表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
20/147

      狂宴 ③

「何時になったら敵は来るんですか?」


 先に捕らえた傭兵の死骸を手慰みに弄びながら、黒い軍服を着たイニーが射抜くようにリーゼを睨む。

まだ作戦が開始したばかりだと言うのに。

 苛立たしさがは期待の裏返しと捉える事が出来るのならば、戦意は十分とも取れる。

 引き換えにリーゼの寿命は縮まるような思いだが。


「多分、そう遠くない内に来るだろ。敵もこっちが動く情報は掴んでるだろうからな、逃げなかった理由を知りたい所だが……」


 軍が敵対者として来ると聞けば、逃げないほうが難しい。

 だと言うのに逃げていないのは情報が入っていないか。それとも、此処を死に場所とするのに十分な理由があるからか。


「構いませんよね、殺しても」


 イニーを使うと決めた以上は死は覚悟したことだ。

 リーゼが行なえるのは出来る限り傭兵団の団長がこの場所へと来ないことを祈るぐらいだろう。


「敵なら好きに殺せ。傭兵団長の場所は掴めたか?」


 後ろに立つ暗部の男に問いかけるも欲しい返答は得られず。

 判明している敵の隊は二つ。罠の可能性が高いそれにはルカとニアスの部隊が振り分けられている。

 ムーディルは索敵を担当。そしてウィニス副将軍は、ニアスには伏せて東側で待機。


「人気がないとどうにも落ち着かないな」


 喧騒漂うはずの歓楽街だが、今は静寂に満ちている。

 空間系術式『隔離(ジョムブジホ)』は人間だけを半分程ずれた空間に移す術式。

 ここは王都であり、王都でない。噂によれば本来住んでいる空間をずらして一時的に作った空間であり、長く留まると帰る事のない出来ない異次元だと言う。

 学者の間では別の世界へ向かう事が可能だとか言われているが、不明。原理の解明も完全にはされていに危険とも取れる術式だ。


「けれどその分、気配を感じやすい。隠し切れない殺気などは特に。隊長さん来ますよ。こちらに十人。後ろから殺しに行きます。そこの四人は隊長さんでも守っていてください」

「おいイニー!」


 軽やかに屋根へと飛び上がりイニーは颯爽と走り去る。

 呆然とその背を見つめるも、リーゼは首を横に振った。言うことを聞かないだろうと思いはしたものの、最初から独断行動を取られると思っていなかったのだろう。


「問題ないと言うことにしておく」

「……止めないので宜しいのですか?」


 後方に待機する暗部の男が低い、僅かに震える声で問うが、頷くしかない。無理に止めようとすればおそらく止めようとする方が殺されるだろう。


「こっちは作戦通りに動くさ。ベルグは他の奴を時間稼ぎにあてて俺を殺しに来るはずだ、だから手早くベルグの部下を殺せ。イニーに殺されるなよ」


 イニーが向かった先からは悲鳴と怒号が響く。

 奇襲に対するにしては反応が早い。聞きなれた声がこちらに近づき、目視。


「四人は散開、手早く向こうを片付けろ!」

「了解!」


 返答と共に四人は屋根へと飛び移り闇に紛れて動き始める。


「四人か、案外多かったみてぇだがてめぇら踏ん張れよ!」

「応!」


 男の後ろに、家を貫く屋根以上の大きさの壁が作らる。

 暗部四人の動きが止まり、更に屋根へと上がった男の部下たちが紡いだ『炎槍』が暗部四人へと展開される。

 四人はそれを防ぎ、敵と暗部の戦端が開かれる。


「ハッ。てめぇの気配があったから来てみたが何してんだ? 散歩にしちゃ物騒だぜ?」


 イニーが来るまで。暗部が来るまで。どれ程の時間がかかるかは不明。逆にリーゼがベルグを押し留められる時間は、僅か。

 しかし作戦に支障はないとリーゼは強がる。最初から止めるつもりで、その何度が僅かばかり上がったに過ぎないと。

 

「少し用があってな。そうだ、ちょっといい事を思いついたんだ。古い友人に伝言を伝えたいんだが伝えてくれないか?」

「おう奇遇だな、テメェに俺が頼もうと思ったところだ。馬鹿共に宜しく言ってくれや!」


 炎の槍が後方に浮かび、炎の蛇が槍に絡みつく。対してリーゼは剣を抜く。

 目的はこれから数分を生き延びること。

 それだけのことが、おそらくとても難しい。






「あー。なんだ。アンタら降伏してくれねぇか? ハハハ、やっぱ無理だよなぁ」

「自然に無理でしょうに。無駄な事を行わないでくれないかしら」


 屋根の上に立つ覚悟を決めた顔の十人を相手に。ニアスは笑いながら勧告を行い後ろではダラングと共に剣を抜いた三人の男が立っている。

 ニアスは無手。黒い軍服に手を突っ込み煙草を銜えて世を皮肉るように口角を吊り上げている。

 

「いいね。戦意は燃え盛ってるかい。燃やし甲斐があるねぇ」


 降伏してくれるのならば、殺しやすい。油断した相手を殺すのと油断していない相手を殺すのとでは労力が違う。

 出来るだけ楽な方を選ぼうとしたのだが。失敗に終わったものは仕方ないと諦める。


「我ら傭兵団を舐めているようならそれで構わん」


 前に立つ男が槍を構える。ここで勝ったとしても未来はないだろう。

 それを理解していながら、男とその部下たちは立っている。

 だからこその覚悟。


「南部では、実力は死によって知るべきと言う!」


 男の槍が閃く。瞬きするよりも早い穿ちの一撃を、ニアスは蹴る剣で軌道をずらし、それが開戦の合図。


「強引さは嫌いじゃねぇぜ」


 手を抜き、剣を抜き払い一歩飛び退く。同時に敵後方の五人が『炎槍』を放つ。

 避けきれぬそれを防ぐのは捻じ伏せる暴風。上位風術『破城嵐』の術式。風が強烈な壁となり灼熱の槍を上から圧砕。火の粉が散り一瞬だけ全員の視界が塞がれる。

 それを待っていたかのように後方の三人が動き、更にニアスが中位炎術『炎蛇』の術式を展開し自身の剣に纏わせる。


「ダラング、一気に殺すぞ」

「ええ。巻き込まれないようにね?」


 黒い軍服の上から羽織った白衣に手を入れながら事も無さげにダラングは術式を展開。瞬間百以上もの炎と風の槍が後方に作り出される。


「防壁!」

「応!」


 駆け出した三人の相手をする三人以外にも敵は居る。十対五という数は覆すのが難しい差だ。

 本来ならば。


「俺は無視か?」


 地を這うように走り切り上げの一撃を男は槍で弾き、炎の蛇が食らうために動く。だが槍はただの槍ではない。柄から刃に霜が降りる。槍の穂先を凍らせるほどの冷気を纏った槍は向かってきた炎の蛇すらも凍らせ、砕く。その間に障害はない。故に男はニアスの顔を貫くために力を込める。

 だが、その槍は突如横に現れた中位土術『土腕』によって掴まれた。


「むっ!?」

「何驚いてんだ殺すぞ」


 弾かれ、浮いた力を利用したニアスは勢いを殺さずに地面を蹴り上げ、男の顔に蹴りを入れる。更にその状態で身体を捻り剣で首を刈取ろうとするも、流石は部隊を率いるだけの実力。

 蹴られた衝撃を利用し強引に横へと飛び跳ね、無理やりに掴まれた槍を引き抜く。

 技量もさるものながら、男が驚いたのはそこではない。弾いた状態から攻撃を敢行可能な者は数多く居る。 だが、近距離で術式の展開を可能とする。そんな芸当は不可能だ。


「知らねぇのか? ハハ。だからその程度なんだよてめぇは」


 不可能を可能とする何か。近距離でも術式を展開可能とする物。そんな物質が存在するのならば噂に上らない方が不自然だ。


「まっ、そこそこの腕があんだ。死ななきゃわかんだろうさ」


 悪意を凝縮した笑顔を見据え、男は苦い顔で先を考える。

 生き残れる目はあるのか、と。






 血まみれ。赤い肌を覆う程のどす黒い血。路上には腕が、足が、上半身が、下半身が無造作に捨て置かれている惨劇地帯。

 周りに立つ暗部の男たちですらその中心に居る鬼族に恐怖の目を向ける。

 人はここまで無慈悲に、いや無邪気に人を破壊できるものかと。


「あははははははははは!! あはっ、あはははははは! 楽しいよね? 凄い楽しいよね? ねぇねぇ? そこの人もそう思うよね!」


 真に恐るべきは、その惨劇の対象となった四人がまだ生きてしまっている事か。


「ルカ。二つに千切るのは大変だからやめなさい。痛みで死んでしまったらどうするの」


 不満気に言うのは鬼族が破壊した残骸を癒す女。

 両腕を失った男の意識を奪い、血を止め。下半身を失った男の命も留める卓抜した治癒技能。

 いっそ殺した方がこの先幸せだろうに、女はそんな事は関係ないとでも言うように治療を止めない。


「でも痛くしてあげなきゃ可哀想だよぅ。あははは、ねぇねぇそこの人もそうしたいよね?」


 問われた傭兵団の男は鳴らしそうになる歯を食いしばる。

 僅か三秒。屋根から降り立った鬼族、ルカがこの惨劇を行うのに要した時間だ。

 目の前に居た男の両腕を強引に抜き、振り返った男の身体を蹴り千切り、佩いていた剣を抜き放ち強引に態勢の整っていない男の両足を力だけで切断し、そのままの勢いで剣を投げて遠くに立っていた男の両足を切り落とす。

 超絶の暴力。身体系術式による強化と言っても所詮は元の筋力を高める程度にしか働かない。

 ならばつまり、男の前に居る子供の腕力はどれ程か。


「……化け物が」


 竜種を思わせる力だ。恐るべき暴力だ。だがそれは所詮、技術ではなく単純な腕力。


「ハッ。四人やられても、こっちは六人、てめぇらは五人だ」


 味方に言い聞かせるために荒げた声に沈静系の精神系術式を込める。

 この合間。好機に攻めてこなかった敵を殺すために全員が剣を、槍を、拳を構える。


「あぁ。私は治療に従事するから攻撃はしない、六対四ね。嬉しいわ、これで無駄に人が死ななくて済んで」


 心から安堵の息を漏らし、リベイラは聖母の如き慈愛の笑みを浮かべた。

 それは本来怒りを掻き立てる言葉だ。沈静化されていたとしても傭兵の矜持を侮辱するものだ。

 そう、本来ならば。


「真実だろうな。だが俺らも目的があんだよ、死んでもやらなきゃいけねぇ事がなぁ!」


 周囲が乾燥する程の水が剣の周囲に渦巻き剣を横に構え、生き残っている部下の五人は恐怖に顔を歪ませながら隊長の背後に回る。

 生き残れるはずがない。ここで投降したとして、先はない。

 そして、そんな事はこの仕事を請けた時から全員が覚悟している。だからここで目的とすべきは少しでも時間を長引かせる事のみ、そう判断する。


「だって! ベイちゃんー、殺しちゃダメー?」

「駄目よ、隊長さんにも言われてるでしょう。でも――楽しめるなら楽しんでいいわ」


 抱きとめられたくなるような微笑で言われたルカは、怖気が走る程の無邪気さで頷く。

 八軍でも五指に入る強者、アイルカウ。傭兵団の男たちはその深淵を垣間見る事となる。

 




 

「皆は好戦的だ、もっと大人しくしようと思わないのかなムーディル」

「我に問うな眼球貫。それよりもこの術式は美しすぎる。十座が七座、術式展開の速度に関して随一と言われるのも納得するぞ。他の術式もここまで美しいのならば一秒の百分の一以下で展開される術式千種の伝説も真なのであろうな。更に素晴らしいのはここまで美しいと言うのに、どこに手を加えれば術式の構成が崩れるのか理解できぬという部分。簡略さを突き詰めながら難解さを加える式を実現するなど、世の学者が見たら泣いて喜ぶであろう」


 他の部隊が戦っている光景を眺めながらヒロムテルンがのんびりとする横でムーディルは黙々と術式の解析作業を行う。

 彼らとて遊んでいるわけではない。いや、ムーディルに関しては趣味だがヒロムテルンは深緑色の瞳で戦場を忙しなく視ている所だ。

 術眼血族の一つ。千里眼の緑目。その血族は直接的な破壊力を有していないが特殊な術式陣を血に刻んだ事により、通常の術式をほぼ使えないながら遥か彼方を視ることに特化した血族だ。

 その眼をもってして、見渡す。


「うん。隊長さんは当初の予定通り敵とぶつかってて、ニアスたちは囮と戦ってる。ルカたちは……相変わらずルカは凄いね。あの子と直接やりあったら僕も厳しいよ。ウィニス副将軍は、ああ。出会ったみたい。援護で二人先に殺したけど怒られないか心配だ」

「そうかそうか。空間系術式にこのような遊びを入れるとはな……。つまりここが人の指定か? だとすると……個別の術力波長を単語にまで省略するというのか……! いかにして見分けたかが鍵であるな」

「うん。さて、傭兵団の団長さんを見つけたから行こうか。ディル、あんまり遊んでいたら怒られるよ」

「そうであるな。ふむ……。ここが固体を識別し、ならばここは自動か。くっ、暗号化されておる上に二十七種の暗号でわけるとは。これこそが七座、これこそが生物の最高峰! その陛下に到達できぬ解体術式を作り出せれば、私は十座に及ぶのではあるまいか!」


 全く話にかみ合いが見られない二人を呆然とした顔で見ている暗部の三人。

 それは当然の反応だ。だがそれに何も言葉を作れないのは呆れているからではない。

 恐れているのだ。

 暗部の者ならば誰でも特務部隊がどれ程までに異常あるかを知っている。リーゼという男よりも詳しく知っている。


 鬼族アイルカウは全力を出せば五十人は同時に相手にし、勝利できるような存在だ。

 医術士リベイラはどのような状態からでも生き残らせてしまう悪夢が形となった女。

 短剣使いのイニーは説明するまでもない。

 術学者ダラングに声をかけられたのならば死ぬ直前にまで実験体として弄ばれる。

 特務の隊長を務めるハルゲンニアスの声に耳を貸せば反逆罪として死ぬ結末となる。


 そして。

 目の前に居る二人は、彼らに勝るとも劣らぬ異常。

 射手ヒロムテルンが眼帯を外している時に近づけば、いや感知されるような事があれば次の瞬間には両目は潰されて死ぬ。

 解体狂ムーディルに近づけば、生きていなければよかったという程の絶望を味わう羽目になる。

 彼らを知る者はイニー、ヒロムテルン、ムーディルとだけは同じ任務に就きたくないと声を震わせる。死ぬ危険ではない、いつ気が向いてどのように殺されるのかと言う恐怖と隣り合うからだ。


「さて。じゃあ行こう。ほらムーディル、君も行こう。どうやら傭兵団長は三格神具を持っているみたいだ。それに傭兵団の団長だから術式も独特なものがあると思うよ? 陛下の術式の方が珍しいのはわかるけどね。早くしないと僕も実力行使は吝かじゃない」


 ヒロムテルンの声が僅かに低くなり険が混ざる。

 徐々に険悪な雰囲気になる二人に三人は声も出せない。

 そうだから、ふらりと立ち上がり血走った眼をするムーディルを止める事も出来ない。


「ほう。実力行使か……。良かろう。そのついでに奴らも殺しつくしてやろう」


 片手に持つ杖を一度打ち鳴らすと同時、周囲に、いや『隔離』の範囲全てに何かが広がるような感覚。

 想起されるのは雪国。極寒の大地。


「へぇ。久しぶりだね君の術式。やりあうのかい? 内乱以来だ、今度こそ決着つける?」


 口の端を吊り上げ、酷薄とした笑みを浮かべれば周囲に炎、水、氷、風、土。

 五系統の弾が浮かび上がる。

 近接ではムーディルは圧倒的に不利。そも狐族は運動能力に優れている。王都内では飛行高度が制限されては居るが飛べるとは言ってもヒロムテルンの範囲では誤差の範囲だ。

 だが、不利をものともせずに渡り合えてこそ高位の後衛型術士。


「我が『 墓標の天幕(リョスカ )』はすでに展開し終えている。この中で我に抗う事の無謀さを知るか小僧」

「同じ部隊の誼だ、君の墓標は隊長さんに頼んで丁寧に作ってもらうとするよ」


 暗部の三人は張り詰める殺気に我先にと逃げ出している。

 いや、本来の作戦を遂行するために走り出しているだけだ。と言うのは言い訳だろうか。

 空から雪が一つ降り始め、それが戦いの合図となった。


竜種 …… 総じて狂獣と呼ばれることもある。知能のないドラゴン。話す事が出来るのは龍種と呼ばれ区別されている。どっちも滅多に見ない。


墓標の天幕 …… ムーディルが独自に作った上位相当の氷術式。読みは何故か帝国語。リョスカは帝国語で『失った者を悼むという』意味の『嘆き』である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ