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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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       蹂躙の蹄と道化師 ④

 棺から出てきたイニーが手始めに行なった事は、近くに居た棺を開けた女の首を落とすことからだった。

 その一閃を避けるには獣も女も、僅かに遅い。女の首が地面に落ちると同時に獣も額に短剣を刺されて絶命する。


「……親衛隊、離れなさい!」


 標的が変わる前に届いた言葉によって彼らイニーから離れ円形陣形を取る。だがそちらへ一瞥もくれずにイニーはすでに駆けていた。意識が親衛隊に向かった隙を突き躊躇なくユシナへ物質生成系で作り出した短剣を手始めに数百放ち、狙う首はまだ余力を残している剣華。


「とんだ伏兵も居たものだ」


 舌打ちをしながら剣華は長剣を盾に切りかかったイニーの一撃を防ぎ、またユシナが片腕で大剣掴めば、主格神具の力で向かってきた短剣はすべて消え去る。

 防げなかったのはユシナの後方に居た傭兵団。突如起こった事態に反応できなかった十人ばかりが短剣に頭を突かれて死亡し、後方の男たちは死んだ友を盾とする事でやり過ごす。


「副長、防御主体だ!」

「親衛隊、防御に専念を!」


 咄嗟の命令に従い部下たちは防御陣形を敷き、それにイニーは笑う。高揚感に身を任せるように、狂ったように、声を上げて笑い始める。


「素晴らしい。素晴らしい状況だと思いませんか。ここで聖将軍を殺しても貴方が行なった事にできます。こんな機会は二度とない。格上を殺す機会に恵まれたのは幸運と言う他ありません」


 二本の腕を生やし、更に腕の中から骨で作られた短剣を取り出すと同時。

 大剣は轟音を立ててイニーへと切り上げられ、その逆側から剣華が長剣を振り落とす。

 軽く足取りで跳び観客席の子供たちの前へ降り立てば、人族らしき少年が震える手で剣を構える。


「……いえ、貴方たちは詰まらない。なので手早く殺しましょう」


 間一髪、少年は避ける事に成功した。短剣を僅かに届かせなかったのは後ろに居た二人の少女。片方は蝙蝠族。雷術でも使ったのだろう速度で腰に佩いていた剣を抜き、ローブを羽織った少女もまた鉄で出来た棒を前へと突き出す事でイニーが贈った神速の一撃を避けさせることに成功する。


「ああ。訂正します。七人で一人と考えていいのなら、少しは骨がありそうです」


 言う間にも土術を展開。地面から人の形をした腕が飛び出て防御を敷いた彼らの足を掴む。


「なので、四人で殺し合いましょう」


 羽毛のように跳びあがり、また闘技場の中央へと戻る。空中に居る隙を突き剣華は僅かな水で小規模の『流動』を展開。水が自在に動きまわりイニーの身体を削りとろうとするも、突如胸から生えた細い腕が地面を掴み、空中で移動転換を行なう。残念ながら、それを行なった腕は削り取られなくなりはしたが。


「肉と骨と神経が削られるのは持久戦を考えると面倒ですが、どうにかなるでしょう」


 地面に降りると同時に斬りかかる。片腕がなく、更には術力ももう空に近いユシナへと。それを防ぎに入るのは剣華。


「何故邪魔を?」

「貴様に殺されては私が殺さなかった意味がなくなる。それは不愉快だろう」


 四本の腕から繰り出される短剣を剣の柄と腹を使って弾き、更に僅かな水で自分の周囲に『流動』を作り出す。

 規模は先ほどとは比べ物にならない程小さく、拳二つ分。その分だけ太さもないが、しかし殺すには針の大きさ程度でも十分。

 この場でユシナは迷う。イニーを放置するのは愚策。疲弊している剣華はそれ程の時間もかからずに死ぬ事になるだろう。その場合、あの七人が動くとしてもイニーに敵うとは思えない。

 ルカらの相手をしているはずの三人が来ればまた話は別にしても、この状況ならば二人でイニーを戦闘不能手前まで押した後、逃亡するのが正解だろう。

 イニーがそれを許せば、だが。

 様々な未来を考え、やはり今後までを見た上で考えられるのは一つ。


「親衛隊!」

「副長、親衛隊を討て」

「了解!」


 逃亡のための行動を取らせる前に、剣華が命令を下す。イニーの気が向けば片手間で狩られる可能性があるというのに、それを意に掛けることなく剣華は言う。

 知らないのではない。ありえると判断した上で下した命令。

 この戦いでやってはいけない事はユシナの逃亡を許すことであり、予定外のイニー参戦という事態があるもののそれで逃がしてしまっては南部最強の名折れ。


「おやおや。殺す数が減りますが、量より質を取ればいいでしょうか」


 鼻歌交じりに四本の短剣が閃き、やはりそれをどうにか防ぐ。いかに術力が残り僅かとは言え、いかに精神的な疲労があるとは言え、強者は強者。

 先月に争ったベルグ以上に強い男。簡単には破られない。


「そう簡単に殺させると思うか?」

「……余り馬鹿にしないで貰えますか?」


 僅かに怒りが見える瞳で剣華が短剣を払い、上から剣を振り落とし、更にイニーがそれを弾き、険の見える表情で断言する。


「簡単に殺すよりも、生き足掻く方を殺す方が楽しいに決まっています」


 どこかずれたことを言い返し剣華の右腕が日本の短剣で切り飛ばされる。更に即席で作られた長剣が足の指を数本断つ。

 踏ん張りが利かなくなった状態で、更にイニーは指や足を狙っていく。嬲る事が目的ではなく、相手の強さを少しでも弱めることで勝利を確実にするためだろう。

 命を守るためなら誰だろうと全力にもなるが、指一本への攻撃と即死の一撃を選択させる攻撃。四本の腕だからこそ可能な方法だ。


「ッ!」


 そして、ユシナが更に後ろから切りかかり、剣華の耳をどうにか切り飛ばした。どうにしても奪われる可能性が高い命だと結論を出し、最悪ここで王に徒なす者を討つという意志の表れか。


「おや死期を早めますか、聖将軍」

「いいえ。生き残る気しかありませんよ」


 ついでとばかりに繰り出される短剣を防ぎ、同時に剣華はイニーへと『流動』で腕に穴を開ける。


「子供たち、仕事をしろ!」

「おいおい旦那、俺らは死ぬ気はねぇよ。それに、もう片付くだろ」


 リーダー格の少年が笑えば、空の一部が歪み産み落とされるように何かが降り立つ。

 道化の服を纏い、道化の面をつけた何かが。


「剣華、次の目的は二十座の一角だったか。丁度いいのが居る、それを狩りにいくといい」


 降り立つと同時、その道化は本を開き、ページを一枚破く。すると、白く輝く銀の剣が道化に手の内に収まっていた。


「あまり戦得意ではないが、少し私と踊って貰いたい、お嬢さん、お坊ちゃん」

「では一人で踊り狂ってください」


 剣華へと短剣を振るいながら、低位土術を展開。地面から小さな針が数百作られ、道化へと殺到する。しかし。


「残念ながら、その程度で傷つくほど柔な身体ではないんだ」


 針が全て、砕けた。

 主格神具を使っているのならば全て消えるはず。つまり、それ以外の術式なのだろう。

 だが肉体を鉄壁とする術式など十座が八座『帝国の竜』フォルグ・アイアス以外に使える物ではない。


「これはまた、厄介そうな相手です。ふむ、では逃げてもいいでしょうか?」

「……イニーさん。先ほどの彼女を殺した一件は不問とします。なので、ここでこの二人を撃破したいのですが」


 話す合間にも剣華は道化の近くまで退き、傭兵団も同じように道化の後ろへと退いている。親衛隊の死亡者は二人。よく耐えたというべきだがこれではすでに使い物にならないだろう。


「いえ。逃げるべきだと思いますけど。正直、無理でしょう。主格神具相当ですよアレは」


 途端に剣華たちから距離を取り、すでに逃げる準備を整える鮮やかさは卑劣や卑怯と形容できるものでありながら、いっそ見事だ。

 後々を考えればここで聖将軍と連携を取った方がいいが、イニーとしてはそこまで先のことを見るよりは目先が大事という事だろう。

 王都で逆らえば即座に処断されたとしても、南部ならば最悪逃げられると考えているのだろう。


「……イニーさん」

「無理です。それならここで貴方の神具を使ってください。最悪でも、後ろに居る親衛隊は守り通せるでしょう」

「その通り、ですが」


 剣を持ち道化はじりじりと迫る。後ろに居る傭兵や剣華、また観客席に居る子供たちも臨戦態勢を整えている。

 これに打ち勝つのは例え援軍が来ようとも不可能だ。

 使うか、使わざるか。使えば、勝てる。問答無用で勝利を得られる。征剣とはそういう神具だ。

 使わなければ、おそらくユシナは捕らえられ親衛隊は全滅するだろう。しかし、とやはり自制が働き、だが、と頭の一部が、言う。使ってしまえと。

 囁きを甘受する。罠だとわかっていながらも、従う。言い訳の理由は十分すぎるほどにある。あの道化師は危険だ。剣華を生かしておくのは危険だ。あの子供たちも危険だ。何より道化師団なんてものは国王に対して利がない。

 理性は言う。使うべきだと。本能は叫ぶ。使ってはいけないと。

 だから、ユシナは歯が砕けるほどに食いしばり、叫ぶ。


「……勝利条件は、彼らの殲滅! 世界を(ただし)ましょう、カリバス!」


 剣が、鼓動する。

 空気が変わる。色が変わる。世界が、改変される。

 その剣は絶対の勝利の齎す剣。相手の戦力に関わらず。相手の実力に関わらず。ありとあらゆる存在に敗北を与える勝利の概念を持つ剣。

 征剣カリバス。使用効果は、勝利。

 過程でどうなろうとも、剣は持ち主の定めた条件を叶える。


「踊りは苦手なんだが。剣華、炎の子供たち。逃亡していいよ」


 道化が小さく笑いながら言った言葉に背後の彼らは頷き、走る。


「私は許可していないぞ人間共」


 瞬間。ユシナの身体が掻き消え、彼らが向かおうとしていた入り口に移動する。時空間系術式だと気づいたのは、逃げ出した傭兵団の四人が大剣により胴から上を斬り飛ばされた時。

 無くなったはずの片腕はいつの間にか再生され、その眼は底冷えするほどの殺意が宿る。

 この場に居る敵を同じ生物としてみていないような、遥かな高みから見下すような瞳。言うなればそれは、王者の目線か。

 その光景を先ほどとは逆に観客席で見ながらイニーは手を打った。望外の幸運に対して。


「本当に使うとは。そして、征剣が使われるところを見れるとは。アレは勝てませんね。二十座だろうと十座だろうと、アレは無理でしょう」


 一歩歩めば大剣によって死体が四つ増える。二歩進めば死体が八つになる。反撃をしようと試みたものは呆気なく斬り飛ばされる。

 そもそも、術式が当たらない。ありえない事が平然と起こる。

 それが主格神具。神が手掛けたと謂われる武器の一振り。恐ろしいのは、その主格神具が世に数十個あるという事だろう。


「道化さん、どうするんですか?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべすでに見守ることに決めたイニーが問いかける。

 こうなった以上は死ぬのを待つしかない。抗いなどは無意味なのだ。自然の摂理であり世界の法則。

 ソレに対抗するにはどうするべきか。

 話は簡単だ。摂理には摂理を。法則には法則をぶつければいい。


「こうするさ」


 答えて本を取り出し、中から掴み出した一枚のページが燃える。同時に、先ほどまでの白い輝きを持つ剣は消失し、手に収まるのはユシナが持つ大剣よりも一回り大きい黄金の斬馬刀。

 およそ人の手で持ち上げられる物ではない。まるで龍の爪のように巨大で、城壁のように分厚く、到底武器として使われるとは思えない武器。話に聞いた事のある武器の姿にイニーは眉を潜めて信じられないものを目撃したような顔で呟く。


「……希剣ティルヴィス? いいえ。アレは坩堝の剣神の所有物だったと記憶していますが……。模造品でこの状況が何とかできるはずがないと言うのに」

「我が愛しきミウルゴの書。私の欲を一つ捧げよう。だから叫びなさい」


 呟く、同時。斬馬刀が輝きを放つ。ユシナの姿をした剣の所持者は不愉快そうに眉を潜め、指を鳴らすと同時に姿がまた消えて道化師の上に姿を現す。


「ミウルゴの奴隷如きが、私に勝とうと思っているのか!」


 厳しく鋭く、冷たい声が剣と共に振り落とされる。

 しかし、ほんの数秒遅い。


「偽りの希剣ティルヴィスよ、勝利を打ち砕け」


 道化師の片腕が地に落ちる。そして同時に希剣と呼ばれた斬馬刀が黄金を更に輝かせ。

 世界と共に、割れた。


「所詮は紛い物、本物には敵わない。けれど、一矢報いることが出来た」


 本を閉じ、息を荒くする道化師が切り落とされた腕を掴む。声にはどこか喜色が見える。


「これで計画は問題なく進むだろうね。剣華、君の目的もその途上で叶えられるよ」


 征剣は輝きを納め、ユシナは青ざめた顔で倒れている。

 捕らえるのばここが好機。観客席に居たイニーもすでに姿を隠している。親衛隊は、すでに剣華が切り殺し終わり。


「団長、聖将軍は?」


 子供たちのうち、リーダー格の少年が僅かに距離を取って気味悪そうにユシナを見つめる。

 先ほどの豹変ぶりに対して警戒するのは当然だ。もしもここで起き上がり先ほどのような真似をされれば、次はない。

 今回行なった事の代償も大きいのだから。


「そろそろ四人が来る。アレらを相手にするのは今の私たちでは厳しいね」

「戦略的撤退だな。……今捕らえなければ、後々に実力を増すかもしれんぞ、道化」

「準備が後二手ほど届いていない。それまで捕縛し続けられるかい。聖将軍の精神を正常に保ったまま。狂ってしまえば神具が暴発する危険性もあるからね」


 仮面の中から見つめてくる視線に、剣華は物怖じをしない。しかし、論は通っていると判断したためか頷き、取れた身体でまだ無事な部分を拾ってつけて行く。


「それでは撤退しよう。準備はいいね、それでは今宵の舞台は有耶無耶のままにお開きといこう。答えが示されることなどないのだから」


 言葉はどこかで聞いているイニーに向けたものか。倒れているユシナへ向けられたものか。それとも屍となった親衛隊か。

 もしくは、見ているかもしれない国王か、この場へ現れていないリーゼらに向けてか。

 空間の中に百人余りの人数が吸い込まれて姿を消す。それから大して時の進まぬ内にリーゼらが全ては終わった場所へと到着し、何もわからないままに南部の件は幕を下ろすことになる。


騎獣兵の女 …… 十九歳、人族。名前はエウレルカス・ハーツ。得意術式は炎、光。



南部出身。小さい頃に両親が狂獣に殺されてから獣に対して復讐を誓った。

軍に入り、ユシナに才能を見出され直々に訓練をつけてもらう。とある任務の際に珍しい野生の狂獣の子を見つける。軍のために拾う事に。

しかし何故か懐かれてしまう。憎むべき狂獣の仔。育てればいつかは軍のためになるが、しかし懐かれた者が乗るのが一番という判断で渋々育てることになる。

粗雑に扱うも近寄ってきて、愛しいのか憎いのかわからなくなる。しかし街を歩いている際にその仔が盗まれそうになり、その事に怒る。だが自分の感情に困惑し紆余曲折を経て愛すべき騎獣となった。

通称はエリー。本名はエイリス。自分の名前であるエウレルカをカルネスセルト人風にしたもの。

人獣一体の彼女らに敵うものは五軍でも数少なく、将来は中隊を率いることが出来ると皆が確信する器だった。

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