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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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      狂宴 ②

「まさか墓碑職人とやれるとは。ならば私も彼女たちを……」

「いやいや。俺にはそういうの居ないでいいです」


 声を弾ませる彼女へと溜息と共に突っ込む。新兵を使って副将軍子飼いの部隊と模擬戦をするのは単なる苛めだろう、俺にも新兵たちにも。

 冗談抜きで三十秒持つ気がしない。


「準備は宜しいですか、リーゼ様」

「ええ。問題ありませんよ」


 緊張する新兵たちを見やる。程よい力の入れ方は必要だが、こいつらはダメだな。固すぎる。トレクナル将軍の指揮下で戦える向こうの方が士気は高いし、始まる前から負けてるそうだな。

 本当なら死の直前あたりを経験させたいところなんだが。直属の部下にもならない奴らだ、気にしないでいいだろう。

 溜息を吐きながら定位置に着く。距離百ロート、幅四十ロートの長方形。土を隆起させて作った低い壁から出た時点で死亡扱い。今回は正面からの激突になるので気にすることではないが。


「よし。じゃあやるか。勝ったらアインスベに酒でも奢って貰え」


 三十人の内、前に出るのは十五人。十人を最後列に配置し、五人はその後ろから槍で援護。前衛は完全に新人だけで構成。

 五人は中衛距離から術式の展開。ここには傭兵上がりを二人、新兵を三人。

 そして残り十人は五人ずつ中衛の後ろ、左右に配置。ここには右に傭兵上がり五人と左に新兵五人を配置。


 対して向こうは前衛六人を二列。中衛に四人を固めて十人を五人に分けて後衛左右に配置。堅実な陣だ。

 やろうと思えば前衛に穴を開けた後に穴を広げる事も可能。前に厚みを持たせたこちらに対して錐のように攻めるのが狙いなのだろう。こちらの包囲に対しても逆包囲を仕掛ける事も可能になる。


「合図は覚えたなシロクラク、ベルリフォース、リッペルカ。最初は広がれ。抜けにかかったら中衛は反撃。合図で中衛が出ろ。後衛は俺の命令があるまで待機」


 適当に見繕った三人に指示を下す。こちらを軽視していると視線が物語っているが、俺と同じぐらいの年齢だろうし、これは仕方がないだろう。

 軍から逃げた元英雄だ、別に部下になるわけじゃないから構わないが。

 八軍に居るとそういう視線がないから逆に新鮮に思えて楽しくなるね。


「上官の命令なら、従います」

「墓碑職人さんの命令ですから、ね」

「了解致しました」


 不満そうだ、いいね。内乱前を思い出すような反発ぶりで楽しくなってくる。


「いいか? それでは開始する」


 審判役のアインスベが声を挙げる事によって、模擬戦が始まった。周囲に集まる人間の視線が煩わしいが、仕方ないか。俺と副将軍の模擬戦を見て得るものがあれば王国のためになるだろう。


「前衛前進!」


 相手の声が聞こえる。動くのは相手の前衛隊。中衛は術式を展開しこちらに放っている。こちらの中衛隊は炎術の壁を張り相手の術式を防御。

 相手の後衛は、左右に広がりながら進んでいく。

 包囲を優先か。それで複数人で旗を取るのが目的だろう。


 更に向こうは前衛が一丸となって突き進む。こっちはそれを防ぐ。こっちの広がりに対して向こうは塊。更に後衛からも進んでくる。

 悪くない采配だ。とは言え、向こうの動きはぎこちない。こちらが包囲できないのも同じ理由だ。錬度の悪さ。一人が声を上げているが、あれじゃ無理だ。回り込めって言葉にしてもどういう風に回り込むのかがわかってないみたいだし。

 とは言えこれも一つの試練。俺が全部動かしてもいいが、それだとこいつらのためにならない。最初だからこそ厳しく扱うのが礼儀だろう。


「リッペルカ、穴」


 敵の後衛が中ほどまで到達したのを見て声を上げる。同時、彼らが進んでいた地面が緩み足を取られる。

 前が足をつんのめさせ、後ろを走っていた奴が前の男にあたり転ぶ。

 身体系術式、使っているんだろうか。……慣れてなさそうだなぁ。だとすると向こうの後衛は、こうなることを見越して新兵を多く含んだ配置か。

 後衛に術式に慣れた者を入れておいたのが裏目に出たかね。防御の中衛に慣れた奴を入れておくべきだったか。


「シロクラク! 人! ベルリフォース防げ!」


 向こうからも術式が飛んでくるが防ぐのは中衛の役割。まぁ、それでも漏れは出てくるので前衛に着弾。一人脱落、と。ただ術式の構成は甘いから死にはしないな。痛いだけだろう。

 一人脱落によって動揺が広がり、向こうは一気に突き抜けにかかる。向こうの前衛に動きのいいのが多すぎる。傭兵上がりを前衛に入れてるなこりゃ。


「右は獣、左は猫!」


 人は包囲を示し、獣は相手の陣地への突撃、猫は交戦している前衛への横殴り。開始前に決めた合図だがどうにか機能してくれている。

 傭兵上がりの五人は前衛たちの交戦を抜けて、もたついている右翼を蹴散らす。早いな。これで敵は五人脱落、と。こっちも一人脱落したのは仕方がない、新人にもいい動きするの居るな。


 相手は術式を展開していた四人が突撃する四人と激突。あ、猫が退治された。

 これで負けるか。いや、流石五軍は女性だけで集めた軍だけはある。

 女ながらに軍へ志願したんだ、色仕掛けだってやるか。初心な男性四人は敵さんにそれで体勢崩されて敗北、と。リッペルカは女だけど一人じゃ無理だ。

 それで勢いを増した向こうは、更に突き進む。こっちの放つ術式を防ぐ奴まで居る。前衛の傭兵上がりは咄嗟の判断がいいな。先を読めないのが傭兵を辞めた理由かね。


 ただ全員が防げるわけじゃないので更に三人脱落。今のところ、こっちは七人。相手は八人。どうにか互角って所か。

 向こうの中衛四人もいい動きするな。……訂正だ。動きが良すぎる。

 戦場慣れしている動きじゃない。だが訓練の成果が出すぎている。とくれば、あれは才能のある人間だ。秀才か、天才と呼ばれる人材だ。模擬戦ぐらいなら一人の天才は勝敗を分ける。

 これは負けだな。初手で受身に回ったのが敗因。とは言え、やるだけの処置は行うか。


「前衛は下がれ、中衛は前に」


 言葉に前衛が戸惑う。今小部隊を指揮している奴ではなく、全体指揮を取っている俺からの命令だ。戸惑うのは当然だろう。最初から一本化しておけという話だな。

 とは言え、それでいい。目的は経験を積ませることだ。


「前右翼突出。前左翼横殴り。中衛は後ろへ回り込め」


 向こうにも声が聞こえたようで警戒する。副将軍の声が聞こえないが術式を使っているんだろう。俺が使わないのは無駄な消費を避けるためだって言うのに。そもそも元から少ないのが悪いか。


「中、全力で進軍」


 わけのわからない命令に戸惑いながら動く彼ら。向こうは十四人戦闘不能。そしてこっちは、これで十五人が今戦闘不能になった。


「終わりだ。攻撃停止しろ」


 声に気づいたアインスベが慌てて停止の号令を上げる。

 俺に投げられるのは見下すような視線と蔑むような視線。生憎喜ぶ趣味はないけど、ルカだったら視線でも喜ぶんだろうか?

 端から見て、いや俺が見る限りでも今回の模擬戦は始終トレクナルの優勢だ。

 途中で土術による罠を仕掛けさせたのは評価の上がることだろうが、それだけじゃね。

 後に攻めた部隊は足止めを食らい、前衛の援護をした部隊は即座に壊滅。

 精々褒められるのは持ちこたえた事だけだろうね。


「流石ですね、リーゼ・アランダム様。偶然ではないのでしょう?」

「何を言っていますか。勝敗は明らか。私の敗北ですよ」


 飄々とした顔で手を振った。……持ち上げられる事ほど、気持ち悪いことはないんだが。


「いえ。墓碑職人の腕前、確かに。今のはアインスベがよく使う戦法の一つではありませんか」


 ……まぁ、そりゃ気づくか。

 アインスベがよく使う戦法の一つ。呼ばれる名は海流陣急流。

 守ると思えば攻める。それを行おうとしたが借り物の陣で、動きを知らない新兵。

 本人でなければ完全には動かす事は出来ないだろうし、新兵たちには荷が重い陣だ。

 これを行うならばある程度の戦いを経た者でなければ実践は出来ないだろう。

 言い訳に過ぎないけれど。


「指揮の腕は若干鈍っているようだが、訓練で取り戻すしかあるまいな」


 近づき、耳打ちをするアインスベに誤魔化すための苦笑いを返す。

 内乱時に戦場を駆けただけはある。あれで気づくか。

 俺が独自の戦法を取らなかったのは、錆びているんじゃなくて、訓練が足りてないからだが。

 どっちにしろ今回は負けていただろう。


 一介の将としての才能としてはアインスベやトレクナルの方が上だろう。俺には何かを創造する才能もないし、人を率いる魅力もない。

 出来るのは既存のものを利用する事。大抵の事ならばそれで対処可能だから上手く繕っているだけだ。

 証拠に狂人部隊に対して手探りで接触しているのが証拠だろうね。だから、俺を下に見る周囲の視線は正しい。その正しさを否定して自分を大きく見せないといけないのが上官なのだが。


「暇つぶしに駒遊びでもして勘を取り戻すさ」


 副将軍相手に多少はやれたなら後数回ぐらい同じ事をやれば元に戻るだろう。

 それでも模擬戦では同じ条件なら勝てる気はしない。戦場ならば五分五分と言う所か。


「シロクラクは部隊長としちゃやれる。ベルリフォースは中隊長までなら見込みはある。リッペルカはそこらの補佐官としての才能があるぞ。どうせだからアイツらをそういう役割で訓練させておけ」

「ふむ。……腕は鈍っても目は曇っていないか」

「訓練をさせる、という事を失念していました。まだまだ私も視野が狭い」


 伝える事を伝えたので戻ろうと振り向くとトレクナルがいつの間にか立っている。模擬戦で勝利した割に顔色は明るくはない。

 いや、当然だろう。一介の将として、手加減をされた。という事になってしまうのだから。


「矜持が折れるのを嫌った男の無様な遠吠えですよ。それに、万全でない私を破ったからといって満足する貴方でもないでしょう?」


 一歩間違えれば挑発と取られてもおかしくはない言葉。それに対し、トレクナルは挑戦者の笑みを浮かべる。

 これが本質なのだろう。幾ら上を目指そうとも、更に上を睨み続ける性質。天才である以上に努力を忘れない。指揮官として以上に剣士として高みに上る日も遠くはないだろうな。


「無論。全力の貴方と、叶うならば外での模擬戦を行える事を楽しみにしております」

「その時は互いに悔いのないように行いましょう」


 頭を下げて、背を向ける。

 嫌な約束をしてしまったもんだ。その約束は叶えられるものなら叶えたいものだがね。

 さて、勘は半ば取り戻した。心もその方向に整えた。図らずもいい結果を得られたのは行幸だ。

 考えてみれば敵味方合わせて百人に満たない程度の戦い。潜った修羅場を考えれば楽すぎる。

 小さく笑みを浮かべながらリーゼは笑う。これから起きる戦い。それで何人を生還させる事が出来るか。

 遊びの範疇だ。だからこそ、全力で思考する。遊びには全力で当たるのが礼儀なのだから。

 そして。夜の幕は開かれる。


五軍 …… 女性だけの軍。美人がそこそこ居る。


新兵 …… 命令に従うことに慣れていない。訓練はまず上官の命令にイエスかはいで答えることから始まる。

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