4話 私が愚かであると知りながら
血族、動く。
知らせはリーゼの予定を僅かに変更させ、更に聖将軍らの動きも僅かに変わる。
まるで弾かれた玉が別の玉に当たり変化するように。一つの動きが全体に影響を及ぼしあう。だがしかし、事前にそうなると知っていれば対処も難しいものではない。
焦点となるのは、どこまでを相手が読んでいるのかとなる。
攻める方はそこを考えて攻める。守る方はそこを考えて守る。言ってしまえば多くの戦いはそれに尽きる。
どこに誰をどうのような配置をするかが上に立つ者の才覚であり、どのように戦うかはその場に居る者の判断でしかない。
「俺たちは当初の予定を変更しない。鏡と骨、血脈が向こうで目撃されたのは幸運と考えて、今の内に人形使いだけでも叩いておくべきだろう。何か得られるかは、わからないが」
リーゼたちの居る東側で手に入った目撃情報は、人形使いと罠の血族。どちらも術者本人を殺すのが難しいといわれる術士だ。
同時に、待ち伏せを非常に得意とする血族でもある。何も考えず力だけで狩ろうとすればどちらが狩られる羽目になるのかもわからない。
「ところでリっちゃんー。罠と人形ってどんな術式なのー? 調べてみたけどわからないんだー」
「誰でも知れるならあの血族はすでに過去の血族になっているのでは? そういう事なのでしょう、隊長さん」
「……まあな。知ったところで対処が難しいのはある。判明してるところまで言っておこうか」
現在リーゼたちは東の大都市に居た。陛下を守るため、という名目で情報を集めながら。
現在とうの国王は上の階で静かに本でも読んでいるだろう。それで良いし、そうでなくてはリーゼたちに更なる面倒ごとが舞い降りてしまう事になるのだから。
「人形の血族。彼らは」
「男の人なの?」
「……不明の場合でも彼らという事になる。とりあえず、仮定として彼と呼ぶが、人形の血族は人間を操る術士だ。生死関係ないらしいが、ここはわからないところか」
死体のみを扱う術士ならば数こそ多くはないがそれなりの数が存在している。それでも人形使いの血族がそう呼ばれるのは何かしらの理由が存在しているだろう。
「本当に人形を操っているだけの可能性もあるがな。人形使いの血族と呼ばれているのだ。一見して無意味なことに意味を見出した結果が血族であるからな」
「ああ、それは確かにそうだね。便利なばかりが血族じゃない。リーゼ隊長、それも含めて考えた方がいいんじゃないかい?」
狂人二人、ヒロムテルンとムーディルの二人から冷静な指摘を貰う。
僅かに言葉に出来ない感情が波のようにわくが、言っていることは正しいものだ。そもそも血族というのは便利で強いという想像が先に立つが、何かを目的としている血族でしかない。
例えば。空を飛ぶために血族を作りだし、圧縮した風術を相手に放つようになった血族も文献上だけだが存在するように。血族の原点が何を目的としたのかでその術式は違うものとなる。
「……人形の血族は何を目的としたのかさえわかれば、なんだがな」
「それを言うならば他の血族もであろう。ふん、継承血族は『最強の生物』を作ろうとして、術式を素手で掴むなどという道を得たのだったか。ならば、人形使いは自身を人形として損壊を気にする事なく戦闘可能などと言うあたりなのではないか」
「そこまで軽く出てくるのは研究肌から来るものか?」
苦笑しながら受けるが、その推測はあながち的外れではないように思えた。
継承血族は術式を掴む。ならば、人形の血族が自身を人形とするのも違和感はなく。罠の血族はその類で言うならば意識の空隙を突く可能性も存在している。流石に罠に関しては推測が出来すぎて一つに絞るのは難しいものなのだが。
「さてな。だが我に未来は見えぬ、見えるのは解体の道筋が精々であるからな」
「あははは。難しいお話は終わったの? それで私たちはどう動けばいいの?」
「まだ動くのは早いな。下手に動いたら外の騒動に巻き込まれて動きが取れなくなりそうだ」
リーゼが示しているのは国境で起きている睨みあいだ。戦争が起きる可能性は極少と言ってもゼロではない。ならば軍も、やはり大々的に動き始めており。
そのついでとばかりに各都市での大掃除が開始されているのだから笑えはしない。暗部主導で諜報員の大掃除。そこに特務が巻き込まれる可能性は、リーゼが怪我一つなく任務を終えられるほどに低いと見るべきだろう。
「そうですか。では、僕は行きますね。数人ほどこちらを伺っているのが居るので殺してきます」
「……ヒロムテルン、監視を。ルカはイニーと一緒に遊んできてもいいぞ」
「はーい」
「どうも」
出て行く二人を残りは見送り、リーゼは大きく溜息をつきながら横になる。寝ている時間は不要。とは言え、四六時中彼らの相手をしなければならない状態では気が抜けるはずもない。
リベイラが居れば体調管理には問題がなかったはずだが、自業自得と言うべきか。
「ああ、もう。本当にこんな編成にしたこの間の俺を殴り飛ばしたい」
「嘆くのならば更に過去へ戻りあの幼子を殺さないようにするべきだったでろうな。後はダラングを生き残らせると我がありがたい。時間系術式を学び精神のみを過去に送る実験でも行ってみるとするか?」
「ヴァルオルの獣と同じように有名な実験だな。生憎と俺は無限に過去と現在を行き来する趣味はないよ。成功するかもわからないし、周囲にその術式を扱える奴は居ないがな」
「ふん。残念でつまらない話であるな」
鼻を鳴らし、ムーディルは興味が失せたように研究資料を読み解く作業に戻る。
そして勿論、リーゼとしてもやることはすでにない。暗部は必要な場所に配置し終わり、先の見通しも立てた。
ならば後は、国王が街から出るのを見送り人形使いを捕縛するのが当面の目的となる。そのために打てる手は全て打っていた。いっそ臆病なほどに綿密に。
「……まっ。待つのも仕事の内か。今の内に、イニーらへ仕掛けてくれればそれはそれで、楽なんだがな」
だがしかし、そうなった場合ならば相手が余程に愚かか、何か秘策を隠している場合だろう。策を弄して策におぼれる気はないとはいえ、細かい部分まで考えれば更に面倒になっていく。
そしてそのまま眼を瞑り眠っておこうとした所で、部屋の扉が叩かれて。
「陛下が呼んでいます」
言葉はリーゼを僅かな絶望に叩き落すのであった。
―――――――
「来たか。どうした、座れ」
部屋の中はそれほど広いものではなかった。それとも城にある王の部屋と比べてしまえばどのような場所も狭くなるだろうか。
そこに免れたリーゼの顔は生憎と、健康的とは言いがたい。王の前に来なければならない心労と、今回の警備で一翼を担っているのもまたそれに拍車をかけているのだろう。
「……いえ。立ったままで構わないでしょうか?」
背筋を正しく、声を張り。緊張は隠すこともなく前面に押し出す。その姿を横目で見る国王は何も言わず一度だけ頷き口を開く。
「血族の対処はお前に任せる事にする。聖将軍が奪われた場合には、五軍の一時指揮権も与える事にした。以上だ」
「……陛下、宜しいでしょうか」
全てを伝え終えたとばかりに視線を外した王へ、声を投げかける。ほんの僅かばかり前ならばこんな事は出来なかっただろう。疑問を抱いても、自分の中で処理したはずだ。
ならばこうして言葉を上げることが出来たのはよくも悪くも特務という型破りに影響されたためだろうか。
「許す」
「貴方は最初から血族のことまで知っていた、いえ。道化師団について知っていたはずです。なのに、何故」
「見える事と理解できる事は別だ。知識の有無と利用が違うように」
言葉が一度、区切られた。
「過去に存在した千年監視者は類稀なる時間系術式の適正により千年先の未来を視て狂死したといわれる。だが、死ぬ前に幾百の者に未来を教える手紙を出したとも言われる。
時間を飛び地として現れる旅人は過去現在未来の全てに存在しており、その男がかの監視者の手紙を届ける役割を担っているといわれる。
お前の叔母でもある彼女もまた、その役割を担う事がある。その功績もあり彼女は旅人を行う二十座である事を許されている」
口にされるのは噂だ。各国で当然のように話される噂。根も葉もなく、また彼の叔母に聞いても首を横に振られた話だ。
それを街中にいる酔っ払いに言われたとすれば気にすることはなかっただろう。
しかし。
言葉にしたのは国王。二十座が七座。三百年に近い時を生きていると言われる化け物。
「彼女の真似をしたと思うか、手紙が来たと思うか。それはお前の好きにするといい。それだけの話であり、今のを前置きとしてこれを読め」
王が何もない空間へと腕を突っ込み引き抜くと先ほどまではなかった手紙が指に挟まれていた。
ならば、今の会話を前提とした上でそれを出すという事は。
「問いかけられた時に渡せといわれた。喝采を送ろう、リーゼ・アランダム。お前は監視者に哀れみをかけられた一人となった。本来、予定になかっただろうにな」
震える腕で、その手紙は受け取られた。
興味などなさそうにやはり国王は淡々と言葉を紡ぐ。
「世界がそのように流れたのか。それとも修正が加えられたのか。どこかで貴様が失敗をしたのか、それともこれが成功なのか。世界の変革があるというのは事実のようだ。俺もまた舞台の上で踊るだけの役者に過ぎないか。それとも、まだその資格がある事に安堵するべきか」
リーゼがもう一度何かを問おうと口を開こうとする。した。
だが、二度は許されない。気まぐれの国王は二度目の質問を許しはしないと言うように軽く視線を送る。
それだけで、萎縮させられるのだから笑えはしない。
「世界の流れがどのようなものか、俺にはすでに関わる価値が存在しない。端役となる可能性はあるが所詮は道化の役割にしか過ぎないだろう。ならば俺の行えることは貴様を自由に踊らせる事だ。最初の件はその一つに過ぎない。行け」
言葉は少なく。僅かに遅れて動こうとしたリーゼの視界は黒に包まれ、瞬きをした直後には下の階にいつの間にか立っていた。
他人すらも送る空間系術式。逆に言えば、身体だけを下の階に送りそのまま首と胴体を絶つ事も出来ることだ。本人にそれを示すつもりがあろうともなかろうとも思うことになるのは一般的な実力しか持たないリーゼには当然だ。
「……どうにも、貴様は面白い部屋の入り方を考えたものだな。我も少しは驚愕したぞ」
「ああ、僕も正直、驚きました。心臓に悪いのであまりこういう事は行わないでくれますか?」
「陛下に進言してくれるなら喜んでこんな真似はやめておくとするが?」
二人は勿論聞かなかったことにした。それに舌打ちを聞こえるように響かせ、手紙の封を丁寧に切る。
目視では、手紙はそう古い年代のものとは思えない。王の狂言でないならば、先日出されたといっても信じるような新しさだ。ただ、紙の質ははっきり言って悪い。
「それは、何だ?」
「千年前からの忠告の手紙だとさ」
言って、リーゼは丁寧に折りたたまれたその手紙を開いた。