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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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       墓碑職人と聖将軍 ④

会話相手の言葉がやけに多いですが半分ほどは聞き流して構いません。

「……ど、どうぞ」

「悪いねぇ、こんな時間に紅茶まで。でも王国産のは甘すぎると思わないか? 個人的には聖皇国産の方が好きだね。苦味があって癖になる」

「……生憎と、聖皇国のは高すぎてな。それで? 俺を殺しにきたわけじゃないんだろ?」


 挨拶をしてから堂々と紅茶を要求してきたキーツに対してリーゼが取った反応は早かった。言われるがままに外へ居た双子の妹に紅茶を持ってこさせ、中に入らせる。

 それと同時に見知らぬ姿、キーツが居ることに驚いた双子の妹に対して、溜息を一つ。


「お前は外へ出てろ。多分、ここの話を聞いたら殺されるぞ」


 暗部か、もしくは更に深部に居るかもしれない男との話だ。許可なく聞いたものは問答無用で獣の餌にされたとしても文句を言えはしない。

 出て行った姿を見送り、キーツは笑顔で口を開く。


「そうそう。いやぁ本当南部じゃすまなかったよ。これも本職暗部の仕事でね。俺が陛下に命令されたのは道化師団の調査。君らを囮にしたおかげで少しは調べることが出来たんだが、厳しいね。ルカまで使って団員になったふりをしたのに警戒が強すぎる。結局最後の闘技場には呼ばれなかったから案外バレてたのかもね。ルカを連れて行ったからかもしれないけど、今回はルカが居た方が説得力があると思ったんだよ。失敗失敗。そうそう南部と言えばリーゼ隊長の趣味は読書だろ? いいのあったからお詫びの印に机においておいたから。三百冊しか販売されていない聖皇国の『新約聖書』でねぇ、余りにも批判的な事が書かれすぎてて絶版になったらしいよ。特に三十四ページの予言あたりが」

「……一気に話すな。頭が痛くなる」


 術式を使い頭痛を沈静させながら顔を抑える。南部のときは全く話さなかったと言うのに、いきなりこれだ。

 前半は確かに実りのありそうな内容えでゃあったが、後半になって一気に意味のない言葉になった。

 これだけで相手がどういう性格をしているのか、表層だけでも悟ることが出来る。


「お前は暗部か」

「だね。ルカと一緒に居た時はまだ一介の道化師団員だったんだけど危機一髪って感じで生き残って我らが隊長殿に拾われたって言う経緯。あの時は本当危なかったし、死ぬ気でいたんだけどね。当時の上司は悪い奴でろくでなしだったんだけど命を賭けるに値するお人でさぁ。でも俺が生き残ってちゃ意味がないよね。困った困った、本当におお困り。聖書風に言うなら『二回目の人生は希望に満ちている。王ならば』かな。でも当時はルカも死んでると思っててね。去年あたりだよルカが特務に居るのを知ったのは。会いにいこうと思ったけどこっちも忙しくて忙しくて。紅茶を探しに北は帝国から南は坩堝まで色々と旅をしたもんだ、その時に各地で紅茶を飲んだけど聖皇国のにはまったね」

「少し黙れ」


 無駄に多くの情報を与える。混乱させるのを目的としてか、それとも真実と嘘の割合をわざと増やすためか。

 そこまではうかがい知ることは出来ない。

 自分のことを語る相手は、場合によっては信頼されやすく底を見通せると思われやすい。

 潜入捜査を任せられる程の男だ。その程度の誤魔化しはお手の物だろう。


「陛下は、どこまで知らせていいと?」

「俺の所属する部隊員の全てを話していいと仰せだぜ、いやぁ、太っ腹だよ。まさか奥の奥、暗部の闇である俺について一切合財話すことを許されるなんて隊長さんはいったい何をしでかしたのか興味が湧いたよ困ったもんだね。何? 聖将軍にでも手を出したの? それは不味いよね。いや美味しかったとは思うけどあの人は陛下のお気に入りだよ? 愛娘みたいなもんだよそりゃ手なんか出したら殺されても文句は言えないけどもしかすると結納の日取りまで八十五日後ぐらいまでに計画的に決められちゃうかもね貴族位あるしやったねリーゼ隊長さんこれで今日から君も八軍将軍を狙えるぜ!」

「……頼む。もう少し、まともに会話をしてくれ」


 一切の淀みもなく笑顔のまま舌を動かすのは、ただ見ている分なら随分と面白いだろう。

 自分がその話相手にさえならなければ、という前置きが付くが。

 今の状態を言うなら会話の砲丸投げとでも評せばいいだろう。ただ投げてくる言葉を避けるのが精一杯で、打ち返す隙も投げ返す暇もありはしない。


「俺はまともなつもりだぜ? つーか、まともじゃねぇのはアンタだろ。ルカを上手く使ってるみてぇだしよ。特務に居るから使おうと思うって発想がおかしくねぇか? ガキに殺しをさせるって状況はあんま宜しくないだろうが」

「……お前が言えた台詞じゃないな」

「怒らないんだ。冷静なのは素晴らしい。さて。陛下が言ったのは俺の属する部隊の役割だけは頭に叩き込んでおけって事かね。俺の存在自体がそもそも極秘だから、もう今日だけで王国の機密を幾つ知ることになるのやら、同情する」


 一泊置いて、紅茶を飲み干し、リーゼとキーツは視線を合わせる。やや険のある目と、嗜虐的に細められた目。

 口元をニヤリと三日月状にしたキールは、語る。


「俺の属する部隊に正式名称はない。そもそも、俺は俺以外の部隊員を知らない。居るのかどうかも。もしかしたらどっかで殺した可能性もある。多分俺らの部隊が行なうのは潜入捜査。求める情報を得られるか、最適な部分で裏切るかだけ求められてる」

「なんでわざわざ味方を殺す必要がある」

「そうじゃねぇと本物だと思われないからね。まっ、多分貴重な暗部を無駄に使いはしないだろ。殺してもいい任務と殺すと都合の悪い任務があるし。殺すとしても軍なら中隊長までだな。特務を相手にしなかったのは、割りに合わないからだね。殺したところでいいように使われてお仕舞いにしかならないっていう陛下の判断。勿論殺さないといけないなら誰でも百二十三日目までに殺すけどね、それが次代の王になりうる方でも」


 にやにやとした笑みを変えることなくキーツは喋り続ける。

 言葉は薄っぺらく嘘の気配が抜けない。だがしかし、真実なのだろう。


「……信じ難いが。理解はする」


 敵対組織に信用されるために、味方を殺す。無論選別して。

 逆を言ってしまうのならば。帝国に信用されるという大役を行なうのならば、将軍だろうと殺す可能性があるのだろう。


「まっ、次も敵対してたらこっちを容赦なく殺しにきてくれや。降参したら受け入れてくれると嬉しいね」


 肩をすくめる姿はおどけたものだ。逆にリーゼの肩が力が抜けてくるほどに。


「……殺せそうなら、殺しておきたいが。どっちにしろ身体変化で変えられるんだろ。ならお前だとわかる手段なんてものはない」

「仰るとおりで。まっ、とりあえずはそんなもんだ。質問とかあんなら言ってもいいんだぜぇ。答えるかどうかは俺の気分次第になるけどなー」

「どうせ適当な事しか言わないだろうから別にいいさ。……そんな事より、ルカとどういう関係なんだ?」


 やけに冷めた表情でリーゼは鋭い視線を投げかける。手元には長剣を引き寄せ、いつでも切りかかることが出来るように。

 流石にリーゼがキーツを殺すのは厳しいだろう。不意うちや暗殺に関してキーツ以上の熟練が早々居るわけがない。

 だから、これは単に己の感情を見せただけに過ぎない。


「副将軍を傷つけられたから怒ってんのかい? 別に殺す気があったわけじゃないし許してくれないかねぇ。別に構わないがさ。んでルカかー。旧友で、家族みたいなもんかな。アイツは親に売られた子供で、俺も同じようなもんでね。そうそうアイツを訓練したのも俺でねぇ。教えたのは喧嘩の仕方と軽い護身術とか二百七十種類だけどルカは才能あったらしくて固め技とか大得意だなぁ。俺をあっさり抜いたのには驚いたー。結局それが原因で暗殺者まがいのことをやらされたんだから笑えないけど今ここで生きてるのは経験があったからなら教えてよかったのかな。どう思うリーゼ隊長さん」

「答えるつもりはない。聞きたいことはもうないから出ていってもいいぞ」


 悪感情を全面に押し出すのは何かの布石か。それとも、本心からか。

 笑みを浮かべるキーツが望んだ展開だからその通りに進ませているだけという事も考えられる。

 互いに感情を出しても嘘の可能性が見出せてしまう。立場は違えど互いの本質は裏方だ。

 相手の望む通りに話を組み立てることに才能を持つ同士でもある。

 だから、互いの本心を探りあうのを楽にするために嫌われることを選んでいる。

 という見方も出来る。


「はいはい。わーったよ。んじゃなリーゼ隊長さん。……ルカの事は宜しく頼むぜ?」

「……お前に頼まれる筋合いはない」


 奇しくも先ほど聖将軍と交わしたものと同じような事を言われる。

 瞬きをすればそこにはもうキーツはいない。まるで最初から居なかったように影も形もなくなっていた。


「五月蝿い奴だったな」


 荷物を降ろすように大きく溜息を吐き、リーゼは机の上にある聖書を開く。

 字は聖皇国語。ある程度は読めなくはないが、全てを読むのは少し厳しいだろう。

 ただ全てを読む必要はないが。

 先ほど指示された、いや功名に会話の中に隠されたページと言葉から隠された言葉をリーゼは探る。


「なんでこんな面倒な方法を」


 口の中だけで呟く。まるで誰かに聞かれるのを恐れるように。

 いや、その可能性があったからキーツはわざわざこんな回りくどい方法で情報を渡そうとしてきたのだろう。


「……予言。次の王。王。計画。固める」


 声にならぬ声で呟くと、リーゼは目を細める。

 選定の器がある以上、作為的に次代の王を決めることは不可能だ。

 だが、それを可能にする方法があるのだろう。キーツが伝えた言葉は断片的だが、そんな想像を駆り立てる。

 しかし。やはりと言うべきか。リーゼにとって信用にたる情報ではない。頭に入れておき裏打ちが取れればこれについて考えることもあるだろうという程度。


「とりあえず今日はもう寝よう……。流石に、色々ありすぎた」


 どれが本当の機密なのかも考えるのが億劫になるぐらいに。

 ベッドの上に倒れるようにしてうつ伏せになりリーゼの意識は眠気に刈取られた。

 眠る直前に僅かでも幸いを祈って。

 言うまでもなく、そんな祈りは誰にも届かないのだが。

キーツ …… 一言で言うと潜入工作員。


次で二章終了です。

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