閑話 ならば君こそが愚かではないか
「罠か」
「罠だ」
「罠ね」
「……やはり、そうか」
王国の南部寄りの地域に存在する大きな隠れ家。その一室。光術により照らされた場所に居る三人は同時に言葉を向ける。
向けられたのは、王国軍が追っているその人物である道化本人だ。
「俺は貴様に感謝をしているが、何故今まで生き残れたのかは不思議に思っているぞ?」
「同意すんね。感謝はてねーが、無防備すぎるって点は同意だ。あと策も甘ぇ」
「二百年ほどを生き抜いているとは思えませんよね」
最初に言葉を発したのは『剣華』と呼ばれる剣士。今もまだ聖将軍らに追われる身である事を感じさせないような振る舞いだ。
しかし、柔らかさは前にあったものではない。何かを行い、遂げた者が持つ雰囲気だ。
「今は居ない仲間にもそういわれた。欲望の大半が奪われた身ゆえの弊害なのだろうな」
そして、剣華の隣に座る狐族の男は、緑色の瞳を細める。血族の証であるその瞳を。
「だがまっ、作戦の大筋は変更なくていいんだろ? アンタの方が上手くやれれば最上なんだが、おいどうだい? 俺とミランの出番はきそうかい?」
血族の隣に座るのもまた血族。銀色の髪と瞳。そしてそれを際立たせるような黒の服装はおそらく、ミラン、ミランデルネートの隣に座るイルランテルトの趣味なのだろう。
「ああ。問題はない。私と団長が聖将軍を確保する。その後の霍乱などは、あの男に任せておいていいのだろう?」
「彼は信じられるだろうと、瞳を見たときにわかった。裏切りがあろうとその対処もできる」
この場に居ないキーツを各自は思い浮かべ、団長は信頼と一応の保険を口にする。
そこで懸念事項の一つについては終り。
そもそも計画は、道化にとって三度目となる今回の計画は綿密に組み立てられたものだ。計画の根幹が間違っていなければ失敗がないようにと八十年も仕込みをかけたものを易々と崩すことは出来るはずがない。
「でもよ、壊すのは簡単だぜ? 俺たちの部族だってアンタの策略で潰されたようにこの計画――いや、悲願もあっさりと潰されることはありえるだろう?」
放つ言葉に恨みはない。だが、案じるという感情もなく。
単純にそうなれば面白いとでも言うような声だった。彼も計画に咬んでいる身でありながら。いや、だからこそ彼は仇敵と言ってもいいはずの道化に付いているのだろう。
「ヒロムテルンの相手はまぁ、俺らでやってやるよ。どうせ他の血族にゃ殺せないだろうしな。あー、つーか殺されたら俺らの価値が下がりそうだな。どう思うよミラン」
「私は存在してるだけで価値がありますから、貴方とは違いますよ?」
「ひっでぇなあ。俺が居なけりゃ飯も食えねー癖にさぁ。価値云々は間違ってはいねーだろうけど言い方ってもんがねーの?」
からからとイルランテルトは笑い、ミランデルネートは笑わない。
夫婦漫才のようなものを繰り広げる光景に剣華は僅かに微笑み、道化は何も言わず沈黙だけを返した。
「それで。道化さん、計画に変更は?」
「作戦の大筋に変更はない。あの二人も、とりあえずの戦力補強のために動いてくれる。生きて帰れるのならばそれでよいという程度だ」
「そうではないだろう。罠を、どうするのかという話だ」
机の上にある地図。その東部、リーゼらが居る地点を指差し、そして彼らの本命である聖将軍の居る場所を指し示す。
「ここで東部に手を出すのは下作。国王が居る。そして、聖将軍に手を出せば国王の範囲内だ。血族という駒を悪戯に浪費するわけにもいくまい?」
「四体は消費するのを前提だ。全員が使い捨てになっても盟約の内に含まれるが、一人ぐらいは生き残ってもらえると最後の詰めが楽だね」
「ふむ。他の子供たちはいつ動かす予定だ? 全体像の六割は聞いたが、貴様しか知らないことも多いぞ?」
道化と剣華の視線が交わり、血族二人は己の世界に閉じこもる。
「……子供たちは予備兵力として残している。動かす必要があるなら、動かすことを許可しておく。その他は?」
「俺らはねーさ。例え死んでも問題はねーんだろ?」
「そうでしょう。貴方の掲げることが真実ならば」
挑発的な笑みを見せる二人に道化は何も返さない。
確かに、道化は計画を立てた。計画はおそらくは成功するだろう。
だがしかし。目的が達成できるとは限らない。百年前は失敗し、二百年前も失敗した。成功しなかった場合、道化はその時こそ諦めるのか。
「正しい。計算はした。監視者からの手紙も来た。時を歩く者にも、大図書館の主にも、意見を貰った。成功さえすれば、死者を蘇らせることが出来るのだと確信はある」
道化は言う。道化は目的を言う。道化は目的を、力なく言った。
「……何度聞いても、嘘にしか聞こえないな」
「自信をもって言えばいいのになぁ」
「そのための欲望すらもないのだから、仕方ありませんよ」
彼ら反応は薄く、道化も沈黙を貫くのみ。
計画がいかに壮大であろうとも。彼の目的がどれほど崇高であろうとも。
言葉は何の意味も、もたない。