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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
三章 未踏山脈
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   郷愁、宣誓 ④

「のどかな村ですね」


 王国の民は山脈に関する噂として『生首が掲げられている』やら『畑から人が生まれる』やら『人ではなく異界の存在だ』という根も葉もない噂が流布されている。

 冗談半分ではあるが、つまり半ば本気で信じられているのだから手に負えない。


「いい場所だよ。己の出来ることを行い生きて死ぬ」


 担がれながら周囲を見渡せば、畑を耕す少年がおり、ピラックがのんびりを草を食んでいる。

 山脈の中腹。高原に集落を作っているのは攻められる危険がないからだろうか。


「そういう思想だから子供だってそれなりに作るんだけどね。それに死期を悟った爺さん婆さんは大いなる父の元まで歩いていくし」

「……山脈の頂上を目指すんですか」


 雲まで届きそうな山を見上げると、山腹の中腹から白い雪が微かに見えた。どれほど高いのかわからない山だ。しかし、それ以上に恐ろしく思うのは山という場所に慣れていないからだろう。


「うん。そうやってここの命は循環してるらしいよ。まっ、そういうのはともかく村長のところに向かおうか」


 言ったところで道には石畳などは敷かれておらず草がないだけだ。

 わかりやすいと言えばそうだが手入に手間はかかるように見える。行なわないのは、集落を捨てる危険があるからだろうか。


「村長はどんな人ですか?」

「俺らの村長はいい人だぜ。すげぇ和やかな人でよー。よく畑仕事やって腰やってる」

「ここら一帯の長なのにね」

「あれ。村落ごとに長が居るんじゃないんですか?」


 事前に聞いていた限りだと村ごとに長が居るはずだ。しかし今の言い方では周囲の村落にも通用する長という事になる。


「ん? ああ。そうよ。……ああ。そうだね。意味が違ったか。ここは緑の腕が居る村で、他の青き耳と赤き牙の集落もこの村に含まれるのよ。緑の腕が百人前後。青き耳は二十人前後。赤き牙は五十人前後だしね」


 二百に満たない数の彼らを纏める役割なのだろう。仲裁や方針の決定などが主な仕事で後は村人の相談に乗るといったところだろう。


「あぁ。なるほど。こういう時に言語が違うのが少し面倒だと思いますよ」


 王国語ですら各方面特有の訛りがあると言うのに、細かな風習についてまでは流石に翻訳仕切れない。

 意味は通じているとは言え、こうなると他の事も含めて考えておく必要があるだろう。


「あ、ほら。手振ってるよあの可愛い子」

「ああ、可愛いですね。十二ぐらいですかね」


 農作業をしている少女が手を振るっているのを視界に納める。身長は百四十後半。王国の民ならば十二、十三ぐらいだろう。

 小麦色に焼けた肌は農業に従事しているという事を感じさせる。


「確か十六ぐれぇだよ。身体系術式で小柄になってる奴は多いぜ。代わりに筋力は増加させてるけどな」

「食料だってあまりないからね。ある程度は身体を調整した方がいいのよ」

「……筋力を増加してるのなら差し引きで変わらない気がしますけどね」


 野菜畑を抜け集落の中心あたる場所に他に比べて一回り大きな家屋があった。歩く二人は特に挨拶もなく中へと入り、居間らしき広で机の上にリーゼを置いて椅子に座る。


「というかそろそろこれを解いてくれませんか」


 簀巻きの状態は夜から変わらず。慣れたわけではないが居心地は悪くない。と言ってもこの状態でいるのを好む酔狂さは持ち合わせいないのだが。


「ああ。そうね。レルフィード、解いてあげて」

「うっす。つーか自分で解いてもいいんじゃないっすかね。あ、村長ー。オエリカ連れてきたっすよ」


 紐を解きつつ家の奥に声をかけると小さな足音と共に腰の曲がった人族の老人が顔を出す。えくぼは深く、皺は笑みの形に出来ている。

 見ているだけで安心してくるような顔つきだ。


「おぉ。どうしましたか机の上になんぞ乗りまして。まぁ、まぁ。椅子でに座って。ええとお茶ぐらいは出しますかね」

「俺がやりますよ。村長はオエリカと話でもしてくださいって」


 座ったばかりのレルフィードが立ち上がり入れ替わりに家の奥へと入っていく。

 机から静かに下りて先ほどまで彼が座っていた場所にリーゼが座るとその村長は柔和な笑みをもってリーゼと相対する。


「初めまして。集落の村長をやっている者ですよ。オエリカ、君の居住はクレッカパルの使っていた場所がいいと思いますが、奴の家にはもう人がおりまして。しばらくはルッラーフォ(あついかぜ)と共の家に住むといいよ。君の家は作るからねぇ」


 ルッラーフォとリバルドを指差す。つまり彼女の本名なのだろう。


「……? すみません。私は交渉に来ただけなのですが?」


 会話の流れを聞く限りではどう受け取ろうと数日、いや数十日の滞在を予定しているようにも聞こえる。

 他の集落から村長を呼び会合を開くにしても長すぎると思われる期間。


「オエリカ。君は山脈の民でもあります。そして戻ってきた以上、外に出るには君は私を納得させなければならないんだよ」

「それは、どういう意味でしょう」

「簡単に言うと君は成人の儀を受ける必要があるって事。山脈の民は外に出る者にそういう事をするって言ったでしょ? 君はまだだったから、正直に言っちゃうと交易とかはその建前でね」

「……陛下の」

「許可は取ってるから安心していいよ。君がこの儀をこなせれば無事に山脈から旅立てるだけだしね。そうすれば交易もちゃんと前と同じように再開するよ」

「事前に説明ぐらいは欲しかったですね、それは」


 説明されれば事前に何かしらの言い訳でも考えていると思われたという事だろうか。

 時間を与えれば与えるほど不利になるのならば行なう必要はない。

敵ならば。


「ごめんね。ただ事前に言ったら何を言ってくるのかわからなかったし。とは言っても君がちゃんと村長に出る意志を示せば今日帰ってもいいわよ? 流石に寝ていないから一眠りさせて欲しいけれどね」


 言葉を聞けば単純だ。外に出るための言葉を尽くせばいい。

 仕事があるから、目的があるから、やりたいことがあるから。それだけで十分のはずだ。


「……軍の仕事があるので、戻りたいんです」

「それは外に出たい事情であって外に出たい意味じゃないねぇ」

「どういう事ですか」


 奥から出てきたレルフィードが入れたを口に含んで苦い顔をする。独特の渋さだったのだろう。


「どうも何もねぇ。君が外に出たいというのが義務なら到底受け入れられないねぇ。理由がないと」

「目的があります。死者を背負う、墓碑職人と呼ばれる者としての責が」


 次に放たれた言葉は彼が背負う使者たちの無念だ。リーゼがかつて戦いで亡くした部下たちの願い。

 叶えるためにリーゼは動いている。それは彼が持っている中で最大の目的だ。


「それは、死者の願いなんだろう。それを叶えるのは君の勝手なんだがね。君には責任などないよ。死者は死んだだけさ。背負うものなど最初からないのに君は何故背負おうとするのかねぇ。遺志は告げるが、無念を継ぐのは長としては認められないねぇ」

「死者は俺の指揮で死にました。そこには意味が」

「ないんだよ。死人は死人で何も思わない。私は君の倍以上生きているがね、死者は私に何も語らないよ。君が意味を見出すのは勝手だけどそれを理由にするのはねぇ」


 嘘を見透かすような瞳で老人はリーゼを見つめる。

 本気の言葉しか口にできなくなる錯覚だ。リーゼは気づいていないが、リバルドが此処に居るのは精神系術式を用いて嘘を防ぐためなのだろう。


「それ以外に理由がなくともですか」

「そうだね。まぁ、しばらくこの村で暮らしなさい。本当に外に出る必要があるのかをもう一度じっくりと考え見るがいいよ。ここは時の流れも行なうべき責務も存在しない果ての村さ。ゆっくりと心を休めるといいさ」

「いえ、俺は!」

「まぁまぁオエリカ。一度断られたんだから後にしよう。それに何か食べたいでしょ? 私の家で何か食べようよ」


 なおも何かを口にしようとした所でリバルドに機先を制され押し黙る。

 確かに空腹を感じているためそれは願ったり叶ったりではあるが、しかし可能ならば後に回したいところだろう。これからの人生を左右する物事が待っているのだから。


「ですが叔母さん」

「そう聞き分けのない事を言わないでってば。それにこれまで色々あって疲れてるでしょ? だからまた後でにしましょう」


 叔母に、というよりは実力者にこうまで言われては引き下がらないわけにもいかず。

 渋々と頷くリーゼを見る年長者二人の目は優しい。同年代だと思われるレルフィードは不思議そうな目をしているのが特徴的だ。


「なんでそこまでして帰りてーのかわかんねー。まっ、ピラックの一頭ぐらい捌くか?」

「アンタが食べたいだけだろうに。まぁ、いいさ。皆にも出してやんなさい。今年は余裕がある方だしねぇ」


 カカッと老人が笑って彼は外へと弾む足取りで出て行く。こうなっては好意に預からなければ非礼に当たるだろう。更に今回のことは急ぐことでもない。数ヶ月も経つようなことがあるならばともあれ、一日ぐらいならば考える時間を置いておこうと考えたリーゼは溜息混じりに言葉を発する。


「……では。数日だけご厄介になります」

「そうしておくといい。三日以降に伸びそうなら少しは仕事を手伝ってもらうとするけどねぇ」

「あはは。そうするといいんじゃない? 少しは身体動かさないとだろうしねー。暇だったら赤き牙の部族を読んで戦闘訓練でもして貰おうよ村長」

「それでもいいねぇ。なにはともあれ、しばらくここで過ごしなオエリカ。お帰り、歓迎するよ」


 その言葉はまるで孫を迎えるような笑顔だった。





 宴も終わり夜も深まったところでリーゼとリバルドは家へと帰ることになった。


「入って。とは言っても大した家じゃないけどね。来た時に一日ぐらいで作ったから急造だし」

「いえ、随分立派だと思いますよ」


 リーゼが通された家は新築の木造建築だった。特に意匠などは凝られていないが実用性を重視したのだろう思想が伺える。

 要は部屋が二つしかないのだが。


「……色々と、風呂とか用足しはどこですればいいんですかねこれ?」

「ああ。外に作っておいたよ。人に見られる心配はないんじゃないかな。お風呂は先に湖があるから適当に汗を流すだけにしておいた方がいいよ。温泉はもう少し南の方にいかないとないのが欠点かな」


 居間と寝室のみの家を住宅と呼んでいいのかは怪しいところではある。

 ベッドは二つ。それは予想以上に普通のものだった。その事を問いかければ。


「流石にそこは外の方が性能いいからね。下りた時に仕入れてるんだよ」


 術式の発展などを受け入れていないとしても技術として生活が楽になるのは受け入れる。変に拒むよりかはリーゼにとって好感を抱くに値するものだ。

 だからと言って永住する気にはなるはずもないが。


「正直なところ。俺は出ていくつもりです。色々と遣り残したことが多すぎますから」

「うん。いいと思うよ。私も出た身だしね。ただ……義務とか目的で理論付けようとしている限り村長の許可は下りないんじゃないかな」

「どうしろと言うんですかそれ」


 理論ではないと言うことなのだろう。頭ではわかっていても最初に理論付けて考えるリーゼにとってそれはとてつもなく難度の高い行いだ。

 それがわかっているからこそリバルドは休憩として一日を挟んだのかもしれない。


「意地悪じゃないけど、これは自分で色々と考えないといけないんだ。だからこそ儀式だし。外に出る以外でも成人した子は自分の意志を表明するものなんだよ」


 いきなり連れてこられ、そして問われてもやはり理不尽であるという思いは消えない。

 しかしだからと言って文句ばかりを漏らすことに意味はない。嫌だというのならば早々に行なうべきことを行なえばいいだけの話だ。


「明日とは言いませんけれどなるべく早くなるように過ごしますよ。飯は美味いので残念ですけどね」


 どこでも食べられるものだからこそ、各地の味が出るというものだ。山脈で取れたピラックの肉は生臭さが少なく、身も引き締まっている。

 溶けるような柔らかさはないがしっかりとした食感。噛めば噛むほど味が出る肉。

 流石に毎日は食べられないにしても一月ぐらいならば肉だけで過ごせるだろう味わいだった。


「うん。ご飯が美味しいのはいい事だ。それだけで住む場所も決まる。他の国でもピラックは味が違うからね。少しだけど種類も違うんじゃないかなって思うよ。とりあえず、三日ぐらい経ったら色々やってもらうけど、それまでにここを出る理由を考えてね」


 そうでないと一年ぐらいはここに留まることになるから、とリバルドは悪戯っぽく笑んだ。つまりその一年は監視役として駐留するという意味なのだろう。

 旅人が本質の彼女にとってそれは苦痛と言っていいのだろう。


「ええ。努力します。……ところでこれは何度でも挑戦できるものなんですか?」

「うん。制限はないよ。村長に言うだけだからね。それに外でようとする若者を無理に引きとめはしないものだよ」

「俺は引き止められてますけどね」

「そりゃ、未熟者を外に出すほど厳しい人じゃないんだよ村長は」

「厳しいことだし、耳にも痛い。懐が痛まないのが温情でしょうね」


 未熟者だと率直に言われたことに苦笑を浮かべ大きく溜息を吐く。そして欠伸を一つ。

 なんやかんやと熟睡が出来たとは言い難い日々が続いているのだ。軍人といえども流石に限界はある。

 何よりここならば身の危険を感じる必要もない。


「それじゃあ、今日は寝ておきます。仕方ありませんしまた明日にでも色々と考えておきますね」

「うん。嫁を誰にするかでも選んでていいかもね。一夫一妻制だからそこは気をつけて。浮気とかしたら殴られるよ」

「……そこは別にどうって事はないですけど。気にするんですね、そういう所」

「そりゃね。独占欲の強い女が多いよー」


 苦笑気味に頷いて寝室に行き手ごろなベッドに横になる。そして目を閉じれば睡魔は容赦なくリーゼへと襲いかかり。


「……どうしたもんかね」


 意識を濁流のように飲み込んだ。


あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

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