いたんだこころ ③
「なー、疲れたんだけどー」
「ん。もう?」
ルカがボードグルの集団に入ってから数ヶ月が経過した。殺した人間の数は十三人。襲撃した屋敷の数はおよそ七つ。
最短経路をひた走るように彼の集団は一気に駆け上がり、そして今ではこの都市最大の勢力と化していた。その影にはルカによる暗殺もあったが、他にもキーツや他の部下たちが戦力となった事も大きいだろう。
「もう? じゃないってー。俺は一般人なんだってば。ルカの訓練に付き合うの大変なんだぜ?」
疲れた笑みを浮かべて、庭に寝そべる。もうこれ以上身体が動かないことを見せていた。
対するルカは、変わらずの無表情。それでも会話をするようになっただけで格段の進歩だ。最初の数ヶ月は何も喋らず淡々と戦い殺すだけの存在になっていた。
よく面倒を見ていたキーツが一方的に話すだけの関係、それが時間の経過につれて段々と会話を行なえるようになった。
「キートは体力がないね」
唯一の問題は、ルカがいつまで経ってもキーツの名前を間違えていることだろう。
些細な事ではあるが。
「俺はキーツだっつーに。あー、もう。しっかしどうすんのかね親分。結局まだどっちに付くのか決めてないっぽいしさぁ」
内乱。王国ではその気配が濃厚に見えている。今まで誰も考え付かなかった出来事だ。王に対する反逆など、思いつく方がどうかしている。
先代、いや先々代の王はまだ政治を中心に行なっていたため武力で対抗するのは理解が出来るにしても。
今代の王は武闘派も武闘派。十座の一角である炎王なのだ。わざわざ争いを引き起こす必要などないとキーツとしては考えてしまう。
「私は言われたのを殺すだけだから」
特に意見はないとルカは示す。それはキーツにしても同じこと。どちらに付くか事体はどうでも構わない。
問題は、その判断を間違うことによってボードグルが死ぬ事だ。
彼に賭けた者たちも。彼に従う羽目になった者たちも、可能な限り美味しい目が欲しいため従ってきたのだ。
ここで判断を間違うとなれば、例え生き残ったところで再起は不可能だろう。
大事な場面で間違う者に二度はない。
「俺もそうだけどねぇ。個人的には目のある国王側かなー」
「そうなの?」
「そうそう。もしも反乱してるのが勝ってもさー、どうしろって話だよねー。他にもさぁ帝国が攻めてきたらどうするんだよって話だしねー」
「わかんない」
言う言葉は本気ではないのだろう。にやにやとした軽薄とした笑みから伺える。話すルカもまたどうでも良さそうにする。
どちらにせよ、自分たちが考える領分を越えているものだと知っているのだろう。
「明日どうするー? どっか遊びに行くかー?」
「わかんないからいいや」
「ははは。いいなー。んじゃ明日も訓練でもするかー。俺もお前も生き残れるよう頑張ろうなー。きっとこのまま勢力がでかくなったら、俺もお前も大幹部だぜー」
この都市ではなく他の都市にも手が届けば、王都にも食い込むことが出来れば。
何も持たない者たちが掴む成功、順調に進んでいけばきっと手が届く。
語るキーツの顔はやはりそれでもどこか現実感がない笑顔。ボードグルを信じてはいても、それはまだ遥か遠い話だ。
「んー。んじゃ酒でも飲むかー?」
「やだ。あんまり美味しくないし」
となれば二人にやる事はない。訓練を続けるか、のんびりとしつつ二人で話しでもするか。
どちらでも構わないことではある。時間だけは存分にあるのだ。
「キーツさん何やってんですか? あ、アイルカウさんも。えっと、お二人で何かしてたんですか?」
キーツらよりも下に居る男が二人を、というよりキーツを見つけて駆け寄りルカを見て顔を青くする。
ルカの悪名はこの組織では知れ渡っている。たった一人で五十人の集団に突撃して、全員を殺した。たった一人で強力な用心棒の術士を殺した。
武闘派にしてこの組織最強と目される幼い術士。子供であることが尚更に恐ろしさを際立たせている。
「いやなんもしてねーよー? なに? なにか用?」
「あ、いいえ。なんか門に変な男が居て。親分に面会したいらしいんすけど、どうしたもんかなって。親分も他の人も居ないんすよ」
情けない顔をして門を指差す男に苦笑を返しながら、キーツは立ち上がり、ルカもその後ろを歩く。
他の者が居ないのはキーツとルカが居るためだろう。
こんな二人でも組織の上層部。総勢三百人程度の中でだが。
「それじゃ、俺が出るしかないねー。君はその人を応接間に案内してあげてー。親分も他の奴も面倒なこと押し付けすぎだよねー。雑用とか決済書類とか全部俺にだもんー」
つまりはそれだけ信頼されているとも取れるが。
単純に面倒臭いから押し付けたのが正解なのだろう。
「キート断らないよね」
「まー、俺がやんないとさぁ、あの人たち出鱈目に書くんだもんよー。俺がやるしかないじゃんー」
来客という事でキーツは服を黒い軍服を模したものに変え、ルカも危急の場合に備えて革鎧を着込む。
「んじゃルカはあんま喋るなよ。……ども、お待たせしました。私はボードグルさんが不在のため、組織の内部全般を任せているキーツという者です。ボードグルさんへの御用という事で顔を出させて頂きます」
一切の動揺を見せなかったキーツは賞賛されてしかるべきだろう。
座っていたのは仮面を着けた男だ。道化のような仮面を被り、二股に分かれた黒色の帽子を被っている。更にゆったりとした白い導師服。何一つ、何も見せる気のないその姿。
見たと同時に、ルカはキーツを後ろに押しのけ前に立つ。
「……危害を加える気はない。陛下の命で来た。此度の内乱、こちらに付け」
「へぇ。陛下は気づいてるんですか。まっ、そりゃそうっすね。でもそちらに付く利益はあるんすかね?」
ルカの前に出て椅子へと座り、足を組む。表情は真剣なものから気安いものへと。
「貢献を認めた場合、莫大な褒賞を約束する。望むならこの都市における地位も認めよう。伝えておけ」
それだけを言うと男は出ていくために立ち上がる。止めるべきかをキーツは迷うが、しかし。
ルカがあれ程の警戒を見せた相手。ここで下手に留めて相手の気を悪くして殺される事になっては、笑えない。
「はぁ、わかりました」
「名はキーツか。覚えておく。その子は」
「いや、別にいいっしょ。伝えておくんで行ってください。おいお前らー、送ってさしあげろー」
全力の警戒を示す。自分の名を明かしてしまったことを失敗したと思うが、結局は名前ぐらいは聞かれていただろう。
「……あー。キツイ。何あの威圧感。ルカはアイツに勝てそうー?」
出て行ってから数十秒。足音も聞こえなくなったところでキーツは身体をぐったりとさせて姿勢を崩し、疲れた顔でルカへと問いかける。
見ればルカも僅かに汗を流しており、首を横へと振った。
「無理。私も死ぬと思う。凄い強い。用心棒より」
前にルカが笑顔で殺しあった用心棒を思い出しキーツは苦い顔になる。
用心棒は術式の組み上げが甘かったものの並の軍人以上よりも実力はあった。それにも勝てたルカが死ぬというのだ。
「そいつは素晴らしい話だねー。いい知らせで思わず舌打ちしたくなるよー」
「そうなの? じゃあもう一つあるんだけど。もう一人外に居たけどその人も凄い強かったよ」
「……あっはっはー。そういう事を聞くとやる気が出てくるねー。何もしたくなる気がさー」
肩を落とす姿は更に重荷を背負ったようにも見える。これから先で下手を打てばそんな存在が攻めてくる可能性がある。
今までは交渉をしていてもルカという武力による安全要素があったが、それを先んじて防がれた。
ボードグルや他の面子はそういう事を気にしない分、キーツが努力するしかない。
「まっ。旦那はすぐに乗るだろうからそっちに向けて調整しようかなぁ。すぐに鎮圧されるだろうけど」
「そうなの?」
「察知されてる反乱だかんねー。反旗を翻そうとした所で一網打尽なんじゃない? 長くても一月か二月だろうねー。そもそも反乱ってのもおかしいよね。陛下に逆らって意味なんてあるわけないじゃん」
からからと笑いながら妥当な展望を向ける。その後に、小競り合いをしている帝国に殴りこみをかけるだろうとキーツは考える。
王国としてはそれが最善だ。
「まっ。どうでもいいけどねー。俺らはこそこそ王国の裏で働くだけだぜー」
「ふーん。どうでもいいなー」
ルカは無表情で、キーツは笑顔で。ボードグルが来るまで先がない事を話し続けた。
そして、内乱が始まる。
「キーツの予想外れたね」
「うーん。何考えてるんだろうねぇ。あそこを突破されたら普通、もう詰みだよ。でも親分は王国側に賭けちゃったしなー」
ベッドで寝ていたルカを起こしたキーツが笑いながらルカと共に歩いていた。
始って一月。現状では反乱軍が優勢。後方に居る王都の軍勢が、反乱軍による遊撃部隊によって足止めを喰らっている。
三つの前線砦は耐え忍んでいるが、それも恐らくは時間の問題だろう。
二軍は東北部で帝国へ備えるために動かせない。四軍は南部を空けるわけにはいかず。
七軍は防衛戦をしていると言う噂だ。
となれば王が動かせるのは一軍のみ。反乱軍は三軍、五軍、七軍。
聞いている範囲では、三軍、三万五千。五軍、三万二千。七軍、ニ万五千。
動いているのは三軍と五軍。七軍は東北部の六軍を相手にしているだろう。
一軍の数が多いとは言え動員できる数は四万か、四万五千。いかに一軍の将軍、大将軍と呼ばれる男でもこの劣勢を覆すのはキーツの常識では不可能。
「王国が負けるとどうなるの?」
「んー。わからねぇなぁ」
事情を知るキーツといえどもまだ二十歳。そこまでは想像の外にある。
ともあれ。キーツらがやる事は変わらない。
「親分、来たぜー」
「おう入れ」
部屋の中に入ればボードグルが座っている。愉しそうな顔で書類を読み流し、書類をわけている。
「どうしたんすか親分、なんかいいことでもあったんすか?」
「おう。反乱軍の中隊長を殺せってな。クク、お前の出番だぜ、アイルカウ」
投げかけられた言葉にルカは静かに頷き準備を整えるために部屋から出て行く。そして、ならば。
「キーツ。上手くやれよ」
「うぃーす。まっ、いつも通りっすねぇ。親分、何で王国側なんすか? 確かに俺はそっちが良いって言いましたけど」
「テメェはバカだが、賭け事は得意だからな。お前の判断に賭けてみるのは悪くねぇ」
明るい笑みを浮かべてボードグルは善意の笑みを浮かべる。
性格は悪く意地汚く、更にはろくでもない男だが、部下に対しての好意はいつだって悪くない。
だからこそ部下は着いてくるのだろう。
「まっ。ルカと一緒に行ってきますねー」
手を振ってキーツもまた部屋から出て行く。
向かう場所はブリュンカム平原。後に反乱軍と王国軍が決着を付ける因縁の地である。
無論、そんな事は今の彼らには知るよしもない話だが。
準備は簡素なものだ。男用と女用、両者の服を鞄に詰め込み、後は食料を少しだけ。
「準備終わったかー?」
「終わった。好きなの男? 女?」
どちらでも対応できるのがルカの強みだろう。わざわざ術式などで肉体を変えずとも、元の顔が良いためどちらが好みの相手でも問題ない。
唯一の問題は相手がそういう相手を買うかどうか。その場合は周りに買わせて夜に動くぐらいしかないのだが。
「着くまでに調べればいいだろ。ここから七日ぐらいで着く場所だしな」
「わかったー。ボードグルは、何でこんなに人を集めてるんだろうね?」
「傭兵でもして内乱に参加するんじゃないかなー」
笑いながら言う言葉は軽い。あまりにも軽すぎる。
彼の口から聞けばどんな最重要機密でも嘘に聞こえてくるだろう。それが強みといえば強みで、弱点といえば弱点でもある。
「まっ。俺らは俺らの仕事をしよう」
「うん。何の話する? キート」
「いやだからいい加減覚えてくれよ。俺の名前はキーツだっての」
「ん。大丈夫覚えた」
「じゃあもう一回言ってみろ」
「キート」
「お前は……」
緩やかな、まるでこれから遊びにでも行くような会話をしながら二人は都市から出て行く。失敗すれば、死ぬだろう。成功しても無事に抜け出せる可能性は低い。
だから、キーツが向かうのは成功か失敗かを確認するため、そして段取りを整えるためだ。可能性は低いものの、無事に帰ってこれるならそれを匿う目的もあるが。
やはり可能性としては低いだろう。
目的地へ到着し散歩でも行くような気軽さで隠れ家から出て行くルカへキーツは笑いながら手を振り、口を開く。
「んじゃ、これで終わるといいな」
「ん。どっちでもいいかな」
ここで死ねばこれ以上に苦しみは続かない。だがどちらになってもルカは構わないという。所詮はあの日から、死んでいないだけの存在だ。
だからどこで死んだところで、あの日に戻るだけなのだろう。
おそらく残念なことに、そして幸福なことに。
三日後。アイルカウは帰ってきた。




