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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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      招かれた者、招く者 ③

 旧友と不意の再会をした日から四日が経過していた。

 アインスベから齎された誘いはともあれ、八軍についてリーゼ自ら調べてみたものの出てくる噂は異常なものだ。


 曰く。死刑囚を使っている。曰く。八軍内部で殺し合いが茶飯事だ。曰く。薬漬けの部隊を作っている。

 軽く調べた限りでもそれだけの情報が出てくるのだ。話半分に聞いたとしても軍としての体裁を為して居ない。


「ふざけてるなこれは。……だが、軍とした意味は何なんだか。あの陛下が簡単にボロを出すとも思えないが。そもそも俺を呼び戻す意味もわからないってのが」


 推測ならば幾つか立てる事は出来る。

 他軍に染まっていない手駒を八軍将軍が欲したやら、元とは言え英雄の名で箔を付けるためやら、最悪は捨て駒として使い捨てる相手を望んだという事まで。

 だが証拠も何もない推測でしかない。理由を知れるわけでない以上、考え続けるのも無駄だろう。


「さて、何にせよやる事も多いからなぁ。明日も早く起きておかないといけないし」


 先ほど買った夕食の材料を入れた袋から果物を一つ取り出して齧る。酸味が強いが小腹を満たせない事はない。

 と、普段通りに裏道を歩き。

 背筋を虫が這い上がるような悪寒に襲われ、咄嗟にその場から後ろへ飛び退く。


「ッ!?」


 冷気を感じ、先ほどまで歩いて居た場所に視線を向ければ石畳を貫いて中位氷術『氷槍(モブドフ・ジクウフス)』が五本突き刺さっていた。

 どこからか、そこまでを確認する事は出来ないが直感に任せ食料の入った袋を上空に放り投げ、リーゼはその場を駆け抜けるために腰を落とす。


「おいおい」


 思わず苦笑が漏れた。上空に投げた袋に低位氷術『氷針(ミルファス・クュポエ)』が無数に突き刺さり、前方にも更に幾つもの『氷針』が石畳の上に穴を開ける。


「ふざけるなっての!」


 愚痴を叫びリーゼは自分の背後に低位土術『土盾(ミルルト・ハスプヴェ)』を二つ展開。石畳が捲れ上がり背中へと浮かびあがると同時に『土盾』を破壊するように中位炎術『炎槍(モブドフ・ガブナフ)』が放たれ一つが爆砕する。

 最後にトドメとばかりに放たれたナイフも『土盾』で辛うじて防ぐ事に成功する。


「七人、か」


 術式の構成が甘かったため短剣を防いだ盾はただの石畳へと戻りその場へと落ちる。

 リーゼが上を向けば屋根の上に立つ黒ずくめが七人。殺意は薄く、淡々とした行動。そして、中位の術式をこうも鮮やかに紡ぐ者ともなれば軍人では少ない。


「暗殺者、か。何の用だ? 俺を殺しても金もろくに入らないと思うが?」


 沈黙が当然のように返る。何も言わず静かに再度動くのだけは視界に入った。

 リーゼの武装は先日少女から仕入れた短剣が一本。そして、今落ちている相手が放った短剣が二本。

 真の実力者ならばこれだけでも迎撃は可能と見るべきだ。しかし、アインスベが言ったように圧倒的に武の才能がないリーゼに待つのは絶対の死。


「ちっ」


 理由もわからないまま、ここでリーゼは死ぬ。暗殺者も馬鹿ではない。逃げられる可能性がある場所で襲撃をかけるわけもない。


「こんな所で終わりか」


 諦めと、悔しさに歯を食いしばりせめてもの抵抗をするために短剣を抜き。

 敵が、動く。


「英雄がこんなに弱いなんて不自然ね。彼だったら解体したがるんじゃないかしら?」


 暴風が吹き荒れる。

 其は風の祭典。触れた者の皮を戯れに奪い、肉を笑うように抉り命を弄ぶように削り潰す死の嵐。


「な、上位風術『風祭(ゲフツジォ・クスボォル)』だと!?」


 思わず、リーゼの口から驚愕が漏れる。

 自然系術式でも雷術に次ぎ扱いが難しいと言われる風術。一般の軍人では行使できても下位が限界と言われる規格外の術式。


「派手な反応だなぁおい。本当にこいつがそうなのかよ?」

「じゃないかな。武力は僕たち。そういう事なんだと思うよ?」


 七人の暗殺者が逃げる間もなく蹂躙される。叫び声を上げることすら許されず瞬きをする程度の時間で挽肉となり。


「とりあえずこっちも終わったよ。僕らの出る幕ではなかったようですけれどね、アナレスさん」

「いえいえ。私一人では荷の重すぎるお相手でしたので。お手を煩わせました」


 振り返れば、立っていたのは四人。屋根の上には眼帯をつけた狐族(フィオス)の青年と白衣を纏う猫族の美女。

 地面には煙草を吸う赤と金の斑模様をした髪を持つ人族の男と、横に長い耳を持つ御伽噺に出てくる賢者の如き森人の優男。


「お初にお目にかかります墓碑職人殿。これは手土産ですが、いりますか?」


 アナレスと呼ばれた森人(フォロス)の男が指を弾くと同時に、屋根の上に立っていた眼帯をつけた狐族の青年が首を放り投げ、その場で弾む。

 首の数は六つ。リーゼの前で殺された者を含めれば、合計で十三人の暗殺者がリーゼを狙っていたという計算になる。わざわざ一人に大仰としか言えないことだ、それが殺すためならば。


「金にならさそうだから、いらないな」

「これは失礼」


 次にアナレスが指を弾き、戦慄する。死体を燃やす。それだけの事に高位炎術を使った事に。

 背後でも同じく燃える音がしたことからこの一帯に存在する死体の全てを燃やしたのだろう。おそらくは、一瞬の内に術式を紡ぎ。


「それで、軍の高位術士様が俺に何の用だ?」


 背後に立つ者たちは黒で統一された軍服。第何軍所属かを示す証はないものの、おそらくは軍人だ。おそらくと付くのは、ニヤニヤと浮かべる笑みや上官と思われるアナレスに対する態度から来る。


「おや、どうしてそう思ったのですか? 傭兵、かもしれませんよ?」

「……王都内で、軽々しく上位術式を扱えるのは軍だけだ。傭兵で上位術式を軽々と紡げるのが二人も居るっていうなら話ぐらいは聞くだろう。茶番はいいから、用を教えてくれ」


 舌打ちと共に言い放てば、斑髪の男が意地の悪い笑い声を上げる。


「そうですね。では、面倒な輩が来ないとも限りません。貴方の店でお茶を一杯貰いながら話をするとしましょうか」


 森人の男はそう言って、茫洋とした掴みどころのない笑みを浮かべ先を歩き出す。

 その一瞬だけ意識を男に向けると同時。先ほどまで立っていた三人は、いつの間にか消えていた。



 ―――――――



 店内に火を灯し、呆れる程に怪しい井出たちのアナレスを正面から見る。

 濃緑色の外套に、十代後半に見える顔。片眼鏡の奥から覗く瞳は薄い緑色。被る帽子と外套はやはり、御伽噺の賢者にしか見えない。それは腰まで伸びた枯れ葉色の髪が特徴的だからだろう。


「それで。どういう話だ。……俺があんな奴らに狙われたことと関係があるのか?」


 溢れかえりそうなほどに紅茶が注がれた杯を零すことなく口に含み、アナレスは不気味としか言いようのない笑みを見せる。


「勿論、だからこそこちらも警戒をしていたのですがね。貴方ももうお察ししているでしょうが八軍に関することです。残念ながら貴方が八軍の情報を得ているのだとあの方々は思ったのでしょうね」


 もしくは雇い主が、とアナレスは笑いリーゼは内心で毒づく。要は、読んだ時点ですらなくアインスベが訪れた時点で後戻りが出来なかったのかと。


「……どうせ、今回は特別で次は助けないつもりだろうな。わかった、素直に八軍へ入るとする。一部隊の指揮官という認識でいいんだな?」

「お話が早い。時は有限なのでそう早く先に行くと助かりますよ。ああ、挨拶がまだでしたね」

「……王国裁定局次席のアナレス・スティルニスだっていうのは、さすがにわかる」


 先ほどは思い出せなかった名だ。いや、そもそも思い出す以前に普通は知るはずもない名と言っていい。

 王国裁定局。この国の法を司る地位。もしも彼らに喧嘩を売ろうものならば、次の日には知らぬ罪で極刑が決まるだろうとまで言われる集団だ。


「先に聞きたい。何故俺は襲われた? それを聞かないと不安で今日の夜だって眠れないな」

「寝不足は身体に悪いですからね、お答えしましょう。とは言え推測になりますが。貴方は八軍内部の情報を持っていると思われた、と考えられます」

「……わざわざ俺を狙う意味はあるのか? 暗殺者なら、言っちゃなんだが城へ潜入する事が出来そうなもんだが?」


 わざわざリーゼを暗殺、いや話を聞くならば攫おうとしたのだろう。そこまでの手間をかけずとも潜入する事が出来るならばその方が手軽だ。

 ならば潜入が出来ない程に厳重か、一度出れば生きては帰れない場所なのか。


「例え先ほど彼らを殺した、私の護衛が居たとしても?」

「――理解した。あいつらが、俺の部下になる奴らか」


 眼帯をつけた男の言葉を思い出す。男は「武力は僕ら」という事を口にしていた。

 リーゼが招かれているのは八軍の部隊長。ならば、彼らがリーゼの部下となる者たちなのだろう。


「はい、その通りです。それと訂正を。王城の警護は中々に厳しいものとなっておりますよ。情報こそは、命だと陛下は仰っていますのでね」

「それは失礼したな。……アイツらは安全なのか? いや、そもそも本当に軍人か? 規律が俺の知らない間に変わったのなら、随分と自由なものになったように見えるな」


 先ほど見た彼らの姿を思い返せば、それは最もな問いかけだ。

 一人は斑の髪を持つ、他者を馬鹿にした表情で笑う男。

 一人は黒い軍服の上に白衣を羽織る猫族の女。

 一人は眼帯をつけた狐族の男。

 規律に縛られているようには見えない彼らを軍人だと思うのならばそれは頭の螺子を少々締めなおす必要が出てくる。


「安全かどうかは貴方が彼らに馴染めるかにかかっておりますが、そこまでの責任は持てませんね。とは言え見込みがあると判断したため貴方を指名したのですが」

「そんな奴らが居るってことは、八軍の意味も伺えるもんだ」


 つまり従来の規律に縛られぬ軍人を欲した、などではないのだろう。

 規律で縛れない者たちを詰め込んだ、と言う方が的を射ている可能性が非常に高いとリーゼは見る。


「店の在庫と顧客への対応は任せる。それでいいか?」

「構いません。いや、アインスベ殿からの誘いを蹴ったと聞いた時には少々困りましたがこうして素直に快諾して頂けるとは思いもよりませんでした。では住宅等の処理もこちらで全て行なっておきましょう。明日の昼までに城へとお越し下さい。案内の者を待たせておきます」


 すらすらと相変わらず胡散臭い笑顔で口にしたアナレスはとうに冷めた紅茶を一息に飲干して立ち上がる。


「それでは良い眠りを、墓碑職人殿」


 大仰な仕草で腰を折り曲げるアナレスの背後が、歪む。

 周囲の光すらも飲み込むような暗闇。その奥に僅かに見えるのはリーゼが見た事もないような豪奢な部屋。

 そして、リーゼを見つめるのは、緋色の髪を持つ一人の青年。


「――――」


 視線が合ったと感じた瞬間にリーゼの息が止まる。

 自身の心臓が相手に握られている確信。声一つも出せない圧倒的な威圧感。

 まるで目の前に死が歩いてくるような瞬間はあと一秒でも続けば精神が狂うような感覚。

 自分という存在の生死はあの男によって握られていると理解し、瞬きも出来ずに硬直する。


「――――」


 時間はどれ程か。いや、秒も過ぎていない。

 それでも、アナレスの姿と共に空間の捻れがなくなったに気づいた時には額に玉のような汗が浮かび、流れていた。


「化物、だな」


 肩を落とし、椅子へと深く座り込んで天井を見上げた。息を整えながら呟いた声色には恐怖と畏怖が混じっている。

 異なる場所と場所を繋げる空間系術式。いや、もしかすれば時空間系術式。

 そんなものを軽々と扱える術士など、王国広しと言えども、いや大陸全土を探したところで見つかる数は限られる。


「陛下は、相も変わらず化物染みてやがる」


 カルネスセルト王国、現国王。大陸でも屈指の術士である二十座が七座。

 灼熱の申し子、炎王ファジル・フラグメント・カルネスセルト。

 過去に玉座で会った時ですら自身の内を見透かされたような視線だった。


「ああいう存在を見ると励まされるね」


 才能があろうと。幾ら努力をしようと至れない隔絶した高み。

 国王の前ではおそらくほとんどの生物が低次元の存在だ。ならばリーゼの才能のなさなど、他者よりも弱い自分など大した事ではないと突き付けられる。おそらく自身の強さに自信を抱いている者ほど顕著なものだろう。


「……とりあず、倉庫から剣や防具を取り出すか。陛下から下賜された領域剣『スゥルズ』があったな」


 三格神具相当と評された剣を思い浮かべてリーゼは呟く。

 剣が持つ効果は僅かながら剣へと術力を蓄積できるものと、手入などを不要とする剣の不変化。

 耐え切れない衝撃を与えれば折れると言っても通常の武具よりは丈夫な剣だ。それさえあれば、とりあえずは八軍へと向かっても無事で過ごすことが出来る可能性もある。


「何にせよ、明日か。……起きないと、なぁ」


 溜息を吐きながらリーゼはまだ天井を見上げていた。

 自身が今どんな表情なのか、それはリーゼにもわからなかった。


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