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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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       蹂躙の蹄と道化師 ③

 ルカが笑っていた。声を上げて笑いながら、拳を振るっていた。

 すでにその身はずたぼろで、指が何本か溶けて切られてなくなっている。腹には剣が突き刺さり、耳も片方がない。

 それでもなお。いや、それだからこそルカは声を上げて笑う。ここに居ることを証明するように、泣くようにルカは笑う。


「しつこい。君を相手にする時間はあまりない、だが君相手に無用な消費をするのも苦だ」


 苛立たしげにげに呟くのは先日の占い師。いや、道化師と言うべきか。

 顔に仮面を付けて、ゆったりとした黄色のローブを纏う道化師。闘技場へと向かうために背を向けるべきなのは確かだが、しかしそれはルカが許さない。


「あはははは! 殺しちゃダメだよ! 私を痛してくれる人は私を痛くしてくれないとダメだよ! それに貴方も痛くしてあげるね、私は頑張るよ!」


 甲高い声を出しながらルカは、分裂する。光術の一つ。その身を光の歪曲によって増やすように見せる、本来はそれだけの術式。

 だがルカのそれは他の光術とは一味違う。


「君を殺した場合の未来が読みにくい。イニー・ツヴァイとアイルカウ。君らだけは不確定要素だよ」


 不機嫌な声で四つに分かれた一つ、足音がするものへと気だるそうに剣を振るえば胴が二つに断たれる。

 幻影の胴が。


「っと」


 風を切る拳が頬をかすめるが、それがどの幻影か判別が付かない。壊された幻影もすぐに補充され、また四人に戻る。

 風術との複合だろう。完璧な幻影を作り出す術式。気配や音など僅かな仕草にも風術を使いそれを再現する。ルカに似合わず綿密な術式の構成。

 それに、道化師は大きく溜息を吐く。


「……見破るのは不可能ではないが、少々面倒だね。そこまで派手に動く気もない。だからここは逃亡させて貰うよ。君の相手をしていてはもしかすると計画に齟齬が発生するかもしれないからね」


 懐から厚い本を一冊取り出し、内部の紙を一枚引き抜き、燃やす。


「逃げちゃダメだよー」

「また今度遊んであげよう」


 すると、道化師の姿がまるで蜃気楼であったかのように消えた。周囲に視線を走らすも影も形も見当たらず。となれば、先ほどの本が何かしらの神具であった可能性が高い。

 逃がしたと判断したルカはそのまま、おそらく道化師が向かったであろう闘技場へともう一度駆ける。溶けた指はそのまま放置。出血のない以上は問題ないと判断した。

 剣を抜くと同時に出血を止めて他の部位も同じように傷を塞ぐ。


「キーツもリっちゃんもベイちゃんも大丈夫かなぁ」


 実力差から考えて、ルカが予測する未来ではキーツはユーファに敵わない。リベイラなら同等。リーゼは瞬殺と言う所だ。

 最も戦闘というのは流動的なものだ。場合によっては不可能が起こりえる。実力が遠く離れていない限りは。

 そういう事を理性ではなく本能で知っているルカはそれでもユーファ以外を心配しながら闘技場へと走り。

 迫る炎を避ける。視線を向けた先、ルカが走って二十歩ほどの距離に居るのは、ニアス。


「……ああ。お前かよ、ルカ」

「うん。お仕事があるから通してくれない?」


 頭を掻きながらやる気のない顔をして煙草を吸っている後ろの闘技場では怒声や悲鳴が聞こえてくる。

 本来ならばニアスは中へと入っていなければならない状況だろう。

 だと言うのに、ニアスはまるでルカを待ち構えていたように立ちふさがっている。


「ゲンちゃんは敵なの?」

「……一応、お前らを防ぐのが仕事だからな」


 詰まらなさそうに煙草を捨てて、力ない笑みを浮かべ、ニアスは剣を構える。


「何で? ゲンちゃんは命令でも無理しないよー」


 構える姿に心からの疑問を浮かべ、だがしかし相手を行なうと言った以上は仕方がないのだと納得する。

 ニアスも子供ではない。だから己の言動がどんな事態を招くのかは知っている。

 知っていてそれを行なうのならば、もうそれはどうしようもないだろう。


「あー。なんだ。責任ぐれぇは、取りてぇんだ。ガキ共のためにな」


 答えにならない答えを口から発すると同時、炎が産声を上げた。ニアスの全力。今まで常に力を抜いて、死なないために全力を尽くした男はここで、今更のように為すために行動する。例えそれがあの『前線都市ブランクトルの悲劇』以上の悲劇を生み出す事になろうとも。


「いくぜルカ。全力だ」

「ん。ゲンちゃんは好きだから、死なないでね?」


 炎が産まれる。形は犬のような獣。術力の無駄遣いだと初見で誰もが思う形。

 それを、ニアスは二十という数を作りあげ、笑う。


「お前こそなルカ」


 獣たちが声なく吼え牙を剥いて走る。ある程度の追尾を持っているだろうと見当を付けたルカはそれに無闇に突っ込むことなく曲線を描くように避けるが。

 その全てが追い立てるように移動するのを目視して突っ込むことなく後ろへと戻る。


「凄いねゲンちゃん。そういう風にすることが出来るんだ」


 素直に驚きと感心の目を向けてくる。

 ルカやニアスが知ることはないが、これは剣華の誇る流動の思想に近い術式だ。違うのは、流動が術力を常に必要とするのに対してニアスが作り出した『狂い恨む獣の群れ(パル・ヒュー・ハザ・ギィト)』は一度形を作り出してしまえば後は式が外部から破壊されたり式を巡る術力が霧散しない限りは形を保ち続ける。

 通常の術式が数秒、長くて数十秒で消えるのに対してこの術式は消えるのに数時間を要する。


「まっ、浅知恵に過ぎねぇがな」


 避けるルカに対して自らは決して近寄る事なくニアスは炎弾と炎槍を紡ぎ展開する。

 炎の弾が空から降り注ぎ、槍は広範囲を埋めるように横並びに展開。更にその隙間を埋めるために犬たちが駆ける。

 防げば。否。ニアスほどの腕前。近接ではルカに敵わないと言え、その術式構成は天才的といえる。近寄る。否。そもそも、それを行なわせないための術式展開。あのまま犬を気にせずに突っ込んでいけば今以上に状況は悪くなっただろう。

 避けるか、同じく術式で防ぐ。しかしルカが行なえるのは避けることのみ。風術に適正があるとは言え、その用途は戦闘補助。

 防ぐことや攻撃が行なえるとしても、単発の一撃にしかならない。攻めに転じることの出来る守りでないならば、ルカにとってその一撃は何の意味も持たない。

 低位ならば適性外の術式とて使ってみせるだろうがこの状況では何の役にも立たず。つまり、ルカの選択できるのは風術のみ。


「ゲンちゃんいつも本気出せばいいのにぃ」

「本気でやれることがありゃそうするさ」


 避けられる場所はある。炎弾も炎槍も届かない位置。瞬時に割り出した場所は三つ。その中で、最もこの後に受ける傷が浅そうな場所を更に見抜き、風を蹴り中空に移動。

 そして。地面から突き出された槍がルカの身体を串刺しにする。腹、両腕、両足、首。頭に突き刺さらなかったのは運ではなくギリギリのところで避けたからに過ぎない。

 地面から生えた槍によって空中で縫い付けられる形になったルカへの追撃はまだ始まってすらおらず。


「……炎弾、避けろよ?」


 炎の雨が降る。無理やりに両腕を貫く槍を折る。動いた拍子に槍が更に深く刺さるがその痛みを気にしては無事ではいられない。

 降り注ぐ炎を防ぐ手段は二つ。風による防壁か、拳で最低限を砕くか。


「ゲンちゃんやりにくいよぉ」


 砕く。

 一秒の十分の一秒でしか行なえない術式を、ルカは扱った。

 可能とするのはその手甲である三格神具相当『虚砕き』の武装。

 空間を砕く事で理論上全てを破砕する武装。

 降りかかる炎弾、その数八十六。それをルカは、四撃で砕きつくす。


「攻性術式用意しろってアレほど言っただろうが」


 炎槍は直線へ走り去り後ろにあった幾本かの木を灰にした所で消え去る。

 問題はやはりルカが近距離攻撃しか保持していない事だ。いかに近接戦に天才的な反応を見せようと、懐に潜り込めなければその実力も発揮できない。

 そして、それを行なわせるほどニアスは甘くない。


「そら、もういっちょ行くぞ」


 攻撃を避け終わり一息付く間もなく先ほどと同じように炎弾と炎槍を作り出す。

 合間にも低位土術を使いニアスはルカに気づかれないように穴を開けていく。目的は勝利ではない。ここで足止めをしていればいい。

 ルカもそこは同じ。何も真面目に相手をしなくてもいい、なんなら一旦退いて別の場所から闘技場の中へ入ればいい。

 行なわないのは視野の狭さとニアスの狡猾さを知るからだろう。

 近距離によらなければという自ら目的を狭くする事は行なわないまでも、結局は近寄らなければ撃破は出来ない。

 戦闘において最も厄介なのは相手の目標を見定めた上でその邪魔をする相手だ。

 互いに遠慮や躊躇とは遠い存在。だから問題なのは戦闘に対するスタンス。


「ゲンちゃんなんか不機嫌だし戦うのやめようよー。楽しくなさそうだよ?」


 動揺を誘うつもりなのか、本心でそう言っているのか。ニアスにしても少しばかり判別し難いことを言うが、その言葉を切り捨てる。


「別に戦いを楽しいと思ったことはねぇよ。暇つぶしにはなるけどな。前にも言ったろ? 俺は別に痛いのは好きじゃねぇんだ」

「うん知ってるよー。でも、いつもより楽しくなさそうだよ?」


 前に進もうとすれば迎撃する必要があると判断したルカは更に距離を取る。下から、前から、上から。あらゆる方向からの攻撃を警戒しつつ。

 犬もまた一定の範囲外から外には出てこない。どういう術式構成ならばこうなるのかを考えるが、考えたところで邪魔なのだから無駄だと結論を出す。

 そうする間にも闘技場の内部から声も減り、戦いの音も少なくなっている。


「リっちゃんが来たらゲンちゃんどうするの?」

「反逆するには早ぇだろ。従うつもりはあるぜ」

「うーん。ならこのまま待ってればいいのかなぁ。あ、でもキーツの言う通り行っちゃった人を倒さないとだから、どうしよう」


 すでに二人の距離はルカの足で百歩分。呟く声は聴力を強化して居なければまず聞き取れない距離だ。

 ここまで距離が出来てしまえばもはや術式を紡ぐ意味もない。存在しているのは炎の犬たちのみ。だがルカから見れば、すでに詰んでいる。

 避けて通ろうと内部はもう手遅れだろう。通るのにかかる時間を考えればここで無意味に体力を消耗する意味もない。

 結局のところ、ニアスに先制を許した時点で敗北していたのだろう。


「ん。諦めよ! ねぇねぇゲンちゃんー。誰に頼まれて守ってるのー? リっちゃんじゃないよね?」

「あ? 隊長さんに守れって言われたぜ」

「あはは。いつもそうやって嘘ばっかりー。道化師団の子たちから言われたの?」


 ルカが思い浮かべるのは、先日顔を合わせた七人の子供たち。一人一人の実力はそれ程のものではないものの、どこか底知れないものがあった。


「まっ、関わりがある奴が居てな。それによ、俺も別にお前の邪魔をしてぇわけじゃねぇんだぜ? お前の命も心配だったからよ」


 煙草に火を付け最低限の警戒に加えてルカから目を逸らさずにニアスは笑う。例えもう意味がないと結論付けようと、ルカだ。

 気が変わったといいながら駆け抜けるのは目に見えている。


「あはは。ゲンちゃん嘘っぽいねー。でも私もゲンちゃんあんまり殺したくなかったから丁度良かったね!」


 座りながら笑って言う姿は一見安らいでいるようにも見えるが、やろうと思えば瞬き程度の速度で臨戦態勢を整え攻撃を行なえるのをニアスは知っており、また煙草を吸いながら明後日の方向を向いてようと術式を紡ぎ終えるのだと言うことをルカは知っている。


「んで。キーツってのとお前はどういう関係だよ」

「えっとね。昔、一緒の集団に居たんだー。その時に死んじゃったと思ったけど生きてたの。凄いよね」


 からからと笑う。それは騙されていることなど考えても居ない顔。


「……騙してるんじゃねーの、それ」

「あはは。違うよー。キーツだって絶対にわかるよ? 心音も歩き方も声も顔も違ってもわかるんだー。何でか知らないけど」


 言葉が真実だとした場合を考えようとしてニアスは首を振る。考えて、結論を出したところで何の意味もないとわかったからだ。口ぶりと行動からルカはキーツの命令に従うだろう。それだけを確信できれば十分だった。

 積極的に殺す気はないものの、何が危険なのかを知っておくに越した事はない。


「んー。そういえば、ゲンちゃんはあの子たちについてどこまで知ってるの?」

「どの子なのかわからねぇ事にゃなんとも言えねぇが。道化師団についちゃ全く。何を目的としてんのかもわからねぇよ。アイツらどんな仮装集団なんだ?」


 ニアスが思い浮かべるのは、指摘されたとおりに七人の子供たち。

 聖将軍が剣華に襲撃される前に手招きをされ、ルカらが襲撃に来た場合の守備を頼まれた。それだけだ。

 多少の会話はあったものの、それ以外には何も知らされてはいない。服装に統一感はなく、だが仮面だけが頭の横に付けられていた。


「道化師団はね、なんか凄いことをやろうとしてるんだって。だから色々な人があの人たちの手助けをしようとするらしいよー。ほら、この間倒したあの、なんか強そうだった人。あの人が使ってた傭兵も道化師団の一員だったらしいよー」

「……はぁん。手広い活動ご苦労様だねぇ。んじゃアイツらも唆されたって事か。どんな道を歩もうがアイツらの自由でいいけどな」


 そして、おおよそ五分後。リーゼらが到着し多少の諍いがあったものの闘技場の中へと急げば。

 すでにそこは終わった場所だった。


虚砕き …… 何もない空間を砕くことで理論上は何でも破壊できる武器。使用される術力量の多さと効果範囲の短さと効果時間の短さから使い難い。一応これがあれば空間系術式を砕く事が出来る。


狂い恨む獣の群れ …… ルビを直訳すると「狂った犬」になる。永久機関を目指して開発された術式。術力をある程度与えることによって動き回る。簡単な命令しか術式に組み込んでいないので複雑な動きは出来ない。


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