幕間 月下の憂い
「リーゼ・アランダムの予想より百人ほどは多かったか」
振るう剣は振るわれる度に長さを増す。
一度振るえば長く伸び、次の瞬間には刀身が消えうせる。
「が、弱い」
足捌き、僅かな重心移動、微かに向きを変える。
それだけの最小限の動作で迫る攻撃の全てを捌く。
将軍が全員それを行なえるわけではない。
「流石、大陸でも十指に入るといわれる剣士、と言うべきですかな」
「……坩堝、武国、連盟、監獄、帝国、連合、皇国。それらの剣士に遠く及ばぬ」
前に進むのは、騎乗用狂獣に乗る鬼雷人アインスベ。
後ろに控えるは、二十人の重装兵と十人の獣騎兵。
その後ろには、元は三百人、今は百五十人となった彼の部下。
「伏兵もおらず、まさか本当に一人で我らの前に立つとは。ははは、リーゼには看破されて居たと言う事か……」
全ては遅い。すでに始まった計画は何を犠牲にしてでも、何をもってでも遂行するしかない。
無駄だろうと、意味がなかろうと。
国を揺るがそうと、戦になろうと。
止まる機会はあった。止めることは出来た。それでも一歩を進んだ時点で、次の一歩を進めるしかなくなった。
「の、ようだ。私は要請があり動いた、それだけだ」
求められたのは時間稼ぎ。だと言うのに殲滅する事を目的した雰囲気。
力だ。アインスベとて自身の力量に自信がある。才能を持ち生まれ、努力して育ち手に入れた実力。
それらを天才は軽く飛び越えていく。
「ですが、百五十。この人数が居ればこちらの計画に支障はありませんぞ」
「貴様が生きていればだろう?」
言葉は真実。
「無論。ですが、奇襲の終わった状態で我らに勝てるとお思いですかな」
獣騎兵が二十。術士が五十。訓練に訓練を重ねた剣兵五十。更に、鬼族のみで固めた虎の子である重装兵三十。
奇襲で狩られたのは剣兵、槍兵を中心した兵たち。外周で斥候として散っていたのが原因だ。本命たる兵たちは友を、仲間を殺された怒りに満ちていながら号令を待つ。
「さて、な。奴らが来るまで、やるだけだ」
言うならば、やるのだろう。
援軍が来るまでに戦闘不能に追い込めるか、援軍が来るまで耐えられるかという勝負。
足止めを得意とする将軍に対しての暴挙。抜けたとしても計画はすでに瓦解している。
理解していながら、理解していてなお。
死兵と化している精兵たちを相手に、シルベストは無表情で前に立つ。
これより始まるは命の削りあい。
きっと誰も彼も命を捨てる事に疑問を持たず呆気なく死んでいく、そんな戦いだ。
坩堝 …… 二十座という頭のイカれてる超級の術士たちを七人抱えている小国。攻めても割りに合わない。なお王国とは領土が繋がっていない。
武国 …… 日本みたいな所。北にある帝国の更に北の海を越えた場所にある島国。王国とは関係ない。
連盟 …… 北にある帝国の西にある五つの国の連盟。王国と近い。
帝国 …… 王国の仇敵。極寒の地。四大国の一つ。
連合 …… 王国の同盟国。人族以外が住む国。砂漠。四大国の一つ。
皇国 …… 正しくは聖皇国。宗教国家。四大国の一つ。




