葬送劇 中編
普段なら特務は俺らの命令なんて聞きはしないだろう。ただ、今ならムーディルも疲弊している状況で、将軍も居る。流石にこのぐらいの命令には従ってくれるはずだ。
相手も疲弊具合は同じ程度。もしもここを、俺を殺すだけで切り抜けられるなら向こうにとっても悪くはない取引になる。
実力はアインスベが格上。だが片手もなく消耗した状態。そして、こちらも見た目は普通だが術力はほぼ無く片手もまだ完治していない。
向こうとしてみれば受ける意味のない勝負。だが、それに付加するものがある。
「勝てたならお前にくれてやるものがある。ムーディル、馬車にある腕と剣を投げてやれ」
剣呑な雰囲気を漂わせながら投げられたのは、トレクナル副将軍の腕と剣。それに、アインスベの後ろに居た兵たちが動揺する。
「……トレクナルの、命は?」
「まだ獣車の中に居るぞ。話は変わるがお前が率いる部下たちは家族持ちがそこそこ居たな。事前に調べておいてよかった」
自分で言っておいてなんだが物語に出てくる悪役みたいな台詞だなこれ。実際に居るには居るが、あんな状態じゃ死んでるようなものだろう。
「そそ。合図一つ、ってわけじゃねぇが俺らを遠くから見張ってる奴が居るからよ。俺らが言いてぇ事ぁわかるよな親衛隊長さんよ」
ニアスが援護として言うが……人のを聞くと下種な台詞だってのがよくわかる。とは言えこれが被害を最小限に抑えるためだ。
苦渋を滲ませるアインスベの顔を強いて無表情で見つめる。
こっちも余裕があるわけじゃない、受けてくれるならその方がありがたい。
「……飲む。だが私とお前の決闘を行なう間、他の者に手出しはさせない。後ろで戦っている者たちを止めてもらえるな?」
「ああ。ムーディル」
「……何故我が貴様の命令で」
「ニアス行ってこい」
「あいよ」
使い難い。矜持が高すぎるとかじゃなくて、単純にムーディルの奴は人に何かを言われたら反発する男だ。言い方に気をつけても無駄だろう。いっそ死んでくれた方が使い道を考えなくて住んで楽なんだがなぁ。
「……さて。まぁ、なんだ。始めるか」
「……うむ」
格好つかないが殺し合いにそういうのは必要ないだろうから問題ない。
とは言え。どうしたもんかね。
アインスベが使う雷術は、独特だ。いや、アイツだけじゃない。雷術そのものが。
直接攻撃に用いるには雷雨の時でないと使い難い。そして『炎槍』などのように槍の形状にするのも難しい。
単純に落とすだけ、もしくは武器に雷を纏わせるあたりが使いやすい方法になる。
とは言え雷術を使える者は数少ない。一万人に一人と言う程度だ。
更に言えば。使える者は例外なく天才と呼ばれる。
特徴的な事は身体強化系以上の反応速度。自らの肉体の雷術を流す事によって動かされた肉体は並の剣術士以上の反応速度を誇る。
加えて術力が続く限り戦える継戦能力。水術を扱えば更に雷術の動きは自在になる。
敵にすると厄介この上ないのだ、雷術士というのは。身体強化も含めれば最強の前衛系術士と呼ばれるに相応しい働きをする。
「やれやれ。お前と殺しあうなんて内乱時には考えられなかった」
「ああ、そうだな。私もだ――!」
踏み込まれる。瞬きしたのを見計らっての一歩。身体の均衡を保つのも難しいだろうに踏み込みと共に放たれる一閃は、重い。
背負うモノの、経た時間の重さか。
なんて詩人のような事を言った所で重さは変わらない。
「ッ」
右手で受け、左手で捌く。まともに受けたわけではないのに腕が痺れる威力。これが片手だからと言うのが恐ろしい。
更に背後から嫌な気配があり、土術を展開。頭の裏に盾にも満たない塊を浮かばせると同時に砕かれる。
おそらくは水術。と同時にアインスベの腕が予想以上の速度で振るわれる。
ギリギリで避けたが腹の皮を一枚持っていかれた。軍服の中に仕込んである革鎧まであっさりと裂かれた。
防御は余り意味がないな。アイツの持ってる剣も三格神具、なら防ぐよりも避ける事に重点を置かなければならないが……雷術の速度はそう何度も避けられるものじゃないからな。
「なぁアインスベ、お前のやりたい事はわかる。確かに注目を浴びる事にはなるだろうが無駄な動揺を」
「無駄話だ!」
弾く。俺の後ろに居る奴らの視線は呆れた視線だ。俺の無様な戦いぶりにだろう。こういう時は、向こうの部下たちがアインスベに送る信頼を羨ましく思うね。
「建設的な方だろ。お前の目的は、この先にある砦を一時的に落として陛下との話し合いを行う事だ」
やや動きが雑になったのを感じる。目的を言い当てられての動揺なんて普段はするような男じゃないが。状況が状況だからな。
「陛下との話し合いで要求する事は何か」
「あの方は間違っているのだ!」
更に粗雑になった剣が横なぎに払われる。とは言え込められる力は強い。
反撃を行なおうと軽く足を動かした所で、向こうはこちらの動きを潰すように一歩を踏み出す。
「……陛下の行いを正すと言う思い上がりは、すなわり選定の器の否定になる」
言葉に動揺するのはアインスベではなく背後に控えている兵士たち。
陛下を否定する程度なら行なえる者は少なくない。人は間違うものだ。その選択が絶対に正しいなんて事は『選定の器』に選ばれた者だとしてもありえない。
しかし。
行なった事が間違いだったなんて事があってはならない。
内乱は悲しい事件だった。不幸なすれ違いだった。
例え陛下が火種を作ったという噂があったとしても、否定しなければならないのだ。
あの内乱は陛下の意志ではない。しかし結果的に国のためになったのだと肯定しなければこれまでの歴史も間違いだったと言う事になってしまう。
「私は陛下の否定などしない」
踏み込みと同時に、そしてそれ以上の速度で振り下ろされる剣に精細はない。
「いいや。お前の要求は見え透いているんだ。お前は家族を失った、そのために国王陛下に対して否定を投げかけようとしている。もちろんお前一人の否定は大した意味はないだろう」
鈍る剣を弾き、逸らす。集中力が削がれているとは言え、焦りが面に見えているとは言え、やはりその腕前は一流。
俺がここで下手な誘いを行なえばそれだけで殺しにかかれる程度には実力差がある。
「だが反乱の種が撒かれる。お前が狙っているかは知らないがな。更にお前の要求を陛下が呑んだ場合、前例となる」
あの陛下なら一時の遊びで呑む可能性が存在する。常人の尺度であの人を考えるのが間違っているのだ。
もしもそうなった場合、誰も彼もが無茶な要求をする事になる。それも誰かを人質に取った上で。そこは確実に帝国に付け込まれる隙となる。なってしまう。
「何一つ良い事のない話だと思わないか?」
「私はこの国のためを想っているのだ!」
そうだろうな、アインスベ。お前はいつだって国のために動いていた。
だけど。
「国を想うお前の気持ちを疑ったことなんてないさ。ただ、お前の思想は毒なだけだ」
陛下を否定する事が悪だとは言わない。ただしきっとそれらはこの国にはまだ早すぎる考えだろう。
「陛下が行なった証拠も、ある! 内乱を推し進めた証拠が! 何故わからぬのだリーゼよ! あの内乱で何人が死んだと思って居るのだ!」
「死んだ奴が生き返るならともかく、なんの得にもならない事は行えない。わかれよアインスベ。死人は誰も助けない」
その言葉が琴線に触れたのか剣の動きが早まる。
さてここからが本番、そして反撃の機会。
踏み込み、そして腰を落とす重く鋭い切り落とし。見えず知覚できない速度で振るわれたソレを予測の上で避ける。
更に次は強引な雷術を用いての切り返しが来ると予測。剣先が顎を掠るも、避ける。
だがこれで終わりじゃあない。
身体を前に落とし最後の切り落とし。雷術の精密操作を行なう技術もさるものながら後ろに水術まで作ろうとするのはやはり、一流。
だがそれも。予測できているのならば何も怖くはない。
だから、こっちは踏み込む。
左手に持つ短剣に術力を流し込み、水術が形作られる前に四散させる。
落とされた剣は俺の胸半ばまで切り裂くがそこで止まる。対して、俺の剣はアインスベの首に突き刺さる。
……何とも言えない、ここまで仕立て上げておいて寂しい終わりだね。
盛り上がりも何もない戦いだ。――いや、アインスベは舐めていい相手じゃない……!
「ま、だ、だ!」
剣を手放し、無理に後ろへ下がる。抜けた場所から血が溢れ出て一瞬だけ意識が遠くなるが知ったことはない。
バチリッ、とアインスベの剣が光を放つ。
鬼雷人アインスベ。
片腕を失い。首に長剣は突き刺されてなおこの戦意。その異名は、伊達じゃない。
「……諦めろ。その傷で助かるはずもない。まともな判断も出来ないだろ?」
身体系術式で補おうと、精神系術式で冷静になろうともここまで負った傷はどうにもならない。
部下だってすでに目を背け、戦意を失っている姿が見える。ただこの状態を見て何人かは怒りを燃やしているのが恐ろしい所ではあるが。
いやはや、本当俺の部下とは随分違うね。アイツら、俺の後ろで賭け事してやがる。
「……!」
一歩、歩く。雷術の使用で身体を動かしているのだろう。俺を殺すためだけに。
もしも将軍が居なかったらと考えると恐ろしい。俺じゃあ絶対に勝てない相手だ。
更に一歩。次は踏み込み。低位水術『水針』が展開され、百を超える微細の針が左右からこちらの全身を貫こうと襲いかかるが。
思考が遅い。同時に土術を展開し最低限の盾だけを展開し針を防ぐ。向こうは読んでいたのだろう、更に後方へ『水針』を展開。
正面からおそらく全力で踏み込む。
が、遅い。
いや手遅れだと言う方が正しいか。
「俺が無策でお前に対峙するとでも?」
雷術を用いて振り下ろされるよりも早く土術を展開。俺の足元が突きあがり緊急の退避とする。
盛り上がった地面は水術によって貫通するがアインスベを傷付けるわけもなく霧散。
ただ、アインスベは読み勝ったとでも言うように顔を上げて俺を見る。
確かに空中での移動手段は俺にはない。この状況で詰むのは当然だろう。だから、俺は笑みを見せる。
俺を知っているアインスベだからこそ通じるように。
「!」
警戒か、何もせずに一歩後ろへと下がる。これでアインスベは多少の冷静さを取り戻しはしただろう。
いい判断だ感心する。
「けど無意味だ。動きが鈍っているのは血を流しすぎたせいじゃない。毒の中和を行なってもいいが、なんの毒かわからないと無意味だぞ」
膝から崩れ落ちる姿を横目で見て土を叩き落とす。竜種の毒だ、術式程度で中和できるものじゃない。正規の医術士が即座に見てどうにか間に合うと言った所か。
ただすでに脳にも心臓にも回っているだろうから、成分を知り尽くしていないとどうにもならない。ここまで回るのが遅いのは念のため中和を行なおうとした努力があったためかね。
「許せとは言わないさ」
額を地面に付け、片腕で未だ剣を持つ姿はこれだけやってまだ脅威を感じさせる。
一歩でも踏み込めば死を予感させる雰囲気。剣を握る腕にはまだ力があり、身体には力がある。
身体は死に近いというのに、心はまだ死なない。
こういう男こそ英雄と呼ぶに相応しいんじゃないだろうか。他人事だが。
「月から怨むなり憎むなり好きにしてくれ」
二歩距離を取って声を投げかける。これで死ぬまで待てば勝負は俺の勝ちになるが。
流石にそれは、アインスベの後ろに居る奴らが許さないだろう。毒を使った事で向こうの怒りは増している。戦意を失った奴はどうでもいいが完全に死兵と化してる奴らを相手にするのは、いやアイツらなら平気か。
「月で会おう鬼雷人、いや海流」
言って一歩、踏み込む。
雷術を使ったアインスベとは比べ物にならない程の遅さ。
それを待っていたのだろう、膝と腰だけを使った力ない、雷速の切り上げ。最後のそれは予測していようと避けられない一撃。
だからわかっていた。避けられない一撃を放つ事は。
強引に踏み込む。俺の右腕は使えないし武器は左手に持つ短剣しかない。ここで術式でも使ってくれたのなら対処も容易だがこうなっている状態でそこまでの余裕はない。
最後の一振り。己の命を賭けた一撃。
剣は俺の右腕を断つ。今日だけで腕を失くすのは二度目だ。
「じゃあな」
断たれた事で身体が左に片寄りそうになるが、その前に左手を振りかぶり短剣をアインスベの頭に突き刺した。
頭をやられて生きていける生物は基本的に存在しない。喉を刺されて言葉を紡ぐ事の出来る生物など数少ない。
だから。
「この国は、私が守る」
聞こえた悪あがきのような言葉はきっと俺の感傷でしかないのだろう。
死んでるようなもん …… 生きてる事実が大事なのです。
雷術 …… 超便利。下手に使うと神経が焼ききれる。超不便。
選定の器 …… 国王をランダムに選ぶ主格神具。国王に相応しい者を選び、実際にそれで国は続いているため国民は誰も王を疑わない。例え疑念があっても切り捨てる。内乱前だったら。
月で会おう …… 王国で一般的な死生観は、罪のある者が月に行けば互いに殺しあって罪を雪ぐ。罪のない者は別の人間として産まれる。というもの。別に国教というわけでもないので漠然と浮かべる死後のイメージ。




