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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
二章 道化師団
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       平穏無事の道中記 ②

 部屋に入ると同時に血の臭い。台の上には死体が一つ。


「あら? わざわざここに来るなんて不自然ね。何の用かしら」

「……そこの研究狂を止めろ予測。我の解体術式への模索が出来ぬ」

「いいじゃない。自然にちょっと全部使うだけよ? それに貴方がやるとバラバラにしちゃうでしょ?」

「それの何が問題なのだ? ……それで何の用だ予測。我らは見ての通り忙しいのだが」


 確かに研究は仕事だが、明らかにこの二人は趣味だろう。趣味が仕事で国の利益になるのだから下手に才能のある者は手に負えない。


「仕事だ。言っておくが、これは将軍からの直々の命令だぞ。全員が集まったら伝える」


 途端に嫌そうな顔をする二人に苦笑し、短剣に術力を込めてリーゼはムーディルが展開しようとした術式を阻止する。

 更に機嫌を悪くするがリーゼとてこんな事で無駄に身体のどこかを奪われたくはない。


「お前は……。腕がなじむまで半月もかかったってのに」

「我のことではないのだから知らぬ」


 とんだ言い草である。

 だが、しかし。それも当然だろう。彼らはまだリーゼに心を許しているとは言い難い。いや、例え許したとしても同じだろうが。


「リーゼ隊長。連れてきたよー」

「ああ。それじゃあ……。とりあえずその死体を片付けろ。邪魔だ」

「うっす。んじゃ外に出し時ますわ」


 兄の方が死体を担げ上げ、部屋の外へと放り投げ扉を閉める。

 イニーが不機嫌なのと兄妹の鎧が少しばかり裂かれている以外は特に問題はない。

 全員を見回し、ルカがやはり居ない事を確認してから口を開く。


「ムーディル、ダラング、ヒロムテルン。それとそこの兄妹は、東部に調査を行なう事になった。内容は帝国の騎士らしき者の調査。副将軍が同行するから指揮権は副将軍にあると思う」


 階級で従うような面子ではないが、実力でも従うような面子でもないが、恐らくそれが最適の選択だろう。

 恐らくはリーゼが全員を連れていくよりは命令に従う可能性が高い。近接戦闘ならウィニスに勝てるのはイニーかルカぐらいだろう。術式の展開速度がいくら速かろうとも彼女の曲刀が首を刈取る方がおそらく早い。

 とは言え一流の術士であるムーディルやダラングも易々とは殺されないだろうが。


「はぁん。そこの解体狂いに帝国騎士の調査ねぇ。中々考えるじゃねぇか」

「……不愉快であるな」


 更にムーディルの眉が潜められ、ニアスは楽しそうにいや、嫌らしくニヤついた顔になる。帝国騎士を調査するということとムーディルの関係。

 そもそも、ムーディル・ラクラントス。王国では余り聞かない名前だ。それだけで断定するつもりはないものの、しかし。


「帝国出身なのか?」


 言葉と共に部屋の室温が下がった。錯覚ではなく、その通りに。

 隅には霜が下り、石畳は凍り始める。

 兄妹の顔は一瞬で青ざめ剣に手を掛けながら警戒を行い、他の面子は呆れたような目でムーディルを見て。イニーだけは不機嫌そうな顔で短剣を手に持つ。


「……馬鹿ですね、隊長さん。人の過去を不用意に突っ込むなんて子供ではないのですから。それに貴方も寒いので止めてください。事実でしょう? 殺しますが構いませんね」

「ならば――」


 二人が動く前に、ニアスがムーディルを殴りつけた。

 無駄に神速の動きだった。完全な拳の突き出し方でもあった。無駄のない移動まで含めて滅多に視られないものだったのは確かだ。完全に無駄だったが。


「寒ぃんだっつーの。ったくよぉ。ああ、んでこの解体馬鹿は帝国出身らしいぜ。だから騎士の調査に回されたんだろ。んで? 俺らは何処に行くんだ? ルカ探しか?」


 ムーディルが床に倒れると同時に冷気は消えて先ほどまでと同じやや過ごし易い気温に戻る。外も暑くなる季節になってはきたものの、まだ氷を張るには早すぎる。


「ああ、悪い。俺、ニアス、イニー、リベイラは聖将軍の護衛として南部に行く。どうやらルカも南へ行った痕跡があるらしくてな。これは予想だが、追跡も任務に含まれてるんだろう」


 でなければ護衛なんて任務が特務に来るはずがないとも言える。聖将軍ならば護衛は親衛隊で十分だ。万全を期すためとは言え、特にイニーを連れて行くというのが正気を疑う。


「はぁん。……へぇ。ほぉう」

「私もなのね」

「……聖将軍とですか。ふむ」


 言われた三人は、それぞれ難しい顔で何事かを考え込む。それが何なのかを考える前にやる事は山程あるため後回しにするしかないが。


「質問があれば後で聞け。俺はこれから五軍砦まで行って話を聞いてくる」


 全員の顔を見るがほぼ全員が難しい顔をしており空気が悪い。ルカでも居ればもう少しは明るくなるのだろうが、居ない人物に頼れはしない。

 決して中心ではなかったとは言え、やはりルカの明るさは天性のものだ。居るだけで場の空気を変えてくれる。

 よくも悪くも。


「おいそこの兄妹。というわけで五軍まで行くから入り口あたりまで護衛しろ」


 さて。他の奴については無視するのが正解か。一気に聞かれてもまだ答えられない事もある。南部と東部って言うのもなぁ。

 通路を先ほどと同じように歩きながらちらちらと不安そうに俺を見てくる兄妹の視線をあえて無視する。

 言いたい事はわかるが。これも仕事だ。しかも将軍じきじきの。


「あ、あのー。リーゼ隊長ー。私たち、えっと。東行くんですか?」

「俺らはあんま役に立たねぇんで。出来れば留守番とかに……」

「……獣の餌がどこかの双子になったり、イニーへの生贄として一人ずつ使われるって光景はあまり見たくはないな」


 独り言だったが聞こえた二人が顔を蒼くして黙る。さてはて、一体どんな想像をしたのやら。俺には関係ないけども。


「おそらくだが、王国内で活動できる騎士ともなれば実力者だ。一人では挑まず他の奴を呼ぶように、または三人か四人一組で動くようにしておけ。副将軍ならそう悪いようにはしないだろうさ」


 今回は誰とも会わず、というよりは二人が一緒に居る状態で俺を殺そうとする意味が薄いと気づいたのだろう、無事に入り口近くまで辿り着く。

 別に外まで来て貰ってもいいんだが、逃げられても面倒だしな。


「お前らは部屋に戻ってていいぞ。どうせしばらくは帰ってこないだろうしな」


 二人は少しばかり残念そうに頷くと渋々階段を登っていく。外に出たかったんだろうが仕方がない。

 あと二月も生き残っていられれば自由に外へ出る許可ぐらいは与えてやりたいが。

 生き残れるかね、あいつら。実力は悪くない程度だから下手をすると今回で死ぬんじゃないか。何せ単独行動を行なえる実力の騎士となれば、恐らくは女王の親衛隊。

 帝国は女王派、貴族派、市民派の三派閥が存在するというぐらいは知っているがどこの派閥に属する親衛隊なのやら。上手くやれば帝国の内部事情を知る事が出来るかもしれないがそこは期待薄だろうな。

 扉の外へ声をかけて閂を外して貰い外へと出る。ああ、こうして毎回外に出るなら平和なんだがなぁ。

 十回に六回は閂が壊されるあたりもう狙ってるような気がしてならない。


「リーゼさんおはようございます」

「おはよう。……あれ? ビラトンク、だっけ。彼は?」


 七日程前に閂の破片が腹に突き刺さってまた重傷になっていたが、無事に治っているのだろうか。

 いや、彼は凄い。階級を一つぐらい上げても許されるんじゃないか?


「ああ、アイツなら訓練してますよ。閂が壊れる度にアイツの実力上がってる気がします。つっても俺にも敵わないぐらいですけどね」


 こいつは、多分俺と同じぐらいの強さか。俺が予測できないような攻撃を行なえるなら俺よりも強いだろう。となると彼は俺よりも弱いって事になるなぁ。勝負は時の運だが作戦さえ練れれば一般的な兵に負ける事態は起きなさそうだ。


「成程ね。ああ、少し出てくる」

「はい。お気をつけ下さい」


 城の前を通ると文官が忙しそうに、または寝不足気味の顔で城の中へ入っていったり逆に出ていったりする光景が見えた。一軍と二軍の砦前では兵たちが訓練を行なっている。

 城壁を通りすぎ、三軍の前を通り五軍の砦前まで辿り着く。ここまで来るのにおよそ半刻。のんびりと歩いたにしても時間をかけすぎたか。


「……あー、すまない。将軍に面会に来たんだが」


 五軍の砦は城を基調とした色合いで全体的に華やかな雰囲気がある。女性のみで構成された軍だからだろう。

 内実はきっと政治以上に恐ろしい争いが繰り広げられているのだろうが、気づきたくはない。


「え? あ、貴方は……。……わかりました。すぐさまユーファ副将軍をお呼び致しますのでお待ち下さい。そこの貴方、ほら椅子などをお出しして!」


 砦の前にあるのは屋根だけがある小屋だ。歩哨などのために部屋ぐらいは作っていいと思うが、よく見れば砦の内部から外が見れるようになっている。

 ……ふむ。羨ましいなこれ。軍の性質上、仕方がない事だが。


「あ、えーと。リーゼ・アランダム様。こちらでお待ち下さい。ユーファ様もすぐに来られると思うので。ええと、何用なのでしょう?」


 ……ん? これは、もしや。いや、勘違いという判断は早計か。

 そもそも俺らが護衛をするのだから基本的には機密という事でいいはずだ。目立たないように休暇を取るという名目なのだろう。

 なら……。ああ、ユーファに悪い事をした事になるなこれは。


「ん? あぁ。いや、大した事じゃない。それよりユーファ副将軍はどうかな。最近の様子とかは」


 大隊長から副将軍。順当といえば順当だが、直接指揮可能な人間が減るというのは指揮官として寂しいものがある。アイツの指揮にはそう癖もないから引継ぎも一年程の訓練を行なえばなじむだろう。


「頑張っていますよ。トレクナル副将軍は政務が苦手でユーファ様も手伝っていましたから引継ぎも問題なかったようです。それに陛下の采配で文官の方も補佐で編入されていますので将軍と副将軍の二人がどこかへ行ってもある程度は平気だと噂で聞きました」


 甘く見積もってもそれはないだろう。シルベスト将軍も常に書類と戦っている毎日だ。それで訓練も行うのだから時間がない。

 俺も書類を片付けるのが大変だからなぁ。仕事量が大隊長並ってのは詐欺だ。特務が楽だとは思わなかったが。


「成程ね……。肌に悪そうな生活だな」

「そうなんですよ。身体系術式を使わないと、やっぱり軍人でも身だしなみには気を遣いたいですから! あ! 八軍の皆さんは肌綺麗ですよね。ウィニス副将軍に憧れる人も結構居るんです、他軍に女の人って余り居ないじゃないですか。それでも副将軍にまで上り詰めるなんて凄いですよ! ユシナ様も聖将軍って呼ばれるぐらい凄いですけど、あの人はなんか次元が違いますし。可愛い方なんですけどね、この間も」

「……余り無駄話はどうかと思うわよ」


 捲くし立てるように、もとい女性らしさを全面に押し出す門番に素っ気なく言う姿が一人。まぁ後ろから歩いてくるのを見てたわけだが、俺では遮ることが出来なかった。

 割り込む隙がなかったとも言える。


「ひぇ! あ、ユ、ユーファ副将軍! あ、あの! 何でもないですよ! 別に口説いたりしていないのでご安心下さい!」


 一瞬で青ざめる姿は見ていて楽しいといえば楽しいが。情報が入ると踏んで止めなかった俺も悪いな。


「わざわざ来て頂いて申し訳ありません、ユーファ副将軍」

「……中に入るわよ。貴女はとりあえず第二防壁を二十周ね」

「は、はい!」


 脱兎の如く走り去る姿を眺めて苦笑する。無駄話をして走りまわされるなんて俺も昔やらされたもんだ。

 さて。しかし無駄に時間を使えないのは、俺も相手も一緒か。


「んじゃ、行くか。お前の部屋か? それとも」

「歩きながら話しましょう、時間が惜しいわ」


 呼んできた門番が困ったような顔になりながら手を振ったのでそれに手を振り返しつつユーファの後ろを歩きながら、五軍砦の中に入った。

 正直に言ってしまおう。八軍砦の構造は欠陥か何かなんだろうか? いや監獄だと思えばあの状態でいい気もするが、五軍の砦と全く違いすぎる。


「一応聞くけど、南部へ行く件よね」

「ああ。その事で少し将軍と話がしたい。まだ挨拶もしていなかったしな」


 普通は挨拶なんか出来る地位ではないが。今回の事で親睦を深められるだろう。五軍の将軍なら繋がりを作っておいて損はない。そうじゃなくても興味はある。

 主格神具の征剣を持ち、二十座に匹敵すると言われる実力者。人格に関しては慈愛に溢れるやら慈悲の存在やら真の騎士やら言われているが。

 俺が英雄として言われたあれこれを考えると話半分でいいのかもしれない。


「……一応だけど、聖将軍に手なんか出さないでよ。あの方は本当に純真なんだから」

「はぁ? 当たり前だろ。将軍に喧嘩売るなんて馬鹿な真似できないしな。闇討ちした所で勝つ見込みもないしやる意味がないだろうが」


 砦の上に上がる。へぇ、五軍は執務室とかが一番上にあるのか。警戒する必要がないならか。いや、違う。本来は上にあるものだろう。

 もしも、最悪攻め込まれても、足掻けるように。外を警戒するか内を警戒するかの差だなこれは。砦内も別に血なまぐさい臭いはしないし、こういう場所で過ごしたいもんだ。


「そういうことじゃないんだけどね……。けど早いわね、来るなら明日あたりだと思ったけど」

「こっちも色々忙しくてな。ゆっくりしたいんだが、そこはお前も一緒だろ?」

「そう、ね。こっちもやる事が多くて嫌になるわ。この状況で南部へ行くのは不安だけどそうも言ってられないのよねぇ……。南部の有力傭兵団が居なくなった影響で第二大隊が動く事になってるし。将軍も私も来年には南部へ戻らないといけないからその準備もあるしね」


 五軍の管轄は南部だったか。本来なら副将軍を南部へ置くのが正解だが。


「今は誰を代役にしてるんだ?」

「ああ、暫定的に親衛隊長よ。政務は駄目だし戦略も悪いけどね。第二大隊長を補佐にしてるから戦略もそれなりにやれると思うわ。ユシナ様が周辺開発を主にした現状維持を命令してるから平気とは思うけど」


 部下が多いとその見極めも大変な事だ。俺はしばらくそういう事を考えないでいい地位に居るだけ気が楽だ。

 そこらに落ちてるので俺の部隊に入れられそうな奴が居れば入れたいもんだが、実力がある奴ってだけでもそこらには居ないのが難点か。

 他軍から素行の悪い、将来性のある奴でも引っ張ってこれればいいんだが、アインスベの件は無かった事になってる上、二軍とは何の繋がりもないからなぁ。前の部下で退役した奴は引っ張り出す気になれない。

 ……これ以上扱いにくい奴が増えても指揮できなくなるだけだろうからいいか。回せる手が増える事はいいことなんだがなぁ。


「部下を自由に使える身分は羨ましいよ」

「貴方の部下が羨ましいわ」

「へぇ。俺の下で働けるからか?」

「貴方を自由に使えるからよ」


 滑稽だって言外に含めてるんだろうなこれ。実際、部下に使われるっていう状態が笑える状態かは分かるからな。

 かつての英雄も地に落ちたもんだ。


「さて。失礼のないようにね。ユシナ様、リーゼ・アランダムを連れて参りました」

帝国騎士 …… 帝国に属する騎士。実力的には特務級と考えていい。凄い強い。


部屋の外へと放り投げ …… 後で研究者二人が回収してどっちが使うかでまたもめた。結局半々で使うことに。


五軍 …… 女性ばかりなのでやっぱり匂いと雰囲気が違う。というより八軍がおかしい。

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