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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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      招かれた者、招く者 ②

「おぉ? おぉ! テメェリーゼか! 店主さんよ、俺もにも酒と食い物くれ。一番上手ぇのを頼むぜ払いは全部俺が持ってやる」


 近寄り自身の半分程しかないリーゼの頭を全力で撫でる。孫に久しぶりに会った祖父のように。それを受けた当の本人は必死で手を叩きその行いを止めさせた。

 目を回したように頭を抑える口元には小さな笑みを浮かんでいる。


「久しぶり、だな馬鹿野郎。何すんだよ」

「売られた喧嘩をこれで済ませてやったんだから感謝しろよ。んで、本気で久しぶりだな。あの糞ガキがもうこんなデカくなるたぁなぁ。歳幾つだよお前ぇ」

「二十三前後だよ。拾われたから正確な歳は知らないけどな。お前は聞くまでもないからいいか。まだ傭兵やっているのか、ベルグ」


 蛮勇という言葉が最も良く似合う部下であり、その実力は六年前でも並外れたものだった。

 鬼族では珍しくはない戦闘狂ではあるが、ベルグはその度合いが桁外れ。数十人の兵を率いて包囲された城の外に出て戻ってくる事もある程に。


「言うまでもねぇだろ。お前ぇは確か、退役した後に店を開いたんだってな。お前ぇは頭いいけど馬鹿だな」

「知ってるよ。っと、ありがとうございます」

「いいえ。お酒の方は今作っている最中ですので、お二人ともこれでも食べてお待ち下さい」


 リーゼとベルグの真ん中に置かれたのは薄く切られ炙られた肉だ。大陸各地で見られる繁殖力の強い六足歩行の生物ピラックの肉だろう。

 三月で幼生から成体になる草食動物のピラックは一般的に食べられているだけあり安っぽい味のする肉だ。

 分厚い肉として出されるのが一般的で、質よりも量を優先されている。一部の富裕層向けに育てられたピラックを除けばどこも大雑把な味だろう。

 だが。


「相変わらずいい味だ。ここで食べたら他のところでは食べられませんよ」

「へぇ。美味ぇなこりゃ。あの肉がこんな味になんのか」


 先ほどまで話していた二人はその肉を口にした瞬間に感嘆を示す。リーゼもよく食べているがこの店で出されるピラックは別格だ。

 普通のピラックは良く言えば歯ごたえがあり、悪く言えば硬い部分の多い肉だ。それがこの店で食べるピラックに限り口の中で溶けるようなものになり、かつ歯ごたえまであるという不可思議さだ。


「東海の塩で味付けしております。ルーモの実もお付けしておきます。お好みで絞り振り掛けてください」


 楕円形の更に盛り付けられたそれに言われた通り果汁をかける。そうすると先ほどの仄かな塩味とは違い、今度は別の味わいがリーゼの下に広がる。微かな酸味が口の中をすっきりとさせていくようだ。


「やっぱりかける量は少ない方がいいな」

「だな。俺は肉の味がする方が結構好きだぜ。つってもこれもいい味だ。酒が進むぜこりゃ。ここまで美味ぇ物を出すんだから酒も期待していいんだろ?」


 リーゼは食器を使っているがベルグは余程気に入ったのか、それとも元より使う気がないのか手づかみで食べている。


「そこまで言われたのなら気を抜けませんね。ご期待に沿えるかはわかりませんが」


 挑戦的なベルグの言葉と視線を受けて店主は柔らかい笑みを浮かべ二つの杯を置いた。

 リーゼの前に置かれたのは透き通った色をした青色の酒。酒に浮く氷は透き通り空気すらも入っていない。

 ベルグの目に置かれたのは真っ赤な色をしたものだ。炎のような色をしたその酒には氷は入っておらず、ただよく冷やされた杯なのだと言うことがわかる。


「んじゃ、乾杯といくか」

「馬鹿と馬鹿の再会にか?」


 互いに笑い声を上げて杯を合わせる。そしてリーゼは小さく口に含み、ベルグは一気に杯を飲干す。


「……ミルトですか?」

「帝国の酒かこりゃ!」


 二人の声が被る。声に浮かぶのはどちらも喜色だ。


「はい。リーゼ様には疲れが取れるようにミルトの葉と果実を使ったものを。ベルグ様には五年物の帝国酒をお出ししました。如何でしょうか?」


 リーゼには不満なんてものはない。再度口に含み、舌で転がし喉へと落とす。

 度数は高い酒だ。しかし、透き通るな味に爽やかな香りが体内へと染み渡る。多少甘い部分が気になる所だが、先ほどの肉を食べれば丁度良くなる程度。

 呑む速さを考えれば氷が溶ける事によって酒が薄まり強さが和らぐのだろう。


「不満なんてねぇよ。あるとしたら量ぐらいだな。いいな、樽で買うぜ。金貨一枚で十分かよ」

「畏まりました。少々お待ち下さい」


 丁寧に作られた料理と酒。人生を楽しく生きるための絶対条件と言ってものが此処にあった。


「いい店だな。場所覚えておかねぇと。王都は複雑過ぎんだよ、ったく」


 愚痴を言うベルグの言葉は最もだ。実際に迷い行方不明になる者が後を立たない。こうなった原因は内乱時に暴れた傭兵などの仕業だがそこは蛇足だろう。


「同意するよ。屋根の上に乗るわけにもいかないしな。ところで、今も傭兵をやってるんだろうが街中で見かける奴らと同じところに居るのか? 確か、獣と剣の腕章をしてた奴らなんだが」

「よく見てんな。おうよ、獣戦士傭兵団(ロジウロス・カフブト・クスブジス)つー所に居るぜ。基本的にゃ南部で活動してんだが何でも王都で仕事が入ったらしくてな」

「そりゃ景気のいい話だな。こっちとしたら悪い話にしかならないが」


 どこかの商人が大規模な商売でもするのだとすれば商人であるリーゼの耳に入らないはずがない。ならば軍絡みの話なのだろうと当たりをつける。


「もしかすれば軍が新設されるという噂と関係があるのやもしれませんね」


 店主の声に前を向くと、地下から樽を担いで上がってきていた。痩身のどこにそんな力があるのかと普通ならば思うだろう。理由を知っているリーゼは何事もなく流そうとする。

 だがしかし。


「へぇ。安定した術式の使い方だなアンタ。中々強そうじゃねぇか」


 愉し気な声を上げたベルグは鉈のような剣に手を掛けた。

 戦闘狂とまで呼ばれたイカれ具合は伊達ではない。隙あらばどのような相手とでも争う男なのだから。


「やめておけ。お前が負けることはないと思うが、仕事前に深手を負うのは面白くないだろ。それに飯が不味くなる」


 呆れ顔で止めるリーゼに視線のみを向けたベルグは、それでも止めない。

 対する店主は困ったような顔で猫の耳を伏せて両手を挙げる。


「いえ、私ではお相手にもならないでしょう。すでに戦場を離れて久しいものです。現役である突撃槍(モブドフ・ディスフ)のベルグ様には手も足も出ないかと」

「アンタが何者かだけでも教えてくれりゃ、ここは退くぜ?」

「……リーゼ様の養父である緑髪将軍ギルハンベータ殿の補佐をしていただけの老骨です。どうぞご容赦を」

「補佐っつーか。なるほど、副将軍か。それもあの緑髪将軍のねぇ。内乱で死んじまったがとんでもねぇ力量の奴だったよな。ならその技量も納得だぜ。ハッ、今日のその馬鹿を立てておくが今度遊ぼうぜ」


 殺し合いとまでは言わずとも。何を意味するのかは容易に理解する事が出来てしまう。

 再度この店に来た時か、それとも敵対するようなことが戦おうという事だろう。

 とは言えリーゼの顔を立てるために戦闘をやめるわけがないので今後に控えている依頼のために負傷する事を避けたのだろう。


「ありがとうございます。老い先短い命ですので。ベルグ様の殺気を受けて数年ほど縮んだ心持ですよ」

「そいつは悪ぃ事をしたもんだ。んでよ、さっきの新設ってどーいう事なんだよ」

「ああ。陛下の親衛隊が解散して、新しく八軍を作るって事らしいぞ。流石に貴方が知っているのはかつての部下からでも?」

「いえ、お客様がそう零していただけのことです。それよりもリーゼ様が知っている事の方が驚きですね。軍に戻る気にでもなったのですか?」


 問いかけは当然出てくるものだ。しかしアインスベとの一件を口にするのも頂けない。ここでベルグが居ないのならばそれでも良かったかもしれないが。


「いいえ。商売がてら、軍の客人も居るので。……なんだよベルグ変な顔して」

「なんつーかよ、お前何で軍に戻らねぇんだ? ぶっちゃけそんな信頼されちゃいねぇだろうがよ。正直お前にゃ軍以外は似合わねぇ気がすんだが。テメェの指揮は中々上手いだろ」

「そう言うならあの時に素直に従ってくれよ馬鹿野郎」

「生憎と他の奴で指揮された時に気づいたんだよ糞野郎」


 子供のような言い合いに店主は苦笑する。大の大人が罵り合うにしても幼稚な光景だったからだろう。

 杯の中をまた少し飲みながらリーゼは恥ずかしそうに苦笑してベルグは楽しそうに笑う。


「とは言え。戻るのならばお気をつけ下さい。手助けこそ出来ませんがかつての部下に声をかけておきますよ。とは言えリーゼ様の部下も今では出世しているのでしょうが」

「ある程度に行ってる奴も居ますが、コイツみたいに退役した奴も居ますからね。それに貴方の部下ほどに出世しているわけではないでしょう」


 計七人、いや新設される八軍を含めれば計八人存在する将軍。その補佐をしている副将軍も基本的には八人だ。

 各軍の二位に属する実力者たち。その部下と、中隊が限界であったリーゼの部下では地位の高さが違う。


「俺みてぇに傭兵行った奴もいるからな。そういやこの間よ、血族とやりあってお前の部下でもあった奴が死んだぜ? まだガキだったんだがよ、確か猫族で名前は……なんだったか」

「お前と一緒に傭兵やってたなら突撃部隊の奴だろ。お前に懐いてた奴で猫族の子供だとソルエイクートだろ。そうか、アイツ死んだのか……。才能はあったんだがな」

「若い者が死ぬのは残念な事です。しかし、血族ですか? また珍しい相手ですね」


 血族は特殊な術式を扱う一族だ。例えば、有名なものだと大半が滅んだ術眼血族(ジョジウズユディフズ)だろう。

 術眼血族は、緑の瞳は千里眼を持ち、青の眼は特殊な自己強化を持つ。


「ああ。青眼の術眼血族が率いた盗賊団なんだがよ。頭おかしいぜありゃ。青眼一人にこっち二十人ぐれぇ殺されたからな。久しぶりの死闘だったなアリャ」


 楽しそうに語る姿には恍惚としたものが含まれていた。

 戦闘狂をして満足させるほどの難敵だったのだろう。確かに珍しい相手ではあるが盗賊なんてものを行なっているのだ、擁護が出来るはずもない。


「五十年ほど前の争いで滅びたって聞いたが。居るところには居るもんだな。そういや術眼血族の眼は無傷なら高く売れるらしいな。趣味のいい話じゃないが」

「そういや買っていった奴が居たな。昔の戦争で随分出回ったはずなんだが、今はどこの馬鹿が抱えてんのかわかんねぇけど全くねぇらしいぜ」


 どうにしろそれ程趣味の良くない話であるのは確かだろう。


「嫌なもんだ。所で、最近王都の周辺で竜種を見かけた話があるんだが知ってるか? 毒竜っていう噂だが」

「いや、知らねぇな。副将軍さんよ、アンタはどうだ?」

「いえ寡聞なもので。毒竜の素材ならば隣街で入荷したという噂がありますが……。そのものとなると。少々、お客様に聞いてみましょう」

「お願いします。商売にも影響してきますからね。狂獣ならば軍が対処するでしょうが竜種だと軍も厳しいでしょうし」


 術式を使う獣は総じて狂獣と呼ばれる。そして、並の狂獣ではないと思われる生物は総じて竜種だ。


「けど竜種の素材で作った武器は長く使えるからな。陣とも相性がいいから、素材を大手に持っていきゃ陣も刻んでくれるぜ?」

「刻める奴は億万長者だろうな。全く、そういう神具を作れるなら俺も零細商店なんかやってないだろうがなぁ」


 王国で使われる武器は主に三格神具や四格神具と名づけられた術式陣が刻まれたものだ。それ以上の準格、主格と呼ばれる神具は市販されている物は文字通り格の違う武具となる。


「俺も準格や主格神具あたりでもありゃもっと楽しめるだろうによぉ」

「我が国の聖将軍も持っておりますが、持ち主は厄介ごとを背負い込むような代物だと言いますよ。とは言え、噂話に過ぎぬと言っても世界の法則を変える武器とまで呼ばれていますからね。興味が出るのもわかります」


 とは言うものの、一般的に知られている主格や準格といった神具は伝説や御伽噺のようなものだ。誰もが一度は憧れるが手に入る機会などないと諦めような物でしかない。

 ベルグも本気で言っているわけではない。ただ話の取っ掛かりとしただけだ。


「今日の昼よぉ、特注の突撃槍を頼んできたんだよ、三格神具相当のな。今度見せてやるよ。金は馬鹿みたいに飛んだがな」

「そりゃいいことだ。武器に金を使わないで何に使うんだって話だしな」

「そりゃ酒だろ。そういやアンタら王都でいい飯屋しらねぇか? どっちかっつーと量が欲しいんだがな」


 店主はそれに僅かに考え込み、一度頷く、光術で簡易的な地図を作り出した。

 一般人でも不可能ではないが道を描けるか否かと言う所だろう。流石は元とは言え副将軍と喝采しても良い程の精密操作だ。


「このあたりでしょう。量と味は私が保証しますよ。おそらく満足できるかと思われますが」

「ありがてぇな。んじゃ朝にでもそこで食ってみるぜ」

「ああ、そこはいい所だ。ピラックの半生がいい味を出してるぞ。しかし、朝飯を食う場所を探すって事は、しばらく王都にいるのか?」


 となればベルグの仕事内容に疑問が出る。商人がこれから仕入れるための準備待ちで早めに来てしまったという事とも取れるのだが。


「ああ。半月ぐれぇは居る事になるだろうな。依頼主の意向しでぇなんだろうが……。流石にテメェでも内容は漏らせねぇぞ? まっ、俺も詳しく知らねーんだがよ。それよりお前は何してんだ今。商店経営だっけか?」

「雑貨屋をやってるよ。生憎と稼ぎはそれほど良くないけどな。お前の方が稼げてるんじゃないか?」


 雑貨屋での稼ぎはほとんどが次に持ち越すための資産となる。おかでげ自由に稼ぎに使える金額というのが少ない。

 一流の傭兵であるベルグの方が余程稼げているだろう。実際に特注の神具を発注している時点でそれは確実と言ってもいい。


「そうかもしれねぇなぁ。今回も前払いでやけに景気が良かったしよ。んじゃ、俺はここで帰るとするぜ。ほいよ。釣りはいらねぇ。また来るわ」

「おう。それじゃ俺も帰るとするか。店の場所を教えておく、場所は……すみませんお願いします」

「ええ、構いませんよ」


 術式の才能が壊滅的にないリーゼは苦笑気味に店主に頼み店の場所を光術による地図を描いて貰い場所を教える。それを数十秒睨んだベルグは覚えたのか覚えていないのかわからない顔で頷いた。

 おそらく大まかな場所しか覚えて居ないだろう。


「んじゃまたなリーゼ」

「ああ。またな、ベルグ」


 店から出て二人は背を向けて歩き出す。だが、互いにすぐ出会う事になるだろうという確信はあった。

 ベルグは戦場で培った直感で。リーゼは予測で。

 それが戦場か、それとも平時かまでかはわからなかったが。


光術 …… 攻撃にゃ使えない術式。レーザー攻撃できない。


ピラック …… 豚肉みたいなもん。


ルーモ …… レモンみたいなもん。


ミルト …… ミントです本当に(ry


猫族 …… 猫耳で猫尻尾。猫族に限らず大抵の種族は術式で人型になっている。術式全般への適正が高い。おっさんでも猫耳である。


鬼族 …… 鬼。角はえてる。肌が赤いのが特徴。あと力強い。身体系術式への適正が高い。


血族 …… 特別な術式が使える一族。自分のことを実験台にした学者さんたちが系譜の元である場合が多い。

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