8話 求める答えを探せるはずだと
「こりゃ壮観だ。どうだ、突破できそうか?」
「あははは! リっちゃんの作戦が大失敗だよねこれ!」
ルカが拳を振るえば兵士の頭が千切れ飛び、イニーが土から短剣を生成し両足を切り飛ばす。
逃げる背を任せるのにこれほど頼もしい術士は居ないだろう。そして先頭を行くのはヒロムテルンとムーディルの二人だ。
「見解の相違って奴だな。アイツを捕らえることが出来れば失敗にはならないだろ? それにこの状況、追ってるのは向こうでこっちは背中を見せてるだけだ」
言葉も表情も強がりでしかなく、それを特務の面子にもわかってはいる。
だが言葉に間違いはない。問題を言うならば。
「向こうは僕らの前に姿を見せますかね? 待ち伏せなどはおそらく意味がないですよ? そこまで向こうの愚かさを信用するのなら、僕は隊長さんの明日を心配したくなりますね」
「そこまで心配されるほどじゃない。確かに難しいだろうが、ヒロムテルン、顔は見たか?」
「見たけど一時的に顔を変えられていたらわからないだろう。それに、いかにも指揮官をやっているのが本体なんて考えられないと思うよ?」
人形使い、または屍使い。
一向が砦に向かう頃には、すでに僅かではない数の犠牲者を作り出し、それを軍団と呼べるような人数にまで膨らませていた。総数はおよそ百。
僅か、と呼べなくはない。ルカやイニーが全力で向かえば殺し尽せない数ではないだろう。それでもリーゼらが撤退したのは、敵がわざと逃げるような動きをしたことだ。
追わせるための動き。違和感を疑うのは危険だと判断したリーゼは、二人に苦戦するよう言って撤退することを決めた。
「問題は、勢いが良すぎることだよね。僕らなら撤退しながら人形程度は潰せるけれど。やっぱりそうすると相手には逃げられるよね」
「追い方にも計画性は見られぬからな。貴様の考えすぎではないか? 罠など破壊して進めば問題もあるまいに」
「他の血族は居ないと思うが。それに相手の好きにさせるのは個人的に好きじゃなくてな。それよりムーディル、術式は?」
「展開しろと言うならばするがな。一気に食い破らなければ意味はないぞ?」
常の通りの氷術式。ムーディルが居るからこそ成り立つ作戦だ。術式が個人の才能である以上、それをいかに扱うか。
強者の扱いに手を焼くリーゼとしては思うところこそあるにしてもこの状況ではこれ確実だろう。
「一応、計画は氷術式で周囲を封鎖。ルカとイニーは内部の敵を殲滅。ヒロムテルンは逃亡する奴を指示だ。いいな?」
周囲を氷で覆われ、イニーとルカの反撃を受けて無事に生き残ると思うような愚か者でないならば、幾人かの囮を使い本人も無事に逃げようと試みる。
もう少し賢いならば、もしくは術式の性質によっては周辺に居ない可能性も存在するものの。そこまで完璧な術式ならば人形の血族はもっと有名だ。
死者を自在に動かす術式は、二十座の一角に入っている男でもなければただ動かすだけの術式だ。一人に限定すればまた話しも違うのだろうが、大量の数に個別の指示を与えて自由自在に動かせるのならば戦場の在り方ももう少しばかり違うものになっているだろう。
「……まあ、とはいえ。人形と言うぐらいだ。ちゃんとした人形もあるだろうし、生きてる奴の身体を動かそうとするぐらいは予測できては居るが」
対処方法は想定している。その上をいかれたとしても対処できるように。
とは言え。十重二十重に策を巡らして挑んでいるのだ。大目的が失敗に終わることは、その想定以上が連続しておきなければまずありえない。
「それで、そろそろ始めませんか? そろそろ逃げるのも疲れました」
答えを聞く前にイニーは走り出し同時に氷術式が展開され周囲に見える分の敵を封じ込める。それに最も早く反応したのはヒロムテルン。
緑色の瞳が示すのは、五体。
「東西南北に走ったのが四体。それで、敵の中央に向かったのが一体。どれが囮かな?」
敵としてはこの状況を読んでいたのは間違いがない。分散させ一人ひとり仕留めるつもりか。それともリーゼ一人を狙い打つためか、そこを読むことは出来ないにしても、この内のどれを読むかはとてもわかりやすい。
要は、その人形使いが何を信じるのかという事に帰結するのだから。
「中央に陣取った奴に向かう。ここまで周到に人形を、というより屍兵を作るような相手だ。なら自作の人形に絶対の自信ぐらいあるだろう」
屍が秘中の秘などとはこの場の誰も思ってはいない。その程度の技ならば誰にでもとは言わずとも高名な術士なら扱える。特化していたとしても二十座の一人に死体使いが居る以上は二番煎じにしかならない。
「五連盟の血族は有名な割に正体不明なのが面白い」
「わかっても喋ると命を狙われそうだしな」
イニーの軽口に乗りながら、部隊は疾風のように、または雷のように屍を切り裂く。
散った敵四人は変わらず走り続け、そして中央に残った者は冷静に乗り込んでくる特務を覆うように屍を移動させたのがヒロムテルンの瞳に写る。
四方からの圧殺。戦闘行為全般における特務でも、それが長い時間続くのだとすればこの場はともあれ戦闘後に生じる隙を狙われる可能性は存在する。
「その前に撃破。確実に居るであろう監視役がいれば捕らえる。読みが外れていてもいなくても行動は変わらないな」
人形使いは確かに強敵だ。しかしリーゼの見立てでは百度戦って一度負けるかどうかという程度の実力でしかない。
ここで実際に逃げていれば相手の勝利といえるだろうが、そこまで狡猾な相手ならば易々と追いかけてはこなかっただろう。
接敵から撤退までの間に相手の性格を掴むのにそう難しいものではない。考えすぎともいえる不安は唯一、底の浅い考えこそが誘導したものではないかということのみだ。
「……それが当たっていたとしても、人形のものじゃないだろうな」
特務の面々はリーゼの呟きに関心を示さない。そもそも一人だけ思考の段階が違うのだから聞いたところで有用だと思っていない。
「何を口にしているのかは知らぬが、そろそろ中央だぞ。我は手早く解体作業に移りたいのだがな?」
「……死体じゃないのが十三かな。明らかに動きが違うよ。丈夫そうだから、二人とも気をつけてね、なんて意味はないか」
ヒロムテルンが動きが違うと指摘した十三体。いや、リーゼが目を向けた瞬間に三体が破壊されたので十体。
あまりにもあっさり、というわけではない。ルカは声を上げて笑い始め、イニーは若干不機嫌な顔つきになっている。
「どうだ!」
「あはははは! 痛いよ! 壊すときに、こっちを痛くするような仕掛けだね!」
「少々面倒ですね。人形は壊すものですから僕ら以上に適任が居るのでは?」
人形の残骸を駆け抜けながら見る。走る足を止めては、それこそ相手の思う壺だ。だが走りながら破壊するのは想定以上に面倒だ。
形は人間そのもの。内部は、リーゼの専門ではないため理解が出来ないが、線のようなもので作られている。同時に術式陣が内部刻まれておりそれが動くための動力なのだろう。
「ほう。面白い発想であるな。作るのに僅かばかり手間はかかりそうであるが、陣が美しい。十座のものほどではないが中々に面白いぞこれは」
駆け抜けながら、そして不満をありありと顔に出すイニーを無視しながらもムーディルは楽しげに破壊された人形の一部を拾う。
そのために援護が途切れヒロムテルンに軽く短剣を投げられるが慣れたように氷の盾で防いだ。
「ふむ。一部では詳細はわからん。我といえども瞬時に理解できるのならば二十座に入れるであろう。だが貴様のお株を奪うが予測は付くものである。頭と心臓部を避けて四肢を破壊すればそれで問題ないでろう」
言いながら持っている腕を懐に仕舞い込み、他の人形を破壊する。破壊すれば傷を負う人形。それも、術式陣で人間のように動くものだ。
人の動きを模倣するのは確かに面白いものだがそれは大道芸の域を出ない。
戦闘力は、ルカがわざとではなく傷を負いイニーが面倒だと感じる程度にありそれはそれで脅威。しかし、人間の動きを模倣するのが人形血族の本願かと問われれば疑問は残る。
「……考えても意味はないか。中心、相手は逃げてるか?」
すでに突破は半分以上を過ぎた。リーゼの息はやや切れ気味だが、まだ余裕はある。
そして問いかけにヒロムテルンは頷きで答え周囲に警戒を巡らせている。
「なら当たりか。本当にわかりやすい。不安になるぐらいに」
すでに敵は中央から逃げている。だがこの段階で逃げることが罠だとしても、すでに遅い。誘導するにしても稚拙すぎる行動だ。
疑念を挟む余地はいくらでもある。しかしそれを気にしすぎても成功はつかめない。
「人形の対処をしながら突っ込め。奥の手までひねり出す羽目になるのは見えてるけどな」
ここから逆転できる策があるのならばよし。それほどの暴力があるならそれでも構わない。対処方法はどのようなものでも構えているのだから。
だからこそ。
相手の奥の手である、巨体を誇る人形はムーディルが先ほどの合間に解析したとおりにヒロムテルンによって的確に破壊され。
己を人形とする術式を使った人形の血族はあっけなく捕縛された。
「大した奴じゃなかったな。聖騎士の方がよほどだ。人形は止まったか?」
「当然、止めさせたのだよ。我ほどにもなれば術力の供給を止めることすら容易いことだ」
言外に何か自身の得するものを要求する言葉を意識的に無視して、リーゼは男へと目を向ける。
貧相な男だ。ネズミを思わせる前歯に、彼の手がけた人形を想起させる義眼の瞳。
一種異様といえる気配を放つ男は、紛れもなく本人なのだと思わせた。
「……名前は聞かない。聞くだけ無駄だからな。道化師団の目的と、道化の居場所は何処だ? 言えば命は助けるぞ」
鋭く問う声に男は無機質な瞳を向けた。何かを見ることの出来ない瞳。硝子で作られたソレは常人ならば畏怖を感じる。
そして勿論、それがただの瞳であるわけもない。
「ほぅ。人形の血族とは器用なものなのだな。そのような小さな物体に精神系の術式陣を刻んでいるようである。簡易的ながら術眼血族を真似たものであるな」
「まあそうだと思った。くると思ってれば俺程度の術士でも対処は出来るからな」
瞳に刻まれていた陣の効果を詳細に知ることは出来なかったが、それを自分で味わう気はこの場に居る者で誰も居ない。
そして男は呆れたような顔をして口を開く。
「どれだけ用心深いのだか。気持ちが悪いほどだ」
無機質な声は規則正しく動く時計を連想させた。
「度し難い。王国の特務は変態しか居ないと聞いたが率いる者が最もか。だが群れとの対決で勝機はあると思ったものだが」
嘆息した口調からは感情が全く見えない。封じているわけではなく、最初から存在しないような口ぶりだ。
ならばそれが人形の血族が特性といえるのかもしれない。
「それはどうでもいい。質問に答えろ」
「必要はない。貴様は死ぬのだから」
ふっと、直感が働くよりも先に、ルカがリーゼの足を払い抱き上げる。同時にイニーは即座に臨戦態勢をとり、ムーディルはそれに遅れて自身の周囲に氷の盾を作り出し。
先ほどまでリーゼの頭があった場所を何かが貫いた。
「な」
「これは、まさか!」
派手に地面へと腰をぶつけた声と同時。ヒロムテルンが驚愕の声と上げて一人だけで駆ける。眼帯をつけていてもわかるほどの焦燥を浮かべて走る姿を見送ることなく、リーゼは命令を下す。
「イニー、行け! ルカとムーディルは俺の護衛を!」
言葉を発するよりも先。イニーとルカはすでに動き出しすでに背中を遠くへある。リーゼの言葉を聞き逃したわけではないとすれば、危険度はあちらの方が高いということなのだろう。
そして、ならば。
「ふむ。我だけで対処できるかは不安であるが……。最悪は逃げの一手であるな」
呟きながらムーディルは一点を見つめる。リーゼも同じように。
視線を向けた先にたっているのは、仮面の男。