休憩時間 獣車の中で
「……不愉快な」
「足でも揉みますか?」
獣車の中で不機嫌さを全面に押し出しているのはウィニス・キャルモス副将軍。曲刀を片手で遊ばせる様子にリーゼが護衛と使っている双子の妹は戦々恐々と言った面持ちで問いかける。
ちなみに兄はといえば御者として極力内部に巻き込まれないようにしているだけだ。
「うーん。そういう意味ではないんじゃないかな」
すでに王都から出発して九日。南部とは違い東部はそこまで狂獣が出るような環境でもなければ盗賊団が出るような環境でもない。ただ獣車はよく揺れ、曳く獣もただの獣。
聖将軍ユシナらが乗る物とは随分と格が違う。
だからと言うわけではないが内部の空気は酷く不穏なものだった。道中ですでに三回ほど喧嘩という名の殺し合いが発生し、その度に妹は獣車を修復している。
そして、未だ一人も欠けていないのは本気ではないという事なのだろう。運が良いだけとも言えるが。
「ふん。我らと共に居るのが不愉快なのだろう」
「それは自然に大変ね。ところで双子の妹ちゃん。貴方の武器は四格なのかしら。違うなら今度砦へ戻れたら新しい武器を使うといいわ。確か特務の倉庫に拝借した神具があるはずよ? 自然に準格も主格もないけれどね」
準格神具や主格神具などそこらにあるわけではない。というより、あったとして適正を持たなければ使えないため無用の長物だろう。
常時身体強化と低位術式の無効化に加えて、別種の異常な能力を持つ準格神具。
加えて、主格神具は、常識を超える。
常時身体強化と肉体再生の加護を与え、中位術式までの無効化。
聖将軍が持つ征剣カリバスは不老となり再生能力を強化し、術力と意志を込め使えば戦いに勝利するという効果を持つという話だ。
しかし美味い話には裏がある。強力な効果ゆえの反動もあるという噂があるのだが。
そんな事を思い出す妹へ、不機嫌そうなウィニスを尻目にダラングは説明を続ける。更に他の面子も全く気にせずに倉庫にある武器の名前を挙げていくが。
きっとろくでもない裏があるのだろう。
無視されていることに機嫌を悪くしているのではないかと妹がウィニスの方向を向く。
しかし、ウィニスが気に喰わないのはそんな当たり前となっていることではない。
「……何かに監視されている。どう思う」
苛々と曲刀に手をかけた状態で問われ、他の者は肩をすくめるだけ。そういう小難しい事は全てリーゼかハルゲンニアスに丸投げするものだ。
三人は態度だけでどうでも言いと投げ捨てる。慌てたのは双子の妹のみ。
「え! 監視、されてるってことですか? そうなると、えーと。隊長から貰った手帳には……あ、ありました『監視されている場合は無視して要請の方を優先する。可能な限り捕らえる』ってあります。……これ無茶ですよね?」
あるという事を予測していたのは感心できるが、その方法が大雑把過ぎた。その場に居にから仕方がないにしても、もう少し具体的な方策を示すことはできないのだろうか。
双子の妹はそう考えるも、しかし首を横に振る。そこは副将軍の領分なのだろう。
「ならば泳がせておいてやろう。どこまで監視するかで相手の出方も伺える。ヒロムテルン。後で貴様が相手の姿を確認しておけ」
「了解しました副将軍」
肩を竦めて一応の頷きを見せる。どこまでそれが本気なのかは、考えない方がいいだろう。行いはするのだろうが、行い最低限しか活動しないだろうと言うのは全員が予測できる。
命に関わることなのだから本気でやればいいと言うわけではないのだ。
徹底的に個人主義。良く言えば己を貫く。普通に評すれば協調性がない。
ヒロムテルンは最悪、自分だけ助かる道を模索するだろう。
リーゼにはある程度の敬意を払っているため多少の命令は聞く姿勢は見せるものの、ウィニスに対しては払うべき敬意などないと考えているような男だ。
全員が沈黙したままで獣車は進んでいく。進めば進むほどに妹の胸にある不安は大きい物になっていっているが、それを無視して進んでいく。
どちらにせよここまで来た以上、後戻りは出来ないのだと知っているために。




