0話 永久の螺旋を転がるのだろう
「陛下や宰相殿も頭が痛そうですね」
年が空け、大陸暦は三百五十七年を迎えた。三百五十六年が波乱の一年であった事は疑うべくもない。
数えるだけで、王都での反乱未遂。南部では道化師団という組織の表出。その次では山脈との盟約が破棄寸前となる中で聖騎士の襲撃。更には、帝国騎士が潜入し大規模な計画を企てるという事まで起きた。
多くは表に出る情報ではないが他国ならばすでに得ている情報だろう。
帝国内部で起きた十九座死亡の事件や十六士族が一つ没落した出来事を王国が知るのと同じように。
「……話し掛けるな。貴様と馴れ合う趣味はない」
将軍の執務室で現在八軍将軍代理リーゼ・アランダムと副将軍ウィニス・キャルモスが書類を片付けている。
彼が言葉にしたのは各地で出没する五連盟の血族の件。並みの軍人では歯が立たない。とまでは言わない。五百人が平地でぶつかれば敵を楽に殺す事ぐらいは出来る。
しかしそれを許すほど頭の悪い敵ではないのが王国にとって悩みの種と言える。
「八軍も動く事になるので。骨のニアセント。人形のマルアニタ。罠のトライワル。鏡のリツアルム。そして二十座が九座を血族で占める継承血族フェイズ。彼らの相手は一般兵では酷ですからね」
死体の損壊状況を示す書類を一枚取り出せば、その殺害方法がよくわかる。
骨のニアセントが出没していると思われる南西側の死体は、全身の骨が抜き取られ。
人形のマルアニタが出没していると思われる東側の死体は、まるで消えたように無く。
罠のトライアルが出没していると思われる東北川の死体は、原型を留めておらず。
鏡のリツアルムが出没していると思われる南東側の死体は、抵抗のあとなく死んでおり。
継承血族フェイズが出没していると思われる南側の死体は、的確に一撃で殺されている。
王国側から正式に五連盟に問い合わせるも返答は『反逆者のため死体を届ければ謝礼をお支払いする』という事のみ。
国家としては間違っていない対応だが当の王国側に所属する者としては舌打ちの一つは出てくるような返答だ。
「私たちが出るのはありえるがな。だとしても現在の状況で他部隊は動かせない。シルベスト将軍が居ない以上、抑える者が居ないからな」
「ただ彼らも此処からの脱獄はないでしょう。しかし外に連れてもいけない以上は第一特務だけで行動する事になりますが、貴女も動いてくれるのですか?」
「……貴様の指示に従うのはいけ好かない。だがそれはシルベスト将軍の意志を裏切るという事になるのだろうな」
舌打ちと共に遠まわしの受諾が告げられた事にリーゼは内心で安堵の息を吐く。
ウィニス・キャルモス。東北地方に存在する傭兵都市サンヴェルトの有力家系の次期当主。その実力はおそらく副将軍でも一、二位を争うものだ。
「ありがとうございます。……現在、五連盟の血族と同じく、緑眼血族の存在も確認されているので、そちらももしかすると関係があると思われますね」
「……道化師団にか。そろそろ本腰を入れて狩らなければならないだろうな」
去年から動いている道化師団。リーゼらの得る事の出来る情報では全体の動きは判別できないが、去年に入ってからその動きが活発化していた。
表に露出したのが南部であったというだけで、先月に殺す事の出来た『挽肉作り』ヲルトルなどはよく調べてみれば聖皇国や帝国にも出没していた事が明らかになっている。
「何を目的としているのか、ウィニス副将軍はわかりましたか?」
「……生憎と知らない。だがその言い草から貴様には察しがついているのだろう。気に食わない男だ」
苦々しい顔で殺気を撒き散らされてはリーゼでも顔を青くしながら苦笑を返すのが精一杯というものだ。
とはいえ、ウィニスの言葉も間違ってはいない。
別方面を探っていて得た情報から、荒唐無稽な想像ではあるが検討は付いている。
「絶対、ではありませんけれど。……五連盟の血族や、術眼血族のことを探っている内に道化という存在が出た記録があります。そこから手繰れば、予想が付いただけです。まだ完全に見えているわけではないので報告こそ出来ていませんが」
証拠はない。加えて、確信も得られない。その程度の情報を表に出してはリーゼの信頼性が損なわれる。現在あるのか否か、という件は置いておくにしても。
「そこはまた、確証が得られれば報告書に書きますので目を通しておいて下さい」
「確証を貴様如きが得られるのならばすでに陛下が掴んでおられる。ならば愚考と言えどもあげるのが当然、そうではないのか墓碑職人」
問われる言葉はその通りと頷くことしか出来ない正論だ。だが、と躊躇するような愚考であるためにリーゼは曖昧に頷くに留める。
「もう少しばかり、情報を集めた後にそうします。直感に過ぎないことですから。お忘れ下さい」
「……もしも貴様の愚考が的中した場合、貴様は吊るされるだろうな」
「ありえますが、その時にはユーファに首を断たれるよう望みます。それよりも、ハルゲンニアス・ワークはもう?」
問いは、リーゼとしてはもう知っている事だ。それでも問うのは正式な副将軍に連絡が来ていないのかという確認に過ぎない。
「当然だ。最早、あの男は戦闘員としてすら使えまい。感情に流されるぐらいならばよくある事だが、それで特務のほかの者に止められるなど兵としては無駄だ」
「全く、その通り。命令に従おうとしない兵は要りませんからね」
イニーですら命令で殺せるなら、という注釈が付くが従うのだ。だからこそある程度の無体を許されている。
とは言え。今までの部隊長が殺された事もある事を含めれば、リーゼが特別というよりはニアスが明らかに失策をしたと考えればいいのだろう。それとも監獄に押し込める理由を探していたのか。
「そういう事だ。貴様も無駄口を叩くのをやめにしないと言うのならば、口を削り落とすぞ。なに、歯がむき出しになったぐらいで人は死なん」
「……遠慮、しておきます」
交流の時間は終わりだ。額に青筋を立て柄に手を伸ばす姿を見てこれ以上は危険なのだと切り上げたリーゼに、鼻を一度鳴らしウィニスもまた書類の整理を始め。
扉が唐突に開かれる。
「リっちゃーん。あのねー。伝令の人が来てね、命令だってさー。あはは」
どんな命令なのか、聞く前に予測は出来てしまうのは得られるようになった情報力の違いなのだろう。溜息を吐き、筆を置いてリーゼは命令を下す。
「ルカ、暗部の奴らに話を通して聖騎士二人に連絡を取れ。情報を共有する。それと他の奴らを全員呼べ。後は、シルベスト将軍に『蹂躙の蹄』や道化師団が近日中に聖将軍を奪いに来るというのも伝えさせろ」
「あはははは。リっちゃん命令の内容は聞かないのー?」
「どうせ、道化師団と血族の調査と壊滅だってのはわかりきってる」
肯定の返事を返したルカが部屋の外に出て行き、ウィニスの嫌悪と呆れの混じった視線を受けながら封をされた命令書を開けば、リーゼが予測したとおりのものが書いてあり。
「……ウィニス副将軍にも、出撃してもらいます。勿論、俺とは別の部隊で」
「ふん。それは素直に喜んでおこう」
書類を片付けながら先の展望を見通す。すでに見通した先は十手先。しかし、それでも。
「あの道化、いつからこの状況を作ろうとしていたんだかな。……いや、陛下もそれは同じか」
呟きが聞こえたであろうウィニスは何の反応もせず、リーゼは一人先を見据える。
今後の展開の大半を読みながら、きっと歯車はズレるのだろうとも予測しながら。