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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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      狩りの支度 ⑤

 道中、基本的にはベルグが会話の先端を切り、リーゼが突っ込みをいれ、ルカが疑問を投げかける。

 ベルグがそれに答え、リーゼが更に突っ込みと言った会話をしながら三人は中央通りを西に抜け、歓楽街の方へと歩く。

 朝方、というより昼では夜のような騒がしさは鳴りを潜め、一転して陰鬱とした空気が漂う路地だ。

 道にはゴミが投げ捨てられ、また薬を打っているような男女が倒れていた。


 そんな歓楽街にある宿屋は古臭く、一目でこんな所には泊まりたくないと思える。

 警備などは信用できないはずだ。店の中に入りリーゼはその考えを肯定する。

 店主はリーゼたちの顔をちらりと見るだけで何も言わず、帳簿を眺めるのみ。

 おおかたこの宿屋は訳ありの者がご用達と言ったところだろう。


「……お前、こういう所好きだよな」

「何かありそうだろ?」


 大方喧嘩の臭いでもするという所だろう。厄介事に好んで顔を出しては荒らして去る。

 とてつもなく迷惑な男だ。更に面倒なのが後始末の一切をしない事か。正義感でないのが性質の悪い行為なのだが、リーゼが言った所でもどうにもならないだろう。


「まぁいいけどな。……お前少しぐらい片付けろよ。というか槍とか持ってるのはここが原因だろ」


 貴重品を奪われることを警戒してだろうが、それならきちんとした宿屋に泊まればいい。

 そうしないのは、ただ喧嘩を求めるからか。


「おう。んでお前何飲むよ。そこのガキも呑むか?」

「んー、私はいいやー」

「果実酒あるか? いやあってくれ」


 床に落ちていた杯を水術で軽く洗い机の上に三つ置く。杯は木製で中々悪くないものだ。

 元商人であるリーゼから見ても芸術とまではいかないがそれなりの値段になるだろう。


「これどうしたんだ?」

「奪った」


 予想が当たった顔で呆れながら、杯を静かに机の上に置き、投げられた酒ビンを受け取る。

 本人はビンをそのまま、直に口をつけて呑み始めていた。


「ほらよ。氷は自分で作れ。ガキは水勝手に汲め」

「はーい」


 普通、ビンを使うのは高い。そこらの一般人ならば自前の革袋に入れる。

 そもそもビンの値段が高い。鉄の裏面に風術陣を刻むという方法を用いて酒が鉄に着かないようにする。この際の陣は店主が使うが、もって半日ぐらいだろう。

 一度買ってしまえば後はそれで保存が可能なので、買うにしても一本だけあれば十分。しかし、酒好きな男はそうはしない。

 有り余る金に物を言わせてその場でビンを買い、呑んだ後は他の奴に投げる。洗ったとしても他の酒の味が着くからという贅沢な理由だ。

 傭兵団には嗜好品に金をかける奴は少なくはない。死が常に隣り合わせだからだろう。

 それにしたってベルグの場合は無駄に使いすぎではあるが。


「んじゃ乾杯といくか」

「アホがまだのさばってる事に」

「バカが軍に戻っちまった事に」

「えーと、ベルグさんと会ったことに?」


 三者三様の言葉と共に杯とビンを合わせ呑む。

 酒は流石ベルグの目利きと言うところか仄かな甘さに透き通るような味わい。

 この酒自体がかなりの値打ち物なのだろう。


「そーいやこの間アイツと会ったぜ。名前なんだ。あの地味な奴」

「……王都で会ったって言うとリスハンか? 水術が得意な」

「ソイツだ。水質管理なんてだりぃ仕事してんなアイツ」


 周辺地域を又にかけての水質管理のため、重要な役職だ。加えて給料も高い。軍人上がりがやるには上等な仕事だろう。


「お前が面白いって言う仕事についてる奴はあんまり居ないだろ」

「つまんねぇ人生だなぁ。つーか今砦に居た部下連中で生き残ってんの何人いんだよ。千人ぐれぇか?」

「最初の部下で生きてるのは七百十三人。軍に残ってるのは三百六十八人。他は身体の一部を失ったのもあって退役して故郷に戻ったりしてるさ」


 相変わらず化け物みてぇな記憶力だ、とベルグは笑う。

 この分ならばおそらく名前まで覚えているのだろうと。


「リっちゃん凄いね。そんなに覚えられるんだ。私あんまり覚えられないよー」

「こいつが異常なだけだろ。俺だって部下数人の名前しか覚えられねぇよ」


 一口で酒を飲み干し、歓喜の息を吐く。そして更に袋へと己の手を伸ばし、再度ビンを開けて酒を口に入れる。

 対してリーゼはちびちびと杯に酒を注ぎゆっくりと味わうように呑み進める。


「墓碑職人なんて呼ばれ方をしたのはこれのせいだろうな。物覚えが悪ければ、と少しぐらいは思うよ」


 真実か冗談か、六対四あたりの割合だろう。冗談半分で呼ばれていた名が通り名になった例など幾らでもある。


「しっかし案外生き残ってんだな。最後あたりは五千だったか率いたの?」

「最後だけ四千を率いたぐらいだな。作戦の立案には参加してたが、結局国王を戦場に引っ張せず、砦を突破できなかった時点で向こうの敗北だ」

「はぁん。俺らが居なかったら国の歴史が変わったな」


 そこまでは言い過ぎ、とは決して言えない。

 実際にリーゼらが配属されていなかったのならば、僅かに運が反乱軍に傾けば、歴史は変わっていただろう。

 考えうる限り最適な人材の配置だった。反乱軍は運が悪かったとしか言いようのない、余りにも出来すぎな配置。

 勿論それは後から言える事だ。あの場にも無能は居たし砦の指揮官は降伏をしようとした。それを知っているのはあの時にあの場に居た隊長位の者だけだが。

 ただ、中には居るだろう。国王が仕組んだことなのでは、と思う者が。


「ああ、確かに。お前が居なかったら犠牲は少なくて済んだ気もする」

「言うじゃねぇか。あぁ? 実際にそうだから何も言えねぇがよ、クソ。……もうあんなバカみてぇに楽しい戦争は起こらねぇよなぁ」


 遠い目をして外を見る姿は心を燃やしつくした男だ。

 内乱は大きな戦いだった。大きすぎる争いだった。

 人族の五倍はある鬼族の寿命ならば百年に一度会ったとしても最高で五回遭遇するかどうかの一回だ。

 次があるとしても何年後、いや何十年後になるかもわからない。起こらないならそれが最善だが、帝国が隣にある以上、百年以内には起こるだろう。

 それでも、長い。一度激しい戦いを潜り抜けてしまっては並みの戦いで満足する事などは出来ない。

もっと激しい戦いを。更に熱い死闘を。屍山血河の戦場を。

 普通の者ならば理解できない、戦闘狂が故の渇望。


「起こさせないために軍があるんだが、言っても無駄か?」

「戦のために傭兵があるってこった。んでよぉ。聞きてぇ事あんだ。なんか最近うちの団長が気になってるみてぇなんだが『流れた水は戻れるのか』ってのに聞き覚えねぇか?」


 きた、と理性が言う。しかし直感は違う、と唱える。これは、今回とはあまり関係のない事だと。しかし、と更にその奥で訴えるものがある。

 これが本質なのだと。


「いや、ないな。ことわざか?」

「俺もわかんねぇんだわ。団長がいきなし聞いてきてよぉ。頭の螺子飛んだのか聞いたらなんでもねぇってかわされたんだが。なーんか怪しい気がすんだよ」


 争いごとの気配がする、とでも言いたげにベルグは笑う。

 順当に考えれば傭兵団の動きに関係あるのだろう。王都内で何かを起こす計画なのだすれば合点はいく。

 しかしそれをベルグが知らないというのは、不自然だ。


「お前のそういう勘は当たるからな。王都で反乱でも仕掛けるつもりだったりしてな」

「さぁてな。いくら団長たぁ言え死ぬ趣味はねぇだろうが――」


 それも楽しそうだと内心で呟いたとリーゼは見抜き、頭の中で無数に立てていた道筋を絞り込む。

 すでに当初の目的は果たした。後は言葉の意味を考えるだけだ。


「ベルグさーん、誰か来てんすか……って軍人!?」


 いきなり扉が開かれて歳若い、特徴の薄い男がいきなり驚く。

 それも当然。こんな場所を借宿としているような連中だから軍人には人一倍の警戒を払っているだろう。ベルグは論外として他の奴が驚かない道理はない。


「うっせぇぞクソが! ったく。おいてめぇも呑むか?」


 口悪く罵倒をするがなんだかんだと面倒見は悪くない。戦場では人を簡単に二重の意味で切り捨てる男だが。

 平時では頼れる男ではあるのだ。


「あ、いやー。ちょっと、俺用事がー、あ、あははは」

「あぁ? 俺の酒が呑めねぇってのか? あ?」


 見かねたリーゼが立ち上がる。ここらが切り上げ時だと判断を下したのだろう

 呑み始めておおよそ一時間半。友人と話すのには足りないが、作戦を開始するのはこの場が最適。


「ベルグやめてやれ。俺らはそろそろ行ってみるよ。こいつも眠そうだしな」


 話がつまらなかったのか単純に暇だったのか舟をこぎ始めているルカを指差す。

 これが演技なのかそうでないのか。リーゼでも少しばかり判別しにくい。

 頭を軽く叩き背中を見せる。軽く叩いた時に少しばかり笑みを見せたのは見なかった事にする。


「そうかい。んじゃ、またな」

「ああ。またな」


 別れの言葉をかわし宿屋の外に出る。背中に感じるルカの体温は子供特有の熱さ感じられ少しばかり不愉快な気持ちになる。多分、この熱はそれだけではないのだが。


「……ルカ」

「いいの?」

「任せる」


 短く言葉をかわし急ぎ足でやや広い路地裏へと向かう。ベルグは気づいていたのだろうかと思うが、気づいて居たのなら何かを言うはずだ。

 それが無かったという事は気づかなかったか。それとも来るのを待っていたか。それともベルグの計画の内だったのか。

 小細工を弄する必要がなかったという点から考えれば気づいて居てリーゼらに譲った可能性もある。


「何にしろ、面倒な事だな!」


 二つにわかれた路地を前に、術力を込めながら抜剣し振り向き様にルカを落とす。同時に下位炎術『炎弾(クァヴッフ)』が迫るのを知覚し、左の道へと避ける。

 後ろで着弾音まで耳に入るが。


「リっちゃん頑張って生きててね!」


 落とされたルカはそのまま、壁を走る。身体強化を行ったとしてもその芸当は並では可能でない。


「早くしてくれ!」


 屋根の上に登ったルカに声をかけてリーゼは迫る敵、無表情で迫る暗殺者を見据えながら土術を展開。周囲に石畳から作った盾を浮かせ、剣による身体強化とは別に感覚を強化する。

 おそらく二重に強化してようやく敵と互角と言った所だろうか。


「シッ!」


 暗殺者が振るう短剣を剣で防ぎ、男が紡いだ『炎槍』に一足早く盾を当てて相殺。相殺と同時に仕込んである術式が展開し砕けた砂が男の周囲へと移動する。

 だが視界を塞ぐ事が出来ない。中位風術『風纏(クスック・ハブミフ)』でも用いているのか小さな風がその砂を弾き飛ばす。

 構成が甘く、低位ではない土術による目くらましを無効化することは出来ないだろう。

 しかしこれでリーゼの低位土術は無効化される。

 ならば中位の術式を、という話だが。


「くっ」


 二本の腕が蛇のように動きリーゼを左右斜めから襲う。

 剣を動かし、それを防ぐ。軍服は斬撃に対して有効な素材を用いているのか多少では切れないし刺さりはしないが、衝撃は腕に来る。

 短剣から繰り出されているとは思えない重く鋭い一撃。脳内で術式を紡ぐには集中できない状態。リーゼ程度の実力では術式を紡ぎながら戦闘を行うのは不可能。それも防戦に回っているのならばなおさらだ。

 精々が使い慣れた盾を展開する事が関の山。盾に関してだけはおよそ三秒で展開可能。

 だがそれは相手も同じ事。


 呼吸するように、とは言わないまでも攻撃が止まった一息に満たない時間で『炎槍』を後方に作り出しそれを放つ。そしてそれを盾で防ぐが、その合間に距離を詰められる。

 迫る短剣を防ぐが埒が明かない。この状況ではリーゼが圧倒的に不利。防御だけは訓練しているため、今は捌けているが。このままこれが続けば遠くない内に戦闘の続行は不可能になる。

 何より、防ぐたびに響く衝撃だけは防ぎようがない。しかし、疑問に思う。

 これらはあの傭兵団か? と。

 先日見た暗殺者たちの仲間にしか見えない。ならば傭兵団が雇っているのかと問われれば違うだろう。


「考え事してる余裕はない、よなッ」


 思考に沈みそうになったのを好機と見たのだろう、短剣が首を掠める。

 遊びに誘ったのはリーゼらだ。ならば、本気で相手をしなければ相手に失礼だろう。

 だがこの状況を覆すには、まだ手がない。仕掛けた罠はルカの方が終わらなければ使えない。

 早くしてくれ、ルカ!

 叫びたい心を抑え付けながらリーゼは必死で敵の攻撃を防いでいく。


路地裏 …… 子供と女性は一人で入らないようにしましょう。


果実酒 …… 基本的な酒。後はほぼアルコールのみみたいなもん。


流れた水は戻れるのか …… 覆水盆に返らずみたいな意味合い


術式の名前 …… 低位、中位、上位で『炎』の部分の呼び方が違う。

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