表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
三章 未踏山脈
85/147

   郷愁、宣誓 ③

 アレから僅かな時間が経過し、ユーファは帝国騎士の数人を一人で葬った。

 帝国騎士の数が多くなかったことは僥倖と呼ぶべきか。それとも単純に見つけられなかったと言う事だろうか。

 何にせよ、彼女は城に戻った後で聖将軍に進言し暗部を使い帝国騎士が潜んでいるかを調べなければならないだろう。


「それにしても、見つからないわね」

「はい。でも、夜になれば流石に戻ってくると思いますけれど」


 とは言え。流石に時刻はもう夕暮れ。少し前に騒動があったためまだ王都は僅かに危険だと判断し、そしてそれ以上の意地がユーファを動かしていた。


「いえ。見つけましょう? 危ないもの。ええ」


 周囲に暴漢は居るだろうし誘拐を手口とする商人も少なくはない。子供たちだけを、それも少女三人を歩かせることは危険だという判断もあるが。

 何よりも、ユーファが最初に言ったのは彼女の仲間を見つけることでありそれが達成できていない。

 要は負けず嫌いの性ゆえに意固地になっていると言っていい。


「……迷惑なら、言ってね? って言ったところで言えないわよね」


 子供たち三人は首を横に振るうがわざわざ手を煩わせているのだ、流石に否とは言えないだろう。

 最後に門まで送り届ければ問題ないと考えてルエイカの勘が働くことに任せてユーファらは動き回る。


「そう言えば、術式は使えるのかしら? トィルハーちゃんは精神系術式を使えるみたいだけれど」


 有翼族のトィルハーがフードを深く被ったパルリンクに使っていたことを思い出し、道すがらの雑談として問いかける。

 それに二人は、少しだけ考えて頷きを返した。


「はい。一応、ほんの少しですけれど。でも軍の方が使うような術式は使えませんね……」

「あははァ。中位術式とかぁ、絶対に使えないよぉ」


 王国では中位術式以上を扱う場合、軍へと入隊しなければならないという法が存在する。

 基本的に国として見れば取り締まる利益よりも放置する利益の方が大きいので名目上となっているが。


「そう。そういう事にしておくわ。貴方の友人も貴方たちも、もしもの時は頼ってきていいからね。それだけは覚えておいて」


 軍に入るかどうかはともあれ、おそらく実力は伸びるだろう。副将軍のお墨付きあれば申請して中位術式を覚える許可ぐらいは取れる。

 情があるならばその後はなし崩し的に入隊する羽目になるのは目に見えて明らかだが、ユーファならば強引に事を運ぶ真似はしないはずだ。それを彼らが知っているかどうかは別として。


「はい。本当に、良くして頂いて感謝します」

「取引だもの。気にしないでいいわよ」


 そんな会話をしながら四人は市民街を抜けて商店街を歩く。上流と下流に存在した帝国騎士はすでに始末した後だ。

 これ以上を求めるならば商店街と歓楽街を練り歩く必要が出るが、そう急ぐことでもないだろう。連絡が取れないことを確認した帝国騎士はすでに逃げているのが予測される。


「後は、どこら辺にいるのかしら。……それよりもご飯でも食べましょうか」


 後ろに居た少女二人は小さく空腹を訴えたのを聞いてユーファらは商店街の中央へと出る。ルエイカはそれに顔を赤くして頭を下げ、トィルハーとパルリンクは素直に目を輝かせて頷いた。


「本当に申し訳ありません」

「ユーファさぁん」


 謝るルエイカをよそにして、しかし迷いながらパルリンクは突然問いかける。


「どうしたらぁそんなに強くなれるのぉ?」


 言葉の調子は相変わらず外れているし、問いかけにも敬意はない。しかし問う瞳だけは真剣だ。いかな理由があるかはユーファに伺い知ることはできない。だとしても邪な理由でない事だけは理解する事が出来る。


「……そうですね。場に慣れることが第一なのは言うまでもありません。これは個人の意見ですが、恐怖を忘れないようにする事と思い切りの良さでしょうか。基礎的な視線を読むことや立ち回りはお仲間と練習するほうがいいでしょう。私が言えるのは……このぐらいです」


 言葉遣いを改めて心構えのみを話す。天才が故に教えることが苦手とも取れるし、警戒をしているようにも取れるが。実際には心底そう思っているのだろう。

 そしてそれは間違いではない。


「はぁい。一人一人ぃ、違うって事なんだぁ」


 何かを掴んだのか、それとも頷いただけか。わからないが、何か感じ入るものがあったのだろう。小さく頭を下げたのを見てからユーファは頷きを返す。


「とは言え、実力だけが強さではありません。他人の心を読む、事態を先読みする、全てを強さと言えます。即座に実力を上げる方法などないのですからまずは物事の基礎を知ることが先でしょう。貴方の人生は、長いのですから」


 最後にそう言ってユーファは言葉を打ち切る。


「急がないように気をつけてね」


 歩く足にか。それとも人生にか。どこにでも掛かる言葉だ。


「私としては、あまり危ないことはして欲しくないのですけれど」


 僅かに悲しそうな顔で呟くルエイカの言葉は紛れもない本心だろう。しかしそれでも止めようとしないのは、彼女らの目的を果たすために必要な事なのだろう。

 トィルハーもパルリンクの、ルエイカの言葉には困ったような笑みを見せる。


「何はともあれ、まずは食事です。腹が減ってはなんとやらとも言いますからね」


 四人はそうして空腹を満たすため店へはいっていった。






「他の奴も危険倍増。俺ら死ぬんじゃないか?」

「危険を排除するように動いている。でも、危ないのは私たち」

「つーかシシィとスクはそこまで危険じゃねぇと思うがな。二人なら速度じゃ負けねぇだろ」


 走る三人の顔に仮面はない。服もまた襤褸切れ同然のものであり、歓楽街に住む孤児だと言っても疑う者は少ないはずだ。

 僅かでも戦闘技術を学んだ者ならば走り方から靴には鉄が仕込まれており、と周囲を見渡す警戒の視線が戦いを経験しているものだと言うことがわかるだろう。


「私は危険。特に、二人が」

「安心しろよ。お前らは俺が生かすからよ。まっ、書類持ってるのは俺だしな」


 炎の子供たち。七人一組として戦闘訓練を受けた内の三人。それがバラけて動いているのには理由がある。

 此処に居るのはディーニアス、猫族でディーニアスに好意を持つエルマニア。そして狐族のルーエイカス。彼らが帝国騎士から計画書を盗みだしたことが原因だ。待機していた拠点の一つを襲い、重要書類を盗み出す。とは言え、流石にそう数は居なかったが


「陣の詳細はなかった。残念。……そうじゃない。危ない」

「死んでもやれって言われてるわけじゃねぇのに俺らが死んだら本末転倒って奴だぜ?」


 心配に眉を顰めるエルマニアと、笑いながらも厳しい目を向けるルーエイカス。二人の視線を受けて、ディーニアスは困り顔で笑う。

 書類を誰が持っているのかわからない以上、三人が狙われる確率は等しい。しかし彼らに指示を下すのがディーニアスだと露見すれば先に襲われるのは彼だ。


「まっ、その時はその時だってば。でもしばらく、一月か二月は離れたいけどそれもそれで危険かな。どこに潜むかが問題なんだよね」

「王都は危険。国王は動かないけど将軍と暗部が動くかも」

「墓碑職人は未踏山脈行ってるって情報なかったか? そもそも俺らが露見してるわけねぇってば」

「つってもなぁ。暗部の情報収集は不味いと思うぜ。南部で会話した奴も結局は暗部だったしよー。お前らの隊長としては、なるべくそういう危険を排除して動きたいかな」


 子供のような口調で喋ったと思えば、彼が憧れたハルゲンニアスのような口調になるのは背後から追われていると言う焦りがさせるものだろう。

 王都に潜入した帝国騎士の数はおよそ二十人。陣を一月以内に刻み切るには少ないが隠密行動を念頭に置くならばこれ以上は下策。


「んで、そんな隊長は悪辣卑劣な策の一つぐらいあるんだよな?」

「……そういう期待はしない。頭悪いから」

「ひどいなぁエリー」


 楽しくも命を賭ける鬼ごっこを逃げ切るのは、おそらく不可能。

 ならば撃退するしかないが帝国騎士三人を退けるのもまた難しい。しかも此処は慣れない王都だ。地形を知っているのならばまだやりようはあるのだが。


「それで、頭脳担当のエリーはどうすればいいと思う?」

「深謀遠慮を期待してもいいかね」


 二人の期待半分の言葉に難問を突きつけられたように無表情が歪んだ。

 不可能な事は不可能。術式は何でも行なえる御伽噺に出てくる魔法ではない。

 しかし当たり前のことだが。可能なことは全て行なえる。


「……時空間系術式を使う時間があればひとまずは平気。皆で合流して隠れれば大丈夫、なはず」


 思い浮かんだ、策とは言えないことをエルマニアがおずおずと口にする。そして二人は難しい顔をして頷いた。

 勢いでやってしまった事だ。そしてこれならば最悪、計画書だけは届けることが出来る。彼らの団長がそれを欲しいかどうかは別として。


「んじゃ、やるぜ。なるべく一本道に来たら紡ぎ始めてくれ」


 時と空間を操る術式。攻撃に用いた場合、防ぐには同術式で抵抗するしか手段はなく一撃必殺と言っていいものだ。攻撃に扱った場合の術力量と紡ぎ終わるのにかかる時間を考えるにそこまで価値があるとは言えないが。


「ルー、索敵と撹乱だ。全力で行けよ」

「風術と炎術しか使えないけどなっと。誠心誠意、頑張るけどな」


 後方で紡ぎ始めたエルマニアを守るようにルーエイカスが一歩前に立ち、そしてディーニアスは二人より更に数歩離れた場所に立つ。

 肉体の全てを強化してはいるが、まだ子供。全身の筋肉はまだ育ちきっていないため効果が発揮されていても帝国騎士の腕力にはほど遠い。


「……距離どんくらいだ」

「待って。近い。あと二十秒ぐらい」


 流れる風から三人の方向へ駆けてくる気配を探りルーエイカスが僅かに恐怖の滲む声を発する。


「安心しろルー。お前らは、死なねぇからさ」


 剣を構える。すでに相手の姿は肉眼でも確認できる。鋭い目をした男たちが三人、三角を描くような隊列で駆けてくる。装備は革鎧と長剣。


「んじゃ手早くな」


 下位術式を使い自らの後ろに炎の壁を作り出すと同時にディーニアスが切り込む。更に後衛のルーエイカスが術式を数秒で紡ぎ終え、中位風術『烈風(ハブミフ・トゥスポ)』を展開する。

 強烈な風が吹き抜け、後ろ二人の目と足取りを僅かな間だけ押しとどめる。まさか中位術式を使われるとは思わなかった油断からか足止めは成功するも、所詮は目くらまし。長い時間は稼げない。


「ハァ!」


 下からの切り上げに騎士は易々と対抗し瞬間。


「ッ」


 剣が肩から腰まで斜めに振り下ろされる。避けられるわけがない、しかしその一撃はルーエイカスが展開した二つ目の『烈風』により僅かに逸れ肉を僅かに切り裂く程度で終わった。だがそれは。


「シッ!」

「ハッ!」


 左右の二人が自由になった事を意味した。

 左右上下から振るわれる長剣。避けることが至難、そもそも攻撃なんてものを行なうにはディーニアスは遥かに修練が足りていない。


「死ぬ、か!」


 下から切り上げる剣を片足で踏みつけて、渾身の一撃を上から来る剣にぶつける。全力で振った剣は僅かに彼の命を延ばす。

 それでもやはりそれが彼の限界だ。正面に立つ騎士は表情を変えず剣を構え。真っ直ぐに最後まで振り落とされる。


「……逃げられたか」


 帝国騎士の言葉を僅かに耳に入れたディーニアスが気がつけばそこはすでに先ほどとは別の場所。人気は少ないが、それでも歓楽街よりは小奇麗な事から下流の市民街だと判別する事が出来た。


「……ギリギリすぎるって」

「ごめんなさい。五十秒が今の限界」

「つーか俺が上位風術でも使えればいいだけなんだって。くそ」


 出た場所は先ほどまで居た場所とは反対側だ。詳細な場所までは二人にはわからず、そして術者であるエルマニアにもわからない。

 王都の外に出なかっただけ運がいいと言えるだろう。


「んで。……ここ何処だよ」

「わからない。……私、もうだめだから。倒れるけど後は任せる」


 それだけを言って、エルマニアは膝から崩れ落ちる。よく見れば顔も青く息が荒い。身体全体の体温も低く、術力を使いすぎた反動なのだろう。


「悪ぃな、エリー。ルー、とりあえずどこか空き家探して……いや、最悪殺してでもどこかの家で休憩だ。相手も馬鹿じゃねぇし他の騎士とかち合うのも面白くねぇ」

「おう。それじゃあ早くしよう。歩いてると見つかるかもしれない」


 杞憂とは言えない焦りに押されながら三人は隠れ家となる場所を探して歩き回る。


今年の投稿はこれでお終いとなります。

一日の投稿は厳しいので次は二日か三日ぐらいになると思われます。

本年はご愛読ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ