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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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       平穏無事の道中記 ③

 妙な音が聞こえた。具体的には机に頭をぶつけたような盛大な音が。


「え? あ、はい! 入って貰ってください!」


 そしてその後に慌てた声。


「入ります」


 何事もなく扉を開けるのはいいんだろうか。それにこの状況で入ってもいいんだろうか。


「……何してるのよ。こっちも忙しいんだから入りなさい」

「あ、ああ。いいなら、いいんだが」


 執務室の中は予想以上に広く、暖かく、明るかった。まるで書斎かと見間違いかねない左右の本棚。更に敷物は高級。八軍と同じ石作りだと言うのにまるで雰囲気が違う。

 聖将軍の趣味が反映されているのか敷物の色は赤に薔薇の刺繍が縫われたもの。だがやはり目につくのは、光が差し込む大きな窓か。

 光を背に座れるよう配慮がされた硝子作りの窓。その前に、聖将軍が座っていた。

 白銀のような髪に雪のような肌。物憂げに伏せられた青い瞳は見るものが見れば神聖さを感じるだろう。

 白い軍服は通常ならば背伸びをしている子供にしか見えないにも関わらず、彼女が着ればまるで誂えたかのように似合っている。


「初めまして、ではないですね。前はお世話になりました。立場が逆になりましたがお迎えします、リーゼ・アランダムさん。今回は護衛の件を引き受けてくれたことに感謝を」


 凛とした顔は勇ましい聖将軍だという事実を頷かせるものがある。

 ただし、額が赤くなっていなければ。


「ユシナ様、眠っていないのならば無理せずに少し寝てください」

「へ? いえ、私は寝てなんかいませんよ。そう、少し陽の光を受けていただけです」

「店ではありがとうございました。それに、護衛の件は栄誉な事だと思っています。ですが口元を、その拭いだ方が良いのではないかと」


 肌が白いせいか顔が赤くなると途端に目立つ。それに、背が小さいせいも相まってこうして見るとただの子供にしか見えないな。

 まぁ、そんな可愛い存在じゃないのはわかってるが。


「もう駄目ですよユーファさん。威厳とか最初から無理です。そもそも、護衛されるんですし一緒の獣車ですしそういうの見せようとしたのが失敗なんですよ……。それに彼らと話してる姿とか見られたらそれで終わりじゃないですかー……」


 何故か一人で凹み始められた。……ああ、うん。成程。どっちかと言えば、こっちのが素なのか。

 とは言え。情けなく、拗ねたようにも見えるだけの存在なら将軍位につけるわけもない。

 随分と前に聞いた竜殺しの話は伝説だ。……この姿だけを見るとそれが誇張に見えてくるが。


「それは、そうですが。ユシナ様の本領は戦いです。政務をしている状況なんて一面的な事で人を判断するほど愚かな男ではないありませんよソイツは!」


 何でもいいけど。実際にこんな事で評価を下げる気にはならないけど。

 もう少し、俺に気を遣った発言をしてくれないかなこいつ。


「はぁ……。ええと、リーゼさん、と呼んでもいいですか? とりあえず椅子にでも座って話しましょう。ええと、紅茶とかは、ああ。あっちに入れておいたんでしたか」


 立ち上がると同時。部屋の中心に二人掛けのソファーとテーブルが出現する。おそらくは空間系術式。陣によるものか、それとも自前のものなのか判断はつかないが。

 どちらにしても違和感が、ない。


「リーゼとお呼びになってください。私は一介の部隊長で貴方は将軍です」

「気にしないで下さい。私は貴族位を持たず、貴方は貴族位を持っています。だから私が敬語を使っても問題はありませんよ。それで今回のこと、シルベスト将軍からどこまで聞いていますか?」


 俺が座ることを促しながら、ユーファに紅茶を入れさせる指示の慣れた雰囲気。移動も堂々としており、産まれながら人の上に立っているかのような風格。

 ……成程。ああ、確かに。最初の状態を早くも払拭してくれるもんだ。


「いえ、四人で貴方の護衛をする事しか」

「あの人は、余り重要な事を語らない部分がありますよね。そういう所は嫌いじゃないですけど……。ルカちゃんを探すことも目的です。でも南部の首都まで行くのもありますから……。獣車での移動で急げば片道十三日。南部の首都で私がやる事をやるので十日。大体九日ぐらいは余裕があります。その間にルカちゃんを探してください」

「それは、その。ありがたい話ですが」

「いいんです。ファジル様、あ、ちが、ししょ、ええと。陛下! 陛下に、南部への視察をしろって言われていたので!」


 この慌て方と噛み方。これ多分演技とかじゃなくて素だな。

 案外、親しみ易い方なんだろうか。


「ユシナ様。あまり慌てないで下さい。まぁ、つまりそういう事よ。各将軍が交代で王都に居る事になったは知ってるわよね?」


 あれは確か、内乱が収まってからだから、三年前か。最近導入された制度だったな確か。


「ああ。内乱を再び起こさないように、って名目でだろ? 一年半ごとに将軍が王都に駐在するんだったか」

「ええ。まぁ、編成の件もあったしね。内乱直後は三軍と六軍。それで次が五軍、七軍。次は二軍と三軍。もしかすると私は念のためこっちに居るかもしれないけど、来年になったらユシナ様は南部へ戻るの。そのために休暇も兼ねて、視察ね」

「ないとは思いますけど、怠けたり不正があったりすると大変ですから。ルカちゃんの事は、言い方は悪いですけどついでです」


 そこは当然だ。個人のために聖将軍が、というより軍の高官が動くわけにはいかない。

 そんな事をしていたら他の者が何故自分のために動いてくれないんだと言う不満を抱え込むことになる。

 だから私情を捨てなければならないのが将軍という地位に居る者の義務だ。

 ……いや、しかし前々から気になってたんだが。


「あの。聖将軍と部下たちはどういう関係なんですか?」


 ユーファがニアスと話していた時も思ったが、どういう関係なのかよくわからない。

 聖将軍が将軍位を得たのは内乱の後だから、内乱時からの付き合いだとわかるんだが。


「あ、そうですね。ええと……。うーん。内乱時からの付き合いとしか言いようがないです。……うん。一緒に戦った仲でしょうか? その他にも護衛として動いてくれてますし」

「私としては狂犬とは縁を切って欲しいのですがね」

「ユーファさん。彼は確かに困った部分の多い人ですけど……。確かに悪い人ですけど……。仲間思いの人なんですよ?」


 何も擁護になってないし正直な所それも本当か怪しいもんだが、聖将軍は良い人なのだろう。本心から言っているのは間違いがない。

 今はとりあえず迂闊な部分はあるが良い人だという事で結論付けよう。


「他に言うことは……。あ、獣車は一台で向かいます。特務の方は馬車の中で私たちと一緒に待機してください。御者はこちらの方で用意しますので。あ、イニーさんのための拘束用具もこちらで用意しておきますね」


 ああ。そういえばイニーを連れ出すならそういうものが必要になるのか。聖将軍かユーファが居れば抑えられるとは思うが、最悪を考えれば、確かに。


「手配は終わっています。最悪、私が抑えますが」

「抑える必要がある時は私が行います。幸い、イニーさん相手なら私一人でも十分殺さずに出来ますので」

「お願いします。ルカが居ればよかったんですが……」


 イニーとルカの対決がどうなるのか、少し興味はある。一度は見てみたいもんだが。イニーの戦闘を見るに、ルカの一撃を喰らった後にどう立て直すかが焦点になるだろうか。

 持っているあの武器も厄介だ。種を知っているルカは余計に喰らう事はないにしても警戒しながら戦う必要がある。

 俺は知らないが、ルカも専用の武器があるんだろうが……。見た事がないからな。


「いいえ、私もたまに剣を振るわないといけませんし。イニーさんなら訓練相手に丁度いいですから。でもイニーさんはアレに入ってるでしょうし訓練はできないでしょうね。……それにしても、何故南部へ向かったんですかね」

「故郷が南部だから、と言うわけでもありませんからね」


 前に聞いた情報を思い返すに東部に住んでいたと思うが。南部に行ったという証拠が偽者である可能性も含めて向こうへ調査する奴に含めておくか。

 帝国騎士についても調べておきたいが、そこまでの時間はあるだろうか。……いや、そこはムーディルの方が詳しいだろう。調べては見るが本腰を入れて調べるまでもないはずだ。


「予定は、明後日の朝に出発。それから直線で獣車を走らせます。なるべく野宿はしないように調整はしますけど、野宿の可能性も視野に入れて準備をして下さいね?」

「他の都市を観光する暇は多分ないから、そのつもりでね」

「わかってるさ」


 入れられた紅茶を飲みながらその後も軽く予定を詰めていく。

 移動時間は獣車を使う事を含め、更に二日の余裕を見て片道十五日。捜索帰還は五日。残りは本来の目的である聖将軍の休暇時の護衛に当てる。……まぁ、余裕があれば俺が軽く捜索しよう。

 南部にも知り合いが居ないわけじゃない。まだ生きているなら、だが。


「それじゃあ、また明後日。無事でしたら会いましょう」

「はい。当日は宜しくお願いします」

「それじゃあ……一人で外まで出れるわよね?」

「襲撃されなきゃな」


 疑問符を浮かべるユーファを残して部屋を出る。……ああ、アイツ有名すぎて八軍砦で襲撃されなかったのか? ……襲撃というよりか、敵って思わなかった可能性が高いな。

 考えながら五軍砦を観察しながら歩く。どこか華やかに見えるのは女性の多さから。そして明るく見えるのは窓の多さからか。

 これが他軍の砦だと男臭さが先に来るだろう。稀に女も居るものの、他軍に居るのはそこらの男よりも男らしい奴ばかりだ。

 背が小さくとも打撃だけで男を沈める女とかも良く居る。それでも女性だけの軍にしている理由は、連携の強さ。

 男は最終的に自分が強いという意識を捨てきれない。その分、良くも悪くも女性の場合は同時に動く事が多い。美人か否かというのはまた別として、強さに関して拘りを持つ者が少ない。

 稀にユーファのように強さを求める者は居るが、それはまた別だ。

 まぁ、裏の理由というか。それ以外に囮として使いやすいという部分もある。

 俺が行なったように。国の采配として五軍を囮として用いて敵軍の捕虜とする。そうすれば、どうなるか。

 統制が完璧でない限りは軍が捕らえた女性をどうするかなんて決まっている。

 逆に捕らえられたこちらの軍は取り戻すために士気が上がる。まぁ、囮とする場合は余り見え透いた場面で使えないという問題はあるが、そこは指揮官の采配次第だ。


「……さて。帝国騎士で王国内に来れる騎士って言うと」


 最近よく耳に入る女王親衛隊の一つ、女王派である第四騎士団。

同じく女王親衛隊で、貴族派である第二騎士団。

 このどちらかだろう。特に第二騎士団はちょくちょく王国に手を出しているような痕跡がある。金を掛けた騎士を使い捨てにするとは思えないので何かしらの作戦でもやってるんじゃないかと思うが。

 ……帝国が王国に喧嘩を売る理由は無数にあれどこの時期にそれは不自然だ。

 ただの工作程度なら東部は丁度いいとも言える。監獄国との貿易が可能な重要拠点を持ち、東北部に穀物を輸出しやすい地域。そこを多少なりとも狂わせれば王国の経済に多少の打撃は与えられる。

 それなら騎士の数人を使い捨てにする価値がないとは言えない。

 違和感は拭えないが、結論付けられると言えばこれぐらいか。……まぁ、推測にしか過ぎない。実際は調査結果を待ってからだろう。


「とりあえず帝国の最新情報と、ああ後は南部の情報もだな。有力傭兵団も幾つか情報が必要で、他には都市の情報も最新のが欲しいな……。街道の情報もある程度はないと、東部の方も手配は半分終わってるがそれも明後日までにか。……今日は寝れないな」


 五軍砦からさっさと出て八軍砦へと向かう。

 太陽が暖かく照らしてくれているしこのまま寝入ってしまいたい。無理だが。

 何が悲しくてこんな陽の光があるのに監獄で仕事しなくちゃならないんだ。くそ、いつか上に登って最低でも副将軍の……いや、窓をもう少し大きくして貰おう。これ以上仕事が増えたら死ぬ。

 実際、将軍になれれば自由も増えるんだろうがそれに伴う苦労とどっちが上なんだか。

 仕事の量が増えるというより質が変化して量も伴うものになるんだろうが。

 何はともあれ。


「……さて。頑張るか」


 まずは生き残ることから。


竜殺し …… 大陸暦335年に起こった狂獣大侵攻の際に行なったこと。ちなみにこの歳に前王は行方不明になり国王が交代した。


将軍位 …… 王によっては将軍位を渡す基準が変わる。つまりは王の些事加減一つである。


騎士団 …… 帝国は竜王軍と虎王軍がある。それとは別に、女王の親衛隊が五つある。親衛隊は騎士団と呼ばれ、使用目的が違う。


まずは生き残ることから …… 砦に戻った際に奇襲されて傷を負った。紙一重である。

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