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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
三章 未踏山脈
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   信仰、郷愁 ⑤

「お口に合いますかな」

「十分すぎるほどに」


 音も立てずに食器を扱う姿はやけに様になっており、もしも彼が貴族と言われても誰も不思議に思わないだろう。

 ゆっくりと動かし、静かに口へ運び、緩やかに噛み砕く。

 見習いたいものだと思いながら、リーゼは目の前に座る老人よりも雑に口に運ぶ。真似ができないわけではないだろうがこれは意思表示だ。此処に居座るつもりはないと言う意思表示。


「……それで。義父の話とは?」


 高級なピラックの肉は口に入れた端から蕩けるようだった。ここを逃せば次に舌を喜ばせられるのはいつになるか。

 余韻に浸りたい気持ちはあったものの、心を区切ってリーゼは老人へと問いかける。すでに老人も食事を終えて今は果実酒を二人の杯に汲んでいる。


「そう、ですね。何からお話しましょうか……。では、ギルハンベータ様がこの都市をお作りになられた時の事から」


 長く語られる言葉はリーゼと言えども苦笑いを隠しきれないほどの賛辞だった。

 簡素な物言いをしてしまえば『ギルハンベータは軍で頭角を現して山脈の民と交渉をした』『その結果として都市が作られた』『部下や職人の言葉を聞いて都市の計画を練った』という事だ。

 それを二時間以上も大げさに語られてしまえばリーゼも色々と見えてくるものがある。

 この老人がどれほどギルハンベータに心酔していたのか。


「女性関係は、確かに派手でしたがあの方に抱かれたいと願う女性の気持ちもわかりますよ。アレほどの強さと魅力を兼ね備えたお方です。内乱時に命を落としたことは王国最大の損失と言ってよいでしょう」

「……子供が居ないってのが不思議になるほどですよね。私生児の一人や二人居てもいいでしょうに」

「同じ種族など滅多におりませんからね。それもまた、理由だったのでしょう」


 暗にギルハンベータがどの種族かを知っているということを臭わせるのは、リーゼが知っているかを確かめるためだったのだろう。

 無意味なものだが。


「ギルは俺から見ると、いい父親ではありませんでしたよ」


 口の端を吊り上げて。しかしそれでも、家族についてなのだから言わなければならないと感じたのだろう。

 将としては。仕事の上司としては破天荒なところがあったがギルハンベータは有能だ。

 それはリーゼも認めるところでもある。しかし父親としてみれば。


「感謝はしています。あの時に俺を拾ってくれたのはギルだけでしたから。それでも、父親としてみるのは難しいですよ」

「英雄とは、人の親として在れない者ですよ。大事なのは貴方がこうして生きている、それだけなのでは?」

「それに異論はありませんけれどね。ギルが俺に与えたのは言語と知識ですし」


 リーゼが思い出すのは、獰猛な笑みで立ちふさがる大きな姿。

 同時に。汚い路地裏で声をかけた時の苛烈な姿勢。


「親としては……本当。不器用にも程がありましたよ」

「それでも貴方のことを愛していたのは確かですよ」


 言い草が目に留まったわけではないことは老人の目に滲む優しさから見て取れた。


「……どうでしょう」

「いいえ。貴方のことを語るギルハンベータ様は、楽しそうでした。武術は弱く、術式の最悪だと。アレは鍛えても役に立たぬと、笑いながら仰っていましたよ」

「聞く限り馬鹿にしているだけですよね」


 カラカラと見下すように笑う姿が似合う男だったのだ。自分以外を下に見ているため、他がどうしようと揺るがない。

 尊敬する者が多かった反面、嫌う者もまた多い。


「いえいえ。どこか安心しておりました。アイツは戦に出たら死ぬだけだ、この都市にでも住まわせて好きなように使ってやると。それは楽しそうに」

「……言ってはなんですが、想像がつきませんね」


 リーゼの記憶に残るギルハンベータはともかく厳しい男だ。子供に腕が上がらなくなるまで剣を振らせて。最低限の身体系術式を覚えなければ命が危ないと思わせるほどの訓練を行なう。

 それでも駒遊びに関してはギルハンベータを相手にいい勝負をしたために軍学校へと入隊することになったのだが。


「貴方には見せなかったのでしょう。……あの方は、貴方の想像している以上に子供らしい方でしたので」

「子供らしいのはわかりますよ。……すみません。私も義父を尊敬してはいます。将としては」


 父親としては尊敬に値しない、とは言わないまでも。

 態度と口調が微妙な距離感を物語っている。


「父としてはやはり、ですか」

「……ええ。許せないとかじゃなくて、父親としてギルを見るのは難しいです。受けた恩はありますけれど」


 ゴミのような姿で人からの施しを待っているばかりのリーゼに、彼だけは怒りを示して選択肢を突きつけた。

 何かを見たのか、それとも気まぐれか。そこを聞く前に彼は内乱で死んだので問う機会はなかったが。引っかかりといえば、引っかかり。しかし気にするほどでもないと言えばその通り。


「父と言うよりは、師であり恩人。その表現が正しい気がします」


 どう言ったところで事実としてリーゼがギルハンベータの息子であることに代わりはない。それでも心だけはそうしようと。

 逃げの理由ではなく立ち位置としてそうしようと決めているのだろう。


「親子の問題です。私が何かを言える立場ではありませんね。そうそうギルハンベータ様が貴方にと残した物があります。どうぞ」

「へぇ。何ですか? 私物は全て引き取ったはずですが」

「はい。これです」


 そう言って老人が懐から取り出したの箱を開けると、中に入っていたのは一組の指輪だ。術式陣も何も刻まれていないただの指輪。

 とは言えこんな装飾品を付けて格好を気にする男ではなかったが。


「……なんですか? これ」

「わかりません。ただいつか貴方がこの都市へ来た時に渡してくれと頼まれたものです」


 銀色の指輪。特に何かが彫られているわけでもなくシンプルな造詣だ。心あたりが全くないリーゼは首を傾げるが、しかし渡せと言われていたものならと箱ごと丁重に受け取るとそれを懐へと収める。

 何か理由があるのだろう。特に意味のない理由が。


「では、ありがたく。それでは交渉の席もあるでしょう備えるために今日は休ませていただきます。どこの部屋を使えば?」

「部屋から出て突き当たりの部屋です。お送りいたしましょう」

「子供ではないんですから。それに貴方のお仕事もあるでしょうし、そこまでお手を煩わせるわけには」


 丁重に断りを入れて、一度だけ頭を下げてリーゼは部屋から出る。蝋燭に灯された明かりは足元を照らし、窓ガラスからの先には月が燦然と輝いていた。

 暗い廊下に漂う冷えた空気。しかしやはりどこか慌しい空気はリーゼとしては嫌いではない。


「砦を思い出すな」


 常に騒がしかった砦。内乱後に修復されたものの、居なくなった者は決して戻ってはこなかった懐かしくも苦い過去。

 それでも騒がしかった日々は鮮烈に焼きついている。


 懐かしげに目を閉じ、山近くだからか寒さに身をブルリと震わせてリーゼはそそくさと突き当たりの部屋へと入りベッドの上へと倒れこむ。

 そしてやはり術式で肉体的な疲労を消していたとは言え、精神的な疲労は抜けていなかったのだろう。三日間眠っていなかった代償としてあっさりとリーゼは意識を手放した。

 

 

 そして。



 どれぐらいの時間を眠ったのかリーゼはわからない。わからないが、何かに揺られているのだけはわかった。

 時刻はまだ夜。うつ伏せの状態で担ぎ上げられているということがわかったため、空は見上げられない。しかし木々のざわめく音から森の中だと判断する。


『姐さん。本当にこいつなんすか? クレッカパル(ゆうあるもの)の息子とは思えねぇ鈍さっすが』

『表面的な物事で判断すると痛い目を見るよ。それにオエリカの名を与えられる子で強いのは少ないでしょ?』

『言われてみりゃそうっすね。まっこれから大変でしょうよ。俺は外の世界に出る気はねーですがね』


 笑い合う二人の話す言語は山脈のもの。それにより誰がこうして連れ去ったのかは理解できた。理由までは推測も出来ないが。


『山脈に連れて行くつもりですか?』

『お、喋った。状況確認まで早ぇな。流石オエリカ』

『ね? オエリカは出来る子だもの。それで、どこまでわかった?』


 どこまで聞いていたのかを聞かないのは目を覚ましたのを悟ってから会話を始めたからなのだろう。

 それにしたってこの程度の情報で判断が出来るほど人間離れをしていないが。


『どこか……というより山脈に連れていかれることぐらいですよ。なんでこんな事を』


 溜息を付きながら横や空へと首を動かせば、予想通りに月は寝る前にみた状態とあまり変わっておらず深く眠っていなかった事に僅かな安堵を得る。

 そこまで警戒心がなくなって居たのでは、特務に戻った時が危ない。連れ去られている現状は考えさせられるが敵意に気づかなかった事にするのが、心には優しい。


『そうだね。理由も意味もあるけど、そこは村長に聞いてみるといいよ』

『危害は加えねぇから安心しろよオエリカ。ああ、俺の名前はレルフィード(つめたいかぜ)だ。宜しくな王国生まれの山脈の民よ。しっかしアンタもイカれた国で育ってて大変じゃねぇの?』

『イカれたって……。帝国や聖皇国ほどおかしくはないでしょう』


 担いでいる男の種族は、額にある角を見れば鬼族だとわかる。肌は赤黒く、牙もある事から人族の姿にはなっていない。

 人族が住む街ではその姿への恐怖から滅多に見られないのだが、こうしているのは山脈だからか。


『うーん。中に住むと気づかないよねぇ。おかしいよ王国は。神具に国王を決めさせるってねぇ?』

『本当っすよ。気持ち悪くないかオエリカ。俺らみたいに多くが決めたり、帝国みたいに血で決めたり、個人が延々と統治したり、連合みたいに会合で決めたり。そういうのは全く違うだろ?』


 王国の常識で育ってきたリーゼから見れば他国の方が異常だ。

 血は腐敗を呼び、個は停滞を生み、会合は老害を作り出す。

 その点で言えば王国の最適な者を王とする神具ほど国を存続させる上で最適だ。少なくとも王国の民はおぼろげながらにそう信じている。


『普通ですよ。確かに思う所がないのは嘘になりますけど、多数の幸せには丁度いいんじゃないですかね』


 いきなり問われた言葉に、王国の民として常識的な意見を述べる。そもそも寝起きでこんな話をふられた所で答えるのは難しいが。


『これは私たちの私見だからいいけれどね。主義も主張も王が変わればそれで済む。怖い国だし、そんな国の隣にある私たちも難しい立場だってわかってね?』

『つーか、俺らは王国崩れじゃねぇならそう考えるだけだってことだ。オエリカ、山脈で暮らす事になるかもしれねぇし覚えておけよ?』


 レルフィードと名乗った男の言葉を耳に入れて、何かを言おうとして口を閉じる。

 今聞いたところで先ほどリバルドが言わなかったことからわかる通り村長に聞けといわれるのが落ちだろう。


『……王国に戻る必要があるから戻りますよ』


 だからここでは己の行動を意志として表面する事だけで留めた。

 二人は苦笑するように、子供を見るような笑いを僅かだけ漏らす。


『うん。頑張りなよ。私たちには手伝えないけど君が望むように出来るなら最善だ』

『俺にゃ外に出る意味がわからねーけどな』

『……努力しますよ』


 二人に何か含むことがあるにせよ、これから待っているのは交渉以上の何かなのだろうということだけはリーゼにもわかった。

 二人はリーゼを担いだまま夜の森を、否。

 山脈を庭のように駆けていく。


書いたかどうかは覚えていないけれど、山脈の言語は五十六の言葉で成り立ちます。

全部そっちで書いてもいいんですが、試しに少しやったけど非常に読みにくいです。

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