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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
三章 未踏山脈
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   信仰、郷愁 ③

別に名前は覚えなくても問題ありません。

「無理無理、この人めっちゃ強いよ! 特務さんたちこの人らより強いってわけわかんない!」

「死ぬよー死んじゃうー殺されるー」

「おいグランスクル、キチシッシュ! 少し静かに戦おうぜ!」


 王都の隅、城壁に近い歓楽街に旅人の姿をした男と仮面を付けた少年少女たち五人が争っていた。

 戦況は端から見ても、男の有利。

 戦っている少年の内、一人はニアスとも会っていたディーニアス。長剣を構え男を相手に渡り合っている。いや、違うか。

 ディーニアスが行なっているのは防戦だ。迫る剣を弾き、防ぎ、避ける。つけていたであろう仮面は二つに割れて地面に落ちていた。


 鬼族の少年グランスルクの紡ぐ術式は、どこか構成に失敗したのか男の横へと着弾。

 蝙蝠族の少女キチシッシュの放とうとする槍は、繰り出される前に僅かな挙動で放つことすらさせて貰えない。

幾ら相手が子供と言えども、彼らは道化師団。炎の子供たち。団長から直々に鍛え上げられた少年兵。それらを相手取る男は最悪でも特務級。


「ルーエイカス!」

「随時実行って感じだぜって! でも、やっぱ帝国騎士つっよいって! あの二人が居ない状態でこれだけもってるのが奇跡じゃねぇの!?」


 答えは、狐族の面を被った狐族ルーエイカスが挙げた叫び声の通り。普通の旅人に見えるように偽装されただけの、帝国騎士。

 答えが得られればこれを見る者は納得するはずだ。王国の、それも首都で活動を行なうほどの実力を持つ者。それを僅か四人で相手が出来ると思うほうがそもそもおかしい。


「……王国の暗殺者かい?」

「王国語上手いなアンタ、つーかテメェらの術式陣の構成教えろってんだよ! 何がしてぇのか割れてんだよ!」


 帝国騎士の涼やかな問いにディーニアスは喚きながら帝国騎士の剣を防ぐ。いや、防がされている。

 四対一という現状で油断などが出来るはずがない。ディーニアスが防いでいる間にキチシッシュが僅かな隙へとその手に持つ槍を突くが、やはり防がれる。


「悪いがね、質問に質問で返す悪い子にゃまともな相手したくねぇんだわ」


 革鎧に片手剣。帝国人らしいと言えば雪を映したかのように白い肌と青い髪ぐらい。


「……俺は暗殺者じゃねぇよ帝国の旦那。通りすがりの大道芸人さ」


 何か思うところでもあったのかディーニアスが舌打ちをして言い返す。

 しかし。帝国の騎士は薄く笑い攻めるのみ。このまま続けば幾ら数の上で有利とは言えいずれディーニアスらの敗北は避けられない。

 その前に必要なのは、帝国騎士を殺すこと。逃げるならば一人を犠牲にする必要がある。しかし、ディーニアスは逃げられない。


「アンタを倒せるぐらいじゃねぇと俺らの意味がないんだよ」

「戦闘中に独り言なんて余裕だね。俺も見習いたいよ」


 返す言葉を口に出来る余裕もない。しかしディーニアスらは、子供たちは七人で一人を殺すために調整されているのだ。

 そのために年月を重ねて訓練を行い。しかし現状では帝国騎士すらまともに殺すことが出来ない。


「でも、実際に格上と殺し合いが出来てよかったぜ」


 だから、最後に防ぐ。これで反省点がわかったというように。


「特務は無理でも騎士なら殺せる」


 笑い、騎士の首から上が、消えた。


「時間かかり過ぎだ、エルマニア」


 声をかけた屋根の上から猫族の仮面をつけた猫族の少女が頭を抑えながら顔を出す。そして言葉を聞いた後に、痛みに耐えるような口調で口を開いた。


「頑張ったこれでも。そもそも二人が居れば私は役割ないはず。……ディーニアスはいつも厳しい。少しは褒めて」


 猫族の少女、エルマニアは仮面を外し、無表情で頬を膨らませながら飛び降りて頭を突き出す。

 褒めて褒めてと無言のままで要求するエルマニアへ溜息を付いて、一応全員の兄貴分となっているディーニアスは軽く頭をくしゃくしゃと撫でる。


「これは危険だよ危険だ。ルエイカにバレたら凄い沢山怒られちゃう」

「さすが俺らの兄貴分すげぇもててんな! 和気愛々って感じじゃねぇの!」

「あははー。ルエ姉はあんまり怒らないよー」

「うっせぇってーの。あー、しっかしハズレだねこれ。団長は出来るなら欲しいって言ったけどどうせ剣華の旦那も動いてるだろうし失敗してもいい……のかこれ」


 頭を撫でる手を止めずにディーニアスが言い返すも、僅かに顔を赤くしていては説得力がない。

 そしてエルマニアはルエイカのことを言われると同時に僅かに不機嫌なものになる。仲が悪いわけではないのだろうが、純粋に嫉妬なのだろう。


「……多分、あの人は別でも動かしてると思う。けど王国側にわたると大変だから一部だけでも持っていくといいかもしれない」


 自分の存在を大きくしようと言う子供らしい試みなのか、エルマニアが撫でられながら淡々と自分の予測を口にする。

 道化師団の団長。子供たちが聞く限り、五十年以上も昔から淡々と一つの計画を進めてきた男。

 その男が今、大詰めの段階を迎えている現状。

 一つの失敗で揺らぐような策を練っているはずがない。それでも不安要素は排除するべきだ、とエルマニアは言う。


「団長の目的が叶えば俺らも嬉しいしな。つーか、向こうはどこで何してるんだよ。本来ならここにおびき寄せた時点で全員居るはずなんだってのに」


 目的というよりは計画が空回りしたことを嘆く姿に三人は苦笑し、一人は無表情で眉を寄せるだけだ。

 今ここに居ない二人。一人はともかく、もう一人は最重要戦力。


「どこかで遊んでるんだよ。帝国騎士を探すついにきっと」

「油断大敵だってのになぁ。トィルハーはそれでもいいんだろうけど、パルリンクは……トィルハーが居ないと何にもできないから仕方ないよねー」


 少年二人が互いに顔を見合わせて溜息を吐く。世の中は、案外ままならない。誰も彼もが計算通りには動いてくれないものだ。

 稚拙な計算の上にたった作戦ならば尚更に崩れやすい、


「全くさぁ。さってと。情報通りなら王都に居る帝国騎士は五人らしいし、後の四人を探そうか。陣を知れれば最高で、わからなくても騎士を殺せばとりあえずは帝国騎士の計画を遅らせられる」


 王国側も知らない。まず知りえることの出来ない情報。

 あと四日もすれば王国も気づくだろうし、流石に不自然を感じるだろう。それでも王国側より先に、この都市へはいって一日目の帝国騎士に気づけたのは道化師団の団長が持つ力だ。


「頑張る。でも、もう少し待って。頭が痛い」

「わかったよ。ごめんな、エルマニア」


 小さな声で謝りディーニアスはエルマニアの頭を撫で続けて、そして今度は三人も何も言わずに帝国騎士から武器や鎧を剥ぎ取りながら静かに燃やす。






 追いかける影が二つあった。炎に紛れて逃げた聖騎士。戦闘に集中していたら追えないであろう姿を追いかけるのは。


「バレたら頼んだぜー」

「ん。でもその時はどうするの?」


 気配を限りなく薄め、追うのはルカとイニー。黒剣使いは気づいておらず、追いかけるだけなら問題はないだろう。


「んー。逃げた方がいいかな。俺らだけで下手打って死んでもやだしさー。ルカも馬鹿やって死ぬと損した気分になると思うしねー」

「ん。じゃあバレたらそうする」


 と小声どころではなく身振り手振りで会話をして二人は黒剣使いの背を追う。

 周囲の警戒もついでのように行う内に、黒剣使いは剣をどこかへしまいこみ、そして同時に棺を背負った青年が合流した。


「聴力強化してみようぜ」

「ん。わかったー」


 キーツの誘いに素直に頷くと二人は他のざわめきを意識から除外し、二人の会話に意識を集中させる。


「それで、クァル兄の方はどうですか? こちらは、目的の人物意外は引きつけてみましたが」


 神官姿の女は、黒剣使いは疲れた表情で言う。気を張っていたためだろうか。その様子にあえて気づかないふりをして商人姿の男、クァルは苦笑気味に肩を竦めた。


「こっちはダメだったかな。予定の半分も話せない。一人不味いのが居るよ。こっちは仕事ついでの非番なつもりだったのになぁ。観光したいところもあるのになぁ」


 大げさとも言えるほどに大げさな動きであると同時に、どこか不自然な動きでもあるとキーツとルカは見る。

 何故だか、人形でも操っているかのような動きだ。そういう動きを心がけているのだとすれば独特の武術でも習っているのだろう。


「クァル兄。いつも思いますけれど、本業をもう少し頑張ってください! 私たちは聖皇様の神託によって動くのですよ!」

「でもアルネ。僕の本業は作家だ。作家とは全身系を創作の対象になりえるものと見なければならないよ。流石に聖皇様の教義に逆らってまで書きたいものは少ないけれどね」

「当たり前です。聖皇様が私たちに授けた教えに逆らうなんて、考えるのも不敬なのですからね! ですが、観光は賛成です。王国の建設技術と農耕技術は見るべきものがありますし。食料が沢山あるのは本当に羨ましい……」


 心から思っているのだろう。アルネと呼ばれた黒剣使いは悩ましげな吐息を漏らした。

 聖皇国は、雪国と平原の入り混じる国だ。寒さは帝国ほどではないものの生きにくい環境ではある。そんな土地だったから聖皇の説く教えは広がったのだろう、信仰に縋らなければ生き残れないほどに。


「そう技術的なものを見にきたわけじゃないんだけれどなぁ。でもいいね、見ておくとためになりそうだし。今日は寝て、明日に備えよう」


 動作と口の動かしかたから聞き取れないとこを判断してキーツはなんとも言えない顔をする。

 名前がわかったのは行幸でありあの二人が兄妹だとわかったのも良しとしよう。

 だが、しかし。


「……ルカぁ。アレはキツイよね。イニーと統括から逃げたってのは絶対不味いって」


 状況がわからず、エグザを警戒する旨の言葉があったとしても無事に逃げている。

 互いに本気でなく顔見せ程度の戯れだったとしてもそれは間違いなく警戒に値する出来事だ。


「怖いねそれ。でも倒せないわけじゃないよね?」

「ただなー。黒剣使いと葬儀人って連携が凄まじいって話だからねー。二人で動かれると怖そうだ」


 疲れを吐き出すように溜息を吐いたキーツは屋根の上に背を向けて転がった。

 どう倒すかの問題ではない。どのように力を発揮させないかが大事だ。


「そう言えば知ってるルカ? 二十座同士の戦いってどうやって相手の力を落とすのかが問題らしいよ。それに近いことをやんないと今回は勝てないんじゃないかなぁ」

「そうなんだ。キーツは物知りだね! でもあの剣とか強いし使いたいなー」

「適正ある奴がいんのかなぁ。まっ、いいや。今日の根城は突き止めたし強襲でも仕掛けられると思うぜー」


 仕掛けたところで無駄だろうとは言わず、行なえそうなことだけをキーツは口にして、ルカも曖昧に頷いた。

 勝利は困難を極める。勿論、真っ向から勝負を挑めばだが。


「向こうの目的がなんだか知らねーけど。それを全うすれば帰る、ってことでもないんだろうなぁ」

「ん。観光したいとか行ってたもんね。でも放っておいてもいいんじゃないの?」


 言葉を聞く限りならそうだろう。国王の命令とは言え無害ならばそれでもいい。

 いや、無意味な犠牲を払うぐらいならばそちらの方が妥当と言うべきか。


「うーん。そう言うわけにもねー。隣に自分を殺せる人が居て、何もしないって言ったとしても信じられないもんだよ? だから陛下を含めた二十座だって自由に動けないわけだしねー」


 だからこそルカを含めた特務だって隔離されているのだ。大なり小なり、力を持つものは寿命が縮まる。


「死なないために強くなるのに強くなりすぎると生きにくくなる。変だよねぇ」


 笑いながらキーツが言うとルカもツボに入ったのか同じように笑う。


「他の人より強くなりすぎると殺そうとする人も来るもんね! あははは! キーツ凄い! 変な世界!」

「あはは。面白かったならいい事だ。そいじゃ、そろそろ戻ろうか。向こうの方も大変そうだしね。上手くいけばいいんだけどなー」

「ん。そうだね。ゲンちゃんも楽しそうだったしねー。私もキーツも楽しもう?」

「んだねぇ。皆楽しそうなのに俺たちだけ大変なのも嫌だしなー」


 屋根の上から飛び降りた二人は足音を消しながら城へと向かいながら歩く。

 この後の流れを考えながら、しかしどうあがいても悪い結果しか見つからないと嘆き混じりの笑みを浮かべながら。

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