狂気、信仰 ③
「適当に探しても見つかるわけないですよねー」
「そりゃなぁ。姐さんは心当たりとかありますか?」
「知ってたら不自然でしょう?」
王都の路地裏を異様な軍団が歩いていた。先頭を歩く猫族の三人が腕に嵌めている腕章がなければ軍とは決して言えない姿。
一人はまるで普段着。もう一人は着崩した軍服で精々が田舎の不良軍人。最後の一人に至ってはミニスカートだ。
後ろに居る男たちは軍人と呼ぶよりは盗賊と呼んだ方がまだマシなもの。その数は十三人。一応軍であることを示す軍服は着ているものの、雰囲気と顔つきが余りにも軍人とかけ離れている。
「路地裏あたりの宿屋なら何か居そうですけどねー。えーと。そこの一号さん宿屋で聞いてください」
「あ……? んだよクソ女。犯」
「ええと、一号さん。私はリーゼ隊長代理であるハルゲンニアスさんから副隊長に任命されてます。つまり、私は大した責任なしに貴方の頭を潰しても許されます。私凄い」
笑顔というよりは見下すような、人の神経を撫でるような顔で妹は大槌を手に持ち、宣告をする。
まだ立場をわかっていない第四特務の男たちに。
「つまりですね、死にたくなければ私の命令に従ってください。貴方の代わりは砦内に沢山いるんですよー?」
「……お前なんか楽しそうだなぁ。お兄ちゃんはお前が心配だよ」
明らかに恐怖で支配する部隊、と言った所か。一番恐ろしいのは、何故かやけに様になっている姿だ。
「ちなみに貴方たちが生き残り私たちが全滅した場合、貴方たちには特別に国家反逆罪が下賜されますよー。良かったですねー?」
妹と兄ならば、おそらく十人で一斉にかかれば殺せるだろう。ダラングが動かなければ、になるが。
しかし万が一を考えた保険。こうなれば、結局は生き残っても逃げても死が待っている。
「でも安心してくださいねー。無事任務をこなせば第四特務から開放されます。絶好の好機ですよ、頑張ってー」
やる気のない声で手を振る彼女の言葉に、一号と呼ばれた男は若干の怯えを見せながら命令に従う。
ちなみにだが、彼女が五軍で習ったのは防壁の戦術だ。そして兵を指揮する方法リーゼから。他者を従わせる場合には飴と鞭が大事だというのを覚えていたからだ。
恐怖を振りかざして彼女が考え付いたものだが、粗暴で常識のない第四特務のような有象無象を指揮するのはこれが最適なのかもしれない。
「ところで、居たらどうするの? 自然な流れで戦う事になると思うけれど」
ダラングの問いかけに妹はピンと尻尾を伸ばして目を開く。
顔には汗が流れ出ており、不安が余りにも顔に出すぎていた。
「そりゃ逃げますよー! 私たちだけで相手が出来る相手じゃないでしょう!」
「あ、居なかったみたいだなー。帰ってきたみたいだ」
後ろに居る第四特務は明らかに不安そうな顔をしているが、全く気にすることなく妹と兄、そしてダラングはまた次に進む。
いわゆるローラー作戦として路地裏の宿屋を虱潰しに捜索していく予定なのだろう。
見つかればよし見つからなければ更によしとした、単純な時間稼ぎだろう。ニアスらがそうであるように、最初からこの捜索を、撃退を三人は真面目にやる気がない。
勝てない相手を無理に探して挑むほど彼らは愚かではない。そして、その場合の先を見るほど頭が回るわけでもなかった。
「それじゃあ次にいってみよー」
「お、おす」
更に言うならば、彼らは囮だ。
「んー。キーツ。私たちは見てればいいの?」
「そりゃあんだけ派手に探してれば向こうから見つけてくれるだろうしなー」
屋根の上、その二人を遠くから見つめるのはルカとキーツ。二人ともやる気も見せずに観察するようにその一団を眺めている。
二人の纏う服の色は黒だ。やや大きい服を捲くりながらルカは笑い。キーツはその世話する。端から見ればまるで、家族のように見える光景。
「ん。でも、本当に来たらどうするの? 強いんだよね?」
どこから買ってきたのか肉の串焼きを美味しそうにほおばりながらルカが首を傾げる。
強い相手に勝てるのかどうかと言う問い。
キーツはしばらく悩み、何かを計算するような間を置いた上で口を開く。
「陛下の思惑が見えないからなー。何でこの任務を特務に振ったのか、リーゼ隊長さんだったら察してはくれたんだろうけどさぁ。暫定隊長さんは、そういう思惑とか考えずに全部壊そうとする人だろうしルカも大変だねぇ」
「ん。でもゲンちゃんは凄いよ? いつも変な風に終わらせるもん」
ルカの口元を拭きながら、リーゼ・アランダムが来る前に特務が行なっていた仕事を思い出す。
例えば、殺竜事件。村に現れた竜の捕獲が任務だったのだが村ごと竜を焼却する。例えば、村を占拠した元軍人の盗賊団の殺害。村人ごとその盗賊団を壊滅させる。例えば、要人の警護。要人を殺して暗殺者の黒幕も殺し、ついでとばかりに無関係の犠牲を出す。
数え上げれば枚挙がないほどに問題を起こしている。
おそらく今回も例に漏れず、王都の民が犠牲になる可能性は非常に高い。
「それを承知で動かしたにしても……そこまでする意味があるのかなー」
国王不在とは言え。相手がいかに脅威とはいえ。
無理を押してまで殺すことに括る意味は薄く、意義はない。だからと言って行動を起こせるほどキーツは強くない。
言われたのならばやるだけだ。
「ん。倒せばいいだけだよね?」
「倒せればねー。誰か死ぬかもよ?」
「あはは。その時は困っちゃうねー」
死なないと信じているわけではないだろう。口調はどちらも軽いが、ルカに限っては人が死ぬことを知っている。だからきっと死ぬのならそれはそれで良いのだろう。
死なない存在などは居ない。だから、いつだって誰かが死ぬ。
きっと目の前で誰かが死んだとしてルカは笑いながら戦闘を続行するはずだ。キーツが死んだ場合は、少しばかり見えないが。
「しばらくはこうして監視しながら何か食べてようかー。あの子たちが一瞬で全滅するとは思えないし、死ぬとしても第四特務が盾にされるだろうしねぇ」
飲み物を口にしてのんびりとキーツが言うのは真実だ。
第四特務が外に出るのならば、盾としてか今のように労働力としてしか求められない。可哀想だとキーツは思うものの八軍に編成されたのは自業自得なのだ。
「大変だね! あ、そういえば大通りで帝国産のお肉が売ってたよ」
「帝国産のは寒冷地にあるから脂が乗ってて美味しいけど高いんだよねー」
ほのぼのと会話をしながら二人はのんびりと過ごす。
いい休暇だとでも思っているのかもしれない。だが、話をして、色々と食べながらキーツは歓楽街の方へと視線を向ける。
「総括とか、向こうの方はどうなんだろうねぇ。無事、見つけちゃってるのかなぁ?」
ヒロムテルンは四人の中で最後尾を歩く。最初から視覚に頼ることのないヒロムテルンだからこそ後方への警戒は万全だ。
「……そういえば、血族戦争について何かわかった事はないかな?」
問う声は慎重さがあった。彼らには到底無縁のはずの、完全な警戒が漂っていた。
「何もわからんな。そもそも我らには届かんよ、アレは。そもそもが殺人血族の殲滅を目的とした争い、その余波で多くの血族も滅びたがな」
「だぁな。殺人血族を滅ぼすために聖皇国が動いた。目的も手段も明確だろ。この裏に何かがあったとしても俺らにゃ調べようがねぇよ。いっそ隊長さんに聞いてみたらどうだ。あの人ならどういう伝手かは知らねぇが大抵のことは調べてくるぜ」
「そう言えばそこが不思議ね。珍しい薬について調べてもらったら二日で調べあげてたわ。滅んだ部族の秘薬だったのにどうやって調べたのかしら?」
三者三様の答えが返るが、しかしその全てにおいて血族戦争についてではない。
五十年も昔にあった戦争だ。当時を生き抜いている者はそれなりに多く居るが、だからと言って裏にあった何かを知る者など滅多に居ない。
「……だね。そろそろ隊長さんにも協力してもらった方がやりやすそうだ。協力してくれるかは、わからないけれど」
それは彼の目的だ。果たすべき誓いだ。目的のために特務へ入った彼は、こうして情報を集めようとしている。
今のところ果たせそうにはないが。
「うーん。ところでニアス、さっきから付けられているんだが。どうする? 子供みたいだよ。僕に心当たりはないのだけれど」
「子供なら我にもないな。医療者、貴様はどうだ」
「私にもないわね。孤児が獲物を見つけたとかじゃないかしら。ああ、殺しちゃダメよ?」
「……多分、俺の縁だろうな。ここらで待ってろ、行ってくらぁ」
溜息を吐いて、更に舌打ちまでするニアスの言葉に頷き三人はそれぞれ壁に背を預けて待つ。
そして、子供の居る方向へニアスは歩く。先に見えるのは、南部でも見た人影。
つまりは前回と同じ用件なのだろうとあたりを着けながら子供の影を追い。
「何のつもりだ、アームレス。俺に近づくって意味わかってんのか?」
煙草に火を点け、更に長剣を抜いて子供、道化師団である少年を睨みつける。
前回のように仮面はつけていないが、声を聞けば聖将軍はあの時、子供たちのまとめ役をしていた少年だとわかるだろう。
ニアスの計画はすでに歯車が回り始めた。この状態で更に不確定要素である道化師団がでしゃばっては、その計画に齟齬が生じる。
なにぶん即席の計画であり、何事もなく計画が成就するとはニアスも考えては居ないが。それでも不確定要素が大きくなるのを見過ごすことは出来ない。
「久しぶり、ニアスの兄ちゃん。それに今の俺はディーニアス・ルエイカだよ」
「……はん。あの孤児院の名前を取るたぁ、馬鹿げてるな。それにディーの名前を汚すなつったろ。それで何の用だ。手引きはもうしねぇぞ」
前回も手引きと言うほどではなかった。ただルカの足止めをしただけだ。
それでも、前回の件はリーゼや他の者への不信感を更に倍増させた。これ以上の何かをしては、この先で粛清されるのが関の山だろう。
最も今回の件が露見すれば関係ないが。
「いやいや。俺だってそんな馬鹿なお願いはしないよ。久しぶりに話でもしたいなーって」
「馬鹿言ってんなっつーの。頭悪ぃことをあんま言うようならテメェでも殺すぞ?」
互いに笑いながら、しかし決して警戒を解くことなく和やかに会話が進む。
表面上の僅かな緊張感。戦えば、勝敗は一瞬だ。ニアスが殺す気ならばディーニアスは逆らう間もなく消し炭となるし、感情的にもニアスは行なえるだろう。
「ごめんごめん。今回はそっちの有利になる情報だよ。うちの団長がね、知らせておけってさ。王都が無くなると困るのは道化師団も一緒でね」
「なら生憎、俺に聞かせても無駄だぜ?」
「聞いてってば。こほん。特務副長の旦那、帝国の騎士が『最後の夜』計画を発動しようとしてるぜ。詳細は不明だが、王都を破壊する計画だってさ。俺らが協力してもいいんだけどどうする?」
これを聞いたのが聖将軍であれば、少年を捕らえるだろう。リーゼであれば、少年の協力を得た後に背後関係を聞きだすだろう。他の人物であれば信じきれないとして拒否するかもしれない。
だからこそディーニアスはハルゲンニアスへと誘いをかける。
「正直さ、兄ちゃんは何かやろうしてんのは、俺から見てもわかるんだよ。俺としても交渉窓口が消えるのは怖いんだよね。なんなら破壊を帝国騎士に任せちゃえば?」
帝国騎士が破壊してくれるというのならばニアスにとって願ってもない好条件だ。
自分の手を汚すことなく目的が達成できる。
「乗るが、俺の計画は進めるぜ。あとお前らの協力はいらねぇ。邪魔だ」
「残念。じゃあ、俺らは好きに動くよ。ああ、あと。聖騎士の二人は別々に行動中だよ。狩るなら今じゃないかな」
「あいよ。んじゃ、テメェらの計画がどんなもんか知らねぇが頑張れよ」
「兄ちゃんはあんまり頑張らないでねー。それと、道化師団の目的は『流れた水を戻す』ってだけだよ」
手を振ってディーニアスは屋根の上へと飛び上がり足早に逃げ出す。それを見送り、不味そうに煙草を吸ってから捨てたニアスは長剣を仕舞い、微かな笑みを浮かべた。
余りにも退廃的で、余りにも享楽的。
言われた目的も帝国騎士の計画も全てをどうでもいいと思っているような表情。
「さってと。まー、とりあえずは聖騎士でも見つけてみっか。生きるか死ぬかの遊びはやってみてもいいしな」
笑みを収めて欠伸を噛み殺しながら呟くとニアスは先ほどまでの場所へと戻っていく。




