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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
間章 追憶の日々
62/147

呑まれた日 ①

3章の前に間章を追加しないとは言ってません。

あと二部の最初に地図を追加しました。


※ 特務の過去なので、最初からラストがろくでもないことになるのを前提としてください。

「つーかよ。何でお前ら俺の部屋にいんだ?」


 ハルゲンニアス・ワークが少なくなってきた酒を大量に買い込み、自分の部屋へと戻るとそこには、八軍でも最悪の、狂気部隊として知られた全員がいた。

 最近隊長となった人族のリーゼ・アランダム。傷つけられる事を愛する鬼族のアイルカウ。殺すことに全霊を注ぐイニー・ツヴァイ。自他共に認める解体狂である有翼族のムーディル・ラクラントス。研究のためなら命をかける猫族のダラング・ハーベー。全ての物に穴を開けたがる狐族のヒロムテルン。生かすためなら何でも行うリベイラ・ヒストネク。

 現在部隊に居ない者を勘定に入れないで、その全員が比較的広いハルゲンニアスの部屋に集っていた。


「いや、俺は遠慮しようとしたんだが……」


 言い澱みながら、リーゼは今現在酒を浴びるように飲んでいるアイルカウを横目で見る。

 それで、事情は大体理解できた。

 あのイニーがここにいるということはつまり、抑えられる者が居るという事だ。もしかすると特別機嫌が悪いのかもしれない。


「……ルカ。お前、何の用だおい」


 すでに酔い潰れ、足元がおぼつかないルカにニアスが呆れ顔で問いかけるも、所詮は酔っ払い。


「えー? なにげんちゃん? あはは! なんかせかいがゆらゆらしてる~。わーたーしーをなぐってー! あははははは! みんなものんでる~?」


 甲高い声で只管に笑い声をあげながらハルゲンニアスの声など聞きもせずに他の皆に声をかける。

 イニーはナイフを弄りながら酒をちびちびと飲み、ムーディルとダラングは術式の論理についてを酒を 呷りながら一方的に語り、ヒロムテルンはにこにことその様子を静かに聞いており、リベイラもまた特に周りを気にせずに飲んでいた。

 皆で飲んでいるというよりは、それぞれが勝手に飲んでいるといった具合だろう。


「……はぁ。なんだ。これ。ありえねぇ。酒ってのはよ、もっと静かに飲むもんだ。お前ら。リベイラを見てみろよ。あれが手本だっつーの」


 リベイラを指差し、まだまともな二人、リーゼとイニーはそっちを見るが。


「……ハルさん。その人、かなり酔ってますが?」


 指差されたリベイラは、その言葉の通りかなり酔っ払っていた。一見普通に見えるがよく見ると頬は僅かに赤く、酒を飲むペースも速い。


「……まともに飲んでる奴はイニーと隊長さんだけかよ」


 大きく肩を落とし、リーゼの隣へと座り込む。

 苦笑しながら酒を注ぎ、リーゼはハルゲンニアスに渡す。受け取り、一息に飲み干すと指に頭をつけてリーゼへと怪訝そうな顔で聞く。


「なぁ。隊長さん。なんでこんなことになってんだ?」

「……いや、この間、誰にも呼ばれなかったからかもしれないけどルカが飲もうって言い出してな。……酒を飲むことにこだわりあるのか?」


 リーゼの問いにニアスは苦い顔をして顔を背ける。

 つまり、言いたくはないのだろう。そして言わないでいる理由があるのだろう。


「隊長、死にたいんですか?」


 釘を刺すようにイニー呟く。己にも気にされたくない過去があるのか、リーゼもまた微苦笑で頷いた。

 ただ、ハルゲンニアスは記憶に沈む。

 昔、酒について五月蝿く語る友が居たことを思い出し。







 ハルゲンニアスという少年の脳内に焼け付いているのは死だ。圧倒的な死の奔流だ。


 その日、彼はいつものように家に居た。いつものように親と朝食を食べ、いつものように母親の手伝いをする。


 ありがとうと微笑む母親に、僕はおにいちゃんになるから、と答えるニアス。


 見つめる先にある母親の腹部は膨れ上がり、一人の子を宿していることがわかる。

 母の腹に耳をあて、命の鼓動を聞きながらニアスは、笑う。

 自分の弟か妹が出来る。そのために頑張ろうと、ニアスは笑いながら外へ出た。

 術式に関して天賦の才があると発覚したのは五歳の時。軍人であった父親が試しに簡単な術式を教えたところ、即座に使うことが出来た。

 おそらく自分より下の子供が出来なければ、そのまま天狗になり力に頼る程度の男になっていたかもしれない。

 ニアスの今日も都市の警備を行なっていた。南部の最前線都市では、いつも傭兵と軍との衝突があり、父親はその間に立って仲裁する損な役割だった。


 それでもニアスは父親を誇りに思っていた。皆に自慢できる父親だと、胸を張って言うことが出来るほどに。


 父親に纏わりつき、城壁に上り地平線の先を見る。父親は言う。いつか王国はこの先まで領土を延ばして素晴らしい国を作るだろう。ニアスはわからないまでも、頷いた。頷いて、なら僕もお父さんみたいにな軍人になる、と笑い頭を撫でられる。

 撫でられながら、ニアスは見た。

 地平線が蠢く光景を。無邪気に指し示すニアスに父親は、顔を青くして、叫ぶ。

 母親と一緒に居ろと。

 わけもわからず走り、母親と合流し、どこに行けばいいのか困惑し。

 軍人が列を整え、傭兵が笑いながら争いの準備をして。都市の人々は僅かな不安を抱きながらもいつもことだと笑顔を作る。

 次第に地鳴りが響く。

 人々は声を失う。

 母親がニアスを抱きしめる。

 ニアスも母親を抱きしめる。

 獣たちの咆哮が無数に重なり合い。


 城壁が、崩れた。


 呆然と人々はそれを眺める。巨大な分厚い城壁の破片が降り注ぎ、家屋が潰れる。

 一人の男は呆然と、俺の家が、と呟き。一人の女は息子があっちに、と呟く。

 落ちてきた破片が更に民衆の一人を潰す。

 彼らはここでようやく、余りにも遅く、悲鳴を上げようとして。

 破壊された城壁から現れた獣によって蹂躙された。


 悲鳴を上げた女性が煩わしいとばかりに獣の巨大な爪が顔に当たり、縦三枚に身体を分断する。

 逃げようとした男が邪魔だとばかりに獣の牙によって身体が二つに分かたれる。

 恐慌し、逃げる民衆よりもニアスは僅かばかり冷静だった。

 いや、もしかすると城壁が壊れた時点で狂っていたのかもしれない。

 獣たちが進む方向へ逃げようとする母親の手を引き、ニアスは横へと逸れる。その判断は僅かばかり母子の命を繋ぐ。

 進んだ民衆は呆気なく、容易く、最初からそうであったかのように肉塊となった。転んだ少年が獣の重量に押しつぶされ破裂した。抗おうとした強面の男は跳ね飛ばされ、落ちた先で頭から愉快な赤い花を咲かせた。

 逃げた先に、父親の姿はない。父親の同僚であった兵が顔を青くして二人を手招きし、小さな家屋へ逃げ込む。

 焦りながら何かを言おうとしたその兵は、家屋の壁を突き破った獣の爪によって死んだ。

 母子は生き残った。僅かな幸運が微笑み、生き残ることに成功した。

 だが、それが何の慰めになるのだろう。

 感情を無くしたように無表情となるニアスはすぐに家屋を出て、城壁を目指す。左右にある城壁ならばまだ破壊されては居ない。


 母親の手を引いて走る。

 城壁は目前だ。

 激しい動きで母親が腹を痛め、僅かにその足が止まる。

 城壁まであと十歩。

 無理に引き、母親の足が僅かに動き。

 城壁まであと八歩。

 母親の手を引いた。

 城壁まであと五歩。

 やけに軽くなった母親の手を引いた。

 城壁まであと二歩。

 軽くなった母親の手は振り回せるほどだ。

 城壁まで辿り着いた。

 笑顔で振り向く。

 頭は理解を拒否する。

 手に持つ母親の手は、当然のように肘から先がなく。


 笑顔で、目を向ける先は、獣たちが突き進む行軍。

 城壁の上に登り、見る。

 無数の獣たちが我先にと前へと進んでいく殺戮の行軍。軍の兵たちは一歩も通さぬという決意を持ち、容易く蹂躙されていく。

 臓物が飛び、腕が噛み千切られ。兵はそれでも槍を、剣を、術式をもって狂獣を殺すが、その死骸をも踏み抜いて獣たちは先を目指す。

 その光景を見ながらもニアスは回らない頭で階段を下りる。


 探さなければならないと思った。

 母親を、弟なのか妹なのかわからない子供を。


「う、あ」


 獣たちが人を殺すのに理由は要らない。いや、言うならば進むのに邪魔だから薙いだといえばいいのだろうか。

 人々を守ろうと動いた兵士たちがあっけなく爪牙によって五体を散らし。その肉片や血がニアスの顔にこびり付く。

 階段を降りて、今なお進む大群に向かい一歩進む。

 本来、彼もここで死んでいてよかった。後の地獄を考えればそれが最善であり幸せだった。

 だからここは幸運ではなく、悪運と呼ぼう。

 悪運の女神は彼に微笑む。

 誰ともわからない術士が彼に向かうはずだった獣を斬り殺し、笑う。


「――――?」


 目前にまで迫っていた獣は細切れの肉片となり、ニアスの身体に降りかかる。

 赤いソースで味付けされたニアスへ食欲が湧いたわけではないだろう、獣たちは彼の居る場所、すなわち獣をソースへと解体した術士へと向かい。

 また、赤い肉片が無数に出来上がる。


「スバラシイ★■●ダネ」


 声は女。片言の王国語と、どこの言語かもわからない言葉を紡ぎながら女は迫る獣たちを、ニアスを守るように斬り殺す。

 奇しくも。その光景をニアスは忘れない。

 蹂躙する獣たちではなく。その獣たちを喰らうように斬り殺す女を。

 強力で強大な術士。女はおそらく一人で万軍を相手に殺し合い生き残れる女だ。

 しかしそれでも。

 獣たちを全て殺すまでには至らない。女をすり抜ける獣たちは先に居る兵たちを殺す。先に居る人々を殺す。先に居るニアスの友人を殺す。

 女が居る場所だけが安全地帯で、女が居ない場所はこの世の最悪を示している。

 数時間。獣たちが都市を抜けるまでの間。ニアスは周囲に溢れる死を見て、死を聞いた。

 大陸暦三百三十五年。ハルゲンニアス・ワーク、七歳。

 彼はこの日に全てを失い、この日に死を手に入れた。


誰だかわからない女 …… 後に二十座が十一座と呼ばれる女。通称は二天一流。本人は二天二流と自嘲気味に語る。二刀流の剣士。速さを主体にした剣撃は避けることも困難。十座相手でも先制を取れれば勝てる。それでも十一座なのは十座の不死と呼ばれる男に勝てそうにないから。

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