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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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第一幕   招かれた者、招く者 ①

 四大国が一つカルネスセルト王国の首都セルトスは広大だ。

 歩いて外周を回るのならば三日ほどを覚悟しなければならない、と言えばその大きさが漠然と理解できるだろう。


 無論、実際には丸一日も歩き続ければ一周する事ぐらいはわけもない。大通りなどの軍の行軍が行なえる広さの道を歩いていれば迷うことはないからだ。しかし一歩道を外れて裏道へと行くとまるで迷路のような道が広がっている。


 その迷路の一角、中央大通りに近い場所に一つの雑貨屋があった。店の中を覗けば多種多様な品物が所狭しと並べられている。


「あの、まだ開いているでしょうか?」


 空が赤い色に染まり二つの月が顔を出し始める時間に一人の少女が来店する。


 雪のような白い肌に白銀のように髪。青い眼は宝石のように透き通っている。まるで美というものを一転に詰め込んだ十代半ばに見える人族(ヒュース)の少女だ。よく通る声は人に言葉を聞かせる事を学んでいるようにも聞こえる。

 対応するのは椅子に座っている二十台前半に見える店主の青年。


「何をお探しでしょうか? ……見た所、武具の類だと思うのですが」


 王国民では一般的な金色の髪に、深い色をした青い瞳。声は人を落ち着かせるような響きと速さで少女へと問いかける。


 買う物を迷うのではなく、どれを買うかを迷う素振り。自分の物を買うつもりならば、わざわざここまで迷うことはない、ならば送り物を買うのだろうと推測して。


「えっと……。知り合いが結婚するので何かを贈りたいなと思いまして。剣を振るう人なのですけど、何か良い物はありませんか?」


 不安そうに言いよどむ姿を見て、更に身なりから裕福な家柄なのだと判断した店主は棚の上から高級そうな箱を取り出した。


「職人、ディゼルタ・グランガースの初期策です。材質は白銀、そして形状は王国の象徴である『龍を貫く剣』です。あの職人の初期作は成功を意味しているので前途をお祝いするのならばこれなどいかがでしょうか?」

「……おいくら、ですか?」

「金貨三十枚、と言いたいところですがお客様の可憐さに負けてしまったので金貨二十五枚で如何でしょう? それと同じ価値の物があるのならばそれと交換でも構いませんが」


 一般の民ならば四年程度は遊んで暮らせる金額だ。少女は少しだけ迷う素振りを見せて腰から一振りの短剣を取り出し、番台の上に置いた。


「えっと。術式を無効化することが出来る短剣です。相手が術式を使うのに合わせないといけませんけれど……」


 芸術とは無縁の無骨な短剣を手に取り店主はそれを仰ぎ見る。


「使用方法は他の陣が刻まれている物と同じですか?」

「はい。術式陣(ユディジヴハ)に力を入れればそれで、ええと理論は術式の根幹部分を阻害するという物です」


 頷きながら店主は片手に種火を展開するために術式を紡ぐ。それと同時に短剣へ術力を込めてみれば、見事なまでに術式は展開されず術力だけが消費される。

 陣は術式とは違い、頭の中で組み上げる必要はない。理論が物質に刻まれているためそれに力を流せばそれだけで発動する物だ。誰でも扱えるため破壊力のある術式が刻まれた陣は高価となる。


「ふむ。こうなるとそれだけでは釣りあいが取れません。中位氷術(ジクウフス)が刻まれた短剣をお付けしましょう」


 華のように可憐な微笑みを浮かべる少女を見て青年もまた綻んだ顔を見せる。

 どのような人物であれ綺麗な女の子が浮かべる姿は自然に柔らかい笑みにさせる。


「そういえばよくこんな店を見つけられましたね? 誰かに紹介されたのでしょうか。もしそうならば、貴女のような可憐な方に巡り合わせて貰えた礼をしたいのですが」

「はい、ユーファさんです。ユーファ・ネルカネルアという。お知り合い、ですよね?」

「……ええ、勿論。昔の知り合いです。会う機会も少ないと思うので、お礼を言って頂けますか?」


 少女は「はい」と嬉しそうな笑みを浮かべて一礼し、弾むような足取りで店の外へと出て行った。後姿が完全に見えなくなったのを確認した店主は椅子へと座り、大きく息を吐く。


「まさかこんな所でアイツの名前を聞くとは、心臓に悪い。なんだ、何かあるのか?」


 機嫌が悪い、というよりは困惑の表情を浮かべる。不意に外へと視線を向ければすでに路地裏は暗さが目立つようになっていた。夕暮れも届かないことに僅かな寂しさを感じ、店を閉めて酒でも呑みにいこうと立ち上がった所で扉の前に大柄の影が見える。


「邪魔するぞリーゼ。ふむ、儲かってはおらぬようだが顔色は悪くないな。食うに困るような状況ではないか。良い事だ」


 野太い声が店内に響いた。相手に理解させるようなややのんびりとした声だ。


「……久しぶりついでに、久しぶりな奴が来るのか。今日は厄日か何かか……? ったく。美少女の後には来て欲しい人じゃないな、アインスベ・グレンダルト元第一軍中隊指揮官殿。今は親衛隊長でしたかね」


 店の中に入ってきたのは鬼族(オルガ)に勝るとも劣らない大柄な人族の男だ。

 歩んできた人生の苛烈さを思わせる傷跡と、柔和な印象を受ける柔らかい皺。過去に鮮烈だった赤髪には白の色が混じり始めている。


 羽織る外套には第二軍所属を示す茶色。そして外套の下に見えるのは金属鎧。胸には二軍所属である事を示す『交差する一対の斧』が刻印されていた。


「ほう。よく知っていたな。だが敬語はよしてくれ、私とお前は共に戦場を駆けた仲間ではないか。昔のようにしてくれ」

「気色が悪いなその言い分は。なんだ、嫁さんが死んで男を囲うようにでもなったのか?」


 店内に入り、扉を閉め更に鍵までかける大柄な男、アインスベに眉根を寄せる。わざわざ鍵まで閉めるなどただの世間話をしい来たのではないのだろう。


「まさか。今も昔も、私は女性を愛するよ。妻については、今も愛している。例え死していようがこの愛に曇りはない」


 苦笑を浮かべたアインスベはゆっくりと店主、リーゼ・アランダムへと近づき纏う外套の内から一枚の手紙を取り出し、番台の上に置いた。

 どのような物かは中身を読まずともわかる。王国の印が刻印された蝋で封がされているのだから。


「読んだ時点で後戻りが出来ないなんて三文小説の導入でもやらないが?」

「私が好むディオール・マクレイアを非難しないで貰えるか? だがそこまで強引ではない。言ってはなんだが、お前にそこまで掛ける価値はあると思うか?」

「全くもってその通りだ。なら安心して読める。信頼できるかは別だがな」


 封を丁寧に破き、紙を静かに広げる。読み進める内に苦々しさを浮かべていた顔から表情が抜け落ち、額に青筋が浮かび上がった。


「……戦争でも起こすつもりか、アインスベ。退役した俺を今更呼び戻すなんてな。兵が足りないではなく将が足りないというのはそういう事としか思えないが?」


 視線がぶつかる。先ほどのまでの店主としての顔ではない。今のリーゼが浮かべるのはかつての将としての顔だ。

 第一軍中隊指揮官『墓碑職人』リーゼ・アランダム。戦術と戦略の申し子と賞賛されていた彼が内乱中に浮かべていた顔に他ならない。


「カマをかけるにしてももう少し上手い言い方があるであろう。商人でもあるのだからそんな可能性がない事に気づいているはずだが? それとも、頭の冴えは鈍ったか?」


 苦笑し視線を逸らすアインスベの顔に嘘はない。実際、リーゼの知る限りでは戦争を起こす前にある大規模な物質の動きはなかった。ならば他の理由があるのだが。


「だが確かに、八軍の新設など平時では考えられぬな。とは言えお主も知っているだろう、陛下が内乱中に作った大規模な親衛隊を。それが解散し、それを新しく軍の新設に使うためになったのだ。そのため指揮官が少ないらしいのでな」

「へぇ。そりゃ愉快で笑いが出そうだ。俺の知る限りじゃ兵士は畑で取れるもんじゃないんだが。対外的な理由はそれでもいい。実際の理由はなんだ?」


 八軍を設立するために内乱時から兵を集めていた、という裏の意味を理解し更にその先へと問いかけを発する。

 内乱が終わって未だ六年。王に対する絶対的な信頼が揺らぐ現状で、更に軍を新設するとなれば様々な不安や憶測が民の心に浮かび上がる。

 飛躍した考えが許されるのならば、八軍を新設するためにあの内乱を引き起こしたのではないかと言うことまで。


「――わからん」

「おい」

「いや、これに関しては私も詳しく知らないのだ。各将軍や副将軍でなければ知ることの出来ぬ権限でな。だが……私は陛下を信じておるよ」

「妻が死ぬ事になってもか。素晴らしい忠誠心だ。王国軍の鑑だね」


 思う事があるのかリーゼは自嘲気味な声を漏らす。言われた当のアインスベは何も言わず眉を寄せて、頭を下げた。


「受けてくれぬか。軍に戻れば遅からず栄光がある。全ての悪意は私が塞き止める。この通りだ」


 頭を下げる旧友の姿に思う所がないわけではない。それでもリーゼは苦い顔で首を横に振る。


「やめてくれ。俺はもう、あそこには戻らない。そもそも俺にはそこまでの才能はないよ。軍の喧伝で有名にこそなったが英雄の名は重過ぎる。ちょっとばかり頭が回るだけの凡才なんだよ俺は」

「確かにお前に武の才はない。だが指揮官としてお前以上の才能は居ないと断言できる」

「俺を信頼してくれた部下の力に過ぎないさ。だから……帰れ。お前の誘いには悪いが乗れないんだ」


 なおも言い募ろうとするアインスベに手紙を付き返すとリーゼは困ったような顔をして笑みを見せる。


「わかってくれ」

「……それは、ユーファとの事が関係しているのか?」


 先ほども聞いた名は甘い痛みを思い返させる。拒絶と拒否を交わした日のことを。

 それは思い出すのも苦痛の行い。ユーファ・ネルカネルラ。リーゼが愛した唯一の女。

 そして、裏切ってしまった相手の名。


「俺とアイツは音楽性の違いで決別しただけだって言っただろ。それよりもう夜も遅いぞ。最近じゃ近隣で毒竜が出たとも聞くからな。竜の毒なんか浴びたら助からないだろ?」

「そんな話を聞いてはいないが。……そうだな。では戻るとしよう。しばらくは待つ。気が変わるようならば言ってくれ。お前が戻ることを信じておるよ」


 落胆の溜息を吐き、アインスベは最後に一度だけ振り返って何かを言いよどみ、しかし何も言わずに店から出て行く。

 後姿が見えなくなるまで見送り、術式を展開し気配が離れるのを待ってからリーゼは再度息を吐いた。


「なんだっていうんだ今日は。あー、今日は酒を呑んで寝よう。呑んでなきゃ眠れもしない」


 頭をかきながら立ち上がりながら店内にある全ての蝋燭に火を灯して扉を閉める。

 しばらく台帳に向き合っていたものの気が乗らないのか立ち上がると巾着に貨幣が入っているのを確認して立ち上がる。


 店の外に出れば双月である赤い月と灰の月が三日月を形作っているのを見る事が出来る。すでに時刻は夜だ。下手な者は夜間に出かけることなく自宅で眠っているか子作りに励んでいることだろう。


「今日は開いてるかねっと」


 季節が季節なのでそれほど冷たくない風を浴びながら足を向けるのはリーゼが贔屓にしている店だ。場所は中央から西にある歓楽街と中央にある商店街の真ん中。どちらとも言えない場所に建てられた店となる。


「案外、人とすれ違うな。どこかの傭兵が帰ってきたのかね」


 裏路地を歩けば身なりの汚い浮浪者や金を盗もうとする子供などとすれ違うこともある。だが今夜は何故か戦場帰りと言った風体の者が多かった。

 姿を見るに傭兵、それも王都に慣れていない者だ。見分けは簡単につく。


 子供の頃から王都に慣れ親しんでいないのならば裏路地を簡単には抜け出せないのだから。ここがどこだかわからない傭兵らに道を示しながら進めば、リーゼの目に小さな店の入り口が入る。


「今日は、やってるか。どうもこんばんは」


 扉を開けて中へと入れば来客を告げるカウベルの音が響く。

 椅子はカウンター席に七つ。店主は中におりその上部から光術(ミジヒウ)による薄い光が点けられている。


「おや。お久しぶりですねリーゼ様。半月ぶりでしょうか」


 銀で作られた杯を拭う老年の男性が柔らかい笑みでリーゼを出迎えた。黒を基調とした執事のような格好をした猫族(キャス)の男。清潔な身なりと笑顔は礼儀正しさと人の良さを感じさせた。


「そのぐらいですね。とりあえず、そうですね。度数の高くて呑みやすいものを一つ。少し酔いたい気分なんです」

「そういった台詞は意中の相手へ零すものですよ。女性に限りますがね」

「生憎とそう言った相手も出会いすらないもので。野郎ぐらいですよ俺に集まるのは」


 リーゼがそう苦笑すると同時に扉が勢い良く開かれた。

 常連ならばこんな乱雑に入るはずがない、そのため面倒な客が来たのかと思い振り向けば、そこには大柄な、アインスベよりも巨大な男が居た。


「良さそうな店があんじゃねぇか。商売する気が欠片も見えねぇが」


 太く豪快な野太い笑い声を上げて入ってきたのは鬼族でも滅多に見れない大柄な男だ。歳の頃はおそらく三十代半ば。目つきは悪く、視線で人が殺せるのならば大量虐殺を実現できているだろう。

 赤い肌に一本の太い角。上半身には革鎧を着込み腰には鉈のような剣を刷いている。纏う雰囲気は戦場慣れした者が持つ特徴的なものだ。


 こうなれば先ほど見た傭兵と同じ仲間だと言うことに思い至るのは当然と言えた。だが、リーゼはそれで傭兵だと判断したのではなく。


「馬鹿みたいに下品な笑い声だな。もう少し品を身につけろよ。あと汗ぐらい流してから酒呑みに来いっての」

「アァ? んだこら。いきなり喧嘩売ってくるたぁどこの調子もんだ?」


 低い声を上げて鬼族の男が腰にある鉈剣に手を掛ける。それにリーゼは呆れ顔を浮かべ、片手を上げて応えた。


「お前の元隊長様だよ、馬鹿ベルグ」


 図らずも、そして謀ったようにリーゼはまた懐かしい顔との再会をする事になった。

少女 …… 可愛いは正義です。


人族 …… 自然操作系という術式の種類に適正がある奴が多い。


貨幣 …… 白貨、金貨、鉄貨、銅貨、石貨がある。鉄貨四枚が大人一人の一月の給料。


術式陣 … 電力を自前でやる家電製品みたいなもん。めっちゃ高い。

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