表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
6/147

第二幕   踊り狂う者 ①

「おいおいリーゼさんよぉ。再会して閉店ってのはやめてくれよ。まるで俺が厄を持ってきたみてぇじゃねぇか。俺の評判が悪くなんだろ」

「……いきなり叩くなよ。お前は力強すぎなんだっつーの」


 店を閉める準備と荷物の整理を夜通し行なっていたリーゼは寝ずに朝を迎えた。

 薄暗い路地で数年を暮らした家を引き上げたばかりの顔には僅かに哀愁を滲んでいたのだが、その背を叩いた大柄な鬼族の男、ベルグによりその悲哀は一瞬で吹き飛んだ。


「……もう完成したのか。王都の鍛冶屋は仕事が速いもんで」


 振り向いたリーゼの眼に留まったのは、ベルグの倍ほどもある突撃槍だ。重量を感じさせる特注の槍は振り回すだけで脅威となる。

 直撃すれば弾け飛び、掠りもすればその部分は抉られ吹き飛ばされるに違いない。螺旋状に溝が作られているところが特注にした理由なのだろう。炎術でも展開させるための溝か。そこまではさしものリーゼも問う事はしないが。


「おうよ。炎術陣とかも刻まれてるからな。三格神具って所だと思うぜ。んで、なんだ? 借金で潰れたのか? 仕事がねぇならうちの傭兵団を紹介してやろうか? 退役者だけで構成されてっからお前にゃ気楽だろうぜ」

「お前の傭兵団は確か南部が本拠地だろ。流石にそこまで行く気はない。それに軍に戻ることになったからな。生憎と仕事は山盛りだろうよ」


 軍という単語にベルグは、獰猛な笑みを浮かべ肩を叩きながら心底愉快そうに大きな笑い声を上げた。

 かつての上官が、それも墓碑職人と呼ばれた英雄が軍に戻る。それを聞いて共に戦った男が笑わない道理はない。


「いいねぇ。どんなアホ面下げて戻るってんだ? ユーファあたりと袂を別ったんだろ? 殺されるんじゃねぇのかテメェ?」

「その時は覚悟を決めるさ。ただアイツも第一大隊長らしいから外聞の悪い事は出来ないだろ。……お前は戻ろうとするなよ? お前まで戻ったら、俺の胃に穴が開きかねないからな」


 横目で楽しそうに笑うベルグに釘を刺す。

 昨日見た限りでは部下となる者はどれだけ癖が強いのかわからない。その上でベルグを置くとなれば更に心労が重なる羽目になる。


「そいつは悪いな。んで、何でいきなり戻ろうとしたんだ? 血の臭いがすんぜ? 殺し合いでもしたのか?」

「そんな笑顔で聞くな。いいか? お前みたいな戦闘狂と俺との違いを教えてやるとな。お前はむごたらしく死ぬが俺は安楽に死ぬ」

「墓碑職人様がそんな風に死ねるなら俺は最高の死に方が出来るだろうぜ」


 互いに乾いた笑いを漏らしリーゼは溜息を吐いた。きっとどちらも無事には死ねないのだと知っているからだろう。それまでは楽しく生き残る気しかないのもお互い様と言った所か。


「んで。どこの軍だ? 『大将軍』様の一軍にか? テメェあの男に気に入られてたかんな。尻でも貸してんじゃねぇかって噂だったぜ」

「俺は昔も今も女しか抱かないし男にケツ掘らせる趣味もない。今回は噂の八軍だ」


 八軍という言葉は理解を生む。粗野で乱暴で適当な男ではあるが頭の回転は残念な事に悪くない。そもそも悪い男が戦場で生き残れる道理もない。

 伊達に内乱を、そして傭兵として各地を放浪するだけの能力は持ち合わせ居るのだ。


「さて、俺は行くとする。買い物に来たんだろうが悪かったな」

「飯を誘いに来ただけだがな。まっ、んならしゃーねぇ。次に会ったら酒でも呑もうぜ」

「お前が死んでないならそうしてやるよ。じゃあな」

「はっ。このベルグ様が流れる砂以外にまけるかってんだ」

「時間に負けないならそれは面白い話だったんだが、言うならそこまで言えよ」


 互いに軽く手を挙げるだけで別れの挨拶としてベルグはそのまま大通りへと向かう。リーゼとしてもそちらを通るのはやぶさかではないのだが、

 感覚に引っかかるものを考えればこのまま裏道を通るのが正解か。


「……てっきりアイツがでしゃばると思ったんだが、俺以上に鋭いからなアイツ」


 一人呟きながら道を急ぐ。かつて王都が破壊された際にリーゼも復興に携わった。その時の計画が頭の中にあるため彼は大迷宮と笑い話で語られる路地を迷う事なく進むことが出来ている。


「それで引き下がったって事は、いるんだろうな」


 歩きながら密かに五感の強化を行い、更に低位以下の術式を用いて足音を察知。攻撃に使うとなれば話は違うが、やろうと思えば子供でも行なえる程度の術式だ。

 それでも使い方によっては、暗殺者の位置ぐらいは知ることが出来る。


「……後二十秒ほどか」


 感知できた追跡者の数は四つ。それらは包囲をするようにじりじりと迫る。まだ逃げようと思えば大通りに出るのは難しくない。

 それでもここでこうしたのは、確信だ。


「あははははは! 私と、あっそびっましょ!」


 甲高い声が響き、何かがリーゼの目前へと叩きつけられ石畳が砕ける。

 砕けた表紙に舞い上がった土煙は低位土術。生き残り、逃げようと術式を展開したであろうその何かの上へと、甲高い声の主が降り立つ。


「遊ぼうよ! 斬り殺す!? 刺し殺す!? 叩き殺す!? 全部やってくれるの!? あははははは! 早く早く! 私を気持ちよくしてよ!」


 拳を振り上げ、石畳が砕ける程の一撃を何かへと見舞い、生ぬるいものがリーゼの頬へと降りかかる。少女はすでに沈黙しているそれに何事かを叫び続ける。


「おい馬鹿、次の奴殺せっつーの! おい解体狂い! そっちは始末し終わったろうな!」

「ふん。二人はすでに解体したぞ。燃やすのは貴様の領分であろうが」


 騒がしい言葉の一つは先日も聞いたばかりのものだ。何かを言おうと思えば、言えただろう。それでも言葉が出ないのは圧倒されたからだろうか。

 明らかに正常ではない甲高い笑い声に。やけに冷静な低い声に。


「ったく全部俺に任せようとすんなっつーの。……アンタも、仕事増やしてくれんなよ」


 最後の声はリーゼへと向けられ、土煙が張れるまでの数十秒後には、あるはずだった死体などどこにもなくなっていた。

 寒気がするほどの手際の良さ。こうなるのを予測して歩いたとは言え、まさかここまで上手く事が運ぶとは思っていたなかったのが本音だろう。


「化物、いやそれは昨日時点でわかってたが」


 頬を拭えば固形物と共に血がついていた。その物体が何かかまで想像するのは難くない。

 それらを水術で軽く洗い流し氷術が展開された跡である氷の刃などを軽く片付け、更に砕けた石畳などを元の状態に戻しリーゼは何事もなかったかのように歩き出す。


 浮かぶ表情は苦いものだ。あそこまで実力がある者たち。現に暗殺者四人を一瞬で沈黙させた手際は見事と言う他あるまい。リーゼならば一人と激戦を繰り広げてしまうだろう。


「何であんな奴らがただの部隊員だよ」


 特殊部隊と言うべきか。それにした所でそれらを御す、隊長らしき斑髪の男も相当な実力者でる事は間違いがない。

 王国としては喧伝する方が得策なはずだ。


「そこらも後で、本当に聞かないとな。命に関わる」


 大きく溜息を吐き裏道を抜ければ、巨大な分厚い壁が目に入る。

 王城を守る三つの壁の、外壁。王都に攻め入られる事態などそうありはしないためすでに無用の長物と化しているが、威容は霞むことはないだろう。


 目を右へと向ければ人が正門の前に集まっている。すでに陽も上った後。これから入軍するにあたっての試験があるのだろう。軍学都市で学べば試験など受けずとも問題はないのだが、入学するのにも金がかかる現状では実際に試験を受けて合格するのが手っ取り早いと言える。


「賑わってるな。八軍への入隊、じゃないと思うが。実際、一軍に入ればその後の人生は楽そうだってのはあるか」


 土木、農耕、建築。軍に入れば各軍の特色があれどそれらを学ぶのは義務付けられている。そして王都及び直轄領を守る一軍なら王都から離れた場所に配属される事もなく、一軍に居たというだけで箔が付く。

 他の軍は内乱以降、各地方に散るよう義務付けられていると言えばその理由は想像も出来ようものだ。


「おぉリーゼ! 待っていたぞ! どうした、早くこちらに来るといい」


 周りの人間を見るに傭兵と農民が半々かと観察していたリーゼへと、一つの野太い声がかけられた。

 四日ほど前に聞いたその声を耳に入れた瞬間にリーゼの顔が顰められ周囲の視線が一気に集まる。


「……悪いなアインスベ、待たせたようだ」


 引き攣った笑みを浮かべ手を挙げると、僅かに驚愕の波が広がった。


「リーゼ?」「リーゼ・アランダムか? あの『墓碑職人』だって?」「別人じゃないのか? 退役したんだろ?」「いやだが『海流(ダブスフィ)』のアインスベと知り合いだぞ?」「へぇ。これは面白いな」「ハッ。英雄のご帰還って奴か」


 驚きと、好奇と、嫉妬。そして僅かな憎しみ。それらの感情を受け、問題が発生する前にアインスベの隣を早足に過ぎて門を抜け数々の視線から抜け出すことに成功する。

 外部からの視線が届かなくなったところで振り向けば、アインスベの顔を僅かに笑っていた。


「……嫌がらせにしかなってないが。なんだ? お前の誘いを断ったことへの意趣返しかあれは?」

「露見するのならばなるべく早くした方が良いだろう。お前を嫌う者も、言いたくはないが数多い。だが、私とも友好だと知らせれば表だって非難する者は少なくなるであろう?」


 理由がそれだけならアインスベの義侠心や友情は計り知れない。親衛隊長ともなれば度量が広いのだろう、と馬鹿ならば考える。

 生憎とリーゼは美味い話に食いつくほど愚かではないのだが。


「よく言ったもんだ。過去の英雄との仲を強調させることでお前に利点があるのはわかるぞ? 度量を見せる、俺との友好で八軍との繋がり、後は俺の元部下への繋ぎを付ける。……俺にも利があるから強くは言えないのが厭らしいな」


 実際にアインスベの言葉にも一理ある。加えて階級という面ではアインスベの方が高位なのだ。リーゼが受ける恩恵の方が多いとさえ言えるだろう。

 面倒ごとも増える事に変わりはないが。


「ふ、気にするな。お主が将軍にでもなった時に借りは返してもらうとする。それまでは迷惑は掛けぬと約束する。……血の臭いがするが、何かに巻き込まれたか?」

「気にするな。ちょっと遊んだだけだ。しかし派閥争いに巻き込まれるのはもう勘弁だぞ? それで、他にどんな意味があって俺を迎えに来たんだ? 正直迎えなんて要らないと思うんだが」

「うむ。私はお前と友にであることを周囲に知らせる、だけでは納得できぬだろう。もう一つの理由だが、副将軍が八軍の砦で待っているらしい。それらを教えるために、そして私の集めた情報を伝えるためだ」


 声が潜められる。ならばこれからの話は大っぴらには口に出せない事なのだろう。

 理解し、頷きを返せばアインスベは小さく口を開いた。


「八軍、衛迅将軍、シルベスト・リーグネート殿。そして副将軍はウィニス・キャルモス殿だ。互いに武闘派の指揮官として有名でな。特にシルベスト殿は内乱時、単騎で千人を足止めしたと言う話だ」

「ああ。聞いた事があるな。元陛下の親衛隊だろ。それに、キャルモスか。アイツの妹か姉か?」

「お主の副隊長に居たな、キャルモスの姓を持つ者が。おそらくそういう事だろう」


 内乱時にリーゼの右腕として働いたリフティー・キャルモス。その親族なのは間違いがないだろう。

 とは言えサンヴェルトの民は特殊な価値観で動く。内乱で死んだとは言え恨みを持たれるはずはないが、感情はそういうわけにもいかないのはリーゼとて理解できた。


「そして八軍だ。内情だが……罪人を用いている」


 二つ目の城壁を潜り、更に声が小さくなる。その話が真実ならば集めた情報の裏づけが取れたことになるだろう。

 そして、先ほど遭遇した彼らを思い出せば言葉はすんなりと飲み込めた。


「能力のある罪人か?」

「ふむ。そこまで掴んでいたか。私の情報など役に立たないようであるな。……後は、そうだな。ユーファのことだが」


 心臓がはねた。言葉に、ではない。


「あら、私の噂? 私の知らない間に噂好きになっているようで。人の色に染まるのは早いみたいね」

「……いや、何。教えた方が良かろう。お前の地位を知らぬこやつではないだろうが」


 水晶を思わせる透き通った女の声は甘い痛みを疼かせ、声を聞いただけで従いたくなる気質は紛れも無く人の上に立つ資格だ。


「久しぶりねリーゼ。墓碑職人リーゼ・アランダム。永遠よりも早い帰りで嬉しいわよ?」


 顔を上げれば、背中まである鮮烈な紅の髪が風に揺れて意志を叩きつけるような深い青の瞳が射抜くようにリーゼを見つめた。

 額から耳までにかけて不覚残る傷跡はリーゼを責める。それでも目は逸らせない。故に、かつて贈った耳飾りがない事に気づいてしまう。


「ああ。久しぶりだなユーファ。……五軍第一大隊長『覇壁』ユーファ・ネルカネルラ」


 再会は当然のように、痛みを伴うものでしかなかった。


城 …… 巨大な建築物はロマン溢れます。


ユーファ …… ヒロイン的な立場みたいな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ