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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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       平穏無事の道中記 ④

「死ぬ」


 窓から注ぎ込む僅かな光を浴びる屍が一つ。一昨日から情報を集め始めて東奔西走。

 表側の暗部から情報を受け取り、馴染みのマスターからも情報を受け取り。

 ある程度の予定と危険な場所を頭に叩き込み終えたのが昨夜。ほぼ一日で手回しをしたのは流石はリーゼと賞賛すべきだろうか。

 その後は齟齬や見落としがないように煮詰めることに終始。そして、東部組へ渡すための資料が出来上がったのが夜中。更に今回の件で連絡を行なうための手配をし終わったのは陽が昇り始める頃。ベッドに入ったはいいものの仮眠以外の何者でもない睡眠時間だ。


「あー。もう寝てたい。とりあえず身体系術式で調子を整えて……。剣に貯めてる術力があればこのぐらいは出来るだろ。それで?」


 いつの間に居たのか、なんて事を問う気力もない。他の部隊員ならばともかく、暗部の人間だ。それも本職。


「アイルカウちゃんの、目的地がおおよそ、絞り込めました。ここに置いて、おきます」


 それだけを言って妙な存在感を放つ黒い球体は瞬きする程の早さで姿を消した。

 殺す気なら寝ている間に心臓を一突き、いや最初は頭からだろうか。どちらにせよ夏の怪談にはぴったりの存在だろう。

 起き上がり、いつも通りに軍服を着込みながら鞄に三着ほど別の衣服を入れる。ついでに机の上に置かれた紙を読む。


「……南部の首都、ね。陛下の遊びじゃないのか、これ」


 足取りがつかめたという情報は逆に警戒させる要因になる。

 示し合わせたような逃亡先。まるで陛下の手の平の上で踊っているかのようだ、とリーゼは僅かに不安になる。

 とは言え。こんな遊びをするような方ではないと信じる事にして気持ちを切り替えるものの。僅か三日で南部へ行ったと絞りこめるような道順、という事は……ルカが出した全力の速度はどれ程だったんだかを考えれば寒気を覚える。

 おそらく追跡可能だったのは南部方面の大都市までだろう。そこから方角として首都に向かったという判断か。

 確定はない。最新の情報が常に入るわけでない以上、距離に関係なく情報を手に入れられるような道具がない以上はどうしようもない。


「さて。行くか」


 溜息を吐いて部屋の外に出れば、兄妹が護衛として立っている。武器と鎧に多少の血はあるものの特に異常はない。


「あ、隊長俺らが動くのは明日でいいんすよね?」

「ああ。明日の朝だ。獣車の手配はしておいたから、ほれ。副将軍に渡しておけ。俺は行く」


 数枚の紙切れを渡して歩けば、兄は慌てて前を歩き、妹は後ろを歩く。こうなれば第四部隊の者は迂闊に手を出せない。

 一月の間に双子の実力は誰もが知るところにある。十人程度が死力を尽くせば勝てなくもない、という程度の実力だ。

 行なわれれば逃げるしかないがしかしそこは統一性の無さが幸いし十人一組で来るような事態にはなっていない。そうなったとしてもリーゼは即座に逃げるのだが。


「それじゃあ行ってらっしゃい」

「お土産よろしくお願いしますねー!」


 二人が手を振りながら見送り、後ろから切りかかってきた男たちを返り討ちにするまでがいつもの行動。

 一瞥する事もなく砦の外へ出て、集合場所である正門まで歩く。陽は昇ってきているがまだ鐘は鳴らされていない。前に住んでいた所と砦内では鳴ろうがどうだろうが聞こえないため時間の把握が難しいのだが。

 とは言え、鐘が鳴るかどうかも鳴らす者が起きているかどうか。

 話は逸れるが、時計というのは存在する。術力を込める事によって稼動する物だ。製作には鉄などを使用するのだが、生憎と王国の鉱山には鉄を取れる場所が少ない。

 他の鉱石ならばまだあるのだが、使われるにしても武器や防具などに使用される。稀に王都で見かける時計は金貨十数枚の価値がある。帝国は鉱山資源が豊富なため時計や製鉄品の価格は比較的安い。

 だが、王国と帝国の貿易は直接行なわれる事がなく中立都市を経由して行なわれる。

 そういう事情もあり時計を持っているのは将軍や副将軍、また高位文官だけである。

 閑話休題。

 大通りから裏道へと移動して走る。警戒を緩めないのは癖のようなものだろう。

 八軍砦内で暮らしている一ヶ月は常に襲撃者を警戒する生活だ。そのための術式も組まなければならない生活なのだ。

 実力が足りない第四特務と言えども、稀に隠伏技能がやけに高い者が居る。ともすれば表側の暗部以上に。実力はない、がそれ以外の技術が高い者が居る。

 リーゼの場合はそういう者を殺さずに捕らえて上に報告するのも仕事の一つではあるが。

 彼もたまに自分は何でこんな命がけの仕事をしていんだと首を傾げる事もある。

 なんて事を考える内に正門へ着き、同時に鐘がなった。


「……時間丁度ね。あまり褒められたものじゃないわよ」


 正門にはすでに獣車が一台。そして、私服のユーファが立っている。

 余り目立たないようにという配慮なのだろう。おそらく獣車の中にはイニーを連れたニアスとリベイラの二人も入っているだろう。


「悪い、色々やっていてな。居るな?」

「ええ。もう中に。さぁ入って。エリー、閉めたら出ちゃって」

「わかりましたー!」


 御者らしき少女の元気な声が聞こえ、顔を見る前に中へと押し込められる。幌のある獣車の中はリーゼの予想以上に、広い。

 空間系術式でも使って拡張しているのだろう。大人が十人入っても問題ないような広さだ。

 聖将軍が使う物となればやはり一般的に使う物とは格が違うのだろう。


「どうもリーゼさん。今回は護衛、宜しくお願いします」


 聖将軍ユシナがぺこりと小さく頭を下げ、リーゼも下げ返す。だが、先に目に入ったのは、奥にある奇妙な物。

 鋼鉄の棺と言う表現が近いだろうか。鎖が巻かれたアヴェト鉱石製の棺おけ。

 黒塗りに表面には金で描かれた国章が掘られており、大柄な鬼族が一人入っても余裕があるような大きさだ。こんな棺を使うとすれば国王が逝去した時ぐらいだろう。

 更に丁寧な事に棺には鎖が巻かれておりまるで蘇る死者を封じるようにもなっている。

 それに背をかけて座っているニアスは、下に絨毯が敷かれているせいか早くも寝入っており、手帳に何かを書いているリベイラも我関せずという具合に入り口付近に座っている。


「……ええと。申し訳ありません。その、棺は?」

「え? あ! 説明していないんですか?」


 驚く姿を見ながら、リーゼは今更にユシナの姿を確認する。

 いつか見た時のような革鎧ではなく、どこかの令嬢が着るような白いワンピースに白い帽子。靴は歩きやすく、なおかつ季節に合った物を選んだのか黄を基調とした革で作られたサンダル。よく見ればサンダルの左右には陣が刻まれておりそれだけで高級なものだとわかる。

 これだけを見れば聖将軍ではなく避暑地へ向かうお嬢様と言った風情だ。

 白い肌も相まって病弱とも取れるかもしれない。


「ああ、知らないの? それあの殺人狂が外へ行く時に入れられる棺よ。……リベイラさん、教えてないんですか?」


 ユシナとリーゼの間に入るように座ったユーファが入り口に座るリベイラへとそっけなく問いかける。問われた本人は視線を動かす事なく口を開いた。


「隊長さん、昨日から忙しそうにしていたのよ。護衛と言っても隊長さんは実力的に不要なのだから眠らせてあげれば?」


 微かに揺れる獣車内にやや気まずい沈黙が降りた。

 実際に、その通りなのは確かだ。リーゼがユーファと万全の状態で戦えば、リーゼは千戦して一度勝てればそれ以後、幸運が齎されないと断言していい実力差。ユシナと戦えば一瞬で絶命するだろう。

 更に言えば、戦闘要員ではないリベイラにも勝てない。アインスベとの戦闘は相手の消耗が酷い状態で毒を使い慎重に慎重を重ねての辛勝。

 その実力の男だ。運が悪ければ盗賊との乱戦で呆気なく死ぬ可能性もある。


「……えっと。リーゼさん。人の実力と言うのは、決して術式や武術の才だけではありません。貴方の本領は個人に囚われず遥か先を見据える程の知略です。私などは精々が拙い戦略を繰り出すのが精々ですが、貴方は国としての戦略も危うげなく紡げるでしょう」


 沈黙にユシナが精一杯の声を挙げるが、誰が見ても悲しい慰めだった。

 悲しすぎて更に場の空気が重くなるような言葉、だった。


「いえ、わかってますので。大丈夫です、ありがとうございます。ええと、それより御者の方にこれを渡してくれないか」


 苦笑気味に懐から出した紙をユーファへと渡す。疑問符を浮かべるも細めた目はその内容を即座に理解する。

 副将軍としての仕事は浅くとも、その明晰さは内乱時から然程も失われて居ない。


「へぇ。よく調べたものね。街道沿いの情報ね」


 内容はわざわざ口に出すものではない。盗賊の居そうな場所、また居ないであろう場所。

 狂獣が出やすい地域や出ないであろう地域。野宿を行いそうな場所で最も良い場所。

 南部へ行く際に安全を第一とした進路が描かれた紙だ。おそらくこれを売ればある程度のまとまった資金が手に入るだろう。

 無論そんな馬鹿な真似をする気はユーファにはないが。売った場合、盗賊の手に渡った場合を考えるに面倒過ぎる。


「ああ。それに従って移動すれば、問題はないと思う。一応途中の都市での休憩も考えて名物なども書いてあるの、参考にしてください」

「はい、ありがとうございます。えっと。ハルゲンニアスさんも寝ていますし、イニーさんも寝ているので貴方も眠ってください。曳いている獣も調教された狂獣なので大抵の事なら平気ですから」


 調教された狂獣となれば、軍で使われている獣だ。軍獣一体となった騎兵ならば並の盗賊の四十人は蹂躙できるといわれている。

 それが曳いているとなれば盗賊もおいそれと手出しは出来ない。

 例外はあるが。


「ではお言葉に甘えて。リベイラ、お前も医術のことばっかじゃなくて聖将軍のお相手をしろよ」


 言って、身体系術式を解除すると同時にリーゼは倒れるように寝入る。

 その姿に溜息を吐いたのはリベイラか、ユーファか。ただ聖将軍は優しい笑みでそれを見ていた。






「寝すぎたか?」

「途中で私が精神系術式をかけたから仕方ないわよ」


 頭を抑えて起き上がるリーゼが外を開けられた扉の外を見ればすでに暗く、星の光が照らしている。光術を使っているのか獣車の中は不自然な程に明るいが。

 見えている光景は宿屋の厩だろう。獣臭を認識すると同時にリーゼは眉を潜める。

 中に居るのは、リベイラとリーゼのみ。後は棺が相変わらず立てかけられているのみだ。


「何か、問題は?」

「特には。少しは短縮できたから予定よりも一日か二日は早く着きそうよ」

「ああ、それは良かった。流石は狂獣、って所か?」


 俗に攻撃を行なえる術式を使う獣が狂獣と呼ばれている。身体系術式は並の獣でも使うのだが、その他の術式を使うとなれば別というのは生物学者たちの見解となる。

 軍もその方面で判別を行なっているが、稀に人を喰らう植物や生物とは思えない生き物も存在し、それらもまた狂獣と呼ばれている。言ってしまえば身体系術式以外を使う人間外の通称と言う方が正確だ。

 獣車を曳いているのはそんな分類の中でも獣に近い狂獣。四足歩行の白虎。


「それもあるのでしょうけど貴方の情報も正確だったのが大きいわ。ああ、今日は私と貴方がここの番だから。それじゃあ、私は眠るから何かあったら起こして頂戴」


 紙を全て鞄の中に仕舞い、奥に入りリベイラはさっさと眠りに着く。

 将軍が泊まるのだから宿屋は高級なものだろう。しかし、だからと言って番が不必要と言うわけではない。

 獣車の外へ出て周囲を見て場所の確認をする。村、ではない。都市に近い街だろう。

 街灯は少なくない数があるものの、王都ではないのだ。全てが稼動しているというわけではない。

 巡回の兵たちは三人一組。灯りを持ちながらやや緊張した足取りで進む姿を見れば、けしてこの街が安全地帯ではないと言うのがわかる。

 昼間は平気だとしても夜はやはり危険なのだろう。

 売人、人買。狂獣が入ってくることはないにしても、やはり怖いのは人という事か。


「……この調子で行けば予定より早く到着するかね」


 余裕をみて十五日の所を僅か十三、十二日。いや、それは甘く見積もりすぎだろうか。

 何の問題もなく進む道なんてものは本来、幸運が齎されない限りはありえない。

 もしも本当にその程度で着くならば。リーゼは信じないが、運命というものだろう。


「しかし。……動きが不穏なんだよなぁ」


 昨日までの情報。ユーファに渡した紙に書く事はなかったが、南部で怪しい動きがあるという事を誰にも伝えていない。

 南部で最強と呼ばれる傭兵団。二十座に匹敵する、いや凌駕するとも言われる剣術士が率いる傭兵団。

 名を『蹂躙する蹄(イプガ・ユスビミジョフ)』と言い、率いる男は『剣華(スプテフ)』イェルツィン・ヒースラン・ベイジェカス。南部出身の人族。実力として見れば八軍将軍であるシルベストを上回るといわれる男だ。

 あくまで噂であり、実際の所など知れる機会はないが。

 その傭兵団が『獣戦士傭兵団』の消息がなくなったと同時に怪しい動きをしているという情報がある。

 いや、正確には怪しいとも呼べないのかもしれない。あまり前線に出ずに防衛の方に回っているというだけだ。

 有力傭兵団が消えた穴埋めを行なっていると見れば決して不自然ではない行動。それがリーゼの直感に触る。


「ルカの脱走。傭兵団の動き。東部じゃ騎士が動く。……何だろうな」


 想像を働かせれば、傭兵団とルカが騎士を通じて繋がっており、僅かにルカを庇う発言をしたニアスが裏で手を引いている可能性はある。いやニアスだけではない、その可能性を持つ相手は幾らでも居るのだ。

 とは言え幾らなんでもその判断は早計と言えるだろう。傭兵団が動いたから騎士が乗じて動いている、または騎士が動いたために傭兵団が乗じて動いている。その線が濃厚だとリーゼは判断する。ルカについては不明。

 所詮は推測に推測を重ねたものにしか過ぎないのだが。

 それでもきっと何も考えないよりはマシなのだろう。先の事を不安に思うのは今回の件の何処にもリーゼの策が入り込む隙間がないからか。それとも、弱者ゆえの臆病さか。


「南部に入ってからは警戒の度合いを上げるべきか」


 王国の直轄領とその周辺はともかく、南部領はリーゼの記憶にある中では危険だ。

 それはきっと、変わらない。


「布も買わないとなぁ。あれの正式名称はなんだったか」


 俗にホイシィと呼ばれる顔や頭に巻く布を頭に浮かべながら獣車の警戒をし、夜は過ぎていく。


黒い球体 …… 闇術を使って身体を隠している。中身は女。


時計 …… 帝国は王国よりも優れてることを示したいのかよく立てている。王国が一部の文官や鐘突きを行なう部署に一応一台ある。


人の実力 …… リーゼさんは口でも心でも色々言ってるが若干気にしてる。

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