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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
間章 追憶の日々
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呑まれた日 ②

 ハルゲンニアスは瓦礫の街を歩いていた。

 王国南部にあるブレンアムス領地。その更に南端であるブランクトル。もう一つの

南部拠点と呼ばれた大都市も今は昔。

 復興は全てが崩れた日を振り返れば進んでいると言えるが、それでも完全ではない。

 破壊された都市は此処だけではないのだから、それも仕方はないだろう。

 大陸暦三百四十二年。狂獣大侵攻と呼ばれる事件が起きてからすでに七年が経ち、当時七歳だったニアスはすでに十四歳へと成長していた。

 家族を失いながらも、助けが来るまでの長い機会を生き抜いた経験は今の彼を生かす糧となっている。

 群青色の短い髪は整えること言うことをされておらず、襤褸のような服の下には革鎧。腰の左には一本の長剣、そして背中には左手で取れるような形で盾が背負われている。


「やっほーニアスン。なになに? そんな怖い顔してどこいくの?」


 肩をいからせて、不機嫌そうに歩くニアスを呼び止める声が瓦礫の上から降り注ぐ。


「……ニアスンって呼ぶなつってんだろリア」

「もっと愛をこめて呼んでくれていいんだよ、ルコリアス・リークってね!」


 標準的な南部の服装で、顔を巻く布だけは解いている少女が腰に手を当てて無い胸を張って叫んだ。

 高らかと叫んだ。馬鹿みたいに。


「うっせぇなぁ……」


 歳はおそらく十代半ばだろう。耳や翼など特徴的なものがない事から、おそらく人族だと言うことがわかる。

 金色の柔らかそうな髪に褐色の肌。幼いながらもどこか大人びた雰囲気のある整った顔立ち。

しかし元気な笑顔は見ている者に活力を与えるようだ。


「こら! そんな顔してたら皆怖がるよ?」


 瓦礫のからひょいひょいと降りてニアスの頭をはたくリアに対してニアスは何もせず、何も言わず憮然とした表情で歩き始める。


「あ、何で無視するのさ」

「うるせぇからだ」


 頬を膨らませて追いかけるリアの顔を見ることなくニアスは足を進めていく。

 二人の関係は、いや、三人の関係は狂獣が来た惨劇から始った。

 決して大仰ではなくその日を生き残るために、負った傷の深さに、傷を舐めあって生きてきた。


「まっ。ニアスンの怒る理由もわかるけどね。陛下はこっちを建て直してくれないし。食料とかは届く方だけど少ないしね。軍の人だって少ないし」


 美人と言っていい少女がまだ無事でいられるのはニアスらが連れ去ろうとする男を、襲おうとする男たちを撃退してきたからだ。

 勿論この都市に住む以上はリアもまた戦闘を行なう事が出来る。どちらも軍人と比べれば天と地ほどの差はあるが。


「でも、孤児院の子たちが怖がるから笑顔でいよーよ。私たちより小さい子に元気をあげなくちゃ!」


 踊るように周りを跳ね回る額を軽く叩けば、動きが止まり涙目になりその場にしゃがみこむ。


「……ひどーい。ニアスンに傷物にされたって言いふらすよー!」

「言え言え。信じる奴なんか……あー、あんまいねぇから」


 思い当たるふしがあるのか頭を抑える姿に疑問符を浮かべ、リアは背を向けるニアスへと追いかけるようにその隣へ並ぶ。


「冗談だよ冗談。私とニアスンは兄妹みたいなもんだしね。それより、また外に出るんでしょ? 危ないことは軍に任せられないの? 最近は、ヒースラン? だっけ。そういう人も傭兵団を作ってるし」


 服を握り、押し留めようとするリアの顔は心配そうに歪められている。

 行なおうとする事を考えればそれも当然か。しかし、それでも。ニアスはその言葉に頷くことは出来ない。

 掴まれた腕を柔らかく振り払い、苦笑気味に振り向く。


「信じろよ。俺ぁそこまで弱くねぇ」


 ぽんと頭に手を置くと髪の毛をぐしゃぐしゃにするように撫でまわす。勢いの強さに目を回す彼女に向かい。ニアスは苦笑気味にしながら言う。


「だから、てめぇは戻ってろ。怪我しねぇで帰るからよ。……な?」


 ニアスは思う。こいつを守ろうと。母親も父親も、産まれてくるはずだった弟か妹もすでに亡くした身だからこそ強く思う。

 最悪の時を共に生き抜いたこいつを守らなければ、これ以上何を守れるのかと。


「それに、性格はともかくお前は顔だけはいいからな。……人買いに攫われるる前に俺が食ってやろうか?」

「バーカ! ニアスンにヤられるくらいならまだディーの方がいいですよーだ!」


 足に見事な回し蹴りを当てられあまりの痛さに悶絶する姿を見ながらリアは笑い、器用に瓦礫の上を走りながら去年作られた孤児院の方向へと駆けていく。

 元気な姿に嘆息しもう一人の友人、ディーゼット・ルクレイムのいる方向へと向き直り。


「ニアスンが優しいの知ってるし、どうしてもって言うならいいよー!」


 瓦礫の向こうから愉快そうなリアの声が聞こえ、ニアスは頭を抑えながら歩き出した。

 向かう先は、城壁の跡地。

 瓦礫と、木乃伊となった者の一部を踏まないように気をつけながら歩く。

 中央と北側は大分復旧してきたとは言えまだ南側は復旧の目処も立っていない。

 そこらに落ちる瓦礫は全てアヴェト鉱石から作られていたものの残骸だ。

 それが仇となり撤去作業は緩やかにしか進まず。どうにか今は手作業で瓦礫をどかし、加工できる者が鎧や盾などにするという作業がもう数年も続いている。


「……聞かれてたらディーが泣いてたな。……喜ぶか? 微妙かね」


 友人の姿を思い浮かべると、想像の中の友人は顔を真っ赤にしてニヤケ笑いをしていた。

 単純に言えば、惚れてるのだ。ディーはリアに。

 幼馴染にどうして惚れられるのかね、と呟きながら拙い身体強化でバランスを取りつつ短縮するために瓦礫の上に乗って進む。

 そこから見渡せば、深い惨状の跡がより見える。

 北側は炊き出しの煙が上がっているものの、その周囲には兵や術士が獣を警戒しているだろう。

 中央はやや広くなり瓦礫が少しずつだが片付けられている。

 南側は遠くで獣の死骸を解体し肉と骨と皮にわけている一団が見られる。


「無事だった都市からの援助はたまに来るってのに。何でこっちの復興に手が回らねぇんだか」


 ぶつぶつと文句を言うニアスには預かり知らぬことだが、帝国の周辺が火薬庫のようになっていること、また王都への道にあった都市が全て甚大な被害を負ったことが原因だ。

 最南端の周囲にも七年経つというのに獣もやや多く生息しているのも大きい。


「お、やっと来たのかよハル。遅ぇぞー。自警団の奴らもう術式陣の点検にいっちまったぜ?」


 山のように積み重なった瓦礫の下に降りると、そこには朱色の狐族、という珍しい部族の青年が立っていた。

 髪の長さは切るのが面倒なのか背中まで伸びている。しかし鮮烈な朱色はその長さでありながら野暮ったさを感じさず、後ろで一つにくくっている。腰には短剣と長剣を佩き、着けている鎧は腐るほどある狂獣の革から作られた革鎧。

 ディーゼット。狐族。姿はニアスらと同じ年齢に見える。いや、この年頃ならば生きた年数も大して変わらないだろう。

 人族以外の種族は基本的に、十台に見える容姿までは進みやすい。

 一人で狩りを行なえるようになるまでは成長しやすくなっていると言われている。

 個人差と種族差はあるものの、十代前半に見える種族は概ね、生きた年数と年齢が合致する。

 そしてディーも同様。ニアスやリアと同じ十四歳だ。

 言う通り、周囲に人の姿は見られない。とは言え、それに問題はないのだが。


「護衛か掃討かの違いだからいいだろうが」

「ハハハ、言えてらぁ。どうする? 今日も南側か?」


 ある程度、道が出来る程度には撤去された場所を示されニアスは頷きを返す。

 二人がこうして動いているのにはわけがある。大層な理由ではないが、単純に実力があるからだ。

 軍人たちも使えそうな人材に緊急時の措置として術式を教える。その中で頭角を現したのはニアス、ディー、リアの三人。リアは女性ということもあり、基本的には孤児院で誘拐などが出ないかを警戒しているが男である二人は外で獣の討伐に行くこととなる。

 とは言え、軍が呼びかけるのは緊急時ぐらいであり平時にそんな事は頼まない。


「……つーかよ、ディー。リアも心配してたぜ? 確かにいい経験になるがよ」

「それは、俺も思うところがあるけどさ。……でも、強くなるには実戦が一番って言うだろ?」

「わかるんだけどな。……俺もあん時に力があればって思ったし」


 ニアスが脳裏に浮かべるのは超級の術士の姿。二本の武器だけで獣たちを切り裂いた、死が具現化したような存在。

 あれ程の力があっても獣という災害を防ぐのは不可能だとわかっている。

 わかっているが、ニアスは力を求める。もしもあの力があの時自分にあれば、と思うのだ。

 あれば、都市は無理でも母親は救えたのではないかと。ディーもまた同じ理由だろう。

 今度は守りたい人を守れるようにとそう願っているから獣の退治を行なっているのだろう。

 だから二人は無謀にも危険に飛び込んでいく。いや、更にもう一つを付け加えるのなら憎しみだろうか。


「うっし。んじゃ行くか。……その前に、ディー。壁作ってくれ。数は……二百ぐらいだ」

「おう。前に作ったのは結構壊されたからな。一応防波堤にはなってくれるけど。疲れる割にあんま役に立たないよな」

「獣の来る場所を制限できりゃ随分楽になるだろ」


 指示されたとおり、ディーは土に手を置いて集中し頭の中で術式を組み上げる。

 幾ら才能があろうと、それなりに実戦を経験しようともまだ未熟。大規模な術式を組み上げるにはそれなりの時間を要する。

 およそ五分ほど集中した後に、目を見開き展開する。


「いくぜ『未踏山脈』!」


 叫び声と共に出てくるのは、百五十センチほどの土壁。

都市の外で縦に作られたそれは一つの通路のようになっている。知能の高くない獣ならば何の警戒もなく作られた通路をまっすぐに進んでくるだろう。

 しかし。未踏山脈と言う割りにはその規模は随分と小さい。名前負けしているといっていい。


「……お前よぉ、幾らなんでもそれはねーだろ。逆にだせぇぞ?」

「術式の名前はイメージしやすいのでやれって教わっただろ?」


 南部の外に出て、壁の上に乗って周囲を見渡す。獣の姿は現在のところ見られていないが、まだ昼間だ。

 現れるとしたら陽の落ち始める夕暮れだろう。


「そういや、いい酒手に入れたんだけどさ、三人で飲まないか?」

「よく瓦礫の中から見つけたな。腐ってねぇ奴か?」

「おう。地下室にあってよー。無事なの多かったから配給所に知らせたけど、良さそうな酒、五、六本ちょろまかしておいた」


 にししと悪戯っぽく笑うディーにニアスも同じように笑って拳を突き出す。

 甘い物と酒。この二人は都市に居ては滅多に味わえないものだ。

 夜の楽しみが一つできた所で二人は笑いあい、気配を察知する。


「どんくらいの?」

「……兎だ。速いから気ぃつけろ」


 ディーの問いに答えると同時、何かが弾丸のように二人の間を掠めた。


「兎は厄介すぎるだろ。肉は不味くねーけどさぁ。ニアス、炎弾!」

「威力が弱ぇから殺せねぇぞ」


 壁が僅かに仇となる。壁の隙間を走る獣。小型で茶色の毛を持つその獣は予備知識のないものを殺す最大要因。

 速度に特化した獣だ。壁があればその隙間に隠れてニアスらを狙い、なければ周囲を動きながらニアスらの命を狙っただろう。

 唯一幸いなのは、攻撃手段が体当たり、運が悪ければ牙が首に掠り切られて死ぬぐらいだ。


「ディー相手してろ。炎槍使う!」


 咄嗟に作った炎弾を展開し直撃させるも、それは一瞬だけ動きを止める結果にしかならない。

 後年の彼から見ればあまりに構成の甘い炎弾だ。きちんと作られた炎弾ならばそれだけで着弾した箇所を爛れさせることが出来るだろう。


「おう。っても、囮ぐらいしかできねぇぞ!」

「十分だっつーの」


 壁に上ったディーが神経を張り巡らせ、避ける。前後左右、高速で動く茶色の兎。四足歩行であり、両手足を発達させることで瞬間の速さを会得した獣。

 術式による動体視力の強化、そして避けることに専念するからこそディーは避けられる。

 トドメはしかし。


「炎槍!」


 ニアスが叫ぶと同時、跳びあがった兎の胴体に穴が開く。炎で形作られた槍が、膝ほどまである身体を焼きながら貫いた。


「あー。怖ぇ。怪我したらリアになんていわれるかわからないしさぁ。あぶねぇあぶねぇ」

「アイツも心配性だからな。とりあえず氷に入れておけよ。肉は酒の肴か、いやガキ共に食わせりゃいいだろ」


 美味くはないが基調な肉だ。味付けさえ整えれば食べれなくもない味に変えることは出来るだろう。

 とは言っても塩などがそもそもあまりないのだが。


「おう。楽しみだな今夜」


 彼の言う楽しみは酒を呑むことではなく、面子によるだろう。


「……俺にゃ分からねぇなぁ。何でアイツなんだよ。兄妹みたいなもんじゃね?」

「聞かれても困るぜ。気がついたら、好きになってたんだよ」


 照れながらにやけた笑いを見せる姿に内心だけで溜息を吐く。

 端から見る限り、リアにその気はない。ニアスとしては応援をするのもしないのもまた、迷うところだ。


「まっ。別に構わねぇけどよ。ただアイツと酒飲むのはだりぃなぁ」


 心から息を吐く。別に一緒に呑むことが嫌いなわけではない。三人の中で最も酔わないのは彼女だ。

 しかしそんな彼女と酒を共にするとなると。


「アイツ、呑み方にこだわりありすぎて五月蝿ぇんだよな」

「いいじゃねぇか。他の奴と呑むよりいいだろ?」


 作られた壁の上に乗りながら肩を落とすニアスにディーはからからと笑って肩を叩く。

 おそらく、今夜は楽しいが面倒な夜になるだろうと予感しながらもう一度ニアスは肩を落とすのであった。


作中の戦い …… いちいち名前を叫ばないと使えないほど弱いです。けど軍人以外だとこのぐらいが普通なのかな。

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