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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
五章 血族侵攻
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2話 私も盲目の身であるというのに

「選定の器とは、どういう神具なのですか? 王を選ぶだけにしてにしては随分と大掛かりですよね」


 夜。平原。月と星々が明かりとなるが、同時に炎は冷える身体を温める。

 副将軍になったとしても外に出る機会は少なくはない。だが、とは言ってもこうも平原で寝泊りするというのは多いわけでもなかった。


「そうですね。陛下が言うには、王を選び、いつかは願いを叶えるものらしいです」


 平原の中央。周囲には警戒のために女だけで構成された親衛隊が立っている。それに加えて一人の男。八軍将軍シルベストが目を閉じて周囲への警戒を高めている。


「いつかは、願いを? ……よくわかりませんね」

「そうですね。私もよくわかっていません。けれど陛下がそう言ったのだからそうなのです。間違いはありませんよ。……シルベスト将軍、こちらに座ってはいかがですか? そこに居られては、他の子たちが休むに休めないかと」


 先日から聖将軍であるユシナの護衛を担当しているシルベストへ苦笑しながら声をかけるが、首は横に振られ。しかし、言葉があった。


「一時的に姿を隠す、適当に休ませるといい」


 気配すらも隠し警戒をしているのだろうと予測することは出来るが、実際に見ることはできない。シルベストの疲労を思った事でもあったのだが、それを斟酌できるほど柔軟な思考を持たないのは長所か、はたまた短所と言うべきか。


「将軍には、少しばかり独自の世界に生きる方が多すぎます。私がその中に入っているのが不思議でなりません」

「……そう、ですね」


 溜息を吐く聖将軍に、副将軍であるユーファは苦笑いを返すことしか出来ない。彼女が独自の世界に生きていないと言うのならば、世の中は常識人の境が酷く薄くなるだろう。


「それは、ともあれ。選定の器について彼女もそういえば研究していましたよね。ダラングさんも。今はあの解体卿が資料を漁っているみたいですけど」

「惜しい人を亡くしましたよね。彼女のように才能ある学者は滅多に居ないし、私も術式の構成式について相談した事があって。それに着眼点も面白い人でした。血族の一部を移植して、ただの人でも血族術式を扱えるようにする、というのはあんまり出る発想じゃないと思います」


 これまで着想を得ても、それだけで終わった者は少なからず居る。そして理論を考えた者も少なからず居るだろう。

 しかし、実現可能な段階にまで理論を推し進めたのはおそらく、ダラングが初めてだ。

 理由は明瞭。そんな物を作り出すより、新たに血族を作った方が楽なのだ。人材を用意する手間と倫理を捨てれば、血族を作るというのはそう難しいものではない。


「単純な計算ですけど、一人の血族から数十人の血族術式が扱える者が作れますからね。実際には色々な条件があるんでしょうけど」

「合うか合わないか、色々とあるのでしょうけど。……ユーファさんは何処のが欲しいですか? 私は可能なら、千里眼が欲しいとたまに思います」

「随分とえげつない話ですね。私なら……そうですね。感知系の術式が欲しいですね。けれど何故千里眼を?」

「あれば、指揮が随分と楽になります。それに、元気な姿を見たい人が居るので」


 頬を桜色に染めながら笑う聖将軍の姿に、ユーファは僅かに微笑みを返し、内心では意中の相手が男か女か、どのような関係なのかを探りたいという気持ちを押さえ込む。

 そこは部下としての領分を僅かばかり逸脱しているのだと。


「良い事だと思います。時代が時代ですから、いつ誰が何処で命を落としてもすぐにはわかりませんからね」

「そう、ですね。いつか遠く離れた物が誰でもすぐに見えるようになれば」


 目にした映像を出力するための術式。その映像を更に先へと飛ばす術式。媒体となる何か。それら全ては未だ存在し得ない。

 開発されるとしても今ではなくまだ未来の事だろう。


「遠くのことがわかるようになれば、戦争や謀略は無くなりそうですね。そうなったら、いい世の中になるでしょうか?」


 純粋な問いは、苦笑気味に放たれた。ユーファも言葉とは裏腹に信じては居ないのが見て取れる。

 例え相手の裏が見えたところで、結局はならば純粋な暴力に頼るだけの闘争となるのだろう。戦争という規模になるかならないかは、わからないとしても。


「誰かが生きて誰かが死ぬ世界である以上、世の中から争いはなくならないと思います。大帝国を滅ぼした龍人の理由がそれを痛感させるものだった、と陛下は言っていましたよ」

「ああ。……愛しい者が死したその悲しみが大帝国を滅ぼした、でしたか。そして彼の死があの暴龍の進撃を招いた。成程。誰かの死は連鎖しますね」


 至上最悪の龍と呼ばれる暴龍。名は人類に発音できないため残されては居ない。しかし被害は各国の歴史に色濃く刻まれている。

 当時訓練された兵を各国が出し合い十万となった。更には高名な術士を大量に集めた。

 中には当時最強と呼ばれた『灰の淑女』や『千紙兵』に『拳陣』の三者までも動員し。

 結果は、引き分けとなるほどの被害。七万人が最初の一撃で壊滅し、三人を中心とした強力な術士もほぼ死亡するという事態になるほどの災害だ。


「はい。ただ、アレから龍の名を冠する者には干渉する事は禁忌となりました。陛下が言うには、人が死ぬからこそ私たちは生を大事にするらしいです。どうにもわかりにくいですよね」

「一足飛びの結論ですねそれは。さて、しかし。竜が出ないのは幸いです。『蹂躙の蹄』を狩るのに、獣が居るのは少しばかり邪魔ですからね」


 副将軍たる彼女が立ち上がり、周囲を見渡す。

 円陣を組むように歴戦の女兵士の五百人。歩兵、獣兵、術士兵。対応力と素早さを念頭に置いた構成だ。親衛隊は今回、重すぎるためにおいていく事になったのが聖将軍であるユシナの不安要素だが、それでも錬度は一流。


「敗北はないはずなのに胸騒ぎが止まらないのが少々気にかかります」

「……援軍を二百人ほど、後詰で要請しておきます。それならばどのような状況にも対応可能かと。シルベスト将軍と貴女が居る以上、ここで敗北はありえません。考えられるとすればこの状況が罠であるという一点ですが」


 例えば。道化師団の総員が来るとか。例えば。血族が全て彼らの居る方向に集まっているとか。そういう事が考えられなくもない。

 だが実際には血族は各地に散らばっており。『蹂躙の蹄』は南部での目撃情報がある。


「……先日、リーゼさんから届いたあの情報をどう見るか、ですか」

「アイツは嫌な男ですけど情報を見る目だけは確かです。だから精度は信じてもいいと思います」


 道化と蹂躙の蹄が共に攻めるという情報。知ってさえいれば、警戒を密にする事で対応は可能だ。故にこの部隊編成でもある。戦闘ではなく、実力者に敵の襲来を知らせる陣形だ。


「動くとすれば、陛下が連盟の者と会談を行う日です。王国領内を移動するとは言え帝国も動きますから。目が離れたところでこちらに襲撃を仕掛ける可能性は非常に高いですね」

「はい。その日に動くと仮定し全部隊に命令を下しておきますか?」

「……いいえ。策は私とユーファさんの胸に隠しておきましょう。どこから漏れるかわかりません。後は、うん。指揮も任せます。私は多分、剣華と殺しあう事になりますから」


 本来そんな事は許されない。軍の上位に存在する者が、特別な理由なく単体での殺し合いなど、ありえるはずがない。

 しかし。今回は剣華。一度の敗北を得た相手。そしてそれ以上に、強すぎる。


「三百人を犠牲にすれば殺せるでしょう。確かに私の代わりが三百人で済むなら安いものだと客観的には思えます。けれど、それを許容した時に私は聖将軍と呼ばれる資格を失います」

「……部下を使うのも将軍の仕事だと言うことを忘れずに。そして、貴女が死ねば後を追う者が三百人で済めば良いというのも、お忘れなく」


 苦い顔で肯定するユーファに返されたのは困ったような笑みだ。幾ら言われようと。幾ら止められようと、意志は変えないのだろう。

 そもそも言われて変えるぐらいならば、己を通せないのならば将軍にはなれない。王国の将軍とは全てが全て、自分のために生きるような者たちなのだから。

 例外といえば、守りの要である一軍将軍であり『大将軍』と呼ばれる老人ぐらいだろう。


「努力だけはしますよ。確約までは出来ませんけれど。それに私が将軍でなくなったらその時は貴女がきっと五軍将軍です。宜しくお願いしますね?」

「……宜しくお願いしたいのは私ですよ、本当に」


 いざとなれば言いつけに逆らってでも助けだすのだと瞳に込めて言葉にする。ユシナもまた苦笑だけを返して、何も行わない。

 名言を避けるのは将軍としては当然だ。もしもユーファが言葉にすれば必ず首を横に振る。そして、言いつけに逆らったとして罰を与えなければならないのだから。


 無論、もしもがあり三百人を犠牲にした場合、罰を受けるのはユーファとなる。それでも殺されはしないだろう。聖将軍の名を守ったとしてそれなりの待遇も用意されるはずだ。

 軍では昇進も失せ、政治に携わる事になってしまうが、互いに信頼している証である無言だった。決して死なず、必ず死なせない。そんな決意が交わるような沈黙だった。


「さて。それじゃあ、私は寝ます。ユーファさんも疲れを取るようにしてくださいね?」

「はい。ごゆっくりどうぞ」


 地面にそのまま身体を倒し、聖将軍はまるで子供のような顔で寝入る。かつて冒険者であった頃の習慣といってもよいのだろう。もしくは、時間を無為に扱えない環境で得た特技か。

 その姿を見ながら何も言わずユーファは空を見上げ続ける。



 ―――――――



 遠くからシルベストは会話を聞いていた。彼が居るのは、限界まで強化された聴覚で会話が理解できるギリギリの場所だ。

 内容自体に特に興味はない。ここでこうしているのは警戒だ。

 かつて国王の護衛として動いたシルベスト。彼の護衛能力は何よりも察知に特化したものだ。実力は後から付いたもの。千人を押し留めた武力などは察知能力のおまけにしかならない。


「……現れないか」


 そして、彼のこの術式を知る者はおそらく片手の指で足りる程だ。例え、そう例え二十座であろうともシルベストの物質生成系術式から逃れる術は存在しない。

 それほどまでの感知術式だとシルベストは誰に言わずとも誇っている。そしてならば、その糸にかからない現状、聖将軍らの言うとおり、現在シルベストが代理を任せているリーゼの予測通りに物事は進んでいるのだろう。

 現在までは、という注釈がつくことになるのだろうが。


「このまま予測通りに進むか? それとも……どうだろうな」


 厳しい顔でシルベストは周囲への警戒を続ける。

 そしてやはり、夜が明けても敵の姿は影も形も現れる事はなかった。いっそ不気味なほどに。

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