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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
三章 未踏山脈
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   郷愁、宣誓 ②

「あー。面倒くせぇし合流すんのやめねぇか?」


 ニアスが路地裏で面倒くさそうに煙草を吸いながら問いかければ、三人はそれぞれ異なる表情を浮かべる。


「ふむ。同意しても良いが、罰は貴様一人で受けるのだろうな?」


 ムーディルが面倒臭そうな表情を浮かべれば。


「でもウィニス副将軍の声って頭に響くから嫌だなぁ」


 ヒロムテルンは疲れたように眉尻を下げ。


「私は一人でも怪我人を探して治療するわよ?」


 リベイラは無表情で壁に背を預ける。

 そもそも全員の目的が違う以上こうなるのは必然だ。やる気がないのもまた問題と言うべきか。

 だからこそ当然の帰結として。


「んじゃ適当に、好きなように動くとすっか。笑える前衛芸術になんなよ」


 ニアスがそう提案するのも当然と言えた。

 誰も異を唱えることなく無言で頷いてばらばらの方角へと消える。ヒロムテルンが眼帯を外すならばそれは混乱が更に大きくなるだけだろう。

 周囲にある僅かな喧騒。中央通りに出るような馬鹿は早々と始末されているはずだ。壁をどうにかしようとした奴も道連れか、それともまだ動いていないか。


「まっ、んな事ぁどうでもいいか」


 動くのならば撹乱になるだろうが、所詮は捨て駒。最初から計画の外に組み込めれているため動こうが動かまいがニアスの立てた計画に支障はない。

 そもそもが数秒で思いついたような稚拙な綱渡りの計画だ。渡りきる紐がどれほど細かろうと渡る目があると言うのなら実行するのみ。


「さってと。警備は厚いだろうが下手に騒ぐと誰が来んのかわかんねぇな。城の兄妹なんか出ちまったら、幾ら俺でも焼き払えねぇなぁ」


 障害になりそうな相手の内、相手にしてはいけない相手を頭の中で上げながらニアスは当然のように城に向かう。

 そこらで騒がれている言葉も、僅かに聞こえる悲鳴も何もかもを無視して。

 歩む足取りは平時のように軽く。周囲を見る視線は戦時のように鋭い。

 何事もなく城へと戻ると緊張する兵の肩を叩き、ニアスは王城内部へと侵入を果たす。

 簡単なものだ。軍服を着ているだけでいい。平時ならば、入ったところで意味がないがエグザと国王が城に居ない現状なら、警備が手薄な今にしか行なえない事がある。


「つっても」


 口の中だけで呟く。城の見取り図などは存在しない。全てをわかっている者も居るのかどうか。下手をすれば国王だってこの城で迷うことがあるのではないかと言うほどに広大な城だ。

 代々の王しか知らない抜け道などはあるのだろうが、それにしたところで隠し部屋が見つかったという噂も出てくるような城だ。何度か、内乱時に足を踏み入れているニアスと言えども全てを網羅しているとは言い難い。


「そういやムーディルが笑ってたな。謀略なき王国など何が楽しいのか。ハハ、全く同意すんがね」


 過去の会話を思い出してニアスは鼻で笑う。

 国王が『選定の器』によって選ばれている現状、次代の王すらも定まらず下手な工作をする意味はない。

 成り上がるためにコネクションを必要とするのは確かであり、そのために金が必要になる部分はあるが概ねこの国は実力を第一に考える。それを顕著に表しているのは特務部隊だろう。


「さってと。どうせ知ってる奴もいねぇし、見当もつかねぇが」


 ニアスは、歩く。

 目指す場所はわからない。しかし、この城のどこか。勘で動くのならば地下が頂上。

 そこにおそらく『選定の器』があると考えながら。


「ぶっ壊すなりどっかに捨てるなりすれば、少しはこの国もマシになるかね」


 その時に起こるだろう混乱と、確実に表出する国王への不信。

 簡潔に言ってしまえば、そうなった場合『王国』は今の状態を維持する事は出来ないだろう。


「どのくれぇ死ぬか、楽しみだねぇ」


 煙草に火を点けて、灰を床に落としながらニアスは歪んだ笑みを自然に浮かべた。






「それでさー、凄い面白いんだよ歌劇。商店区にある小さな劇場でやってるのを見たんだけど、やっぱり王国の歌劇は面白いかなー。ルカも一度見てみるといいよ? 俺のお勧めは『天に唾した男』かなー」

「本は読むけどあんまり見たことない。何が面白いの?」

「んー。演技とかもいいんだけど音楽と一緒に動くのが見てていいかなー。詩の方が今は主流だけど、アレはきっと生来流行るよー。あー、でも帝国が発祥だから王国じゃあんまりかもねー」


 ルカとキーツは会話をしていた。迫る槍を避け、術式を相殺し、拳を避けながら悠々と障害など何もないとでも言うように。

 最初に動くのは常にルカだ。相手を霍乱するように派手に動き、その隙間を埋めるようにキーツが第三特務の頭を短剣で突き刺す。


「……なんであの二人、あんな会話しながら殺せるんすか?」

「私も信じられない……。私たちなんかダラングさんの支援があってどうにかやってるのに」


 エルトニアスの双子が一人を殺す間に、すでに三人。四人で固まっていた第三特務を襲撃したものの、実際は二人だけで殲滅できたのではないかと思うほどの手並みだった。

 実力的にはそう変わらないはずだが、そこは二人の連携が為せる技だと評すべきだろう。


「残りは……あと二人でしょうけど不自然ね。どうして第三特務がこんな真似をするのかしら? 薬中の彼らでも意味があるかどうかの判断ぐらいは行なえるでしょうに」


 呆然とする二人の後ろでダラングは一人この状況について思考を巡らせる。

 行なうことの利益を考えてみるが、ほぼないという事で結論を出し。更に背後で彼らを動かせる権限を持つ者も居ないという結論になり、ダラングは思考を放棄する。


「……わからないわね。余りにも不自然よ。無駄が多すぎるし、目的もわからないわ」


 それが彼女の研究者たる所以か。単純な損得での取引か計算ならば彼女にも即座に出てくる。しかしこんな状況で利益を上げられる者など、ダラングの知る限りでは存在しなうい。

 不機嫌そうに耳と尻尾を動かして、周囲を見る。


「……妹さん。貴方は何が裏に居るのか推測が付くかしら?」

「え? いいえー。というより誰か裏に居るんですか? 単純に第三特務の人が逃げて暴れただけとかじゃないんですか?」

「いや。俺から見てもそれはねぇよ。あーと、第三特務は普段地下に居て、今回は任務があったから外に出したって第三特務隊長が言ってましたね。それで監視を殺して暴れたって言ってますけど」


 利益が見られない行動だ。だが、それでも動くのが第三特務なのだと言えば納得は出来てしまう。

 戦っている最中も薬を打ったせいか言語になっていない奇声を喚いていたことも相まって、愉快さが溢れて他人で更に味わいたくなったと言われても違和感はない。


「面倒な事っすねー」

「んー。でもさー、ならなんで逃げないんだろうね? ルカわかる?」


 三人の会話に、楽しそうに会話をしていたキーツが首を突っ込む。


「ん。えーと、あの人たちが打ってる薬に限りがあるからじゃないかな?」


 単純な答えだ。そして、それゆえに絶対だ。

 薬に依存している第三特務は逃げるわけにはいかない。ならば、そこでやはり疑問に立ち返る。何故こんな無駄な事をするのか。


「暴れることで利益が出る人が居るって事かしら? ……やはり不自然よ。王国に住むのなら人が減るのはどこかで損益が発生するでしょう。それが利益になるとしても、被害者は一般人だもの」


 これで高官の一人か二人が犠牲になっているのならばまた話は違うが、それもない。

 理詰めで、損得で考える限り答えの出ない動きだ。

 とは言え。ここには丁度良く、一応とは言えリーゼから指揮官の心得を教わった者が居る。


「勘なんですけどー、ハルゲンニアスさんがやったんじゃないですか? あの人、なんか最近こそこそしてましたし」


 おずおずとエルトニアス妹が手を挙げて口を開いた。

 それに兄を除く全員が得心いったような顔で頷く。


「いやいや、流石にないっしょ。そんな事してあの人になんの得があんだっつーの」

「自然ね。言われてみれば、第三特務を暴れさせて何かを企むなら彼以外にはなさそうだわ。すっきりしたわ、ありがとうね。それなら私たちは第三特務の残りを見つけましょう」

「へ?」

「だねー。あはは、ゲンちゃんは面白い人だね」

「報告は、する必要があるかなぁ。聞かれたら答えるぐらいでいいかなー」


 兄以外は納得し、そして次の行動を決め始める。事情がわからない二人はやや呆然とするが何かを言う意味はないと判断したのか溜息を吐いて残りの二人を見つけるために動き出す。

 もしもニアスが『選定の器』を狙っているとわかっていれば、探すために動くことはあっただろう。


「こういうのとか隊長さんが居れば……足手まといですね」

「そりゃそうだろ。あの人なんかしてるのかわかんねーし」


 今までの戦闘では居たところで楽なったという事がない。指揮に関しては、そもそもそんな事をする前に勝手に特務が殺していくのだ。

 双子の利益になったのは指揮の訓練で繋がりを作ってくれたことぐらいだろう。実際に居たならば今回こそは能力を顕示する絶好の機会になっただろう。

 他の皆も頷き再度歩き始める。


「あー。そういや、キーツさんってルカさんとどういう関係なんすか? 気がついたらたまに見かけますけど」


 今更のようにエルトニアス兄が問いかける。そもそも東部組が彼と会う機会は滅多にない。一度か二度、リーゼと会話をしている姿を見たぐらいだ。

 そして、それが誰かと聞く機会は新参の二人には中々なかった。最近こそは随分と特務の流儀に慣れているものの、前回まではそんな余裕がなかったとも言える。


「ん? 俺はルカの……家族みたいなもんかなー」

「あはは。そうなの? キーツって家族だったんだー」


 二人は兄か、それとも夫なのかの判別が出来ず軽い笑みを浮かべ、更にダラングは興味なさ気にしている。

 そして。最初から最後まで空気である第四特務の面子は、五人ほどを失いながら恐れるような顔で前を歩く。


「あ、第四特務の皆さーん。早く見つけてくださいねー。見つけなかったら腕を潰しますよー。今日はルカちゃんも居るので逆らえませんからねー」


 気を緩まぬようにというよりは半分以上、趣味が見える物言いで妹が告げる言葉に第四特務は身をすくませる。

 そして、実際に行なうだろう。見つければ対価もあるのだろうが罰が死では割りに合うはずもない。しかし逆らうにも一縷の望みすらないのだ。


「あはは。厳しいねー? でも厳しいなら大変ってことだし、楽しいよね?」

「うーん。そう思える奴はあんまり居ないと思うけどルカがそう思うならそれでいいんだろうねー。そうだ、それよりこれ終わったら報告の前に何か食べにいかない? 俺が奢るよー」


 キーツの提案に、双子は同意を示してダラングは曖昧に頷く。研究意欲と食欲を計りにかけているのかもしれない。


「……そう言えば私たちノリで第三特務を殺して回ってますけど、聖騎士はどうするんですかー?」


 今更の問いかけはキーツとダラングの失笑を誘うものだ。勿論、表に出すことはなかったが。


「どうせもう逃げてるでしょー。こんな騒ぎで外に出ないなら愚鈍すぎるってー。後で総括に怒られちゃうかもだけどそこは現場の判断だねー」

「それに遭遇しているのならそれなりの騒ぎになっているはずでしょ? つまり逃げられたのよ」


 双子はそれに納得する。実際には強襲を仕掛けられ苦戦はしているのだが、それは知る由もないことだ。

 またはニアスらが向かっているとでも思っているのかもしれない。


「まっ、なら俺らは適当に歩き回って殺していきますか。どうせ大した事もねーっすし。残り二人が危ない奴でなけりゃ言うことはねーんすけど」

「それは無理でしょう」

「っすよね」


 のんびりと他愛もない会話をしながら彼らは歓楽街を歩き回る。

 きっと第四特務は誰も生き残ることはないだろうけれど。


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