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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
五章 血族侵攻
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6話 けれど貴方が愚かではないと知っている

 風が、走る。皮膚を裂き、肉を割る風だ。

 皆が寝静まり、緊張の糸が切れる朝焼けの瞬間。道化と剣華は当然のようにその瞬間に攻撃を仕掛けた。

 そして。やはり。いとも容易く反撃を食らう。


「……警戒網にかかっていたか。団長殿、少し厳しいぞ?」

「いつもと変わらない。困難なのは最初からで、最初はもう少し厳しかったよ」


 仮面の下から響いた言葉と共に、術式が吹き荒れる。風術、だけではない。異なる術式の三重展開という、並みの術士では行えない業を軽々と使いながら、後ろに数歩避ける。


「警戒網、ああ、君の言う事はいつも正しい」

「……俺としてもここまで精確な意味になるとは思わなかったぞ?」


 目に見えないような糸があった。それが僅かでも目視できたのは朝焼けのおかげといえる。朝露にぬれた糸に光がきらめいた、もしかすると見えなかったかもしれない偶然だ。


「そうそう、避けられるような動きではなかったはずなのだが」


 それもまた、王の言葉通りなのだろう。と、言って現れたのは細い剣を持って立つ護衛の男、シルベスト。


「……道化、これはお前に任せて構わないか? 俺は、あの女との再戦をしたい」

「団員の願いを聞くのは団長の務めだ。やってくるといい。そして、他の親衛隊の皆さんは君の部下にやってもらおう」


 道化は、手に持つ紙を千切る。すると何もない空間から数百の傭兵たちが現れ。

 更に、道化とシルベスト二人の姿が掻き消えて、先ほどとは違う場所に移動する。

 それを見るものは、誰もなく。突如現れた傭兵団と親衛隊の戦いが突発的に始まった。同時に、また、本命となる戦いもだ。


「よく、来るとわかったな聖将軍」

「シルベスト将軍に全てを任せていましたので、私は予測すらしていませんでした。とは言え、彼の部下には知恵の回る者も居ますので」


 朝焼けの草原。暗殺するには全くもって適さない場所といえる。殺したところで逃げ場はなく、また捕らえたところで無事に逃げられるとも思えない。

 だが故に、普通はないと思える場所で仕掛ける、というのは理由の一つであるが。あまりにも不利益の多い場所であるのは間違いがない。


「しかし。死ぬのを前提とした考えですか。あの夜のような周到さはどこへ?」

「なに。こちらも準備はした。それに、死ぬこともまた仕事の内だ。すでに私に、未練はないのだからな」


 剣を、抜く。その剣は二本。一目で見て神具だと理解できるほどの業物。だが、どこか違和感があった。

 神具でありながら、神具でないような。同じ神具を持つ身だからこそ理解できる感覚とでも言うべきか。

 見慣れた物が、鏡あわせのように違っている。


「大した物ではない。聖将軍、お前の勝利を得る『征剣・カリバス』に比べればな。こちらは敗北を拒絶する剣の、模造品に過ぎないのだから」


 抜き放たれた剣の威圧。それは、聖将軍には大したものではない。だがしかし、ただの兵たちにとっては猛毒と評してもなんら違和がなく。

 副将軍であるユーファですらもその剣から発せられた威圧に一歩退いてしまう。


「傭兵団との戦いを優先してください。私は、当初の予定通りに」


 言って、聖将軍もまた剣を抜き放つ。

 重さを感じさせない抜き方。だが、その重みは見ているだけで理解できる。一度叩きつけられれば、その身は必ず土にめり込むのは、剣華の記憶にそう古くはない。


「来い」

「……ええ。貴方の土俵で、討ち果たしますとも」


 声は普段通り。互いに気負いは欠片もなく。

 聖将軍にとっての雪辱戦が、剣華にとっての恩を返す戦いは。

 火花を切る。そして最初の一撃は、彼女のもの。常人に追えない踏み込みと神速の振りぬきは、しかしやはり容易く避けられる。

 だが同時、術式が展開。すでに、いや此処に至るまでに紡がれていたのだろうそれは、聖将軍が行う場の支配。


「逃がしませんよ?」

「逃げるつもりなぞ、毛頭ない」


 その術式が展開される。まるで何も変わらないかのような一瞬の静寂。そして、破裂音。


「だが、捌くのも難しいか」


 およそ半径二十ロート(にじゅうめーとる)から場所を選ぶことなく術式が吹き荒れる。外から見れば、内部はまるで台風や嵐が巻き起こっているようにすら見えるはずだ。

 故に彼女が扱う術式は他者から『嵐』と称される。だが、この程度で沈むなら剣華は勝利を得られない。


「……捌けないから、砕く。神具を使っているとは言え、全て上位術式だったのですがね」


 苦い顔をして、聖将軍は背後から切りかかった。幾つもの上位術式。一発でも直撃すれば人を消して優に余る威力のソレを放ちながら聖将軍は追撃を加える。


 予想されていたものだというのは、互いの動きを見ればわかるだろう。余りにも互いに先が予測できていた。計ったようにとでも言うべきか。

余りにも次元が高くなった戦闘は、動かないで終わることすらもあるが、この時ばかりは舞踏のように息の合った戦闘だった。


 立ち止まったほうがより早く死ぬのだと突きつけるように。それとも踊り続ければ生き残るのだと示すように。

 必殺の術式が放たれれば必滅の残撃が音を紡ぐ。風の壁すらも切り裂く一対の剣。巧みに操られるその剣は輝いている。それは神具の力を発揮しているためか。


「……贋作を作る神具。それが道化の物ですか」


 犠牲に何を、などと考えるまでもない。寡聞にして聖将軍はその存在を知らず、また国王ですらも噂話として聞いたことがあるだけの代物だ。

 だが事実としてソレは存在する。


「使用効果は感情を犠牲にして、いかなる贋作をも作り出す。随時としては記述されたものに関連するところでしょうね」

「同じ神具使いとしての直感か?」


 剣華が息と共に剣を叩きつけ、同時にその背に黒い穴が空き大量の水が暴れる。それを予測していた聖将軍は同じほどの炎を多重展開し一瞬で蒸発させ同時に氷術が展開。

 水蒸気は凍てつき、そのまま氷は剣華の逃げ道をふさぐ壁へと変化していく。


「そんな所ですね。しかし、ならば不思議です。何故、この剣を作らないのか。作れないはずはないでしょう?」

「ああ。作ったことがあると言っていた」


 軽い同意を示されるが聖将軍の動揺が表面に浮かび上がることはない。その程度は予想が出来る。ならばどのような問題があったのか。

 そしてそれは彼が手に掴む準格神具『双璧剣エルクスカリバス』の打破に繋げることが出来る。


「主格神具の複製が難しい、とでも?」

「ほう。征剣を扱っている間の記憶は曖昧なのか?」

「なるほど。その問いが答えとしておきましょう。私の征剣を破ることが出来るのは数少ないですからね」


 征剣を使えば間違いなく準格神具である双璧剣を打破することはできるだろう。本物ならば相殺。偽物であるならば打ち砕くことは更に容易い。

 勝利を狙えば今度こそは問答無用の勝利を得られるはずだ。だがしかし、この程度で征剣を使う程度の者は征剣の所有者にはなれない。


「では、貴方を破りその剣を破壊し、道化を道化のままに殺します」


 どのように、などとは言わずとも良かった。双璧剣。その名は高きと言えども模造品。ならばいかに神に至らぬ身であろうとも対抗するのは決して不可能ではない。


「やれるか。いや、やれるだろうな。ゆえに、お前を狩らなければならない」


 会話の合間にすら剣と術式が止まらない。おそらくは、世界でも最高峰。歴史に名は残らずとも、記憶に刻まれえるような争いだ。

 それを、ユーファは脳裏に刻むように見つめていた。援護などできるはずもない。傭兵との戦いは一貫して優勢。それこそ、ユーファが出張る必要がない程に。


「……上手く進み過ぎ、よね。アイツならここで更に一手を打つから私も見ているだけではダメね」


 聖将軍から他へと目を向ける。手を出せない、ならば優勢の戦場で更にもう一つ先に進めなければならない。例え聖将軍が敗北したとしても逃げられるように。敗北を信じてはいないとしても、考えずに居られるほどこの世界は優しくない。


「――あなた達は、傭兵の後方に回りこんで。中央に引き込めと伝えて頂戴。完全とは言いがたいけど包囲を仕掛けます」

 


 ―――――



 道化の仮面が浅く裂かれ、更に一撃の鉄線が蛇のように動く。

 無数の蛇。道化の頭を掠めるのはそれが一斉に襲い掛かり自身を締め上げようとする光景だ。妄想でしかない。だが、そうと見えるほどに糸は自在に動く。


「物質生成により、砂鉄を集めそれを即座に糸に整える。常時その形を維持するだけでも術力が削れるだろうに」

「殺す労力に比べれば大したものではない」


 空が裂かれ、土が刻まれる。

 色のない大気が鮮血と肉片に彩られるのもありえない話ではない。易々とそうさせるほど道化も従順なわけでは、ない。


「だが、獲物を使わずに避けるだけか。時間を稼ぐのが目的か」

「いや違う。必勝が目的で君を打破するにはこれが最適だ。理性的に考えればこれ以上の作戦は存在しない」


 避けて、逃げる姿を見て言葉を真実だと断言できる者は少ない。その言葉が時間稼ぎの罠である可能性も決して低くない。

 故に、シルベストは判断に迷う。道化師団の長ともあろう者が何の策も用意していないわけがない。そもそもこの程度の実力であるはずがない。

 思考は罠だろう。しかし同時に真実でもある。


「切り捨てられれば、楽なのだが」


 そこまで甘くないのもまた事実。紙一重で避け、時たま術式を放たれる。無論シルベストも避けられない一撃まで持っていけることがすでに一度。そして、二度目。


「……二度目。三度目も否定は出来ない、か」

「冷や汗が止まらない。私はこれでも、戦闘が苦手なんだ」


 確かに、それはシルベストをして頷けるものがある言葉だった。

 避けるのは一流、いや超一流といっても遜色はない。しかし本来なら存在するはずの間からの一撃が抜けている。避けるのに全力を注いでるようではないのが違和感の正体なのだろう。

 最もだからと言って気が抜けるはずもないとシルベストは自身へと戒めの言葉を口にする。相手は道化師団長。百年を越えた年月を生き抜き、主格神具を持つ実力者。


「油断ならない、だろうな」


 呟き、シルベストは油断することなく剣を振るい再び追い詰めていく。仮面の裏にある表情を想像することなく。


「なに油断してくれても構わない」


 淡々と、糸と剣は当然のように振るわれ続けた。

引越ししたりで忙しいのでまだしばらく低速が続きます。すみません。

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