幕間 月下の語らい
恐らくだがと前置きしてリーゼは思考する。
傭兵団が何かを企むというのは滑稽だ。百に満たない人数で事を起こした所で数十人が死ぬぐらいで終わるだろう。
何かを起こす以前に、全体の動きが悟られていることを見れば。おそらく彼らを何者かが利用していることになる。
加えて暗殺者の存在。八軍の情報を得ると見ていたものの手口が余りにも杜撰。
わざわざリーゼを捕らえようとするよりかはそこらの噂話でも手に入れた方がまだ役に立つ。
重要なのは、誰でもここまで辿り着く事が出来るということだ。
暗殺者と傭兵団。この二つにある裏は繋がっていると見るのが自然か。
気づくことこそが罠である可能性。
そしてこれを仕掛けられる人物は、動機や理由の予測が付く中で十人程度。
「いや。答えは出てるからいいか。どうせ後は穴埋めだ」
「死体でも埋めるの? 私を巻き込まないでね」
声に振り向くと、そこには当然のようにユーファが月光を纏い立っていた。
全く、俺のようなクズを何度惚れさせる気だ。なんて内心で毒づいて空を仰ぎ見る。
これからの話は楽しい事じゃない。だからあまり顔を見て話したくないな。
「埋めるか燃やすかはわからないけどな。ただ王国の民なら大抵は火葬じゃないか」
「帝国は獣葬だったっけ? 覚えてないけど。それで何の用? 私はこれでも忙しいんだけど」
今日もまた書類仕事なのだろう。大隊の隊長であると同時に、他の仕事まで兼任するとなれば一日中缶だって不思議ではない。
朝のように兵士の姿が見えないからか口調は大分砕けている。
ユーファの顔は見えないけど、こいつはきっと、獲物を狙うような笑みが浮かんでいるだろうな。
狙うのは俺か、それとも。
「内乱の時、何で戦うのかって話をしたよな。アインスベは家族を守るために。俺は部下を生還させるために。お前は、この国を守るために。だったか」
それはどうしようもない過去の話だ。
結局の所、アインスベは妻も子も死んで俺の部下たちも死んだ。
あの時に口に出した言葉を守れているのはユーファだけだ。
「さて、ね。昔の事だから余り覚えてないわ。それで用件は?」
苛ついては居ない。むしろ冷静だ。
私は自分の状態を判断する。声は確かに硬質的だがこれはリーゼ相手には常の事。
昔のリーゼ相手には。
一昨日の時は錆びた剣のような存在感。昨日会った時には錆が落ちかけている状態。
そして、今日。昨日会ってからまだ一日も経って居ないと言うのにこの男はすでにかつての刀身を取り戻している。
個人的な好みを言えば一昨日の方が一人の人間として好ましい。
リーゼという点を加えてしまえばその好ましいは一瞬で憎悪に転じるけれど。
同時に、やはり捨てきれない想いがあるのも否定はしない。
「副将軍に上り詰めるまで後何年ぐらいかかる?」
問いかけに対する計算はすぐに終わった。この質問の意図もまた、同じようにすぐわかる。
「順当に考えれば十年かしら。トレクナル副将軍に子供が産まれるならすぐね。けど異なる種族同士だもの、どれだけ頑張っても難しいと思うわ」
「生生しいなぁそれは……。想像したくない」
心底嫌そうな顔をしているのだと想像が付く。私だってそんなものは想像したくない。
友人と上官がベッドの上で何か囁きあっているのかを知りたい人なんて数少ないでしょうね。
「独り言を今から話す。……お前が俺を許すはずがないのはわかってる、当然だからな」
「ええ。……理解はしても酷い作戦だったわ。逆転の一手を打つ代償と考えれば安いけどね。――だからこそ貴方には職人の二つ名が付けられたんだもの」
通り名として付けられる職人の意味は無慈悲。
無慈悲な墓碑彫り人。あの作戦を行う事がなければリーゼはきっともう少し別の名が貰えた事だろう。
けれどアレを行えるような人だからリーゼはリーゼなのでしょうね。
「これは独り言だって……まぁいい。五軍との繋がりの維持。貸し一つ。トレクナル副将軍についての情報」
成程。と頷く。同時にリーゼの纏う雰囲気が冷たいものに変質していく。
彼は性質の悪い神具のようなものだ。それも格別の。
世に悪名高い持ち主を破滅させる希剣ティルヴィス。主人と敵対者を殺す双贄求めるダルガンスレイ。それらと同質の悪。
目的のためならば誰を潰すのも、何を犠牲にするのも躊躇しない。
何より害悪なのは性質に無自覚な所。だから、私は彼に惹かれたのでしょうけれど。
あの人に、私の将軍に会って居なかったら過去の全てを許してしまったと思う。
「得意術式は水術と氷術。剣の腕は私以下。ただ術式との併用が厄介で彼女が編み出した高位水術『空の水面』は空間系術式を組み込んだ術式。展開されている状況だと周囲の水を自動で補給して水針を自動で放つ。術力が供給され続ける限りは展開し続ける攻防一体ね。武器は特注三格神具『炎の夢』で、判明している効果は身体強化と中位炎術『炎蛇』の展開」
水を集め乾いた周囲はよく燃える。その二つを常に展開し続けられては近づくのが困難。更に、本人の剣技は一流。
対人戦に限って言えば五軍の中では確かに聖将軍に次ぐ二位。と言っても私も負ける気はないけれど。
「彼女を守っている五人も中々の腕前よ。ただ、予想していない事態に多少打たれ弱いかな。大抵の事は予想するけど貴方ほどじゃないでしょうしね。奥の手の一つぐらいはあるでしょうけど」
術士である以上、人に見せたことのない必殺の一撃を持たない術士など居ない。それを肝心な場面で使えるかは別として。
「ああ、あと彼女も内乱で夫を亡くしているわ。アインスベからは彼女から近づいたって話よ」
必要かわからないけれどもう一つ。まぁ、そこが少し怪しいからこうして情報を渡しているわけだけど。
「……成程。わかった」
立ち上がるのを見てから背を向ける。
彼がどんな部隊に所属しているかはわかっている。内乱時に比べてこっちも情報を得る子飼いの人間は何人か居るし、そもそも彼らとの面識もある。
それらから渡された情報を選別すればどういう事態に居るかは見えてくる。
裏に居るのが誰かまではわからないけど。この程度の情報でわかるならそれは目の前に居る奴のように頭の螺子が飛んでいる奴か、裏に居る本人だけだ。
「それじゃあ。今日は楽しかったわ」
全くそんな事はないけど。
「ああ。俺もだ」
本当か嘘かわからない言葉に内心でだけ苦笑を返して別れる。次に会うのはきっと互いの立場が違っているはずだ。
子供 …… 同じ種族以外で子供が産まれる確率はとても低い。変化系術式で片方の種族になる方法があるが、一度完全に変化すると戻れないため行なわない者が多い。
今日は楽しかった …… 社交辞令かそうでないかは去り際の表情を見ればわかる。




