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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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       艱難辛苦の大混乱 ④

 駆けた先、視界に入るのは赤い髪に赤い肌の鬼族。纏う雰囲気は八軍に居た時とは全く別物。別人のようにも見える後姿に対し、声も発さず無表情に二本の剣を抜き放ち切りかかる。


「あ、ユーファちゃん。どうしたの?」


 強化された肉体による高速の一撃は、跳ばれることで回避された。

 空中で一回転をして真後ろへ降り立つルカへと振り向きざまに更にもう一閃。ついでとばかりに土術を展開。地面から長方形の壁が突き出す。

 ほぼ同時に展開と一撃に対しルカは笑いながらその剣に拳をあわせて、砕く。

 腕にはユーファが見たことのない手甲。鉄製のそれは表面に陣が彫られているのがわかる。


「ん。本気でやったら、どっちか死んじゃうけどいいの?」


 困ったような笑みを浮かべるルカに対し、ユーファは破砕された右手の剣を捨てて距離を取り作った壁を元の土へと戻す。

 攻撃方法が不明の一撃。神具の強度は並ではない。上位術式を受け止めれば破壊されるだろうが、今の一瞬で攻撃用術式を紡ぐことが出来るのか、とユーファは己に問い、即座に否定の声を上げる。

 今の一撃はそういうものではない、と。ならばそれは、あの手甲の性能だろう。


「私は目的があるから嫌だけど、貴方は死んでもいいの?」

「ちょっとダメかな。今は怪我すると怒られちゃうし。じゃあ戦うのやめよう? 私はリっちゃんもベイちゃんもユーファちゃんも殺す気ないよ?」


 表情は変わらない。殺意もなく、敵意もない。それでもユーファは構えを辞めない。


「なら素直に投降してくれない? 貴方が情報を話してくれるだけでこっちは楽になると思うのよ。傭兵団との関わりとかね」

「あ。んーと。王殺しの道化。言えるのはそれだけだよ。もう行っていい?」


 逃げるための準備は行っているものの、下手に逃げようとした所で追撃を貰い終わるだけだろう。撹乱するにも、相手は副将軍。一流の術士。近接戦も術式戦も水準以上の彼女を前に背を向けるのは自殺行為。


「貴方を捕らえればもう少し深い情報が聞けるでしょう?」


 二本の剣を操るのが得意だとしても、一本で戦力が半減するわけではない。僅かな違和があるにしてもここでルカを逃すのは悪手だろう。

 折角見つけた状況を動かす鍵だ。今無理をせずにどこでするのか。


「んー。困ったよ。凄い困る。でも逃げないといけないからどうしよう」


 無表情ながら途方に暮れているように見えるが、それでも決して隙はない。例えリーゼを含めた三人で捕らえようとしても厳しい戦いになるだろう。


「逃げなければいいんじゃないかしら?」


 追いついたリベイラが刺突剣を持ちルカから十歩分離れた場所に立つ。更にその後ろにはリーゼの姿。

 状況としては、ルカがやや不利だろう。リーゼはともかくリベイラを即死させるのは厳しい。ルカに劣るとは言え、一流と言えないとは言え、その実力は折り紙付き。


「ん。ごめんね」


 一瞬だけ申し訳ない顔を浮かべ、そしてすぐに小さく笑みを浮かべ、ルカは呟く。


「キーツに出させちゃって」

「気にするこたぁねぇ。ここで出番がなきゃ最後まで無いところだったぜ」


 ユーファの後ろから声。振り向こうと身体を動かすが、すでに遅い。ぽんと腕に触られただけだと言うのに、激痛。あらぬ方向へ曲がった腕に気を取られた一瞬でルカは屋根の上へと跳ぶ。


「挨拶代わりにゃ物騒で悪いね。ああ、ルカの事は借りてるよ、特務の隊長さん。じゃね」


 何の前兆もなく現れ、そして突風のようにキーツと呼ばれた男がルカと共に走り去る。

 気配隠蔽の上手さが並ではない上、一流の格闘技術。暗殺者と称して違和のない存在。


「大丈夫かユーファ」

「……平気。折られただけ」


 舌打ちをしながら走り去っていった方角を見つめる視線は苦々しいものが込められている。目的の一つを目の前で逃した挙句に、遊びのような一撃を受けて見逃された。

 それは副将軍以前に一人の剣術士として怒りを覚えるのに十分だ。


「リーゼ。王殺しの道化と言えば、わかる?」


 折れた腕を治しながら問う言葉に思い浮かべるのは一つ。


「童話だろ? 王を笑わすために東奔西走した道化の活躍で最後は王が笑い死ぬって結末じゃないか?」

「それは開明君が子供向けに書き直した方ね。道化師団と呼ばれる道化たちが王の命令で各地へ飛んで無様に死んで行き、最後の道化が仲間の死に様を涙ながらに語れば王は笑う。そして最後はその道化が笑いながら王を殺すのが原典よ」

「へぇ。それは知らなかった。そうか、そういう場合があるのか」


 純粋に感心するリーゼに対し、聞いたユーファの反応は優れない。どころか顔を若干青くしている。

 不審に思い口を開こうとして、先に言葉が発せられた。


「……あの子が言ったのは王殺しの道化。つまり、道化師団」


 言葉に、二人の顔色も若干変化する。道化師団。それは、内乱中では語られることのない、疑ってはいけない王の完全なる汚点。

 知っている者は数少ない極秘情報の一つ。


「……不味いな。情報の発し方によっては暴動が起きる」


 頭の中でその情報が真実として出回った時のことを考えるリーゼが若干焦りながら言葉にする。

 リベイラも常にない難しい表情で指を口元に当てて思考に没頭する。

 危険すぎるのだ、その情報は。王が内乱を起こしたという噂のような真実以上に。

 反乱分子を一掃するという意図が込められた内乱ならば、国民は納得はしないまでも理解するだろう。

 しかし、道化師団。

 王を笑わすために作りだされた部隊。各地の小さな組織を道化と呼び、それらによる暗殺や反乱軍に入れての無闇な暴動や虐殺、狼藉。

 それらの全ては国王の許可の下に行なわれたと言われている。リーゼやユーファがその存在を知ったのは、リーゼは英雄と呼ばれており、ユーファは軍の上層部に食い込んだからだ。


「あの災禍の全てが王の仕業とは言えない。けれど、知った民がどう動くかは、ちょっと予想もしたくないわね。でもアレは内乱直後にほとんどが壊滅したって話だけれど」


 それらの全てが直接王の存在を知っていたとは言えない。大抵は間接的に雇われて、または言われて行なった傭兵みたいなものだろう。

 しかし中には王にまで辿り着いた者も居たはずだ。勿論、壊滅したのはそんな頭の回る者たちだっただろうが。


「アレが関わっているなら俺たちの手に余る。聖将軍と相談するしかないだろう。……なら、目的は王に対する復讐なのか?」


 それにしては助長と言うべきか。何せ、最大の情報だ。これがあれば国民の心を揺さぶる材料の一つになる。そのために何かもう一手を必要とするにしても露見している今なら対策が取られる。


「……いや。違うな。それならルカが言うはずがない」


 核となる情報を漏らすというのは、いかにルカと言えどもありえない。そんな馬鹿なら特務で生きていけるはずがない。

 ならば何故か、と更に思考を深めようとして気づく。


「傭兵団の『剣華』はどういう男だ?」


 表面上の情報をリーゼは知っている。無骨な男で口数は少なく、水術を得意する。剣の腕は一流。指揮官としても軍に招聘される程。

 しかし、直に会ったことがあるわけではない。気づくのが遅かったといえばそれまでだが致命的な失敗だろう。


「え? えーと。剣を探求する人って印象だったわ。何度か会ったけど、余り他人に興味は示さなくて、ああ、でもユシナ様と手合わせをしたがってたわね」

「となると、妙だと思わないか? そんな男が反旗を翻してどうするんだ」

「おかしいと言えばおかしいけれど状況証拠を見ればどう考えても、でしょ? とりあえずそろそろ戻らない? 余りここで話すようなことではないし」


 リベイラの言葉に想像以上に動揺していたのか二人が頷き、三人は城へとやや早足で帰っていった。




 三人がルカと接触する少し前に時間を遡る。

 ユシナとニアスは二人で首都を巡回していた。市場を巡り、兵舎などに密かに顔を出し改善点などを頭の中に詰め込んでいく。


「どうしました?」

「あ? あぁ。ちょいと用事を思い出した。少し歩いてくらぁ」


 珍しく動揺を顔に浮かべながら言うニアスに多少の興味は惹かれても干渉する事ではないと判断したのかユシナはそれを見送り、戻ってくるまでと言うことで壁に背を掛けた。

 特に目印もない路地だ。気分転換も兼ねているのだろう、歩くということは意外に物事を整理するのに役立つ。

 それでも油断をしているわけではない。


「聖将軍ユシナ・スティルニス」


 聞いたことのある声を認識すると同時、背にある大剣を抜くのはほぼ同時。一歩を踏み込めば轟音が大気を切り裂き、声の持ち主である男のローブを僅かに切り裂く。


「挨拶だ。ここでやりあう気はない」


 よく通る声だ。太くはなく、涼やかではない。それでも、強い声。


「知りません」


 更に踏み込む。明らかに不釣合いな大剣。当たればその時点で真っ赤な華を咲かせるような重量。

 連続で繰り出されるその剣を、ローブを纏った男は軽々と避ける。

 見る者が見れば自身の精神を疑うような剣速を避けられるのは男が攻撃に出ていないというのが大きいだろう。


「傭兵団はいつでもこの都市に攻め込む準備がある」


 言葉を耳に入れることなく『炎槍』を展開。空に百。男の後ろに五十。避けるには少しばかり難しい状況で『炎槍』が動く。

 対する男の周囲にはいつの間に展開したのか水が漂い、激突する。噴出する蒸気により互いに視界が塞がっている状況で、なおもユシナは剣を振るう。狙い場所は僅かに足音のする方向。

 振りぬいた手ごたえは僅かにだがあった。しかしその程度で命を奪うにはほど遠い。


「明日の夜、闘技場で待つ」


 言えば先ほどまであった気配は消え去った。


「南部最強の傭兵団、その長である『剣華』の名は伊達ではないということですか」


 舌打ちを一度してから息を吐き、剣に付いた血を振り落とす。

 数秒の攻防。それだけで実力は感じ取れる。戦ったとしてどちらが勝利するかはわからない。

 しかし罠を仕掛けられれば確実に負ける相手だ。ユシナはそう確信する。


「目的は、私。これは確定でいいでしょう。しかし……理由がない。あの声色からは野心が感じ取れない。何故なのか」


 聖将軍であるユシナを狙う理由など、そう多くはない。肩書きの込められた意味は、南部の軍代表。高潔なる精神を期待しての国王の代わり。狂獣の大進行で見せた獅子奮迅の働き。何よりも、主格神具『征剣カリバス』の担い手。

 どれに批准を置くかでユシナという存在の価値は大きく変わる。だが、あの男が狙うのはどれに価値を見出しているからか。


「……カリバスを奪うか、強さの証明、ですかね」


 数年の間に心変わりをした可能性もあるが、そこが妥当なところだろう。

 ともあれ頭を悩ませていた相手が完全に黒になった。ならば話は簡単だ。


「ルカちゃんについてはリーゼさんらに任せるとして、こちらも備えとして数十人を連れていきますか」


 頭の中で冷静に計画を組み立てながらも、ユシナは更に裏を考える。

 今回の件がユシナに対して挑むだけなら何もこんな回りくどい手を使う必要はない。それでも行なうのならば、裏があるからだろう。


「悪ぃ、遅れた」


 蒸気を風術で飛ばし、周囲の人が寄ってくる前にユシナは歩き出す。勿論顔を隠して。

 追いついたニアスは少しばかりばつの悪そうな顔だが、それに構わず命令を下す。


「急ぎ城へ戻り、ユーファさんに親衛隊の出撃準備を整えさせてください。人数は五人。私は少し歩いてから帰ります。ああ、それと『剣華』の場所が割れました。」


 冷静な声で言われるが、しかしニアスへと詰問するような口調。

 居なくなるタイミングが良すぎた。これでは敵と裏で通じていると思われても仕方がないだろう。それがわかったのかニアスは苦笑気味に了承の意を送る。


「あいよ」


 強化された足で城へと走り去る姿を見送ることもなくユシナは息を吐いた。

 何はともあれ、物事は単純だ。ユシナに挑む『剣華』を殺してルカを捕まえればそれで終了となる。

 このまま何事もなく進んでくれるのならばそれに越した事はない。


「どうなるのやら」


 溜息を吐くが、すでに頭を悩ますことは出来ない。考えるべきは目前の戦場。

 数に任せての戦いをすれば、おそらく南部の民からの非難は免れないだろう。

 いやそれ以上に下手な人数では邪魔になるだけだ。味方を狙われて庇わなければ、聖将軍の名に傷がつく。しかし庇えば足かせとなる。

 大々的に動くとなれば確実に気取られるのも原因か。

 戦闘についてを頭に巡らせながらユシナは城へと向かい歩く。


童話 …… 書物には載っていないのがほとんどだが、開明君という有名人が原典と子供向けを発行している。なお開明君は旅人である。


一流の暗殺者 …… 王国には滅多に居ない。

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