閑話 揺れる炎
「未来は確定しない。不確定こそが未来だと、俺は三百年で学んだ」
王城で、最も堅固であり最も警備のない場所に二人の男が居た。
片方は一目見ただけでわかる程に高価な椅子に座り、真紅のマントを羽織っている。
もう一人はまるで物語に出てくる魔法使いのような姿。険しい表情で眼前に座る男を見据えている。
椅子に座る男は湖のある北を見据え、酷く冷めた表情で呟くように言葉を紡いでいく。
「同時に確定しており、どうしようもない程に覆せないのだとも三百年は教えてくれた」
端麗な顔をしたその男は憂鬱そうに窓の外を見る。淡く光る二つの月を忌々しげに見つめる。
夜空に浮かぶ二つの月。満ちた月を王は何度見たか、これから先、幾度となく見続けるのか。
「陛下、いや。ファジル。正直に言ってしまうと私は君の計画には最初から反対だ。ムレアムは言ったはずだろう? 人は己の運命にのみ生きるべきだと。ユーファは、彼女は聖将軍としているのも悲しいと思う子だよ」
「確定する運命を不確定としたいのならば自ら動くべきだ。出来ないならば、憂鬱と共に朽ちるのみだ。俺は教えた、苛烈に生きろと。ムレアムは諭した、死に場を決めろと。後を確定させるのは意志である必要がある」
真紅のマントを脱ぎ捨て、王は室内にある杖を取る。
これより彼が向かうのは暇つぶしであり、行うべきだと示された未来。
「アナレス、後は任せる」
「……王としての命令かい」
「友としての頼みだ。決別の日から戻れぬ道を歩むと決めた以上、すでに遅い。姉が願い。仲間が願い。彼女が願い。弟子が望んだ未来だ。そのために払う犠牲が幾ら重くとも」
もう後戻りは出来ないと王は言う。
十座が七座。持て余す憂鬱。炎王と呼ばれる男。万の軍勢を一人で打破できる男でも全てが自由になるわけではない。
だからこそ、彼は諦めた。求めた力を得ようとも、決して自由を得られぬこの世界を。
「先にある決断をするのは俺ではなく、ユシナでもなく、お前らでもない。だからこそ、世の中はままならないな」
瞬きをする間もなかった。それでも瞬間、王はこの場から姿を消す。
向かう場所はわかっていてもアナレスにはどうする事も出来ない。術士としての格以上、背負う物が余りにも違いすぎ、見通す未来が余りにも違いすぎる。
「……墓碑職人と特務部隊。後は、覇壁か。鍵となるのは彼らの内の誰かとは。運命があるのならば焦点を何故そこにしたのかを問いたいものだよ。意味のない事だがね」
ふっと息を吐き、先ほどまで王の座っていた場所へと座り、書類を片付ける。
沈鬱そうに伏せられた瞳には不安。ユシナという少女への心配。
「出来るなら彼女にこれ以上の重荷を背負わせたくはない。けれど……道化師団、か。彼らの目的は阻止しなければならないんだろうね」
王のためではなく、ユシナのためにと言葉にせずに続けてアナレスは己が裁量を下させる範囲で処理していく。




