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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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      踊り狂う者 ③

部下の紹介です。

残酷な描写がありますので一応ご注意下さい。


「えー、つまんなーい。ねぇねぇ隊長さん! 私を刺してくれるの? 短剣あるもんね? だから刺してくれるよね? 腕でもいいよ、お腹でもいいよ! 足が好き? 顔は死んじゃうからダメだよ!」


 嬉々として紡がれる言葉は、到底こんな子供の口から出るには似合わない。いや、誰が言ったとしても違和感をたたきつけられるだろう。


 首元まで整えられた赤い短い髪。その隙間から見えるのは二本の小さな角。

 仄かに赤い皮膚は一目で鬼族だと判別させる。だが、どこにあそこまでの力があったのかと疑う程の小さな矮躯に、子供だけが浮かべられる無邪気な笑顔。おそらくは、人族に換算して十ニ、十三と言った年齢だろう。


「すまないが、俺にそんな趣味はない」


 異様なのは残念ながら言葉だけではない。貫頭衣から垣間見える素肌には血に滲む包帯が巻かれていた。肌が見える部分で傷のない部分がないと言う程に。

 傷跡が少ないのはやはり術士であるためなのだろう。


「えー。ざーんねん。私の名前はアイルカウ! ルカって呼んでね! 好きな事は痛くされるので、凄く気持ちいいよ! 隊長さんの名前は?」

「俺はリーゼだ。リーゼ・アランダム」


 医療薬のにおいがルカの周囲に漂うが、それに紛れて僅かに死臭があった。そして先ほどの言葉を思い出せば、先ほど倒れていた男を殺したのは目の前に立つ子供なのだろう。


「じゃあリっちゃんだね! よろしくねリっちゃん!


 笑顔で握手を求められ先ほどの光景を思い出す。とは言えここにあんな物はないと考えて握り返せば。

 万力のような力が込められた。


「ッ」

「嬉しい? 痛いよね? 楽しい? えへへ。楽しいことはね、人にもやってあげるんだって!」


 はにかんだ笑顔の問いは純粋なものだ。そこに悪意はなくただ善意のみが浮かんでいる。


「すまないが、俺は痛いのが嫌いでな」


 痛みとは呼ぶには生やさしい。骨に皹が入っているような予感さえする程の圧力はすぐさま消えうせる。


「えー。変なのー。リっちゃんも痛いの嫌いなんだー? 前の人は、お礼に殴ってきてくれたから私もお礼したんだよ! えへへー。あ、ゲンちゃん、イニーがゲンちゃんの事をね、呼んでたよ。それじゃあ二人ともまたね」


 来た時と同じく唐突に去って行く背中を見送り、リーゼは痛む手を軽く振るい具合を確かめる。二人目の部下、アイルカウ。痛みを求める鬼族。

 歩き方を見えれば実力がわかると言われるが、その基準で言うならやけに重心が整った歩き方だったと去り際の背中を見て結論付ける。


「……前衛型の術士か。それも、お前以上のだろ?」

「煙の中で一度見てるってのもあるし納得するだろ? アイツに敵うのは部隊でも一人か二人だろうよ」


 強靭な鬼族の肉体に、痛みを恐れぬ所か望む精神。喜び迫る敵などリーゼならば相手にしたくはない。ただ性格は素直なのだろう。

 素直に離したのがその証拠だ。前回の部隊長はおそらく、振り払おうとしての行いだったのだと言う事に思い至る。


「んじゃついでだ、イニーのところに行くぜ。あんま会いたくねーんだが、今日は機嫌悪くねぇし随分とマシだろうな」

「狂人と聞いたから警戒はしてたが、思ったより話が通じそうで安心していいのか?」

「会話は成り立つからな。ただちーとばかし価値観が違うだけだと思うぜ」


 少しで済むならばこんな所に居るはずがないのだが。何はともあれ。理解は出来ずとも折り合いが付けられるとわかったのは確かに僥倖なのだろう。


「それで? イニーは……会ったことがある奴か?」


 先日目撃した者は五人。二人はニアスとルカなのだから、必然的に見ていないのは二人となる。最もその数まで嘘を吐かれていないのならば。


「ねぇだろうな。会ってたら多分アンタ殺されてるぜ。初対面で殺されなきゃしばらくは平気だろうがな」


 言って笑う。その内容はあまり考えたくはないものだ。

 通路を曲がり、螺旋状の階段を下る。その内に徐々に徐々にと、吐き気を催す悪臭が漂よう。汚物の臭い。それもある。吐瀉物の臭い。それもある。だが、これはそれ以上。


「……おい、何処に向かってる」

「ああ。嗅覚は切った方がいいぜ。視覚まではどうしようもねぇだろうが、流石の俺もあんまり近寄りたくねぇんだよ。死臭がこびり付く」

「最悪の場所ってのは理解した。こんな所を住処にしてるなら、まともな神経じゃないな」

「ハッ。アイツはそこら辺を歩いてるぜ。だから俺らの住処に他部隊の奴はこねぇんだが」


 嗅覚を術式で一時的に遮断し、前へと進む。それでも未だ臭う気がする程の悪臭。

 内乱時に砦で嗅いだ腐った血肉の臭い。だが、それ以上の圧迫感が階段を下るごとに強烈となる。


「冥月が空にあるんなら、ここには赤い月でもあるのか?」

「いい表現だ。あながち、間違っちゃいねぇよ」


 階段を最後までくだり、目前にある重厚な扉をニアスが開く。


「おや? ハルさんですか。早かったですね。後ろに居る方は何方でしょうか?」


 扉の奥に居たのは少年だった。死人が喋っているのかと思う程に青白い肌。そして、もしも死人が喋るのならばこんな声だと思うような掠れ声。だと言うのに言葉は耳元で囁かれるような錯覚を抱かせる。


「隊長さんだよ。ああ、コイツはイニーだ。挨拶しとけ」

「そうですか。初めまして隊長さん。イニー・ツヴァイです。お見知りおきを」

「……あ、ああ。リーゼ・アランダムだ。宜しく頼む」


 予想以上の明朗さでイニーという少年は笑う。どこか気味の悪い笑顔で。

 それは薄汚れた金色の髪のせいか。それとも肩まで延ばされている髪のせいだろうか。

 もしくは、拘束服により自由を奪われている両腕のためか。

 違うと悟る。この気味悪さはイニーから発せられる殺意のせいなのだと。


「ハルさん、連れてきた男は雇われの暗殺者でした。依頼主は不明で、八軍の内情を知るために行動しようとしたらしいです。それ以上は本当に知らないみたいですが殺していいですか?」

「俺が判断すんのはマズイぜ。隊長さんどうするよ? ……コイツ、殺人が趣味だぜ?」


 振り向いたニアスが明るい笑顔でそういって、最後の一言を小声で伝える。

 ならば、つまり。ここでその男を殺す許可を出さないのならばリーゼが、いやニアスもまた危ないという事なのだろう。


「……最終的には死ぬならここで殺した方が幸せだろう。構わない」


 生き残ったとしても四肢すら再生できないように返すか、見せしめとして廃人にするか。

 ならば自分の安全を確保するために許可を出せば、その舞台を見せようというイニーの親切からか、それとも観客を欲したのか。

 光術による光が満ちた。同時にリーゼは後悔する。


「――――」


 それは磔になっている猫族の男だ。呼吸をしているのを見て思わず目を疑う。

 両手両足には拳ほどの杭が突き刺さっていた。いや、両手両足が未だ、繋がっていればそう表現しても構わない。しかし四肢はすでに断たれ肩に杭が突き刺さっている状態を磔と呼んでいいのかリーゼにはわからない。


「はぁん。……いい趣味してんなぁ、相変わらずよ」

「いえ。拷問は加減がわからないだけでやりすぎているだけですよ」


 胸は戯れのように切り開かれており、心臓の鼓動が目に見える。その下を見れば腹部から下にかけては肉のこびりついた骨が揺れている。


「お前よぉ、毎度それ言ってんだろ。趣味なら趣味でいいじゃねぇか」

「いえ。僕はこれでも、生きている者を殺すのが趣味なんですよ」


 男の顔へと目を走らせたことをリーゼは後悔する。子供が遊び尽くしたような人形の顔だ。鼻は削がれ存在せず、片目は何かで、いや男の皮膚か髪で作られた糸で縫い付けられ、その糸は桃色の内臓を咥えさせられている口にも使われていた。それが口から零さないようにと施された優しさなのだとすれば随分と悪趣味な冗談もあったものだろう。


「早く、殺してやれ」


 その状態で生きていたのはどのような術式なのか。理解できなくはない。延命用の術式なのだと、誰でも扱えるものなのだと。

 それを知れば、イニーという子供の性格は把握が出来た。


「では失礼して」


 無表情で指を鳴らした瞬間、ニアスは目の前に炎の膜を展開し、男の身体から血が噴き出る。


「――――――――!!」


 声にならない断末魔。縫われた桃色の内臓は今にも零れ落ちそうになり、唯一自由に動く首だけを必死で動かす光景は壊れた玩具のようですらあった。

 絶句したままその光景を眺めてしまい。


「ふふ」


 小さな、弾んだ笑い声が耳へと入ったのに気づいた時には男の生首は部屋の中央へ落ちた所だった。


「ふふ、あはっ」


 声は小さい。だが、鮮烈に、明確に、掠れることなく。

 その声は響いた。


「さいっこう」


 イニーの足に握られた短剣がその首を刈ったのだと気づいた時に一歩退く。

 全身を血で濡らし、吐き気がするような満面の笑みを浮かべ。狂喜がイニーに満ちている。だがそれでも、周囲を今にも殺しそうな殺意は撒き散らされたままに。


「狂ってるな」

「あはっ、正常ですよ、僕は? 他の方が異常なだけですよ」


 殺意しか抱かない瞳で見つめられ、リーゼは苦い顔をして後ろを向いて階段を登る。

 悪意も害意もなく殺意しか存在しない視線にこれ以上は耐えられなかったのだろう。命を奪うためだけに生まれてきた死という概念そのもののような存在。

 それを前にして逃げるのを誰が非難できようか。


「よくアレを部下にして生きてたな。それに、アイツは監獄に入れておくべき奴な気がするぞ」

「アイツもアイツで悪い奴じゃねぇよ。ただ、五日に一人は殺さねぇと虐殺を引き起こすだけだぜ」

「悪人の定義を考え直した方が良さそうだ。それで、次はあそこまで頭の螺子が外れてる奴じゃないだろうな?」

「なぁに。次は研究者共だ。まあ、今日は人体実験なんかやってねぇだろ。それよりも臭ぇから着替えて服を燃やすか洗うかしておけ」


 嗅覚を戻せば、確かに最悪の戦地から帰ってきたような臭いが染み付いている。洗うのも大変な臭いな以上、最早捨てるしかあるまい。

 溜息を吐いて部屋へと戻り、軍服に袖を通せば戻ってきたという感慨が湧くのは無理もない事だろう。何せ、幼い頃から着ているものなのだから。


「んじゃ行くか。研究室はこっちだぜ」

「あまりいい予感はしないな……」


 進んだ先にある重厚な扉を開けば、僅かに血の臭い。そして紙の匂いが鼻腔をくすぐる。

 部屋の広さは会議室として作られたのかリーゼの部屋二つ分はあった。

 異質なものは一つ。中央に置かれているベッドのようなものだろう。もの、と付くのは所々に血の跡が見られるためだ。


「おい馬鹿共、なぁんか楽しそうな雰囲気だな。相変わらず仲が良さそうで何よりだぜ」


 気楽に口から出た言葉とは対照的に部屋の雰囲気は最悪と言ってもいいものだった。

 白衣を着た猫族の女の尻尾は不機嫌そうに揺られていた。そして黒い外套に身を包んだ禿頭の有翼族(ワルド)もまた、不機嫌そうに羽を揺らしている。


「基礎作動術式の構成実験が自然に無駄だと言ったのよ。そこの禿頭がね。すでに終わった出来事でも再度その視点へ返ることで別の価値が生まれることを否定したのよ」


 猫族の女は落ち着いた、冷たい声で言った。振り向けば腰ほどまである長い栗毛色の髪は絹のように動く。更に耳は警戒しているのか上へと立てられ茶色の瞳はいく場か細められていた。顔立ちを見るに、人族に換算すれば二十代前半と言った所だろう。


「……自然に聞くけれど誰かしら? その彼は……。ああ、いえ。例の英雄ね。先日護衛した対象だったわね、思い出したわよ」


 膝上までのワンピースに薄いケープを羽織る姿に加えて胸には自己主張が少ない。とは言え、それ以上にその性格は少しばかり厄介そうに見えるのはリーゼの主観だけではないだろう。


「ふん。アレはすでに弄りつくされているであろう。術式を数値としてしてその発生する理論を記憶に刻めばわざわざ紡ぐための手間を簡易化できるのも大帝国時代の遺産である。あの時代の者らが行なった事は無駄ではないぞ」


 リーゼを完全に無視して振り向き反論するのは禿頭の男。三十代後半と思われるその男は薄い緑の瞳を小さく細め、猫族の女を睨み、急にと言える程の転換をしてリーゼへと顔を向けた。


「ああ、貴様は我が昨夜から外に出ていた原因であるな? ならば、死ぬが良い」


 いつの間にか片手に握られていた杖で一度地面を叩くと同時に術力が満ちる。それを理解したリーゼは、昼間に勘付いた直感を信じて腰に差していた短剣を引き抜き、術力を込めた。


「……ほぅ。珍しい物を持っているのだな、元英雄。中々面白いぞ」

「へぇ。術式の構成式を術力で満たす前に空転させるのね。確かに可能だけれど、自然に面白い着想だわ。そんな物が使える者なんて限られるでしょうに」

「……生憎と、お前が術式を使うのは一度だけ知覚したからな。リーゼ・アランダムだ」


 短剣を仕舞い苦い顔で二人へと言葉を発する。まさか、いきなり術式を展開されるなど誰が予想できただろうか。


「ダラング・ハーベー。術士を兼任している研究者よ。生憎と自然に戦闘は不得手だから宜しく頼むわね」

「ふん。ムーディル・ラクラントスである。だが、護衛の価値はあったと見て良いのであろうな。今のならば過去の男は腕の一つは奪い取れたものを」


 悔しそうにムーディルが言うのは矜持ではなく憂さを晴らす機会を失ったせいなのだろう。自由奔放に見えるものの、特段殺人を好むようではなかったのはリーゼにとっては望外の幸運と言ってもいいのかもしれなかった。


「……過去って事は、前にもやったのか?」

「はは、安心しろよ隊長さん。それで死んだ奴はいねぇよ。優秀な医者が居るからな。殺すのは概ね、イニーかルカか、まあ後一人はヒロムテルンの奴だな」

「ああ、という事はまだ彼に会っていないのね。それは自然な流れだわ。けれど二人と会って無傷なら彼と会っても大丈夫かもしれないわね」

「幸運が味方してる者を殺す事は出来ぬな、癪な話であるが。ならばさっさと行け。我らはこれよりいかに無価値か否かの結論を出さねばならぬ」

「あら。私たちのような人族以外が人族の形を得られるようになっているのは自然に血族術式の分類なのだと発見があったことを忘れたのかしら? ただ羽のある種族が風術による補佐を自動で行なっていると見るのは不自然よね。また別の術式が働いている可能性が高いのではないかしら」

「ふむ。それは納得であるな。我にしても飛ぶ際に風が影響しているとは思えぬ。言うなれば、肉体が軽くなると言えば正しい。何故かが問題であるが、解明をせぬばならぬな。それがあれば解体術式に一つ近づくであろうか」


 すでにリーゼの事は忘れたように研究者二人は語りだす。先ほどまで向けられていた視線は興味を失ったように一気になくなるが、とは言えそれが不満だということはない。

 ニアスが笑う横を通り過ぎリーゼは部屋から出る。


「……安心した、というべきか。研究者とは前に一度会ったことがあるが、まだアイツらはまともだな。人体実験とか言うからどうかと思ったところだ」


 術式を展開したのを除けばまだリーゼのよく知る研究者像だ。価値観が明らかに違うルカやイニーと比べれば、大分マシなのは違いない。


「あ? あぁ。まあ、そりゃな。あのハゲ頭は解体狂いだしな。殺すなら解体して殺す派だしよ。ダラングの奴は研究至上主義だからわかり易いか。まあダラングは三十か五十ぐれぇの奴で実験して捕まったんだがな」

「……訂正する。俺の知る研究者とは少しばかり違うようだ」


 王国主導の下で民に露見しないよう行なっていたのならばともかく、個人で行なえば法の裁きが下るのは当然だ。

 それでも未だこうしてダラングという猫族の研究者が生きているのは才能があるからと言う理由に他ならない。思い返せば昨日の夜に風術を扱ったのはおそらくダラング。戦闘が不得手とはとんでもない。

 上位の術士が真実そうならば争いを得意する者はほぼ居なくなるだろう。


「それで。階段を登っているが次は誰だ一体。というか、何処に行くんだこれ」

「屋上だ。まあ、アンタの運は悪くねぇらしいからな。何の問題もなく進むと思うぜ」


 そう言ってニアスは扉を開けて。


「ああ。すまねぇ。どうやらアンタの運は打ち止めだったみてぇだ」


 言葉と同時に、リーゼの肩を術式が貫いた。

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