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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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第二演目   艱難辛苦の大混乱 ①

「一応聞くが、ニアス。何かわかった事は?」

「カハハ。アンタの予測通り。殺された奴らは都市の重鎮と、路地裏に居るゴミ共の上だ。殺害方法は全員が拳か何かで破壊されたって事以外に愉快な情報はねぇぜ」

「それは頭を痛くしてくれる幸いな情報だな。ルカの仕業か?」

「死体を何個か見たが、アイツのやり口だが、アイツっぽさ感じねぇっつー微妙なところだ」


 どう言うことだ? アイツが自分の信念を曲げるなんて言うのは、短い付き合いだが考えられない。俺が幾ら言ったとしても戦闘に関しては真面目に己の信念を曲げなかった。リベイラは上手く誘導していたが、俺には少しばかり荷が重い。

 ……ニアスは相変わらず内心の見えない笑い顔だから、やり難いな。


「まぁ、今の内に軽く探索してみるか。陽の光りを浴びないのも不健康だ。聖将軍にはリベイラが付いてるから問題ないだろう」


 南部の首都へ入り、初日と二日目は護衛と情報収集に徹し、現在は三日目。

 聖将軍は二日の間に視察を済ませ、今は兵たちの訓練と傭兵団への裏づけを取っている最中。その裏で傭兵団の調査を頼む聖将軍は気が回るというべきか。


「へいへい。アンタは南部の情報屋に伝手あんのか?」

「死人に伝手はないからな。生きてれば今日会えるはずだ」


 軍の宿舎から出る。服は南部人と同じもの。見慣れないであろう八軍の軍服を着て歩き回るよりも現地の服を着た方が目立たないだろうと言う判断だ。

 細かい作法でバレはするだろうが、そこはどうしようもない。


「昼過ぎまでは市場にでも出よう。ここは屋台と露天の方が多いだろ?」

「ああ。店持っても壊されると怖ぇからな。違法商売も多いぜ」


 城壁を越えて入る狂獣も決して居ないわけではない。同時に気質からか喧嘩早い者も多い。ならばどこかが壊される可能性のある店舗よりも露天で商売を行なえばいい。

 判断は間違って居ない気もするが、実際はどうなんだか。下手に金を払わずに商売なんてしていたら捕まるのだろうが。王都と同じなら捕まるが……まぁいいか。

 しかし、鼻歌交じりで歩くニアスの足取りが全くぶれないな。不安のない足取りだ。慣れてるのか、こういう場所に。

 少し歩き中央通りとは外れた市場へ出ると活気に満ち溢れていた。この先にある闘技場からは離れているが、その帰りや行きになにかを買う奴が多いんだろう。

 罵声から喧嘩は日常に溶け込むように起こり、目端の効くものなら気づくような盗みが当然のように交わされ、古い壷をありえない値段で売っている男が居る。

 いつの時代だと思うような商売だが、これもまた南部と言うべきか。


「そこの兄ちゃん、どうだい南部の特産品だぜ」


 周囲を見ながら歩いていると商人らしき男が果物を突きつけてくる。……まぁ小腹も減ってるしこのぐらいならいいか。


「ああ、それじゃあ一つ貰おう。銅貨でいいか?」


 生憎と鉄貨の持ち合わせがない。果物なら多くて鉄貨十枚か、十五枚だ。


「あいよ。それじゃあ八十枚のお釣りだよ」

「それは高すぎる」

「んー? そうかい? でもそらぁ高級な果物でねぇ。特産つったって」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。コレなら鉄貨十枚ありゃ二個買えんだろ。あんまぼってんなら軍にちくるぞ?」


 ……やけに手馴れてるな。王都にも確かにこういう店があるし、俺も何度か値切りはしたが。……周りを見ると確かに同じような値切りをしてる奴が六割。値切るのが難航してるのが二割。あとの二割は言われるがままに買ってるようだが。

 ああ、なるほど。ここはそういう市場か。


「チッ。んじゃ二個で鉄貨十枚だ。それでいいんだろうが」

「カハハ。悪ぃな。……おいてめぇ。屑鉄じゃねぇよ。こっちゃ処女じゃねぇんだ。上質なの出せや。いい銅貨が入ったんだからよぉ」

「アァ? ったくよぉ。アンタ宝石じゃなくて砂産まれかよ。キィトゥ!」

「エリゥナ、テメェの×××にシフリオ選べ」

「ブェ・アール・イェラ。紛らわしいっつの。さっさと行け商売の邪魔だ」


 苦々しい顔で渡された果物を二つと釣りを受け取り、市場を歩く。もう一つは礼代わりとして勝手にニアスが食ってるが。……流石に聞きはしないが、こいつ南部産まれか。

 綺麗な南部語というよりは、歓楽街や路地裏で使われてそうな雰囲気の言葉だった。あんなの南部で育った奴か、南部で生活してる奴じゃないと覚えられないだろうしな。


「悪いな、助かった。……屑鉄ってどういう事だ? 貨幣は大抵一緒のはずだが」

「俺も食いたかったから構わねぇ。んで、そのまんまの意味だ。悪貨でな、南部じゃあ出回り過ぎてて回収もできねぇもんだ。他の場所でも使えんだろうが、屑鉄一枚で鉄貨一枚分の価値じゃねぇかね」


 ……はぁん。どっかで作ってるのか、ね。そこらは俺の仕事じゃないからいいが。

 悪貨が出回ってるのは大問題だな。王都で商売をやってた時は見た事がないが、他の都市ではそれなりの数があるのかもしれない。暇つぶしに調べてみる価値はあるか。

 ルカの件が先にしても、こういう所を潰せるのならば功績になるだろう。あくまでついでだし、そこまでやる気もないが。


「まぁ、治安は安定してないって事か」


 拳よりもやや大きい果物を水術で洗い齧る。……悪くないな。

 僅かに酸味と甘さがある。調理してもう少し甘みを加える事が出来れば菓子にはなりそうだ。煮込むあたりが妥当だろうか。ただこのままで夜中に小腹が減った時に食べれば少しは腹も膨れそうで悪くない。王都にあるのか今度確認しておこう。

 ただ料理は作れる環境じゃないのが残念か。出来たとしても上手く作れるわけじゃないが。……確かアインスベあんな顔をして作るのは上手かったな。そこがトレクナル元副将軍を射止めるコツの一つだったのかもしれない。


「そりゃな。南部はそういう地方だろ。内乱の時でさえ軍をこっちに回さなけりゃいけねぇ場所だしよ。女を買う時は便利だぜ。性病にさえ気ぃつけんならな」


 最南端の大都市も内乱前に廃棄が決まっていたのも大きいんだろうが。問題の多い地域だ。六連合からの商人を通りやすくすれば交易も楽になるんだろうが。

 ……国のことはとりあえず置いておこう。


「んー。……あんまりないが、掘り出し物は結構あるな」

「あ? そうなのか?」

「ああ。壷や刀剣類はいいのがあるぞ。あくまで良質って意味だが。そこの剣とかは芸術的な価値が高いな。売る所に売れば鉄貨十枚分にはなるんじゃないか?」


 大人一人が月に得られる給料のおよそ倍だ。鉄貨二枚で買えるなら十分に安い。商人として来ていたら迷わずに買っていただろうな。

 しかし、まぁ。ここに居るのがせめてユーファだったら歩きまわるのも少しは楽しくなっただろうに。逆にやり難くなったかもしれないが。

 聖将軍だったならどうだろうか。……あの人は子供っぽいのかなんなのか微妙に計り難い所があるからそこを知るためにも少し話してみたい。


「んで、結局何処行くんだよ。俺ぁアンタと遊びに来たわけじゃねぇぜ?」


 市場を歩き回った後はまだ静かな歓楽街を中心に歩きまわり地形を見る。

 戦闘になった際の逃げ道を確保しないとな。地図は頭に叩き込んだが、やっぱり見て回ると地図に書いてない道があったり、地図にあったがすでにない道が多い。

 ここらは実際に歩いてみないとわからないもんだしな。


「前に来た時に情報屋がここらにあったと思うんだが」


 歓楽街の奥に出てようやく見た事のある場所を見つける。確かこの先に、ああ、あった。みすぼらしい家が一つ。周りには酒場。情報屋は此処に居るはずだ。

 とは言え、南部の顔役連中は武闘派揃いだ。下手を踏めばすぐに殺されるから生きているのかどうか。


「ん? あぁ、はぁん」


 一人で何かを納得しているニアスを置いておき、扉を二度叩き、もう二度叩く。

 ……返事がないな。留守か? それとも警戒でもしてるのか?


「……情報屋エイレイカンス・ラーガ。居ないのか?」


 もう一度、二度叩き、更にもう二度叩くも内部からは何の物音もしない。……普通に居ないだけならいいんだが。殺されたとすると、伝手はあいにく此処しかない。


「ニアス、お前はどこか情報屋を知らないか?」

「あ? 別にいいんじゃねぇか? 多分、居るみてぇだしよ!」


 扉を蹴破り、腰にある剣を振り抜き更に『炎蛇』の術式を展開し内部へ放り込む。

 同時に、何かが壁を破砕した。

 降り注ぐ壁を右に避けようとして、直感が危険を告げる。それも最大の危険を。もはや戻るのは間に合わない。術式を紡ぐには時間が足りない。だから、苦肉の策として壁に潰されるのを覚悟して後ろへ避ける。


「ハハ、愉快な挨拶してくれんじゃねぇか!」


 ニアスの笑い声と共に風きり音。身体に当たる瓦礫を術式で最低限どけてみれば。


「ん。ごめんね、今忙しいの」


 ルカの声。顔を向ければ、確かにルカが居た。

 普段の貫頭衣ではなく、黒い軍服でもなく、八軍の青い軍服でもなく。道化のような派手な服装。顔の上半分には仮面。口元は平坦に、笑みなどはない。

 砦内で見る姿とは全く違う。服装もそうだが、何より纏う雰囲気。明るさを押し出すような空気が、底冷えするような気配に。何かにつけて楽しんでいた表情は、今は詰まらない作業をこなすような表情に。

 唯一の救いは殺意を感じられない事だけだ。


「大丈夫。二人はまだ殺せって言われてないから手は出さないから。またね、二人とも」

「……逃がすと思うか?」


 ニアスが、言う。未だ動けない、というよりは戦力にならないと踏んだんだろう。ルカの腕力に対しては肉壁として立たれるのすら邪魔になる。


「ん。ゲンちゃんじゃぁ私に敵わないよ。足止めも無理でしょ? 死ぬ気で来ても、二十秒が限界だよ。そういう馬鹿な事はしないって知ってる。リっちゃんもわかってるよね? だからばいばい、またね」


 薄く笑い、屋根の上に乗って走り去る。それを追うほどニアスも馬鹿じゃない。

 今のは警告という所だろう。ルカがやるには、どうにも違和感があるが。追ってくれば殺す。仲間だろうと、誰だろうと殺ると言うのならば殺るだろう。


「……ちっ。何か、裏に居るな」

「みたい、だな」


 手がかりどころか目的を見つけはしたが。それだけでどうにかなるとも思ってはいなかったが。……もしかすると予想以上に厄介なのかもしれないな。

 裏に誰かが居るとすれば誰かがルカを何に使っているのかも重要だ。最近起きている殺人が全てルカの仕業だとすればそれも読めてくるのかもしれないが。


「中の死体は情報屋かい、隊長さん」


 剣を収めて内部を指差す姿に、内部を見れば。確かに死体が一つ。簡潔に、速さだけを重視したように、頭が潰されている。

 もう少し丁寧に砕けば何かに付けて食べれるような物になったかもしれないな。想像したくないが。


「此処に住んでたんならそうだろうな。俺と情報屋を接触させたくなかったのか」

「もしくは単純に邪魔だったか。どっちもって線もあるが……チッ。ルカが本気で敵に回るとなると厄介だぜ? アイツと正面から殺しあうならイニーか覇壁だが、無力化できるとなる聖将軍って所だな」


 ……もしも、だ。例の傭兵団とルカが共謀していたとすれば、それが策の内という可能性が高い。聖将軍という最大戦力を分断し、俺たちを襲撃。

 あのルカとは言え、捨て駒にされて黙ってる事はないと思うが。

 何にせよ、本当に情報が足りないな。殺された奴らの共通点をもう一度洗いなおした方がいいのかもしれない。


「戻るぞニアス。聖将軍からも情報を聞こう。どうにも、これは脱走だとか、反乱だとかそういう物じゃない気がする」

「……へぇ。そいつは、いいな。良い夢が見られそうな話じゃねぇか」


 皮肉なのか本音なのか。いまいちわかり難い言葉だ。しかし、ありえて欲しくはない。

 ルカが傭兵団の手先なら、まだいい。ルカの裏に誰かが居て、ソイツと傭兵団が組んでいるなら、それもまだいい。

 最悪なのは、その二つを裏から操る何かが居た場合。更にそれが東で起こっている事に繋がっていた場合。最悪を予測するのならば、アインスベの件でもソレが咬んでいた場合だ。

 裏に誰も居なかったからと言って、アイツが知らずの内に操られていた可能性は高い。

 俺の情報だけで動いていたはずもない、他にどこかから情報を仕入れて動くと決めたんだろう。その情報が何処からかを残しておくような間抜けでもなかったのが、頭が痛くなる部分だ。

 どうせ反乱を企てるつもりなら全てを残しておけばこっちも楽だったって言うのに。

 生かして口を割らす余裕があればよかったんだが。やっぱり決闘は失策だったか?


「隊長さんよ。一人でぶつぶつ考えるのはいいんだが、次の事まで考えてくれよな」

「ああ。悪い。明日は果物でソースでも作れないかと思ってな」

「酒でも造っとけ。んじゃ俺は一人で歩きまわるからアンタは戻ってろよ。南部産の煙草も久しぶりに吸いてぇしな」

「ああ。遅くなるなよ、別に女を買うなり薬を買うなりしてもいいが明日には残らないようにしろ」

「へいへい。アンタも変なもん売りつけられんなよ」


 歓楽街を早足に通り抜け中央通りに戻る。途中で財布を盗まれそうになったのは、流石と言うべきか。王都の子供もこれぐらい逞しければいいんだが。

 気質の違いか。そこは変えようとして変えられるもんじゃないな。

 八軍の内部じゃ、何でも死ぬまで戦い続ける兵士を作る計画も進めているらしいが、それも成功例がない。前段階である精神性の変化すら自由に出来ない状態だ。

 もしもそこを変えられるなら死ぬまで戦い続ける兵士だって作れるかもしれない。

 ……それが作れれば、王国は帝国どころか大陸の覇者になる事だって可能だ。夢物語でしかないし、戦後を考えればやるべきじゃないが。


「さて。情報の整理からしないとな」


 呟き、頭を切り替える。行なうのは全貌の把握。そして、最低限の対策と証拠集め。

 面倒だ。面倒だが、やるしかないんだろう。


特産品 …… 林檎的な果物。結構な量が育つ。


南部の言語 …… 彼らが言ったのは汚い言葉です。喧嘩になってもおかしくない。


エイレイカンス・ラーガ …… 享年六十八歳。狐族。得意な術式は光術の南部産まれ。南側の村で育ち、子供の頃に南部の首都で盗みをして過ごす。青年時代は争いを見物して育った。路地裏一の事情通として名が売れた頃に情報屋へと転向。上手く色々な組織との間で立ち回っていたが残念な事に死んでしまった。

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