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大陸記~王国騒乱~  作者: 龍太
五章 血族侵攻
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1話 何故なのか君は問うだろう

「全員集まってくれたようだな。……聖騎士のお二人もどうも。最近は王国語が随分と上手くなったようで何よりですよ」

「やっぱり現地じゃないと言語は上手くならないよ。僕としては文字もちゃんと読めるようになりたいな。王国の詩文や物語は風土によるものか、悲劇を好むからね」

「帝国は喜劇、王国は悲劇、六連合は反乱の英雄譚、聖皇国は神話だったか。風土による文化の違いは面白いもんだ。それで、アンタらはどんな情報を得た?」


 最初に口火を切ったのはリーゼだった。背後には特務部隊の面々、聖騎士である『葬儀屋』アクァルはにやにやとした笑みを浮かべながら、首を横に振る。


「私たちを呼んだのは貴方なのですから、そちらから情報を開示すべきだと判断しますが」


 冷たい声を響かせたのは黒剣を持つアルネ。双子の妹である彼女の顔は、しかし双子だと言うのにアルネとはあまり似ていないように見える。


「この間、帝国騎士の情報をくれてやっただろう。アレも機密の部類に入るからな。それに、どっちが先かなんて大した意味はないはずだが?」


 薄暗い部屋で僅かに冷たい視線が交差する。一秒、二秒。時が経ち焦れたイニーが短剣に手をかけた所でアクァルは苦笑いを浮かべて自分の胸を二度叩く。


「こちらの降参、という事でいいかな。アルネ、柄から手を離していいよ」

「……はい、兄さん」

「イニー、何か始めるならルカと遊んでてもいいぞ」

「そう言われると気が削がれますね。先ほど二人殺したばかりですので、別にそこまで殺す気はありませんが」


 軽い挨拶が終わり、一息を吐くと同時に医術士であるリベイラが飲み物を二人の前に置き、会話が再開される。先ほどのような微妙な緊張はなく互いにある程度は気心の知れた仲だと錯覚しそうな空気だ。

 そんなものは錯覚であり、暗殺者として聖騎士の手並みに感心するところなのだが。


「だがねぇ。僕らが手に入れた情報は大した事じゃないよ。五連盟の居所、ぐらいだね」

「二人分を言ってみろ。こっちの掴んだ情報と同じかどうかを確かめる。ここで出し惜しみをして狙った標的を被らせるほど、馬鹿じゃないだろ?」


 言った以上はリーゼも後で情報を隠すことは出来なくなる。この言葉を言うためだけに先手を取ったのならば、おそらく無駄だ。

 更に先を見ていないのならば。


「骨と鏡は南側で発見したよ。他のは、すでに君らもつかんで居るんだろうね」

「……その二人はアンタらに任せる。俺たちは残りの二つを担当させて貰う。どうせ、継承血族が留まらないのも掴んでいるだろ?」


 継承血族。おそらく、五連盟の中では最も厄介で最も性質の悪い格闘家の血族。

 いまいち実態が掴みかねる他の血族と違い、その力は単純明快。


「継承血族。術式を掴むあの血族を相手にするのは僕らでも少し厳しいよ。ねぇ、アルネ」

「はい兄さん。私たちにも限度はあります。殺せないことはありませんが、殺すのに浪費をするのはあまり好ましくありませんので」


 強がりなのか。それとも真実を口にしているのか。片方は笑みを浮かべ、片方は真剣なもののため、読み解くのが難しい。

 とは言え。どちらにせよとリーゼは息を吐いた。


「こればかりはどちらが引いても恨みはなしだ。そもそも人数から言えばこっちの方と出会う可能性は大きいだろう?」


 継承血族。どこに居るのかは、互いにつかめていない。その情報が得られただけでも互いにとって悪い出来事ではなく無駄ではない。情報がつかめないのもまた情報の内。

 かの血族は、露見しないよう繊細に動いているのがつかめたのは収穫と言ってもいい。


「そういう事にしておこうかな。正直、僕らに来る可能性が高いと思うけど、言っても仕方ないからね」

「……もしも罠に嵌められた時は、殺してしまいましょう兄さん」

「ぶっそうな事を目の前で話されるのは威圧にしても怖いな。安心してくれ、これが罠だったら俺の命も危うくなってるだろうからな」


 自分たちが危害を加えることはないと表明しながら、更に自分たちが敵の罠に喰われる可能性を示唆するも、言葉だけで信頼を得る事など互いにできやしない。

 互いにとって信じるに値するのは実力のみ。


「それではその方向でこちらも動きましょう。私たちが死んだ際には、まあ無理だとは思いますが神具の返還をお願いします」

「陛下に掛け合っておくか、俺らでも使えるようにするさ。状況に変化があれば連絡をする。では互いに、生き残りたいもんだ」

「当然だね。それでは、また」


 去っていく二人をほぼ全員が見送り、そして特務を代表して最初に声を上げるのはリベイラだ。本来ならばニアスがやるべきことだが、居ないものはもうどうしようもなく。


「それで? 私たちはどう動けというのかしらね。正直な所、二つに分けるには戦力が不安なところよ?」


 ニアスとダラング。ニアスはともあれ、ダラングばかりはもう戻ることはない。死した人物を戦力として数える程リーゼも耄碌したわけではない。

 これからは、後方支援の術士を一人欠いた状態で特務を運用する必要がある。ダラングの代用に下手な者を用意するよりも居ない方がいいと判断したのはリーゼだ。


「俺もそう思う。だから、双子とお前はウィニス副将軍と共に動いてくれ。大抵の事態はどうにかなるだろう?」

「へぇ。……副将軍は、それでいいのかしら? あまり乗気には見えないのだけれど」

「そいつと共に行動するのでなければ貴様らと行動するほうが幾らか良い」


 とは言えこの面子の中にヒロムテルンやイニーが入っていたのならば、良い顔はしないはずだ。まだ与しやすく御しやすい双子とリベイラだからこの反応といえる。

 そこを含めての配置にしたのだろうが。そうなれば必然的に。


「ならば僕、ルカ、ヒロムテルンさん、ムーディルさん、リーゼ隊長の五人で行動というわけですか。随分と思い切っていますね」


 戦力外という事でいつ見捨てられてもおかしはない布陣だ。それでも、リーゼの思いつく限り砦の外に出るのならばこれが最も後の心配をしなくてもいい物に他ならない。

 双子やリベイラも、ニアス程ではないが僅かに不信感をもってリーゼに接している。子供を切り捨てた代償と思えばリーゼとしては安いと思えるものでしかないが。


「あの二人が使えるか、新しい奴でも居れば話は別だがな。とりあえず午後には出るから各自準備をしておけ。あと、ヒロムテルンとムーディルは残れ」

「はーい。あ、でもイニーの棺はー?」

「イニー、十人ぐらいなら殺してもかまわないから、街で騒ぎを起こさないでくれ」

「おや。我慢できるなら、やってみますがね。期待しないで下さい」


 これからの事についての会話など一切せず、特務部隊の面々は軽く会話をしながら外へと出て行き、ヒロムテルン、ムーディル、リーゼ、ウィニスの四人が部屋に残ることになる。


「それで、何ですか? 僕らは何もしていないと思うのだけれど。……何かしたのかいディル? あれほど解体をしても僕を巻き込まないように言ったのに」

「何故我に問う。おおかた貴様が他軍の者を射殺したのではないか? ここ最近はあの女が残した研究資料の解析に終われて何かを解体する暇なぞない。楽しいといえば楽しいがな」


 そしていきなり責任の押し付け合いが始まった。まだ何も言われてないというのに。

 半ば冗談。半ば本気。その程度の割合だが、放って置けばいつも通りに殺し合いが始まりかねない。そうでなくとも、これから最悪血を見る可能性があるのだから。


「ムーディル、精神安定を最大でヒロムテルンにかけてやれ。血族戦争について、調べることができた。お前の欲しい情報か否かはともあれな」


 言葉は静寂と凍てつきを呼ぶ。ヒロムテルンから発せられる怒りがそう錯覚させているのだと気づいた時には、リーゼの手の平には汗が滲んでいた。


「ムーディルが居なかったら、ここで暴れられてたな。書類からあるから困るが」

「……ええ。それで、どのような情報なのですか? どんな情報であれど恨みはしないのでどうぞ」

「血族の事件。その裏に、おそらくだが道化が居た」


 暴れない。何も言わず、表情すらも動かさず。ヒロムテルンは顎だけで先を促す。


「おそらくだ。過去にも五連盟へ手を出して、その血族術式を解析したと思われるような記録もあった。王国にも身体系術式についてを調べた痕跡も発見した。確証はなくおそらく道化だろうと思われるような記述だがな」

「……隊長さんの推測ではどれくらいあってそうなんだい?」

「九割。五連盟の血族、術眼血族、その他、身体系術式や精神系術式。道化の痕跡を調べるとそこらになる。……ヒロムテルン、術眼血族が何を目的として作られたか知っているよな、多分」


 少しの間、沈黙がある。そして首が横に振られる。血族が何故作られたか。血族の者ならば知っているというわけでもない。

 だが、次期族長である者が知らなかったというのならば、知る者は限られる。


「……知る事が出来れば大分違ったんだが。まあいい。とにかく、五連盟との繋がりは血族について調べたか、関わった際の繋がりだ。術眼血族について道化は何かを知っている」

「成程。わかりました、警戒をしておきますし、見つけたら直接聞きます。これで終わりでしょうか?」


 口調は丁寧だ。表情も穏やかなものだ。しかし、それが逆に恐ろしい。

 現に精神を安定させているムーディルの眉は顰められ幾度かの術式行使が確認できている。内で燃え盛るように揺れ動く激情とでも言うべきか。


「ああ。言っておくが、この時点でお前に明かしたのは奴に同じ事を言われた際に暴走しないようにだ。気をつけろよ?」

「ええ。勿論。復讐のためならいくらでも冷静になってみます。それでは」

「……ふむ。騙るのが下手でないのが貴様の悪い所であろうな」


 呟きながら去っていく姿を見送り、そして最初と同じように部屋には二人が残る。


「アイツは確実に見境を無くすな。そのまま殺されてしまうというのは私として中々面白い結果になるが、一つどうだ?」

「いえ。ご遠慮しておきます。そこまで命知らずではないのは初耳だと良いんですが。それでは準備があるので私はここらで。副将軍も、お気をつけて」

「ああ。……待て。私が道化に襲われる可能性は、低いか高いか?」


 わざわざ嫌悪を抱くリーゼを呼び止めるという事は、問いかける程度にはリーゼの性能を知っているという事だ。

 人格を嫌っているからと言って相手の力まで嫌悪する程度の者ならばそもそも軍人として、副将軍という地位まで上り詰めることは出来ないのだから。


「予測では、貴方を狙う道理はないかと。道化が確実に聖将軍の元に現れます」

「……随分と確信的だな。何故狙うのか理由ぐらいは教えられるのだろう?」


 それは不信から来る問いだ。リーゼの頭脳の動きが悪くないという事を知っていれば確かに推測も予測も信じられる。

 しかしいかに能力があろうとも、実力があろうとも一度疑惑があれば問い詰めなければならない。少なくとも、ウィニスの中ではそうだった。


「征剣カリバスを、どうにかして用いようという事なのだと思っています。具体的な方法は知りませんがいよいよ必要なときが来たという事なのでしょう」

「真実味が薄いな。神具を得たところで、担い手にはなれぬだろう。アレらはその方法を得ているとでも言うか?」


 担い手が死んだから神具がそう易々と使えるわけではない。主格神具とは、使い手を選ぶ道具なのだから。

 その持ち主も、だからこそと言うべきか選ばれるに足る理由がある。


「さて。持ち主を操る方法があるのかもしれません。そこを知れるなら、俺は占い師にでもなっているでしょうがね」

「そうなってくれるのならば嬉しいが。……貴様、先を読みすぎて気持ち悪いぞ」


 まだリーゼがウィニスらに公開していない情報があるとしても、僅かな糸を手繰るように次々と予測を重ねていく。

 人はそれに気味の悪さを感じるだろう。気にするほどリーゼは柔でないが、いつかそれが自身を殺す短刀となる可能性は非常に高い。だとしても得体の知れない部分を演出する、それが自分を売るための唯一の道だとリーゼは信じる。


「では今後、少しは目を曇らせます。こちらも準備があるので。三人はお願いしますね」


 言葉に返事はなく、ウィニスは外に出て行き、リーゼも書類を定位置に纏め、暗部を部屋の守りに放ちながら自室へと戻っていく。


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