平穏無事の道中記 ⑥
「……聖将軍。どう思いますか?」
結局は捕まえた男たちはニアスを護衛に付け、前の都市へと送り返し、獣車が合流するまでの間は徒歩で移動するという事になった。
勿論送り返す前に軽い拷問は行なったものの。
「難しいですね。剣華の彼とは面識がありますが、実力者特有の偏屈さはあれど国に対して不穏な事を行なうような方ではありませんでした。それに私が来るとわかっていたのならば傭兵団を率いてくるのではないかと」
歩く道はともかく、すでに南部に入っているせいか砂埃が強い。更には森などもないため隠れる場所がない。
どうにか救われるのは、全員が着ているのは軍服ではなく南部で見かけるものだ。軍服ではそれはそれで目立つ。だが今までのような服では盗賊から襲撃を受ける可能性がある。
そのために事前に買っておいた服を着ての移動。
「私もユシナ様と同じ意見ね。だから、逃した相手が傭兵団とは別の線という可能性が高いんじゃないかしら。東部で噂の帝国騎士がこっちを調べるためにぶつけたとかね」
「ありえない話じゃないな。正体不明の男だ。綺麗な王国語を使ってたみたいだし、帝国人の可能性が高いのは認めるが」
「ただ伝えるだけならば傭兵団の部下にも居ますからね。疑いを持って警戒して動くのが最善でしょうか」
結局の所、確信がない限りそう動くしかない。王都でならばともかく、他の地域で無理を行なえば不信が募る。
特に南部でそれは痛い。狂獣の駆除に傭兵団の力を使っている部分が多いため下手に彼らの信頼を裏切る行動を取れば等分の裏切りとして返ってくるだろう。
王国は国王の影響が大きい。かつてならば理不尽と思えることだろうと耐えることを自然とした。しかし内乱のあった後だ。
内部で決裂しただけではない。国王に反旗を翻す選択肢が出てしまったのだ。直轄領ならば、それでも国王の庇護の下であるから構わない。しかし他の領域になってしまえばそこを収める領主が居る。基本的な事は軍が行なうものの、領主の権限は大きい。
「聖将軍でも、やはり無理ですか」
「少しは民にも影響のある名ではありますが、やはり無理は通せません。南部の領主は狂獣の侵攻からずっと復興と各地の整備に力を入れていますからね。民からの人気は高いですよ。人格的には、南部人なので武を重視しますが」
一般的な南部人という事だ。差別はないものの、南部から直轄領への妬みがないわけではない。
地域からして違うのだ。農作で生計を立てるのが一般的な直轄領と、炭鉱と戦いで生計を立てるのが一般的な南部領。地質の違いから、天候の違いから。
もしも変えたいと願うなら人間には長い年月が必要だろう。
「念のため、都市に着いたら領主にも裏を取って貰いましょう。流石に領主が動いているなんて事態はないでしょうし、もしもがあった場合は……最悪、五軍を動かします」
言葉に、やや先頭を歩くリーゼは振り向き顔を見る。そこまで大きく動かすのは悪手なのでは、と。
「……リーゼさんにもわからない事はあるんですね。少し安心しました」
ユシナはそう言うと少しだけ微笑み。ユーファは少しだけ感心したような顔になる。
「南部人っていうのは、どちらかといえばサンヴェルト人寄りの思考なのよ。こそこそと動くよりも大きく動いた方が民衆受けはいいの。実際に動かすとなると、色々費用も嵩むけど、やるとするなら五百人ぐらいを率いて平野で一騎討ちかしら」
「……ああ、成程。それなら確かにその方が」
「彼が使う術式も水術ですから、南部ではあまり水はありませんし。リーゼさんは南部、初めてなんですか?」
「ん。いえ。二月の間だけ来た事があります。内乱後に少しだけ。南東部で復興を行なった時に来た時だったかな。その時も思い返せば、書類仕事を主にやっていた記憶がありますね」
苦笑する顔は常とは違い歳相応の、いや子供のような笑顔だ。
南部のことは頭に詰めたつもりでも、話には聞いたつもりでもその気質ばかりは書類ではなく実際に居なければわからない。
俗に言われていることをリーゼは思い出す。獣を見た時に南部、ブレンアムス人は殴りかかる。南東部、ヴィランゼル人は生態を調査する。東部、グラードベルニカ人は毛皮の値段を考え。東北部、アルフストフィア人は毛皮を剥いで肉を食う。そして直轄領カルネスセルト人は逃げ出す。
リーゼはこれを聞いた時に中々的を射ているだろうと思ったものだ。
細部は違うが、概ね認識は正しい。
「アンタは確か生粋の王国産まれだっけ?」
「ああ、それで養父……ギルに拾われてしばらくしてから軍学校に入れられてな」
苦笑気味に語られた言葉は短くも言葉のうちには確かに尊敬の念が篭っている。何でもないただの子供を拾う男なんて言うのは馬鹿げている。
ただの物好きか、自分好みの女か男を育てる変態ぐらいなものだ。それでも拾い、途中は半分放棄していたとは言え育てた。
気まぐれだったとしても、リーゼはそれに報いたいと考えた時期もあったのだ。
「面白い方でした。陛下に対しても掴みかかるなんてあの方ぐらいだったのではないでしょうか」
しみじみと言う言葉に、リベイラを除いた二人が噴出す。まさかそんな暴挙をするとはと。
「ええ。面白い人だったらしいわね。父の助手を何人か食べて修羅場になったとは聞いたわ」
「あのクソ親父……!」
その後もぽろぽろと出てくる行なった事に、すでに居ない父に頭を悩ます。余りにも破天荒すぎる行動だ。
単騎で二百人以上の盗賊団に紛れて夜襲を仕掛け、生き残った男たちを部下にする。単騎で帝国の膝元まで忍び込み、帝国騎士の首を持ってくる。根城にしていた東北部では抱かれていない娼婦は居なかったとまで出てくる始末。
余りにも将軍としては自由すぎる振る舞いだ。狂っていたといわれても全く不思議ではない。
「本当によくもまぁ出てくるものね」
「リーゼ。あの方の子供だからって、そういう所まで真似しない方がいいわよ
「うーん。私はもう少し、あの方みたいに自由に振舞ってもいいとは思いますが」
三者三様の反応に、何故かリーゼの心が痛くなる。別に悪い男ではなかったのだろう。
だが余りにもやりすぎている。それでも将軍で居られたのはずば抜けた武勇と圧倒的な魅力だろう。
「戦術眼と実力がなけりゃただの屑だなギルは」
「そんな事を言わずに。当時は陛下の護衛でしかなかった私にも良くしてくれました。確か、リーゼさんの訓練相手にならないかと誘われたこともありますよ?」
もしも実現していれば豪華な訓練相手だっただろう。そして、不甲斐ない弟子だと言われる羽目になっただろう。
そうならなかったのはリーゼにとって幸運だったのだろうか。
「もったないわねそれ。私だったら泣いて喜んだと思うわ」
「才能のない男に時間を使うぐらいなら才能のある方に使って欲しいと思いますよ。昔も今も。さて、とりあえずそろそろ野宿の場所でも決めませんか。後一時間ばかりで陽も落ちるでしょうし、あの二人が帰ってくるまで時間がかかるでしょう」
正確にはイニーも含めて三人だが、言っても仕方ない事だろう。ニアスだったならばもしかするとうっかり殺して戻ってくる事をリーゼは期待していたが見事にそれを裏切るのがあのハルゲンニアスという男だ。
期待するだけ損。ならば期待せずに動けばいいのかと言えば、それも裏をかいてくる。縦横無尽のトリックスターじみた男と評すれば近いのかもしれない。
「そうですけれど、食料もあるんですし大丈夫じゃないですか? 野営は旅をして頃にやっていますし、傭兵をやっていた時期もあるので三日ぐらいは寝ずに戦えますよ?」
「聖将軍、私たちの仕事は貴方の護衛なのよ。そこまでされたらこちらの仕事がわからないでしょ? と言っても難しいところよね、地図ではあと四時間も歩けば村に着くでしょうけれど」
着いたところで泊まる場所があるとは限らない。ないならないでどこかで金を払い眠ることも出来るが。どうにせよ大して体力は回復しないだろう。
「道中に居なければ次の村とは言ってあるが……。ユーファ、お前はどう思う?」
リーゼは通常の旅で行なう判断を下したに過ぎない。南部には南部の流儀がある。ユシナが全てを決めるのも判断としては正しい。しかし正しい事ばかりで世の中は進まない。
お節介だとユーファが思ったのは無理もない。わざわざユーファに委ねることで南部の理解を引き出すと同時にユシナへと印象付けようとしているのだ。
「……そうね。私も次の村を目指していいと思うわ。この時期なら狂獣も多くはないでしょうし。私たちが全力で走れば……。リーゼの速度に合わせたとしても二時間もあれば着くでしょうし。荷物は私とリベイラさんが持って運びましょう」
それでどう動くかは決定したようなものだ。以後は驚くほどに何もなく村へと到着し、獣車と合流。そこで一泊の後にまた南部へと向かう。
道中は狂獣と遭遇する事もなく。盗賊団が襲ってくる事もなく。不気味なぐらい静かに穏やかに一行は進み。王都を出た日から十四日。当初の予定よりも一日早く着いた一行へ門番をしていた兵たちは不安を顔に浮かべて、言う。
「お気をつけ下さい。七日前から、凶悪な殺人事件が起きています」
俗に言われていること …… 王国民は 勤勉で 優秀で 努力家が多い
唯一の欠点は 三つの内の一つしか持たないことだ というのもある。まぁ大多数の国民はそんなもん。
旅 …… 頻繁に何か出てたら国家の怠慢になるので必死です。




