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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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終幕    葬送劇 前編

「獣車の手配に死体の処理。手回しは中々上手いものだ。貴様が死にかけている事を除けばな」


 飼いならされた大柄の虎が引く荷車に揺られておよそ三十分。王都の守備兵たちには手を回し、準備を終えるまでに十分を要したことから考えておよそ四十分が経っている。

 戦闘が終わっているならばよし。終わっていないのならば、やるだけだ。


「だがよぉアンタ自分が死んでたらどうしてたんだこれ」

「外で待機していた暗部の奴には伝えておいたさ」


 未だ怪我の治療を受けながら苦い顔をする。

 イニーが勝手に動くことまで予測して居なかったのは俺の不測だな。出来るならベルグあたりは生かしておきたかったが……。

 いや後悔はあとでするべきか。今は目先のことだけを考えて動いた方がいい。

 とは言え、敗北に関して心配する必要がないのは救いだろう。


「しかし、本当に根回しがいいですね隊長さん。貴方が裏で糸を引いていたと言われても信じますよ?」


 目隠しをしたままのヒロムテルンが軽い笑みを浮かべ、言う言葉に苦笑する。

 そこまで疑われるのは、確かに仕方がないか。根回しが良すぎる事も、相手が動くのを予測していたことも。言うなら出来すぎだからな。


「心配性なだけだ。それに、動きは予測できてた。何となく誰かが今日の計画を漏らす可能性はあったからな。」


 見るのはハルゲンニアス。確証はなく、証拠もない。不必要に突っつく意味もない。

 だが、国を憎むという言葉。あの憎悪を鑑みれば何か行動を起こすのではないかという疑念は持てる。

 そうでなくても傭兵団は捕縛できただろうし、団長らを拷問にかければあのトレクナル副将軍とアインスベの情報も手に入れられた可能性は高い。


「ああ。成程。誰とは言わないがやりそうだからね」

「ふん。誰とは言わないがそいつは打ち首にした方が良いのではないか?」

「むしろやらない方が不自然だものね」

「解体するのか? よかろう、我に任せろ」

「殺すなら僕の役割でしょう。ご老体は邪魔するおつもりですか?」

「貴方たち私の目の前で誰かを殺させると思っているの?」

「あははは。駄目だよそういうことしちゃ」

「誰のことだかわかんねぇなぁ。愛国心に満ちた俺じゃねぇのは確かだがよぉ」


 飄々と嘯くニアスは無視して、思考を纏める事にする。

 獣車の中で殺気をぶつけあっているムーディルとイニーも無視。

 十中八九今回の騒動はアインスベが計画したもので間違いは無い。動機は不明。傭兵団は元軍属。おそらく監視はされていただろう。ならば更に、アイツの元部下だったか関係者だっただろう。

 全員に共通する点などはわからないが数十人を死兵に変える程の理由だ。

 だが国王に反旗を翻すことがその程度の数で出来るわけがない。だから見逃されていた部分もあるだろう。

 となれば可能な事を考える。

 親衛隊の数は凡そ千人。そこからアインスベが引き入れる事が出来るのは、最低でも百人は居るだろう。人望の厚さから考えてそれぐらいは居てもおかしくはない。

 口先で騙される数を五十人ほどならば増やす事は不可能ではない。

 もしくは、噂になっている竜種の退治という名目ならばもう五十人ほど増やす事が出来ても不思議じゃない。

 だが二百人だろうと王都が誇る第一軍二万の兵力を相手にするのは不可能。

 城の制圧だろうと八将軍や王の親衛隊を相手にするのは常識で考えれば出来るわけがない。

 可能なのは王都周辺の砦を奪うか、帝国への亡命。だが亡命にした所で距離が離れすぎている。

 ならば残るのは砦を奪う事だけだ。

 味方として内部からの制圧を目的とすれば二百人も居れば不可能ではない。内乱後から警戒のために砦内の兵力を増強していると言っても三千か四千の兵が常駐している所だろう。

 ならば、二百で奪う事は可能。

 奪った後ならば国王への訴え、民衆への訴え、その程度ならばやる事は可能だろう。

 人質を取れば命と引き換えにある程度の要求を飲ませる事は不可能ではない。

 無論、シルベスト将軍が百人程を率いていればその計画は瓦解する。

時間稼ぎで援軍に追いつかれるか、上手くやれば殲滅も不可能ではないだろう。

 だから、これからやるのはおそらく尋問と殲滅の援護といった所だろう。

 予想通りならば。それら全てが外れる可能性も頭の中には入れておかなければならない。

 例えば、アインスベが敵でない可能性。例えば、千人全てが敵としてきている可能性。例えばシルベスト将軍の率いる人数が少ない可能性。

 想像しておけば予想外の事態に気を取られる事もない。一応は部隊長という立場なのだから、先の事は考え続ける義務がある。


「おい団長さんよ。呆けてんのはいいがそろそろ着くぜ? 戦闘の臭いだ」

「流石将軍、楽しんでおられるようだな。獣車で突っ込むのだろう?」


 荷車の上から見るだけで、死体の数は最低でも五十。だと言うのに喧騒は聞こえてくる。

 敵の数は間違ったか。いや、それでも将軍が百人を率いれば。


「ふむ。一人で凡そ百人ですか。奇襲なら僕でも行なえる数ですが、その後は無理ですね」

「眼球貫。貴様は行なえるか?」

「遠距離からならやれるかな。けれどそれ以上とやるのは少し難しいね」


 頭がおかしい連中だったなそういや! まだ俺は常識を捨て去れてなかったか……。

 こいつらの上に立っている将軍がまともだと思ったのが間違いだったなぁ。


「……ああ、まぁいいや。敵の残数は?」

「百人程度だな。んじゃ突っ込むから適当に飛び降りろ」


 それぞれが返事をして、リーゼが心の中だけで項垂れる。

 そうそう、突っ込ませる程、相手は甘くない。


「お」

「ふむ」

「はい」


 ダラングが正面から迫る『炎弾』に対し風が吹き荒れ壁と為す。

 すでに見られている。突っ込んでいこうが初手で獣が殺され、中央に置かれれば幾らなんでも厳しいだろう。

 将軍を相手にしているのだから余裕はないだろうが、だからといって全員がそちらに向かっているわけではない。ならば後方への警戒があるのは当然。

 俺がアインスベの元へ確実に到着するには少しでも気を逸らす必要があるか。


「……いいか。イニー、ダラング、リベイラは外側から攻めろ。殺さずとか言ってたらこっちが死ぬからそこは我慢」

「努力するわ。でも可能な限り生かすのは変わらない」

「……わかった。ウィニス副将軍たちは中で、ニアスと俺は将軍と合流。最悪でも駆け抜けろ」

「へいへい」

「ふん。やってやろう」


 返事と共に、獣車が加速する。

 吼えながら走る獣に対し兵たちは術式を展開するが、ニアスは的確に土の盾を展開する事で防ぐ。


「さて、殺します」

「ダラング、全て出していいわ」

「はいはい。私が荷物運びになるのは自然なのでしょうけど、面倒な話ねぇ……」


 三人が飛び降りると同時に血が舞った。

 術力を使いすぎたイニーは腕を生やす事は出来ないが、それでも二本の腕が閃くたびに兵たちの首が落ちる。

 そして、ここからがリベイラの真骨頂。

 綺麗に断たれた首を掴み、背後に広がる空間から投げられた蜂蜜色の液体が詰まった大きめの瓶を取り出していく。

 リベイラが行なうのは掴んだ首をその液体の中に入れる事のみ。


「……相変わらず自然に気味が悪いわね。これ何から作っているの?」


 液体に入れられた頭は瞳に恐慌の色を宿しきょろきょろと眼球を動かし生を主張する。

 生首だけの生物が生きられるほど医術は発展していない。だが、それを可能にしたのが医術の天才リベイラ。

 否。

 狂気の医術士リベイラ。死を忌避するあまり生きているなら状態を問わない女。


「百種の薬と千人の尊い犠牲者よ。あとは私の術式も刻んであるわ。三百ぐらいはあったわよね?」


 自身に迫る白刃を避け、短剣で迫る兵の腕を切り落とし、的確に内臓を裂く。人体についてあらゆる場所を精通しているリベイラが接近戦を行なえば、最低限の動作で相手の戦闘力を削ぐ事を可能にする。


「……私は最低限しか動かないから二人で頑張ってね」


 三人が動き、同時に後方にいた数十人も動く。先ほどの傭兵団以上の錬度を持つ数十人が。

 そして。

 中心に飛び込んだ他の者たちも渋い顔をしていた。

 飛び込むと同時に突き出される槍と術式。それらに対し迎撃し、防ぎ、反撃する。

 咄嗟の事に対応できる事から一人一人の判断力は高く、更に剣と槍の動きから見ても並の兵より上の実力があるだろう。

 それらからすでに四方八方から攻められて尚、ルカは笑い。ヒロムテルンは困ったような顔をする横で、獰猛にウィニスが曲刀を振るう。

 それぞれが己の底を考えながら、出せる実力を限界まで出している。

 ルカは乱戦と言う事を考慮してか避け、る事など考えずに攻撃を食らいながらも一撃で命を奪い、ヒロムテルンは残り少ない術力を片眼だけに使い、もう片方には眼帯をしたままで背後から来る男の首を切り、足払いで転ばせその後ろに立つ相手の動きを塞ぐ。

 ウィニスは『友呼び』を使い一度の動作で三人の兵を切り裂いていく。一見して余裕。

 だが相手も親衛隊。連携から来る実力は将軍を守るに値するもの。

 後方の三人と突撃した三人への対応が早い。


「隊長が将軍を倒すまで耐えろお前ら!」


 アインスベに対して絶対の信頼を置いているのだろう動揺がない。

 心から勝てると思っているのだろう。いや、実際にありえなくはない。親衛隊長としては五指に入る実力を持つ。

 部下の居る状態で十回戦えばアインスベは三回は勝てるだろう。ならばその三回をここで引き寄せる事は不可能ではない。

 最悪として考えているのならば、確実に。


「……んで。何でお前が付いてきたんだムーディル」

「カハハ。そりゃ、こいつもう術力ねぇからだろ」

「眼球貫と殺しあったせいで厳しいのでな。道中で少しは戻ったが、生憎とむざむざ死ぬ気にはならん」


 ああそうですか。とは言え、確かに術力を失った術士が前に出た所で意味はない。完全になくなったわけではないがそれに近い状態ならこちらの援護をさせた方がまだ生き残る目はあるか。


「……時間稼ぎ、ありがとうございます」


 直進して敵の集団を抜けた時にはすでに獣は使い物にならなくなっていた。損害金を払わなければならないのが辛い。経費じゃ落ちないだろうなこれ。


「果たすべきを果たした。何より、暇つぶしにはなった」


 不可思議な形状をした剣――おそらく物質生成系で作られた剣だろう――を一度振るいこちらへ向き直り俺の後ろへと歩く。

 片手は炭となり、顔や身体には生々しい傷跡。加えて肩には短剣が突き刺さり腹には槍が突き刺さっている。

 この状況でよくも戦えたものだと感嘆しここまで手傷を負わせるアインスベらの本気具合が伺える。


「……く」


 対峙していた先に目を向ければ十数人の死体を背景に右腕を失い未だ立っているアインスベの姿。

 余程鋭く切られたのだろう片腕の傷はすでに塞がっているが疲労の色は隠しきれない程に濃いもの。兜はなく、前に見た鎧には傷や裂かれた後がある。

 倒れている重装兵は十五人。鎧は全て術式を逸らすアヴェト鉱石と鉄を混合したものだ。

 並みの武器では破壊する事など出来はしない。

 転がる死体は全て顔だけを狙い打ちにされて息絶えて居る。

 突き刺さっている鋼の槍。狙っている事を悟られながら貫く技量はやはり並々ではない。

 無事に動いている獣騎兵の姿が無いことから、そちらは全て潰したのだろう。


「ようアインスベ。今すぐ部下の動きを止めればそいつらの命だけは助けるぞ?」


 右手で剣を抜き、左手に短剣を持つ。そして後ろにニアスとムーディルを待機させ、問う。

 これだけ痛めつけていればとは思わない。受け入れないだろう言葉を発するのは一応の揺さぶり。無駄だろうが、言っておけばアインスベが倒れた後が楽になる、かもしれない。

 まぁ、全員殺す事になるよりかは何人か生きたまま降せた方がいい。

 最悪、こっちが全員殺された後に残りの親衛隊が野盗となるのが一番怖いからなぁ。

 アインスベが死ねば余程の忠誠を誓っている奴じゃない限り降伏するだろう。


「……今更、私も部下も助からぬ事ぐらいはわかる。妙な揺さぶりはやめて貰おう」


 片腕でよく強がれるもんだ。それにさりげなく部下も同罪だっていいやがった。


「お前が死にに行くのは結構。友人として勧められないが止めはしない。だが部下まで巻き込むのは下の下だ。……死にたい奴は死ねばいいが、生き残りたい奴を殺すような慈悲は持ってない」


 アインスベは強い。そして、後ろから無尽蔵とは言わないまでも大勢の敵が沸いてくるこの状況。今の俺の言葉を聞いて数人は戦意を減少させたようだが、重装の五人と剣兵や術士兵十六人は殺意を向けてくる。

 ……そうだな。


「アインスベ、取引だ。俺とお前の一対一をやろう。俺がお前を殺したら後ろのそいつらは捕らえる。お前が俺を殺したらこっちは俺の部下はお前に手を出さない。どうだ」


自分が死んでいたら …… ちゃんとその場合のルートも構想にはあった。でも死なれるとちょっと困る。


計画を漏らした誰か …… 基本的に裏切りっぽいことをするのが彼の趣味である。殺されても文句は言えない。


取引 …… 持ちかけるのは悪い方である。

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