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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
一章 王都の戦い
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      狩りの支度 ④

「リっちゃーん。どこに食べに行くの?」


 王都をぶらぶらと歩く。まだ朝方のため人も少なく風の通りも悪くない。

 もう少し陽が上れば王都には人が溢れかえるだろう。農業に従事する者は王都の外でもう仕事を開始しているだろうし、狂獣への対策として兵たちも見回りをしているはずだ。

 昨日入れなかった商人たちも動きだし、朝特有のざわめきが大通りに存在していた。


「さてな。お前は何が好きなんだ?」

「食べられるならそれでいいよー」


 となるといつもの店でいいか。

 先日もベルグと一緒に入った店で同じ物を注文する。店主はリーゼの軍服姿を見て驚いていたが、すぐに破顔した。かつての英雄が軍に戻った。その事に多少の安堵を得ているのだろう。

 こうして軍服を着ているのも、それが狙いだろう。色々な噂が出ることで動く者も居る。

 それはともあれ。今日も肉が美味い。というよりは、量と美味さと値段の割合はこの店以上はないだろう。

 ルカも相変わらず、見ていて気持ちよくなるほどの速さで食べていく。


「リっちゃんおかわりー」

「お前もう少し遠慮ってもんをだな。経費で落とすからいいけど。おっちゃんもう一枚」

「あいよ!」


 周りの男や女も落ちついて食べているがそれでもルカの食べ方は頭一つ抜けている。

 これで食べ方が汚くないんだから一種の才能だろう。


「ルカは特務に入る前、何してたんだ?」

「あ、そういうのあんまり人に聞いちゃダメだってゲンちゃん言ってたよ」


 言われて内心でだけで舌を打つ。失策だ。確かに、犯罪者が集まる部隊なら過去の詮索をするのは痛い目を見る。

 特に、ルカならば尚更だ。下手に聞いて聞きたくもない情報を話し始める可能性ぐらいは考慮しておくべきだっただろう。


「私は色々やってたのが終わって皆死んじゃったからゲンちゃんに拾われたんだー」


 それでもルカは笑顔のままに、一息で言った。

 裏にある意味は無数に考え付く事は出来るが。


「なるほど、ね」


 軍には属していなかっただろう。流石に軍もこんな子供まで徴兵する程に切羽詰ってたわけではない。反乱軍も主に使っていたのは脅していたサンヴェルトの傭兵と反旗を翻した三軍、五軍、七軍だけだ。

 帝国がいつ攻めてくるかもわからない状態で、更に国力を低下させるような馬鹿な真似はしなかった。

 あくまで表向きは。雇ったどこから来たのかわからない傭兵などは狼藉を働いていたというのは当時戦場に居た者しか知らないだろう。

 推測は可能だし、調べればわかる事なので隠蔽はして居ないにしても。

 そこまで調べる物好きは滅多に居ない。


「ああ。そうだ。聞き忘れてたんだが、どこに仕掛けたんだ?」

「えーと。赤の二青の四。赤の三青の三。赤の五青の五だってー」


 八×八の盤面で繰り広げられる駒遊びを思い浮かべる。赤が縦、青が横を表している。

 交渉が終わった後に、王都を盤面に見立てて書いた地図をダラングとムーディルに持たせ、リーゼは監視込みで罠を仕掛けさせた。

 もし使わなかったとしても次回があれば使用できるだろう。

 

「二と四、五の五は使うかわからないな。三の三あたりで仕掛けるとは思うが」

「そうなの?」


 頷き、周囲で聞き耳を立てている者が居ないか、視線だけでルカに問うと、ルカは首を横に傾げて頭を出してきた。

 意図を理解してくれないルカに溜息を吐きながら軽く小突き。自身で知覚の強化をするが、二人を見つめるような視線はない。

 気づけないほど巧妙に画しているのならば打つ手がないと言うことで諦めて、小声で計画を口に出す。


「帰る道でそこを通るからな。それに、わざわざ人通りが多い場所で仕掛けてくる馬鹿は居ないだろ。暗殺ならその限りじゃないが」


 殺すだけなら人通りが多い場所の方が容易い。紛れて逃げる事も可能で更に周囲を巻き込むように術式を使えば混乱を狙える。

 実行犯は死ぬだろうが、それでも一定の効果は得られる。とは言え、一度使えば二度目はないだろう。王都の警備は優秀だ。

 そもそも最初の混乱も許さない程度には。


「怖いねー。あはは、楽しいといいなぁ。あ、そうだ。私も質問! 何でリっちゃん軍から抜けたの?」


 鋭い質問だ。こんな姿でも術士なのだから当然と言える。総じて術式を扱える者は頭の回転が速い。いや、鈍くないと言った方がより正確か。

 基本的に想像力によって干渉するとは言え、その基礎部分は少しばかり面倒な式だ。

 それらを扱える者ならば大なり小なりあれど、頭の回転が鈍いという事はありえない。


「人の命を背負うのも面倒でな。期待も重かったってのがある。後は、派閥とかが面倒でな」

「あははは。やる気ないんだね」


 どうでもよさそうに流し、いや実際にどうでもいいのだろう。なんとなくで聞いただけに過ぎない。気になって聞いて、真実がどうあれ答えが返ってきた。それで十分なのだろう。


「その時には別の事にやる気が向かっててな。それで、食べたらどこに行く? 俺は私服でも買いに行くつもりだが」


 経費で落ちるのだから。笑いながら問う。

 余りにも高い物は流石に落ちないが。それにしても備品として短剣などは何本か買っておかなければならないだろう。


「うんそれでいいよ。私も何か買おうかなー」

「……ルカのその服、自分のか?」

「あ、うん。護衛の時はこういう服の方が敵も油断するってゲンちゃんが言ってたんだ。動きにくいから嫌だけどね!」


 確かに膝下まで裾がある服では動きが制限されてしまうだろう。それに下に付けられる防具もあまりない。

 油断を誘うには問題はないだろう。特殊な趣味の男も釣ってしまいそうだが。


「へぇ。私服なのかそれ」

「かなー。もうちょっと動きやすいの沢山あるよ! でも外にあんまり出ないから服はそんなに買わないよー」


 意外、ではない。

 特務の面々が外に出るとするならば仕事の時ぐらいだ。なら専用の服以外を何着も持つのは、馬鹿らしい。他人に見せる意味がないのならわざわざ持つ必要もない。

 更に朝の一件で扉なんてものはあろうがあるまいが意味がないと実証されているのだ。ならば彼らは好んで内部に閉じこもっているのだろう。


「言われてみるとそうか。他の奴らもあまり出ないんだろ?」

「んー、わかんないや」

「そりゃそうか。他の奴の行動なんか把握してないだろうしな」

「うん!」


 適当に話ながら時間を潰す。店が開くまでの暇潰しみたいなものだ。

 内容は極めて平凡。王都の店や、他の地方での話。ルカが他の地方に居た時の話など。

 それでも、幾ら話を聞こうともルカについては詳細不明のままなのだが。

 せいぜい東部であるグラードベルニカ出身だと言う事がわかったぐらいだ。


「それじゃそろそろ行くか」

「うん」


 山盛りになった更を見て経費で落ちるのか考えながら立ち上がる。ちなみに値段は高級料理店でも行ったのかという値段になった。

 安いのが売りだと言うのに、遠慮をしないルカに戦慄が隠せない。

 その後は適当に歩き、私服を買い、短剣を買う。

 短剣に関してはルカが何かを刻んでいたが、おそらく陣だろう。

 普通に考えれば自分で刻むというのはありえない。陣を短剣などの小さい物に刻むのならば相応の式に変換する手間が存在するからだ。

 それらを実用段階にするまでに術学者たちは心血を注ぐ。商会が一つでも刻める陣を作れたならば目玉商品になるだろう。三格神具あたりがその好例だ。

 ただ、実力者たちは簡易とは言え自分たちでそれを刻む。投擲を目的とした短剣に闇術や光術などを刻み視界を奪う。または攻撃用の術式を使いひるませてもいい。

 己で作れるようになれば可用性は膨大だ。


「自分で刻めるのか?」

「ランちゃんが刻めってさー。何に使うのかわからないけど」


 言葉に、驚く。

 何に使うのかわからないのに刻む、というのもあるが。それ以上に陣を他人に易々と渡すというのがまず考えられない。

 一般的に知られている陣すらもそれを刻んだ所で効果は期待できないのだ。ほとんどの陣は内部にも刻まれているため表面的に理解できる物だろうと効果は発動しない。

 そのため陣の情報というのは価値が高い。術力を込めれば良いだけなので誰でも展開できるという利点がある。刻む媒体によっては使い捨てだが、戦闘ならば戦術の用途を少しでも広げるため使い捨てでも欲しいと思う者は多い。

 故に。リーゼが驚いたのも無理はない反応だ。


「そりゃ、凄いな。どんな陣なんだ?」

「んーと。多分炎術かなー。でも変な部分多いからわかんないや」


 見ても何の陣かどころか変な部分すらもわからない。おそらくは経験だろう。

 術学者でもなければ術式陣の事を学ぶ者は居ない。趣味で突き詰める奴を外して考えてだが。

 勿論、ルカが術式陣を学んでいるとは思えない。学んでいるとすれば陣を貰うなんて事はしないはずだ。となれば、手馴れだろう。門前の小僧、師を殺すという諺もある。

 何度か同じ事をしていれば自然とその知識は学べるものだ。


「使えそうな陣なのか?」

「危なそうだよー。あ、リっちゃん私に使ってくれるの?」


 えへへ、と笑顔で下から覗き込む姿は微笑ましいが、リーゼはそんな事はするような異常性を持ち合わせては居ない。

 ルカが危ないというならその通り、威力があるのだろう。それで死ぬとは思わないがわざわざ護衛を傷つける悪手を打つ気にはなれない。


「まぁ、いつかそういう機会でもあればな」


 それだけを言って頭に手を置く。その機会はこないだろう。

 指揮官として冷静に予測する。その機会が訪れるとするならば、悪手を鬼謀と称する戦いかルカが裏切った時だ。

 そんな機会はそうそう訪れるものではないし、訪れないように事前に手を打っておくのが指揮官だ。


「お、リーゼじゃねぇか。最近よく会うな」


 適当に歩いている内に、背後から粗暴な声がかけられる。

 後ろから声をかけられる事が多いなと考え、同時に頭の中で計画が多少立て直される。大した違いではないが、念のためというものだ。


「ああ。ベルグか」


 振り返り、姿を見る。前回会った時よりかは軽装。それなりに警戒はしているが戦場上がりならこの程度の警戒は常だろう。

 もしもここで殺しにかかったとしても即座に応戦が出来るような態勢なのは流石と言うべきか。


「おう。お? なんだこのガキ。随分やるようだがよ」


 観察するように目を細め、ルカを見る。

 見る者が見れば実力はわかる。服装で緩和されてはいるが、一流の実力者にはやはり通じるのだろう。リーゼにすらわかったのだ、他の者が気づくのもまた道理。


「ああ。知り合いの子供でな。今日は非番だからこの子に付き合ってるんだ。この年齢でこれだ、実践経験はまだ浅いが将来有望だろ?」


 誤魔化す事はしない。下手に誤魔化した所で無意味だ。

 だから、認識を逸らす。実戦経験が少ないと見せる事で実際の実力よりも僅かばかり下だと見せる。その程度なら不可能ではない。


「はぁん……。なら、もうちょい経験積めば楽しくなりだなぁ。俺ぁベルグだ。てめぇは?」

「私の名前はアーウです。宜しくお願いしまーす」


 ぺこりと頭を下げ当然のように偽名を名乗る。随分と慣れたものだ。リーゼでも初対面でこう挨拶をされては信じるだろう。

 ベルグは気にする事なく肩を叩き、手に持つ物を見せてくる。

 袋の口から見えるのは酒だろう。高級というわけではないが量だけは多そうだ。


「てめぇ暇だろ? ちょっと呑むのに付き合えや」


 口の端を上げる無意味に凶悪な笑みを浮かべながら問われ、仕方なく頷く。

 この顔をしたベルグの誘いを断ると痛い目を見る。それに元もとの目的はベルグと会う事だ。それさえ可能ならば問題はない。


「つーか、お前非番だってのにそんな服かよ。私服ねぇのか?」


 今更な気はするが、つまり気にしてなかったのだろう。

 王都を歩いて視線が集まった事に気づいた上での質問でないなら少しは察知が良くなったと思うと言うのに。

 だが、それがベルグだ。戦闘以外では勘も働かない。

 女にはそれで毎度逃げられるという残念な男だ。本人は全く気にしていないが。


「それを買いに来たってのもあってな。お前は、なんだ。暇なのか?」

「明日まで暇でよぉ。外に出て獣退治ぐれぇしかする事ねぇんだ。半分以上遊びだがな」


 確かにそれは暇つぶしだろう。ベルグの実力からすれば、人の住む場所に出てくる獣などは脅威になるほどではない。

 狂獣が出たとしても、軍の兵が居るため討伐はすみやかに行なわれるはずだ。

 

「そりゃ朗報だ。だから酒でもってか?」

「適当に部下とでも呑むかと思ったがな、てめぇが居るならてめぇいい」


 言葉には懐かしげな雰囲気があった。どうせなのだからと過去の栄光にもならない失敗談でも話し合いたいのだろう。

 それか、聞きたい事でもあるのか。


「俺はあそこに立ってただけで名も知らないお前の部下を救ったことになるな」

「おーおー。言うじゃねぇか。ガキのお守りなんか忘れさせるぐれぇ呑ませんぞ? お?」

「それは困るな。結構本気で」


 辟易した顔で、リーゼは本心から言う。

 術式で酔いを醒ますことが出来るにしてもわざわざこんな所で無駄に術力を使いたくはないのだろう。

 

「程ほどにしておくさ。お前の所で寝て潰されるのは悪趣味だろ?」

「ハッ。俺も野郎を押しつぶす趣味はねぇな」


駒遊び …… チェスに似たゲーム。ただポーンの形が各種族を模しており、それに能力があるとか色々と難解なルール。昔の人がやけに凝ったルールを考えた。大体昔の人のせい。


派閥 …… 入ると面倒だけど入らないと出世が難しい。そりゃ面倒にもなる。

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