器』を持って逃亡する。途中で捕まるのならばそれも構わないというような、しかし捕まる自信がないとでも言うような笑み。


「やるか」


 気軽に声を上げると同時、炎が暴れ狂う。

 巨大な蛇を瞬時に展開したニアスは燃え盛る亡者の中心へと更に炎槍を放ち腐肉を融解する。

 扉へと全力へ蹴りを叩き込み開けた部屋。それ程の広さはない、しかし静謐に満たされた部屋の中心には大きな金色の杯が一つ。


「……なんだこりゃ」


 杯の中には血のような赤いものが溜まっている。おおよそ、七割。赤黒く、泥のような何か。

 見るだけで吐き気を催す禍々しさ。王を選ぶようには到底見えない、死者を飲み込むような錯覚を抱かせる物。


「選定の器ですよ狂犬さん。全く、姿が見えないと思えばこんな所で。着眼点は悪くないと思いますがね」


 背からの声。舌打ちと共に振り向けば、アナレスが妙に疲れた顔で弱弱しく立って居る。

 殺せるかどうかと言う判断は一瞬。剣を抜き一歩を踏み込んだところで、更に背後から現れた亡者げ剣を横にして防いだ。


「それは動かせませんよ狂犬さん。しかし、本当にどうしましょうか貴方は。死罪が適当でしょうけど。ええと、生き残りたいですか?」


 亡者に筋肉があるかどうかは議論の余地があるだろうが、見る限りではニアスの剣を防ぐほどの力はある。何より相手は無限に、喧伝されている数では一万が待機しているのだ。

 ここで無為に争うよりかは、ニアスは生きることを選ぶ。


「そりゃな。……つーかここまで忍び込まれて生き残らせるんのか?」

「大した問題ではありませんからね。忍び込むぐらいならば笑って許せる程度の問題です。精々命令違反でしょうね。さて上に戻りましょう、聖騎士が未だ歩き回っているようですから」

「……はん。つーか、これ何なんだよ。随分と趣味の良さそうなもんが入ってるみてぇだがよ」

「選定の器については陛下しか知りませんよ。そういう神具です。聞いたとしても理解できないのです。早く戻りますよ」


 不完全燃焼のまま舌打ちをして、後ろを向いたアナレスの隙を付き『選定の器』へと剣を叩きつけるも。


「……びくともしねぇ」

「内部のソレは触らない方がいいですよ。おそらく死にますから」


 淡々と振り向きもせずにアナレスが告げて歩く。

 内部の赤い水面も揺れることなくその神具も動くことがない。しかし。


「んあ?」


 一瞬だけ、赤い雫が蠢いたように見える。次に視線を向けた時にはやはり動きなど何もなく見間違いだったのかと思わせる。


「おい、なんか量が増えてねぇか?」

「知りません。増えたとしたらならば、どうせろくでもない事が起きる前兆なのでしょう」

「はぁん。そいつは幸先のいい話だな」


 扉を閉じた後。光も何もない部屋の中央で選定の器は脈動する。

 全てが満ちる時をただただ待ちながら。


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